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スティーブン・キング「才能は研いでいないナイフのようなもの」(今日の名言・その40)

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スティーヴン・キング「才能は研いでいないナイフのようなもの」(今日の名言・その40)

スティーヴン・キング「才能は研いでいないナイフのようなもの」(今日の名言・その40)

2022/10/10

 

 才能というのは、
 研いでいないナイフのようなものだ。
 毎日、ただ毎日書き続ければ、
 そのナイフを研ぐことができる。
 
 人によってナイフの大きさは違う。
 しかし、研いでみないことには、
 そのナイフがどんな形なのかわからない。
 
 小さくてよく切れる果物ナイフなのか。
 巨大な岩もまっぷたつに切り裂く
 大ぶりの刀なのか。
 才能のある・ないというのは
 このナイフのサイズのことだ。
 
 大きな刀なら歴史的な大作が書けるだろう。
 でも小さなナイフでも、本を買ってくれる人を
 一晩夢中にさせる程度の作品を書くには充分だ。
 
 だからナイフのサイズが問題じゃない。
 それが本当にナイフか、
 つまり「研がれているか」どうかが問題なのだ。
 
 だから大事なことは、ナイフを研ぐこと。
 毎日書くことである。

 
スティーヴン・キング(1947年アメリカ生まれの作家)の著作『書くことについて』所収「才能について」より

 

 

スティーヴン・キングは、「ホラーの帝王」と呼ばれ、

現代アメリカを代表する

作家のひとりと言われています。

 

「キャリー」「スタンド・バイ・ミー」

「ショーシャンクの空に」など、彼が書いた小説を

原作として映画化された作品もあり、

わたしはまだ観たことがないんですが、

ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。

 

 

さて、それで冒頭にご紹介した言葉についてです。

 

ナイフの大きさ如何ではなく、

そのナイフが「研がれているか」どうか、

「毎日」研いでいるかどうかが大事だというのは

確かにその通りですよね。

 

また、人によってナイフの大きさは違っていて、
ナイフを研いでみないことには、
ナイフがどんな形なのかわからないという言葉は、

やってみなければ何もわからないし、

とくに、「自分自身を知る」「自己観察」の大切さ

言っているようにもおもいました。

 

もし、それにもうひとつ付け加えるとするならば、

その研いだナイフ(才能)を

「何に使うのか」が大切だということでしょうか。

 

もともとナイフ自体には善し悪しはありませんし、

ナイフを使う目的やナイフを使う人間次第で、

その善し悪しが決まるのですから。

 

吉本隆明さんも、『ひとり 15歳の寺子屋』

似たようなことを言われていて、

人は才能があるとかないとかいろいろ言うけれど、

そんなのは大した問題じゃなく、二の次であって、

大事なのは、そのことで手を動かしてきたか、

動かしてきていないかの違いだけであると。

 

 

このblogも昨年9/1から毎日書き続けているんですが、

わたし自身は子どもの頃から

文章を書くのがけっして得意だったわけではなく、

どちらかというと苦手な部類でした。

 

ただ、寺子屋塾の教室を始めて間もない頃から、

「毎日書く」という実践を

1日も欠かさず7年間やり続けていたことがあります。

 

そのお陰で、多少は人並みくらいには

文章が書けるようになってきたかもしれませんし、

わたし自身の文章を書くことについての考え方は

次のblog記事などをご覧ください。

 

井上さんが文章を書くときに気をつけていることは?
 

ネット上(blogやSNSなど)で文章を書く心得

 

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