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自然農法家・福岡正信さんから学んだこと

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自然農法家・福岡正信さんから学んだこと

自然農法家・福岡正信さんから学んだこと

2022/12/13

火曜は生活デザイン・ヘルス関連の話題を

投稿しています。

 

昨日のビル・エバンスの名言もそうでしたが、

しばらくの間、このblogは

12/1から続けて9回にわたって書いた記事

「情報洪水の時代をいかに生きるか」関連の話題が

続きそうです。

 

9月に書いた記事
一人ひとりが未来の創造者 では、

25年前に大阪の正食協会から頼まれて、

月刊雑誌のために書いた原稿を紹介しました。

そこにも書いたことなんですが、

高校2年16歳のときに自然気胸という病気に罹り、

医者からは、原因不明で治療する術はなく、

「身体に無理のかかる仕事には就けないだろう」と

言い渡されたんですが、

その判断には納得が行かなかったのです。

 

それで、医者を頼らず、自分なりに原因を追究し、

様々な健康法を試しながら

7年かけて出した結論が、

人間の身体をつくっているのは食べ物だから、

体質の根本的改善を望むのであれば、

毎日の食事を見直し改めていくことが

必要だろうということでした。

 

つまり、薬やサプリメントを服用したり

治療を受けることではなく、

だれもが日常、当たり前にとる食事を

見直すという考えに至るプロセスで、

当時の自分が一番参考にしたのは

桜沢如一の創始した

マクロビオティックの発想でしたが、

食べ物をつくっている

農業や環境にも関心が向かっていったのは

自然ななりゆきだったようにおもいます。

 

それで、農業について書かれた本のうちで

一番インパクトを受けた1冊が、

「情報洪水の時代をいかに生きるか」(参考本24冊)

にもリストした、

自然農法の草分け・福岡正信さん(1913〜2008)の

『自然農法 わら1本の革命』でした。

 

わたしが1982年に手に入れて読んだのは

1975年に柏樹社から出版されたものでしたが、

現在は春秋社より改訂版が出ています。

 

 

福岡さんは、横浜税関に勤めておられた25歳のとき、

急性肺炎に罹って死の淵を彷徨い、

いわれる一瞥体験というか、

ある種の悟りを得たような体験をされ、

「この世には何もないんだ」と気づいたことを

証明しようと、農業を始められたといいます。

 

普通の考え方でいけば、

「ああしたらいいんじゃないか」

「こうしたらいいんじゃないか」と

ありったけの知恵と技術を寄せ集めて

やっていこうとするわけですが、

福岡さんは、

「ああしなくてもいいんじゃないか」

「こうしなくてもいいんじゃないか」と、

不必要なことを、いかに止めるかという発想を

米麦やミカンの栽培に応用して実践。

 

2008年に95歳で亡くなられるまで

「耕さない」「草を取らない」

「肥料をやらない」「農薬を撒かない」という

驚異的な自然農法を実践され

世界中から注目されるようになり、

1988年には、アジアのノーベル賞とも称される

フィリピンのマグサイサイ章を受賞されました。

 

わたしがこの本を最初に読んだのは1982年のことで、

もう40年も前のことなんですが、

福岡さんのこの自然農法に出会えたことのルーツは、

庄司薫『バクの飼い主めざして』のことでご紹介した

「時代の児の運命」という記事を読まれれば、

庄司薫さんの抑制力をいかに培うかという発想まで

遡れることがわかるとおもいます。

 

「もし〜だったら」と過去のことを言ってみても、

今となっては詮無いことですが、

たぶん17歳のときに庄司薫と、18歳で高橋悠治と、

そして、20歳でクリシュナムルティと

出会っていなかったら、たぶんわたしは

桜沢のマクロビオティックや福岡さんの自然農法に

関心を持つことはなかったでしょう。

 

福岡さんの生涯を映像でまとめた動画が

YouTubeにあるのでご覧下さい。

 

自然農法家 福岡正信

『自然農法 わら1本の革命』には、福岡さんの

教育に対する考え方も書かれていました。

 

(引用ここから)

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たとえば、教育というものは、

価値のあることだと思っている。

 

ところが、それはその前に、価値があるような条件を、

人間が作っているんだということがまず問題にある。

 

教育なんて、本来は無用なものだけれど、

教育しなければいけないような条件を、

人間が、社会全体がつくっているから、

教育しなければならなくなる。

 

教育すれば価値があるように

見えるだけにすぎないということです。

(中略)

私ははじめ、「放任」ということと、

「自然」ということを、ごっちゃにしてたんですね。

 

枝は混乱する、病虫害にはやられるで、

7反ばかりのミカン山を全部枯らしてしまった。

 

私はそのときから自然型とは何ぞや、ということが

常に問題として頭にあって、

これだということを確信するまでに、

さらに400本の木を枯らしてしまうことをした。

 

そして、やっと自然型とはこれだな、と

確信をもてるようになった。

 

自然型というものを作るようになってくると、

病虫害の防除も必要なくなって、

農薬がいらなくなった、

剪定というような技術も必要なくなった。

 

自然ということがわかれば、

人間の知恵なんて必要ないんです。

 

子どもの教育にしたってことです。

私も初めそれで失敗したが、

放任ということと、自然ということが混同されていて、

放任が自然であるかのように

錯覚している場合が多いんです。

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泉谷閑示さんの『「普通がいい」という病』にあった

人間の自己形成の考え方には、

必要なモノを付け足していく「塑造的自己形成」と、

要らないモノを削っていく「彫刻的自己形成」がある

という話をおもいだしたんですが、

 

 

自然農法の考え方は、ひき算発想の

彫刻的自己形成に通じるようにおもうんですが、

変化のスピードが速く激しい現代においては、

たし算よりもひき算の発想が

重要になってくるのではないでしょうか。

 

なにをしないのかを決めるのは、
なにをするのかを決めるのと同じくらい大事だ。
──スティーブ・ジョブズ

 

福岡正信自然農園のホームページはこちら

 

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