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「〝教えない〟性教育」考(その3)

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「〝教えない〟性教育」考(その3)

「〝教えない〟性教育」考(その3)

2023/11/08

教えない性教育をテーマに記事を書き始めて、

これで3回目となりました。

 

これまで書いてきたことを踏まえて

話を展開していくことになりそうなので、

前の2回をお読みで無い方は

先にそちらを読まれた上で

本日分の記事をご覧戴けると有難いです。

「〝教えない〟性教育」考(その1)

「〝教えない〟性教育」考(その2)

 

先月、このblogの今日の名言シリーズの記事で

TVドラマ『鈴木先生』に出てくる台詞を

取りあげたことがありました。

 

それで今日は、この『鈴木先生』を素材に

教えない性教育の可能性について

考察してみたいとおもいます。

 

その記事にも書いたことなんですが、

わたしがなぜあの作品を推しているのかというと、

先生という立場にモノを言わせて

生徒に上意下達的に伝えようとするのでなく、

正解が予め与えられていない問いを

自らの頭で考えようとすることや、

多様な価値観を認め合いながら

対話し続けようとする姿勢の大切さに

スポットが当てられている点に

注目していたからでした。

 

主人公の鈴木先生には、

子どもたちから学ぼうとする姿勢があって

正解のない問題に

生徒と一緒に向き合い、
対等な立場で共に考えようとしているんです。

 

(以下ネタバレ注意)

TVドラマ『鈴木先生』のクライマックスは、

デキ婚しようとしている鈴木先生には

罪があるのかないのか、

子どもたちがクラス会議で裁判にかけるという、

現実でほぼ起こり得ない破天荒な展開に。

 

次の画像は武富健治さんの原作漫画から。

 

そして、子どもたちが各々に

親の結婚に至るプロセスや

自分の性行為に対する考え方を

次々に述べていきます。

 

議論が白熱して言い争う場面もあるんですが、

話の焦点が避妊の是非に移っていきます。

 


「女だってナマ(避妊具なしでやっちゃう)

 ガマンするのタイヘンなんだよ〜」って

言ってしまう河辺彩香(カーベェ)は、

中学2年生にしては、なかなかに過激で、

当然、他の女子たちから反発を買います。

 

でも、「ただ気持ちイイってことだけで

言ってるんじゃない」「心がつらい」っていう

人間関係の本質を突くような言葉が

飛び出してきます。

 

この発言の後、教室が大混乱に陥り、

鈴木先生も、どうやってこの場を収めればいいのか

方向を見失いそうになってしまうんですが・・・


この場面は、TVドラマでも第10話で

ほぼ原作通りに展開されていました。

 

河辺彩香(カーベェ)役だった

女優の小野花梨さんは、

このドラマの収録時は小学6年生で、

あまりにクセが強いキャラを演じたことで、

実生活で、中学生になったときに、

イジメに遭ったりしたことがあったを

最近のインタビュー記事で告白しています。

役者歴17年、小野花梨が明かす女優としての抱負
「困った時のピンチヒッターと言われる存在に」

 

脚本や演出の側から見ても、

小学生にこういう台詞を言わせるのは、

どうしたもんだろうかという逡巡が

きっとあったんじゃないかとおもうんですが・・・

 

でもわたしは、子どもたちを

決して子ども扱いしない姿勢が貫かれている

このドラマだったからこそ

こういう過激な台詞であっても

小学生だった彼女に言わせることが

できたんじゃないかとおもうのです。

 

前に紹介したインタビュー記事にあるとおり、

小野花梨さん自身も「ドラマ『鈴木先生』で

河辺彩香役を演じたことをマイナスに捉えたことは

一度もないですね」とキッパリ!

 

次はX(旧twitter)『鈴木先生』絡みのアカウント
「緋桜山中学校2年A組」
への投稿記事より

 

「自分が生きて行く術として

このお仕事をやっていこうと思った作品」って

彼女のこの言葉、めちゃ痺れますね〜

 

昨日投稿した記事で紹介した

Yahooニュースの記事の後半部、
水野哲夫さんの言葉の中に、
「包括的性教育」に触れた箇所がありましたが、

『鈴木先生』はその内容をほぼ

実現できている作品ではないかと。


つまり、鈴木先生は、

けっして正解をもっているわけではないし、
子どもたちに大人の考えを

一方的に押しつけようとしていません。

 

鈴木先生は、先生としてというよりは、

ひとりの人間として、
セクシュアリティの問題を、

自らの生き方の中に位置づけようと
一般論でなく自分事として向き合い、

ちゃんと一人称で語っているんですね。

 


まあ、わたし自身、そうはおもっていても、
いざ自分自身の生き方として

自分のセクシュアリティの問題を
自らちゃんと語れるのか?と問われたならば、
まったく自信はないんですが。 (‥ゞ

 

それでも、教育の仕事に長年携わってきて、

最近では子育てや学習に関することだけでなく、

恋愛やセックスに関する相談事に対しても

問題解決につながる手がかりや

考えるための方向性を示すことが

できるようにはなってきていて、

これもさまざまな相談に

たくさん乗らせてもらってきたお陰と

言っていいでしょう。

 

ただ、性教育に関していうと、いまの日本では、

注目すべき性教育の実践がすくない・・・

いや、わたしがそう勝手におもっているだけで、
現実にどうなのか、

事情はよくわからないのですが。

 

たとえば、一昨日書いた記事の冒頭近くで紹介した

内田樹&三砂ちづる『身体知 カラダをちゃんと使うと幸せがやってくる』に、

昔は親に話せないようないかがわしいことを

こっそり教えてくれる
「ろくでもないおじさん、おばさんたち」や、
親にかくれてこっそり読むような

エッチな本を借してくれる
「近所のおにいさん、おねえさん」が、

まわりにいっぱいいたって話が

書かれているんですが、

今日の日本では、そういう人たちは、

いなくなってしまったのでしょうか?

 

たぶん、地域からいなくなってしまったのではなく、

核家族化や都市化が進んで

人と人とのつながりや関わりそのものが希薄化し

分断されてしまっただけなんじゃないかと。

 

 

ところで以前、次の記事で、

寺子屋塾という場が生み出している

人と人とつながりのスタイルは、

対話的関わりと偶発性をベースにした

ゲームセンター型コミュニティなんだって話を

書いたことがありました。

計画的偶発性の場づくり 哲学対話とゲームセンター型コミュニティ

 

つまり、寺子屋塾の場合、

家庭でもなく、学校でもなく、
民間の社会教育的な場であるわけで、

そうであればこそ、
かつて地域コミュニティが

果たしていたような役割を

担うことができるのかもしれないんじゃないかと。

 

わたしなんか、さすがにもう

「おにいさん」と呼ばれる年代では

なくなってしまいましたが、

そういう「ろくでもないおじさん」であったら、

すぐにでもなれる自信がありますし。笑

 

※この続きはまた明日に

 

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