寺子屋塾

池谷裕二さんと糸井重里さんの教育をめぐる対話から

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池谷裕二さんと糸井重里さんの教育をめぐる対話から

池谷裕二さんと糸井重里さんの教育をめぐる対話から

2023/10/28

10/19〜23まで5日間にわたって

脳科学者・池谷裕二さんの著書やインタビュー記事、

YouTube動画を紹介する記事を投稿しました。


これは寺子屋塾のblogですから、

主に寺子屋塾の学習と関わりの深い部分を紹介し

コメントしたんですが、

最後の締めくくりのつもりで書いた

5日目の記事には、池谷さんの関連記事や動画を

終わりの方でまとめてシェアしました。

 

まだ、あれから1週間も経っていないので、

シェアした記事や動画をすべてご覧になった方は

いらっしゃらないかもしれませんが、

最近の糸井重里さんとの対話を紹介している

ほぼ日の記事

 

ジャングルを出て、また会おう。
池谷裕二×糸井重里(ほぼ日)
 のうちで、

 

第1回の記事「成長がうれしい」 を
ご覧になりましたか?

 

昨日投稿したblog記事に、

 

結局、わたし自身が何をしているのか、

寺子屋塾ではどんなことを実践しているのかを

表現するなら、
学ぼうとしている人たちが

「13%の人間に入っていくんだ」というスイッチを

自分で入れられるような場を

つくっているってことでしょうし、

また、そのようにスイッチが入った人に対しては、

どのような視座に立ち、

何を見て、どんな学び方をすればいいのか、

自分自身で考えられるように、なおかつ

自分ひとりのアタマだけで考えないように

(問いを立てられるように)、

「個別に」応対し、ガイドすること

 

と書きながら、池谷さんと糸井さんの対話内容が

わたしの脳裏によみがえってきたんですが、

子育てと教育についてが

話題の中心だったこともあって、

その内容を紹介し、

コメントを書きたくなってしまいました。

 

5回で締めくくれなかったですね〜 (^^;)

 

 

(引用ここから)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
池谷 本日は、よろしくお願いします。


糸井 久しぶりで、うれしいです。
   ちょっと会わない間に
   お互いに変化したと思うんですけど、
   脳の研究の分野だと、
   「見ない間に様子が変わってる」なんてことは
   ザラにあるわけですよね。


池谷 「いつの間にこんな新しい技術や発見が

   あったの?」なんてことはしょっちゅうで、
   オチオチしてられないと同時に、
   ワクワク感があります。
   コロナも経て、やっぱりサイエンスは、
   自分も変化し続けなきゃいけない分野なんだと
   改めて思います。


糸井 ネガティブに言えば、
   コロナの影響で
   知識を吸収して変化する機会を
   失ってしまった人もいますよね。
   それはけっこう大きな問題だと思います。
   僕は20年以上、
   同じ歯医者さんに通っているんですが、
   この歯医者さんは
   いつも変化している人なんですよ。


池谷 本当に優れた人って、
   自分の技術へのこだわりすら
   捨てられるんですよね。


糸井 そうなんです。
   自分の腕を自慢するんじゃなくて、
   科学や治療、患者のよりよい暮らしに
   貢献しようという気持ちがいつもあって。


池谷 そうかぁ。
   自分の背丈がよくわかってる人ほど、
   足りないものを吸収して
   成長し続けるものかもしれない。


糸井 それは、
   池谷さんにも当てはまるんじゃないですか。

 

池谷 自分に対しては、やっぱり過信できないです。
   脳の研究をしていると、特にそうなります。
   脳はけっこういい加減なものですし、
   自分の脳ももれなくそうなってるはずだから。


糸井 そうか(笑)。
   若いときは「勝ち負けにこだわる」みたいな
   ちょっと単純な脳も持っているものですよね。
   ネット社会では、
   それぞれの取り巻きが
   勝ち負けを決めようとするようなこともある。


池谷 ありますね。


糸井 周りを煽って妙なところに

   向かわせないためにも、
   自分が知りたいことや
   やりたいことが「まだたくさんある」という
   余白を作らなきゃいけないと思っています。
   そう考えたときに
   真っ先に思い出したのが、
   池谷さんのおっしゃる
   「可塑性(かそせい)」という言葉でした。


池谷 「可塑性」、まさにそうですよね。
   何歳になっても脳は、新たな試みを展開し、

   つながりを生もうとします。


糸井 ぼくらの脳は
   「可塑性」を持っています。
   だから変わっていくし、もっと大きくもなる。


池谷 脳って、いくらでも好きなように

   変えられるんですが、
   「好きなように」というところが大切で、
   ただ可塑性の能力を抱えているだけだと
   何ができるのか、よく分からないんです。
   そこに「楽しい!」みたいな気持ちがあると、
   練りがいが出てきます。ですから、

   自分の研究分野にいる学生に対しては、
   「楽しむ」ということが
   「可塑性」を花開かせるいちばんいい方法だと

   信じて、話をしています。
   今日はちょうど
   「子育てと教育」というテーマで
   企画をいただきましたが、
   大学では、ず~っと教育はしてるんですよ。
   赤ちゃんを育てるのとは
   まったく違うんだけど、でも、
   違うベクトルを向いているかっていうと、
   そんなことはない気がします。
   どちらも人対人ですから。


糸井 教育や子育ては、
   人生に自然と関わってくるものだから、
   それにまつわる疑問は

   消えることがないですね。


池谷 どう育てたらいいのか、
   子どもからの疑問にどう答えようかという
   ダイレクトな疑問もあるんですけど、
   「そもそも『教育』って何だろう?」

   みたいな、メタな疑問も生まれてきます。
   おそらく、そういう疑問を持つこと自体が
   自分を変化させていくものなのでしょう。


糸井 軸にあるのはやっぱり「可塑性」ですね。
   「可塑性」は「変える」という意志次第で
   発揮されたり、されなかったりします。
   とすると、子どもと接するうちに
   「ここでこうしてあげたら喜ぶかな?」

   だとか、絶えず応用問題が出てきますよね。


池谷 その応用問題がまた、楽しくもあり、
   けっこう難しいのです。
   最適な解だと思っていた自分の対応が、
   長期的に見たときに
   「これでよかったのかな」となることも
   出てきます。
   ここからはどうしても抜け出せないですね。


糸井 試行錯誤は永遠に続くとしても、
   ここ数年で、教育の大きな変化は
   いくつかあったような気がしています。
   例えば、昔は、
   個人が「社会に合わせる」のが主流でした。
   しかしいまぼくの孫が受けている

   教育を見ていると、
   「社会に適合しなさい」という教えが
   重視されてないんです。
   「個としての子ども」が

   自然にやっちゃうことがある、ということを

   前提にしながら、周囲がそれに合わせようと
   判断されている気がして。


池谷 ああ、そうなんですよね。
   ぼくたち以降の世代、
   その環境で育ってきた若者たちが、
   基本的に「いい子」「いい人」になってるのは
   事実です。


糸井 価値観がバラバラの状態で、
   おんなじ年の子たちがいることが
   許されてる状態なんです。
   お遊戯でも、踊りたい子は踊ってるんだけど、
   そうじゃない子はただ立っていますし‥‥。


池谷 それも個性なんですよね。


糸井 面白いのは、
   それなのにだんだんと、「できる側の表現に

   寄っていったほうが楽しい」と
   いつのまにかとらえて、子どもなりに判断して

   上達していくということです。
   ネガティブな言い方をすると、それは
   「同調圧力」なんだけど。


池谷 不思議ですよね。
   でも、それの根底にあるものって、
   よ~くよく考えてみたら
   「成長するのが嬉しい気持ち」なんですよね。


糸井 あぁ、なるほど、そうですね。
   先にルールがあって
   それに合わせてやっていたのが
   これまでの教育だとすると、
   今はそれこそ「可塑性」の塊を
   バンと置いておけば
   子どもが自分たちでうまく回していく、
   ということなんでしょう。


池谷 しかも、そのほうが能力も高くなるんです。
   だから今は学生たちに
   教えることも少なくなっていて、
   「自由に走らせておけば、
   自律的にうまく走ってくれる感じ」
   があると思います。
   そのまま「わが子」にも
   同じ方法でうまくいくかっていうと、
   また別問題ではあるんですけど(笑)。


糸井 そうですね(笑)。
   でもそう考えると、
   「体系」という道具を使って進化していく、
   という発想自体が工業社会的だった、
   ということになるのでしょうか。


池谷 制御しようとしますからね。


糸井 それよりも、元々持っている
   「向上したい」気分だとか、
   「覚えるのが嬉しい」という気持ちだとかを
   教えるほうが必要になってくるんですね。


池谷 個別の知識を教え込むよりは、本人たちが

   体系そのものをつくれるような「場」を
   つくらないといけないのかもしれない。


糸井 ああ、それができたら、最高ですよね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(引用ここまで)

 

前半部でわたしに響いた言葉を5つ挙げると、

・本当に優れた人は、

 自分の技術へのこだわりすら捨てられる

 

・自分の背丈がよくわかってる人ほど、
 足りないものを吸収して成長し続ける

 

・脳はけっこういい加減なつくりだから

 自分を過信しない姿勢は大切だ

 

・知りたいことややりたいことが

 まだたくさんあるという余白を作っておくこと

 →脳の可塑性に着目

 

・楽しむことが脳の可塑性を開花させる

 一番いい方法である

 

そして、後半部では、前半部でやり取りされた

以上のような対話内容を伏線に置きつつ

池谷さんから提議された

「そもそも『教育』って何だろう?」という、

メタな疑問がきっかけとなって、

本格的な教育談義が展開されていきます。

 

糸井さんから話題提供された

ここ数年で、教育の大きな変化として、
昔は個人が「社会に合わせる」のが大切だという

価値観のもとになされる教育が

主流だったのに、
最近では「社会に適合しなさい」という教えが
あまり重視されなくなって、

「個としての子ども」が

自然にしてしまうことを前提にしながら

行われるようになってきているというところは

とっても興味深かったですね〜

 

ただ、現代日本の個人主義は、

表面的にアメリカナイズされた個人主義というか、

自分のアタマで考え判断することができず、

世間というしがらみの人間関係を温存しながら

お上(行政)に従い、

まわりの顔色を伺いながら生きるという姿勢を

善しとするようなところがあり、

西洋の個人主義とは似て非なるものと

捉えておく必要はあるようにおもうんですが。

 

それで、人間が誰しも元々持っている
「向上したい」気分だとか、
「覚えるのが嬉しい」という気持ちだとか、

いわゆる内発的動機付けを

大事にしながら為される教育活動というのが

求められるのではないかと。

 

 

とりわけ、この記事の最後にある池谷さんの言葉、
個別の知識を教え込むよりは、本人たちが

体系そのものをつくれるような「場」を
つくらないといけないのかもしれない。
には

超シビレました!

 

らくだメソッドは、

カリキュラムを自分仕様に合わせて

カスタマイズできる教材であることは

以前にもどこかの記事に書いたとおもうんですが、

寺子屋塾でやっていることは、まさに

体系そのものを自分でつくれるような「場」を

つくることなので。

 

 

第2回以後の記事も興味深い話題ばかりなので、

ぜひお読みになって下さい!

 

 

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