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寺子屋塾生のらくだメソッドふりかえり文を紹介(その4)

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寺子屋塾生のらくだメソッドふりかえり文を紹介(その4)

寺子屋塾生のらくだメソッドふりかえり文を紹介(その4)

2023/08/23

8/20からこのblogでは、

寺子屋塾生・本田信英さんが

入塾時から3年間、3ヶ月毎に書いていた

らくだメソッド学習のふりかえり文を

少しずつ紹介しながら、

わたしのコメントを記していて、

今日で4回目となりました。

 

なぜこのような記事を投稿しようとしたかなど、

きっかけなどの前口上をあれこれ書いたので
関心のある方は、

8/19に投稿した(その0)をご覧ください。

 

この連載記事は1回1回、完結するスタイルで

書いていますので、

前の記事を読んでいないと

今日これから書く記事内容が理解できないということは

ありませんが、

(その1)では3ヶ月めと6ヶ月めのふりかえりを、

(その2)では9ヶ月めと1年めのふりかえりを、

(その3)では1年3ヶ月めと1年6ヶ月めの

ふりかえり文を紹介しましたので、

本田さんがどのように変化されたのか

そのプロセスそのものを辿りたいという方は

最初から順番に読まれることをオススメします。

 

また、本田さんは、

学習を始めて2年3ヶ月経ったタイミングで

これらのふりかえり文をblogに公開されたんですが

なぜ大人の自分が算数、数学のプリントで

学習を続けているのかなど、

本田さん自身によって書かれた

前口上の記事が2本ありますので、

未読の方はそちらもぜひご覧ください。

大人になって算数のプリントを始めた

変化のプロセスを見ていく記録


 

さて、今日は2017年8月に書かれた

1年9ヶ月めのふりかえり文を紹介します。


(引用ここから)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
らくだメソッド1年9ヶ月の振り返り

 

最初に断っておくが、この文章は長い。
取り扱っている内容と照らし合わせれば

短くなるべきなのだが、自分の思考の変化を

「具体的に」記しておきたかったので、

長くなってしまった。

しかし、この3ヶ月の発見は

私の人生にとっても

大きな変化をもたらすものになったので

仕方ないのかもしれない。

 

今の私にとってキーワードをあげるとしたら、

間違いなく「抽象思考」だ。

 

というのも、この3ヶ月はほぼ

ずっと因数分解のプリントをやり続けていたからだ。
昨日解いた問題が、

今日はロシア人形のように入れ子式になって、

すっぽり収まってしまう。

どんどん次元が上がっていくことに

戸惑いを覚えながらも繰り返すうちに、

自分の思考の抽象度が上がっていくのを感じた。

 

正直に告白すると、これまで私は

数学をやる意味がずっとわからなかった。
なんで数学やるの?
数学って問題を解くためのものでしょ?
らくだメソッドをやっていても、

数学を学ぶためというよりも、

自分自身の癖を浮き彫りにして、

修正していくためのツールだと捉えていた。
けれど、最近ようやくわかりつつある。

数学の問題を通して、

抽象思考を身につけているのだ。
 
具体的なものから数を抽出する。
掛け算は足し算を抽象化したものだし、

因数分解では

記号を使った一次式、二次式、三次式と

どんどん抽象度が上がっていく。
すると今までは見えなかった風景が

見えるようになるのだ。

それは辿り着くまでは

決して見ることのできないものだ。
例えば、因数分解の三次式が解ける人にとっては、

二次式の因数分解はなんでもないが、

その逆はわからない。
階層的にわかれた抽象と具体の世界は、

上から下を覗くことはできても

下から上を覗きこむことはできない。

 

そうした体験をして、翻って自分を見てみると、

私はもともとの思考の抽象度が低いことに気づいた。
話をしていて具体例を出すのは得意だけれど、

理論を理解・説明することはとても苦手。

 

それは「抽象とはなにか」が

まったくわかっていなかったから。

 

私はこれまで抽象化することは

「曖昧にする」というような意味だと思っていた。
つまり、ピントがずれるように、本質から外れ、

輪郭がぼやけていくようなものだと感じていた。
けれど、実際のところはそうではなかった。
むしろ、抽象的になることは

本質に迫ることだった。

抽象化とは、複数の対象から似たものを

抜き出すことだけれど、

本質を見極めなければ共通点は見えてこない。
例えば、野球、サッカー、卓球の共通点を

一言で説明する時に

「靴を履いている」と言うのは、

具体的な見た目だけの話で、

競技として大事なのはそこではない。

「球技」と言うためには抽象化の能力が必要だ。
抽象度が高まるごとに

無駄はどんどん省かれていくので、

抽象化することは

シンプルになるということでもある。
それがゆえに汎用性が高く、

色んなことに適用できるから、多くの人に響くのだ。

 

近年、ファシリテーターの人と関わるようになって、

そうした人達はことごとく数学に強かった。

それはただの偶然だろうと思っていたのだけど、

そうではなかったと今ならわかる。
全体を俯瞰的に捉えようとすると、

どうしても抽象思考が必要になってくる。

 

そして、抽象思考は特別な人だけが

持っていればいい、というものではない。

全ての人に役立つ能力だ。
私達の身の回りで起こっていることと

一見関係ないように見えて、密接にリンクしている。

生きづらさや苦しさを抱える人ほど

抽象思考が必要だ。
なぜなら、その能力は

人間関係にも適用できるからだ。
既に書いた通り、抽象化することは

似たものを見つけ出してまとめていくことだ。
他者の中に自分と同じものを見つけること。

それは共感能力にほかならない。
他者に対しての不満を覚え、

優しくできないということは

「わたし」という具体的な視点から

離れられないことによって起こる不幸だ。
「他人に親切に」と言われたって、

異物として他者を捉えているうちは

まったく腑に落ちない。
そこから抜け出して、

一段高い視点に行かなくてはいけない。
「私とそれ以外」から「私達」へ。
その視点がどんどん上がっていけば、

悟りやアドラーのいう共同体感覚にも

つながるのだろう。
つまりは「わたしとあなた」を

より身近なものとして認識できる。

 

とにかく抽象的思考が身につけば、

色んなものが説明できてしまう。
なぜ私達が子どもに対して

苛立ちを覚えてしまうのかといえば、

子どもが抽象的思考を

育んでいる途中だと言うのが1つの理由であり、

同時に大人が子どもの抽象度まで

降りていくことができていないからでもある。
「今日なにしてた?」「なにもしてなかったわ」

という大人の何気ない会話も、実は高度な会話だ。
子どもに同じ質問をすれば、

「まず起きてテレビ見てね、

 それから太郎くんとプールに行って、……」

のような答えが返ってきて、

「いや、わかった。もういいよ」と

大人は話を切ってしまう。
抽象度の世界観が違うことは

お互いにとってストレスが溜まる。

 

ただし、抽象度が高ければいいという話ではない。

それは共感のための必要条件ではあるけれど、

十分条件ではない。

抽象化するためにはその対象がいるからだ。
いつだって出発点は「わたし」である。

そこを見失ってしまうと

なにをしたいのかもわからなくなってしまう。
抽象度が高すぎると「世界平和」のような

具体的になにをするのか

よくわからないものになってしまう。

 

だから、算数・数学でやっていることは、

具体的な問題を通して、抽象化する能力と

その答えを具体化する能力の両方を養っている。
抽象化することで、世界との繋がりを感じられる。

そして、その繋がりを感じながら

私達は現実という具体の世界を生きていくのだ。

 

私がらくだメソッドで学んでいたのは

そういうことだった。
1年9ヶ月やってようやく

説明できるレベルになってきたのは、

はたして早いのか遅いのか。それはわからないが、

2017年の6月から8月にかけては

立て続けに具体と抽象が自分の中で

カチカチとはまった。記録を見直してもわかる。

 


6/3 高1-11(14分)17:31⓪
かなり良いペースで解けていて、これは一発クリアもあるか、と思っていたけれど、最後の問題で計算ミスをして、余分な時間がかかってしまった。それにしても、因数分解って凄い! そうか、こうやって何に注目するかで解き方なんていくらでもあるんだ。これはロマンがある。数学の面白さというものがちょっとずつわかってきたかもしれない!
 
7/12 高-19(20分)22:07⓪
目の前の問題に真摯に取り組む。他のことは頭の外に追いやり、真剣に一つのことに集中すればやがては道は開ける。それが徐々に確信になりつつある。私の中にはあるのだ。積み上げてきたものが!
 
7/21 高-20(20分)24:33⑦
さっぱり意味がわからなくて、大変だ。色んな解き方があって、その中で最適な方法を瞬時に選べるようになる訓練をしている。そうだよな、問題が解けるようになることが目的じゃない。物事への取り組み方考え方を学んでいるのだ。視点の多さも含む
 

 

これらは毎回プリントを終えてから書いているメモ。
文章の端々に、数学の問題そのものとは

離れた感想が見受けられる。

それは思考が抽象化してきた証拠でもあるだろう。

 

そして、その中でもある日のメモは

特に印象に残っている。

 

6/22 高-14(16分)30:05 ⑦
どう考えてもクリアするのが無理だとわかっていたから、30分測って、それでできなかったぶんは答え見ながらやった。
答え合わせしてたら不意に涙が出てきた。くそう、勉強が楽しい……。
学生時代はあんなに苦痛だったものが楽しいよう。
プリントは間違いだらけで問題数の半分近くわからないのに楽しいよう……!
気づきがあるとかそんなことじゃなくて、問題が解けるということが喜ばしいよー!わからなかった問題が解けることが嬉しいよー!間違えた問題の解き方がわかることが楽しいよー!
高校入って間も無い頃からずっと止まっていた時間が動き出している。嬉しいのか切ないのか、よくわからないけれど、涙がにじむ。こんなん初めて知った。知れてよかった。
 

 

自分がなんのために、なにをやっているのか。
それがわかってくると、

目先の結果に感情が振り回されることもなく、

心の底から楽しさと喜びを味わうことができる。

 

わかるから楽しい。わからないから楽しくない。
そういうのはもういいじゃないか。
やっていることが、起こっていることが楽しいのだ。

 

私にはまだまだ見えない世界がある。

そこをただ見てみたい。
それは「ワクワク」とはちょっと違う。

 

呼吸と同じようにこれをしたいと自覚する前に、

既に身体が動き出してしまうのだ。

意識が言っているのではなくて、

生命が欲しているのかもしれない。
(2017年8月21日) 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(引用ここまで)

 

 

1年9ヶ月たった時点で書かれた

このふりかえり文の主軸テーマは、

昨日(その3)の記事で紹介した

1年3ヶ月のふりかえりにも登場している

「具体と抽象」です。

 

わたし自身もその頃、

本田さんが書いたふりかえり文を読んで刺激を受け、

数学という教科のもっている

抽象化トレーニングという側面を掘り下げながら

思考を重ねていました。

 

というのは、それまでのわたしは、

大人がらくだメソッドで学ぶ場合は、

新たに何かを身につけるラーニングより

今まで身につけてきたもののうち、

必要ないモノを取り外したり、再構築する

アンラーニングの要素が強く、

小学校教材だけでも十分と

考えていたところがあったのです。

 

でも、2016年頃から吉本隆明さんの思想に触れ、

そして、3ヶ月毎に書かれる本田さんの

ふりかえり文を読みながら、

考え方を改める必要があるんじゃないかと

おもいはじめていました。

 

そして、そんななかで出会った1冊の本が、

細谷功さんが2014年に書かれた

『具体と抽象 世界が変わって見える知性のしくみ』

だったのです。

 

この本の内容は、わたしにとっても

非常にインパクトのある衝撃的なものでした。

 

寺子屋塾を始めてから今年で29年になりますが、

この間500余名の塾生が

らくだメソッドで学習しながら、

学んでいる内容は、算数・数学なのに

(英語や国語のプリントもありますが、

 算数・数学から始めることを原則としています)、

不登校だった子どもが、

別段学校へ行くように奨めたわけでもないのに

ある日突然に、自分から

「学校へ行く」と言い出したり、

何をしていいのかよくわからず

もやもやしていた人が、自分の道を見つけられたり、

生きることに苦しみを感じていた人が

ラクになったと感じるようになったりして、
教室を始めた初期の頃は、

わたし自身もどうしてそういうことが起きるのか

とてもフシギに感じていました。

 

もちろん、そのように変化する塾生ばかりでなく、

そうならない塾生もいて、

変化スピードも個別に異なり一律でないんですが、

どうしてそうなのか、

そうした違いはどこから生まれるのか、

その理由が、この本田さんのふりかえり文や、

細谷功さんの『具体と抽象』を読むことで、
よりクリアとなり

ハッキリわかった気がしたのです。

 

らくだメソッドで実際に学習していない人には

本田さんの実感は伝わらないとおもいますので、

気になった方は、
この本をぜひ読んでみてください。

 

塾生の廣安祐文くんが、この本の内容を一部分

blogで紹介しているので、シェアしておきます。
読物つれづれ no.9 〜細谷功『具体と抽象』-世界が変わって見える知性のしくみ-〜


『世界は贈与でできている』読書会に続く
次の読書会のお題本が、

この『具体と抽象』の著者・細谷功さんと

『観察力の鍛え方』の著者・佐渡島庸平さんの

対談本『言葉のズレと共感幻想』に決まったことも

じつは、このタイミングで
細谷さんの本に出会ったことが背景にありました。
 

 

なお、本田さんのnoteにアップされている記事には、

このふりかえり文を書かれた時から

すこし時間を置いたタイミング(2018年2月)で

本田さん自身が書かれたコメントも付されていて、
わたしとは異なった視座、視点が垣間見えますから、

是非ご覧になってみてください。

らくだメソッド1年9ヶ月の振り返り

 

この続きはまた明日に!

 

【関連する参考記事リンク集】
中学数学のテーマは「世界の拡張」

アンラーン、アンラーニングに関する本
マイケル・ポランニー「科学は観察の拡張」(今日の名言・その26)

家入一真「ただやるべきことを日々淡々とやる」(今日の名言・その30)

らくだメソッドは根本原理の組み替えツール

苦を終わらせる4つの真実〝四諦〟

人間の精神作用を表した〝五蘊無常無我〟

 

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 8/27(日) 『言葉のズレと共感幻想』読書会 #2

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 9/17(日) 第23回 経営ゲーム塾Bコース

 10/15(日) VOP予告編⑤ビデオ上映会

      

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