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「〝教えない〟性教育」考(その16)

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「〝教えない〟性教育」考(その16)

「〝教えない〟性教育」考(その16)

2023/11/21

11/6より教えない性教育をテーマに

記事を書き始め、本日分が16回目となりました。

 

ただ、ここ2回ほどの投稿は、

ずっと書いてきたテーマからは

すこし離れた内容の記事になっています。

 

というのは、

11/18お昼過ぎ頃から11/20朝まで上京し、

東京都杉並区にある次男の住まいに

泊まっていたんですが、
(その14)には、

次男の住まいから徒歩約5分という近い場所にあり、

わたしが早朝散歩で訪れた神社が、

11/8に投稿した(その3)の記事で紹介した

TVドラマ『鈴木先生』の撮影時に
ロケ地として使われた

「下高井戸浜田山八幡神社」だったことに

最近気がついたからという話を

書いたからなんですが。

 

また、一昨日投稿した(その15)の記事には、

11/19に、このたび上京した目的のひとつだった

図書空間「坂本図書」を訪れ、

わたしが在室していた3時間の間に

閲覧した本のリストを書いたんですが、

 

その図書空間「坂本図書」に設置されている

坂本龍一さんの蔵書のなかに、

「教えない性教育」というテーマ絡みで

紹介しようとおもっていた

三枝誠さん(龍生さん)の本が含まれていたので、

その内容を紹介することで
そろそろ本題に戻していこうとおもいます。

 

昨日までの投稿に未読記事があっても

本日分の記事を読むのに支障は

まったくありませんが、

過去に書いた記事と無関係というわけではなく、

これまでの文脈を知った上で読まれると

それはそれで興味深く

内容を受け止めていただけるでしょうから、

未読記事がある方は

末尾にある過去記事と参考記事のリストを

適宜参照下さい。

 

 

さて、著者の三枝誠さんがどんな方なのか、

どんな風に出会われたのか、

プロフィールをふくめて坂本龍一さんご自身が

直に語っているインタビュー記事を見つけたので、

それをまずはお読みいただければと。

 

これは、2000年12月ニューヨークで収録され、

東京の南青山にあるブッククラブ回の

『Spiritual Data Book 2002』に掲載された、

坂本龍一さんへのインタビュー記事から

三枝さんのことに言及されている箇所を

抜粋したものです。

 

(引用ここから)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Q:環境問題に深く関心を持つようになったのはどのようなきっかけがあったのですか。


坂本:40才を過ぎて自分の体に変調、まあ大きな変調ではないのですが、やはり老化が始まったのを自覚して、そういう時に野口整体、野口晴哉さんの内弟子だった三枝誠さんという整体師に紹介されて御会いしたのがきっかけです。それまでは、「気」や身体のことにあまり関心がなかったのですが、その出会いをきっかけに一挙に関心を持って、取り寄せ可能な野口さんの書籍は全て取り寄せて全部読んだのです(笑)。そして自分の身体感覚に少し目覚め始め、外経絡としての環境を意識し始めたんです。それと普段何気なく食べているものにも関心を持ちマクロビオティックにも出会いました。これも桜沢さんの本を読んだり、久司さんに御会いしたりしました。毎日空気を吸ったり、物を食べたりしている自分の身体感覚に目覚めると、生物は環境と深く関係しあって生きているということに気づかされるので、そこで一気に関心を持ったのです。野口先生の本は装丁のセンスが良いですし、あのオリジナルな直筆の字が好きです。

 

Q:南方熊楠は1980年代に随分紹介されて有名になったけれども、僕は野口さんや桜沢さんは南方熊楠に勝るとも劣らない巨人のように思うのですが、全く一般には知られていないというのがビックリしますね。

 

坂本:野口さんの本も、桜沢さんの本も普通の書店では売っていないというのは、おかしいと思うんです。世に知らしめたい本だけれどもアベイラブルでない本というのはたくさんありますね、勿論文学書もあるし。そういうものを電子出版や紙の媒体を使って「code」ではやっていきたいと思っているんです。マクロビオティックの日本CI協会の方にも、そういったことを申し出をしたらとても喜ばれて、桜沢さんの重要な本を一般の本屋にも置けるようにしたいと思っているんです。野口さんの書籍に関しても紹介できたらと思うのですが、野口さん自身、自説をあまり広めたくは無かったような印象も受けますね。

 

Q:野口整体のことを全く知らないと逆に拒否反応を起こす場合があるようですね。


坂本:そうですね。僕自身、野口整体に出会って薬を飲む、飲まないとか、ケガをした時にどうするかとか、西洋医療とどうつき合っていけばいいのか、深く考えさせられますね。決断しないといけない時点がある。絶対薬は飲まないとか西洋医療の病院に行かないということではなく、マクロビオティックでも玄米しか食べないという人もいますが、きっとそういうことではないんだろうと思っています。野口さんなどは肉もバリバリ食べていたし、タバコもバンバン吸っていたようです。マクロビオティックの久司さんもスモーカーです。信奉者はどうしても狭くなってしまう所があるのですが、始めた人というのは実は凄くおおらかで広いんです。そういう精神で僕も行こうかなと思っているんですが(笑)。

 

Q:そういうことを実践なさって、創る音に影響はありましたか。


坂本:どうかなあ(笑)。でも早起きになったし生活習慣や仕事のやり方は随分と変わりましたね。それまでは朝まで起きているような生活を40才位まではしてきたんですが、すっかり逆転して夜の12時以降は起きていられない体になってしまったんです(笑)。30代までは一つの仕事を2日位徹夜でガムシャラにやっていたんですが、周りのマネージャーや僕の仕事に付いている人は大体1年位で病気になったり入院したりするんですよ。その当時は意識してなかったけれど、外経絡の話でいうと僕が全部周りの気を吸ってしまっていたようでしたね。それまでの僕を知っている人、勿論ファンも含めて今は180度転換しているように見えるんではないかと思います。環境とか身体とか玄米とか言ってるんだからねえ(笑)。それで去年やった「LIFE」というのが、その時点での環境意識の一種の集大成だったのですが………。一部のファンからは非難轟々だった。他にも環境を意識しているのにタバコ吸っていると周りからバッシングされていたりして、もうアホかって(笑)。

 

Q:そういう問題ではないですよね。


坂本:最初に整体の三枝誠さんを紹介してくださったのが、ある有名なアーティストなのです。たまたまその方と一緒に仕事をした時に「ちょっと手相を見せて」と言われ、見てもらったら「あんた死ぬわよ!」と言われたんです。その方自身20年以上も整体を実践されていて仕事にしても手の抜き方もちょっと考えた方がいいと言われたんです。それと古武術家の甲野善紀さんという方もかなり昔からマクロビオティックや整体、合気道もやっていて身体のことは詳しく、整体師になるために一時修行していたそうです。この辺の方達は、合気道、マクロビオティック、整体、この3本の柱が中心となっていて、僕自身も追っかけというわけではないですが、合気道や甲野さんがやってらっしゃる古武術にも興味があるんです。それもやっぱり身体意識の延長だと思うのですが、近代的、いわゆるヨーロッパ式の身体の使い方じゃない技術というのが明治以前の日本にはあって、言ってみれば世界各地に散らばる先住民の文化に伝わる技術ですね。沖縄にも独特の身体技術があるということですし。関連づけて言わせていただくと、近代的、20世紀的な「大量生産、大量消費、大量廃棄」の文明というものが限界まできているので、自然資源を商品にしてお金を得るという流れをどっかで転換させないとバランスが壊れる、もう壊れ始めているんですが、こういった流れの源流には一万年前の農耕があるんです。それ以前というのは、何十万年も人類は狩猟・採集をして生きてきたのですが、その時代には世界人口も500万人程で急激な人口爆発も起こさなかった。それが農耕を中心とした生活に変わって現代にまで来たのです。人口が上手くつり合っていた時代の生き方も参考にしつつ今の技術も使って、この悪循環の流れを断ち切らないと未来は無いと思うんです。

 

『Spiritual Data Book 2002』に掲載された、坂本龍一さんへのインタビュー記事 より

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(引用ここまで)

 

引用元のインタビュー記事は

「自分とは何か?」という問いに答えているなど

とても興味深い内容なので、

少し長いんですが、ぜひ全文を読まれることを

オススメします。

 

ちなみに、「坂本図書」の蔵書にあった

野口晴哉さんの本は、

『愉気法1』『大絃小絃』の2冊でした。

 

三枝さんの「外経絡」という考え方については、

気の見地から人間関係のパターンを

汚穴型、睡穴型、閉穴型、互穴型、刺穴型という

5つのタイプに整理された考え方とともに、

いずれこのブログでも紹介したいと考えていますが、

いまは、そういう言い方があるとだけ

知っておいてください。

 

それで、三枝誠さんの著書のうち、

『性迷宮 身体にきいたSEX学』は

1995年に出版されたもので、

1997年にその改訂版にあたる

『気のセックス学―性のEQを高めるために』を含め、

今では入手するのがとても難しい稀少本で、

Amazonの古本市場でも凄いプレミア価格に

なっています。

 

図書空間「坂本図書」へ行けば

この本を手に取って読めるというだけでも、

十分モトが取れてしまいますね。笑

 

それで、今日は

一般に性教育の教科書と呼ばれる本には

どこにも書いていないような話がたくさん載った

この本の少し長めの序文をそのまま引用して

ご紹介することにしました。

 

これを読まれれば、この本の全体像が

ある程度見えますし、なぜこの本が、

「〝教えない〟性教育」の教科書に相応しいと

わたしが考えるか、その一端を

感じ取って頂けるのではないかとおもうので。

 

(引用ここから)

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序「講義の前に」

これから整体研究家・三枝誠の講義を行います。あっと驚くような話、そんなバカなどいうような話、そんな話とっくに知ってらぁというような話など、いろんな話が出てくると思います。きっとこの講義で、人生が変わってしまう人もいることでしょう。なぜならば、セックスは人生を変えるようなものであるからであります。心してください。

 

私は整体指導というものを通じて、日々様々な人に会って来た。そのおかげで、人間の身体について、すなわち人間の存在について、ある程度のことを知識として体験として知っているつもりだ。そんな私に言わせれば、老いも若きも、男も女も、自分の身体そして人の身体についてあまりに無頓着すぎると思うのだ。

 

自分の身体に無知であっても何の問題もなく一生をまっとうできる者は確かにいる。しかし、そんな幸せ者は十人に一人もいやしない。とことん身体が軽視されるようになった現代ならば、百人に一人いるかいないかの身体の天才なのである。

 

知識などなくても一生をまっとうできる頭脳の天才もいる。しかし、多くの人は義務教育を終えてもまだ飽き足らずに高校へ行き、さらには大学にまで通う。それ以降も毎日のように新聞を読んだり本を読んだりして知識を増やす。せめてこの十分の一でいいから、自分は決して身体の天才なのではないと意識して、身体について考えて欲しいものだ。それがないために、能力があるのにそれを十全に生かすことができなかったり、友人や恋人、親、兄弟、隣人との人間関係がうまくいかなかったり、やらなくていい失敗をしでかしたり、避けられるはずの事故に遭ったりしている。

 

そのとき、悪いのは自分でなく、運が悪かった、環境が悪かった、あいつが悪かったなどと、自分をあくまで肯定しながら他者に責任をなすりつけてしまうのが多いのだろうが、なんのことはない、悪いのは君自身なのだ。このことに気づかない、気づいていながら目を向けないでいるから、必ず同じことが繰り返される。根本的な原因が解消されないのだから当然だ。その度、他者への嫉妬、憎悪のみが増幅され、それはいつか自分に戻ってきて、厄災は幾倍にも膨れ上がる。

 

君の身体は君が考えているよりもずっと力がある。そのことに気づいていない君の頭よりも、君の身体はずっと賢い。君の人生をよくも悪くもする神のようなもの、いや、下手な神よりずっと偉大と言ってもいいだろう。しかも、君の身体はいつも君を明解に救ってくれ、支えてくれている。その身体を軽んじていると、いつか痛い目に遭う。身体の力を素直に認め、敬意を払うなら、身体は君のあるべき姿、向かうべき方向を指し示してくれるはずだ。

 

私は大学の講師もやっていたりして、若者に接する機会が多かった。この体験からすると、若者のセックスはとことんなっていない。ほとんど小学生なみである。 どうしてこれまで生きてこられたのか、何をやって生きてきたのか頭を抱えることがしばしばだ。

 

最近の女の子は、平然とフェラチオをする。やれとも言ってないのに、パクッとくわえる。これはアダルトビデオの影響が大きいのだろうが、素人の女性が挿入する前からフェラチオするなんてことは、以前なら考えられなかったことだ。こういった現象からすると、性はずいぶん解放されたかのようにも感じられる。

 

しかし、私からするなら、セックスはとてつもない樹海の中に入り込んでいる。このままなら迷って迷って一生迷い続けるしかない。この樹海に迷い込まないように、また、迷い込んだ人が抜け出すための技術や知恵こそが必要だ。セックスに関する情報はメディアに溢れているが、ほとんどの情報は、セックスに対して過敏にするだけだ。皮膚を敏感にしてくれるのならいいんだが、これらは神経を、不安という方向に敏感にしているだけで、本当のことは全然伝えられない。

 

どういう店に行って、どういうプレゼントをあげて、どんなホテルに行けば女の子が喜ぶか、どんな髪形をすれば男に好かれるか、どんな話し方が男を魅惑するか、どんな言動で嫌われるのか、なんて不安を高めるだけの表面的な情報でなく、また、根拠のない体位論や愛撫論でもなく、もっと基本的な身体の仕組みから、勉強し直す必要がある。

 

本来こんなことは小学校で勉強しておかなければならないことだが、最も必要なことを学校では教えてくれない。最近の若者は、学校で教えられないことはからきしダメときている。かつては学校外や家庭の内や外で、こういったことを自然に学ぶことができたが、そういった場もなくなってしまっている。

 

どの雑誌にでも出ているセックス論をスキー場の地図だとする。それを読めば、どんなコースがあり、リフトがどのくらいあるのかはわかる。しかし、その前にどこからどうやってスキー場に行けばいいのかの地図も必要だし、スキーの道具も防寒具も用意しなければならず、スキーを思い切り楽しむにはどういった心構えや身体が必要なのか、初心者ならば、誰に教えてもらうのか、宿はどうするかも考える必要がある。何も知らずにスキー場にほうり出されたってスキーを楽しむことなどできず、下手すると、雪山に紛れ込んで遭難するかもしれない。本当のスキーの楽しさを知らず、ただ山道を歩くことがスキーなのだと思い込んで、一生、歩き続けるだけかもしれない。

 

そういった基礎知識や準備をすっとばして、セックスは気持ちいいぞ、みんなやっているぞ、早くやらないと損だぞ、とメディアは強調するばかりで、それを読んで、ヘンな強迫観念にとらわれ、不安やコンプレックスばかりが溜まり、楽しいはずのセックスが楽しくない。しかし、楽しんでいない自分を認めたくなく、知られたくないから、楽しんでいるふりだけをする。

 

そりゃあセックスは気持ちがいいものではある。でも、おっぱいを触るだけ、お尻を触られるだけでも気持ちがいいものだ。時には頬ずりするだけ、手を握るだけ、目を見るだけで、セックスよりも気持ちよくなれることもある。セックスに至るまでの人間関係、身体の問題や、セックスにまとわりつく社会の規範や現象などを含めてセックスがあり、セックスは性器と性器の結合、すなわち交尾だけでは語れない。

 

セックスを性器と性器の接触、すなわち交尾だけでとらえるなら、悦びは性器の表面にしか生じない。セックスを広く、深くとらえるなら、悦びはその分広く、深くなるものだ。セックスを交尾という行為だけに押し込めるのはもうおしまいにしよう!交尾の前に知っておかなければならないこと、やっておかなければいけないことがたくさんあるのに、それを誰も教えてくれない。いくら交尾をしてもわからないことはわからない。ただ荒涼とした時間が過ぎるだけだ。足を開くのは最後でいい!!!

 

セックスは「気」の交流だ。両方が触れ合い、「気」を交流するから気持ちがいいのだし、だからこそセックスになる。ある人と一緒にいるだけで気持ちよくなる。そこでは「気」の交流がしっかりと始まっている。じゃあ、手を握ってみよう。「気」が流れて、また気持ちいい。じゃあ、もっと触れ合ってみよう。またまた気持ちがいい。この延長にセックスがあり、また、これらすべてがセックスなのだ。

 

女なんてこうすれば落ちる、男なんてこんな女にかかればイチコロ、どんな女もここを触ればすぐに感じる、どんな男もスタイルよくて顔がよくてセックスのうまい女から離れられない・・・こんなことを書いているマスコミの人間の身体を観察してみると、彼らの身体は往々にして極度の劣等生だったりする。ろくな勉強、ろくな体験もしない劣等生が書いたものを信じて、優等生が育つわけがない。優等生さえも成長することを邪魔される。

 

こうしてセックスの悦びがわからないから、ひとりじゃ満足できず、また次を求める。しかし、セックスをたくさんすれば偉い、セックスをしたらすぐに相手を理解できるなんていうのは大きな間違い。「気」が通わない、単なる交尾でしかないセックスをいくらしても、相手がいるオナニーをしているだけなのだ。

 

性が解放されたのでなく、稚拙になっているだけである。数をこなす人間がいる一方で、セックスをしない人も増えている。過度にセックスをしている部分が強調されるから見えにくいのだが、20代半ばになって童貞、処女なんてザラにいるし、大学生になってオナニーの仕方を知らない男もいる。人間が誕生して以来、これほどセックスが混迷している時代はないだろう。この辺でヨジレを解いておかないと、セックス無間地獄から抜けられなくなってしまう。

 

ところが、性の間違いを正すのは簡単ではない。英語でも、間違った発音をいったん覚えると、矯正するのは難しく、ゼロから始めるよりもずっと時間がかかったりもする。発音だけじゃなく、スペルもデタラメ、文法も無茶苦茶、だれにも通じない言葉を独りでしゃべっているのが今のセックス。しかも、本人はそれでいいのだ、相手に通じているのだと思い込み、自分の英語力が下の下であることを認めていないからタチが悪い。

 

「セックスなんて、自分がいいようにやればいいじゃん」と言うのもいるだろう。オナニーならそれもいい。誰に迷惑をかけるわけじゃない。しかし、セックスは独りではできない。相手に通じさせなければならないのだし、間違ったセックスを次々と広めることにもなる。セックスしてまで、他人を自分の不幸に巻き込む権利は誰にもない。

 

英語とまったく同じに語ることはできないにしても、多くの人が思っている以上に、セックスには正しいセックスがあり、正解、不正解がある。特に女性にとっては大きな愉快、不愉快となって表われる。もちろん、セックスである以上、これは男も関わり、男も責任を負わなければならない。

 

この本は、30代、40代になった人に向けたものではない。もう10年、20年前に航海を始めて、今一体どこを漂っているのかさえわからなくなった船の軌道修正は、船からのSOSを発してくれない限り、また、明確な自覚と積極的な努力とがない限りは、難しすぎるのである。

 

この本で、私はこれからセックスの航海を始める世代、航海し始めたばかりで、まだまだから遠ざかっていない世代に、間違った航路を正し、船の故障を直し、快適で安全な航海を教えるつもりだ。これを読み終えたなら、きっと君は性の楽園へとたどり着く航海図を手に入れていることだろう。
 

三枝誠『性迷宮 身体にきいたSEX学』より

 

この続きはまた明日に!

 

 

【これまでの記事一覧】

「〝教えない〟性教育」考(その1)

「〝教えない〟性教育」考(その2)

「〝教えない〟性教育」考(その3)

「〝教えない〟性教育」考(その4)

「〝教えない〟性教育」考(その5)

「〝教えない〟性教育」考(その6)

「〝教えない〟性教育」考(その7)

「〝教えない〟性教育」考(その8)

「〝教えない〟性教育」考(その9)

「〝教えない〟性教育」考(その10)

「〝教えない〟性教育」考(その11)
「〝教えない〟性教育」考(その12)
「〝教えない〟性教育」考(その13)

「〝教えない〟性教育」考(その14)

「〝教えない〟性教育」考(その15)

 

【参考記事】

福澤諭吉ってどんな人?

なぜ「対幻想」は日本で生まれたのか?

なぜ「対幻想」は日本で生まれたのか?(その2)

なぜ「対幻想」は日本で生まれたのか?(その3)

内田樹『日本辺境論』より(今日の名言・その32)

教養とは何か(阿部謹也『大学論』より・その3)

地域通貨を通じての坂本さんとの関わり(坂本龍一・追悼)

9/24都内某所にOPENする「坂本図書」構想や新刊本のこと

図書空間「坂本図書」の予約が11/19取れました

 

 

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