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改めて「書くこと」と「教えない教育」との関係について(その16)

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改めて「書くこと」と「教えない教育」との関係について(その16)

改めて「書くこと」と「教えない教育」との関係について(その16)

2023/06/21

昨日投稿した記事の続きです。

 

改めて、「書くこと」と「教えない教育」の

関係を明らかにする というテーマを設定し

書き始めたこの記事も、随分と回を重ねてしまい、

これで16回目となりました。

 

したがって、いきなりこの記事から読まれても

前提となっている話や

これまでのプロセスがある程度見えないと、

主旨が伝わりにくいこともありますので、

記事の最後に貼り付けた

関連記事のリンク集を適宜アクセス下さると

ありがたいです。

 

 

さて、6/18に投稿した(その13)からは、

寺子屋塾で学んでいる大人の塾生たちが書いている

blog記事などを紹介しながら、

寺子屋塾ではいったいどんな学習をしているのか、

そして、その学習において、文章(考現学)を

書くことをどう位置づけているかということや、

関わりなどをテーマに書いています。

 

昨日は、寺子屋塾生の岡本怜奈さんが

4日前に書いていた

「◎無意識に気付く」というタイトルのblog記事

ご紹介しました。
 

岡本さんは、中村教室に通い始めて4年半になり、

その間、わたしは彼女の人となりに触れながら、

学習プロセスに立ち合ってきているので、

彼女のblog記事に対しても、内容レベルで

「ナルホド〜」とおもえるところを

いろいろ見つけることができました。

 

でも、昨日の彼女の記事には

らくだメソッドの学習で使っている

算数プリントのことが

書かれていたわけではありません。

 

らくだメソッドで学習している

他の塾生ならばまだしも、

そもそも彼女のコンテキストを共有していない、

このblogの読者の皆さんに、

わたしと同じように読めないのは当然ですから、

以下、「書くこと」と「教えない教育」という

今日まで連続投稿してきたテーマから

あまり脱線しすぎない範囲で、

彼女の記事を読みながら

わたしが触発されたことをもとに

書いてみようとおもいます。

 

 

まず、「無意識に気付く」というタイトルが

何より面白かったですね〜

 

でも、そもそも無意識というのは、

自分に意識できない領域を言うので、

「いったいそれをどうやって気づくんだ?」って

ツッコミが入りそうではあるんですが。。笑

 

「自分で決めて、自分でやってみる」という

セルフラーニングの学習を続けていると、

わたし自身もそうなのですが、

不思議とこの「無意識領域」の存在に

自ずと意識が向いて行ってしまうんですね。

 

「不思議と」と書いたんですが、

だからこそ、なのかもしれません。

 

そもそも、人間の心には、

「意識できる領域」と「意識できない領域」とがあり、

そのうちの「意識できる領域」というのは、

「意識できない領域」に比べたら、

ほんの僅かでしかないのだから、

そんな自分を

自力でコントロールしようとしたところで

できないのがあたりまえ。

 

「教える」という行為は、かなり気をつけていても、

その相手をコントロールしようという気持ちに

すり替わってしまいかねません。

 

自分という人間すら

コントロールすることなどできないのに、

ましてや、他人様をコントロールするなんて

到底できるわけがないんですが、

意識できない無意識領域や

自分の盲点の存在に気づかないままに

人のことも自分のことも

わかっていると勘違いしていると

大けがすることになりかねないわけで。

 

寺子屋塾で採用している

セルフラーニングという学習方法は、

自己発見の要素が強いので、

「自分を知る学習」と

言い換えることができるんですが、

それは、他者の存在があればこそできることで、

自分が自分のことを一番わかっていないというのが

大前提なんですね。

 

だから、「無意識に気づく」というのも

そういうことなのではないかと。

 

でも、たとえどんなにそれを積み重ねたところで、

それがそのまま

自分がわかったことにはならないという風に

ちゃんと自覚しているなら、

自分に見えている自分の姿なんて

ほぼおもいこみか勘違いだっておもえるし、

自分の幻想や妄想ばかりを不必要にふくらませたり

暴走したりしてしまうことには

ならないでしょうから。

 

知識をどんなに頭に詰め込んでも、

結局不安が増えるばかりで、

残念ながら、自分で考える力には

結びついていきません

 

もし、自分のことは自分が一番わかっていないし、

自分に意識できてる領域なんて

ほんの僅かでしかないと

自覚していれば、

その僅かな領域で孤軍奮闘したところで

たかが知れてることに気づくことでしょう。

 

一人でシャカリキになって頑張るよりは、

人との関わりの中で

生まれるものや気づきに目を向ける方が、

その方が断然ゆたかで楽しいし、

もちろん、そのプロセスにおいては、

さまざまなすったもんだが

起こり得るとしても、

それでもなお、

意識しながら頑張ってやっていることの

ひとつひとつを上手に手放して、

他者の力を借り、

無意識の力に委ねられるかどうかが

これから大事になってくるような気がします。

 

それが真の意味での〝自立〟であり、

無意識って結局〝身体〟ってことなんですが、

このテーマを掘りさげていくと

キリがなくなりそうなので、

今日のところはこのあたりで!

 

※記事冒頭の画像(写真)は岡本怜奈さん撮影のものです

 

この続きはまた明日に。
 

 

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(その2)

(その3)

(その4)

(その5)

(その6)

(その7)

(その8)

(その9)

(その10)

(その11)

(その12)
(その13)

(その14)

(その15)

 

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