10/7から野木亜紀子さん脚本によるTVドラマ『ポリティカルパン』スタート
2026/10/04
を投稿しました。
今日もコンテキストを読む、編む関連の記事を。
まず、新作ドラマの情報です。

『逃げ恥』の脚本を書かれた
野木亜紀子さんの脚本による新しいドラマ
明後日10/7(水)22時より
フジテレビ系列局にて放映されます。
2分の予告編動画がYouTubeに上がっていました。
【1話みどころ】「ポリティカルパン」10月7日水曜22時スタート
石原さとみさん主演のドラマといえば、
2018年にTBS系列にて放映された
『アンナチュラル』をご記憶の方も多いでしょう。

石原さん+野木さんのタッグによる
8年ぶりの新作ドラマということで、
わたしもとても楽しみにしているんですが。
野木さんの脚本によるドラマの
どんなところが魅力かという話になると、
それこそまた延々と書いてしまいそうなので
今日は野木さんご本人の文章を
ご紹介することにとどめます。
ずっとシェアしてきたんですが、
全話の脚本、ロケ地や小道具などの小ネタを載せた
シナリオブックが出版されています。

このシナリオブックの最後に、
「脚本担当による役に立たないあとがき」と題された
野木亜紀子さんの文章が載っています。
〝役に立たない〟と題されたのは
おそらく野木さんの謙虚なお人柄によるもので、
わたし自身は記事を書く上で
すごく参考になりましたし、
「コンテキストを読む、編む」を
実践する上でのヒント満載ではないかと。
以下に全文ご紹介。
読みやすさを優先させるため、
パラグラフを細かく区切ったところがあることを
あらかじめお断りしておきます。
(引用ここから)
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本書をお手に取られた方の中には、シナリオすなわち脚本を初めて目にした方も多いのではないでしょうか。脚本家によって多少の差はあれど、これが一般的な形式です。小説のように主観的な心情が書かれているわけでもなければ漫画のように表情が見えるわけでもない。台詞とト書きという客観的な文字情報で構成し、シーンを重ねることで心情を表現する。それが脚本です。建築の設計図や交響曲の楽譜のように、読む側にも慣れが必要で、読めば読むほど色々なことが「見えてくる」ともいえます。
本書には、尺の都合でカットされたシーンや台詞もそのまま収録しています。逆に、ドラマにあって脚本には無いという台詞も。4話のシーン5がそれで、沼田役の古田さんと日野役の藤井さんがシームレスなアドリブで脚本の先まで演じています。面白いので映像で確認してみてください。撮影場所の変更による違いもあります。9話の終わり、橋の上での撮影を予定していたものがスケジュールの都合で急きょ部屋での撮影になり、そのままだと10話の頭とつながらないので、ネギを買うやりとりを入れる等、変更しました。元のままだったらどんな画になっていたか、想像するのも楽しいかもしれません。
民放の連続ドラマは、最終話までの台本(製本された脚本)が無い状態で撮影が始まる場合がほとんどです。この作り方には難点もありますが、役者の演技を見ながら続きを書けるという点では有効です。例えば1話のシーン。ト書きにはありませんが実際のドラマでは百合がみくりの頭をくしゃくしゃと撫でまわします。百合役の石田さん曰く「百合はみくりのことが可愛くて仕方がないんだという金子監督の話を聞いて、撫でたくなった」とのことですが……なんということでしょう!関係性が明瞭に見てとれる上に、両者ともが更に可愛く見える!この幸せな絡みを最後にもう一度見たいがために、最終話の青空市で撫でるくだりを書きました。
同じく1話のシーン156、バス車内。みくりの「夜の生活の方は」という台詞に驚く津崎。実際のドラマでは津崎役の星野さんが、スマホを持つ手を滑らせる芝居を入れています。これが実に見事で、もう一度見たいがために7話のシーン4で似たくだりを書きました。はたまた2話のシーン45。落雷の瞬間、沼田役の古田さんは悲鳴をあげヘソを隠す芝居をしています。これが妙に可愛く、その後の沼田の愛すべきキャラ造形につながっていきました。挙げるときりがありませんが、演者と演出と脚本が相互に影響し合って、連続ドラマは作られていきます。
パロディシーンも総力戦です。原作にも『徹子の部屋』『レ・ミゼラブル』といったパロディが出てくるのですが、「徹子さんご本人でなければ寒い」「ミュージカルの再現は困難」などハードルが高いものが多く、ドラマでは映像で成立する範囲のパロディに変えています。これが意外と難しく、打ち合わせではなかなか思いつかない。みくりの心情に絡めないと、ただのおふざけになってしまうが故の難しさです。結果ほとんどが脚本を書きながらの流れで「このタイミングなら、このパロディが入れられる!」と適宜加えていったものです。つまり脚本でホイッと出てきたシーンを、スタッフ総出で成立させなければならないのです。
例えば4話を演出した土井監督は、当初エヴァを見ていませんでした。しかし雑なものを作るわけにはいかない。そこで猛烈に勉強し、エヴァ好きのスタッフたちの意見も聞き、果ては私にまで映像チェックをまわし「初期はこっちだが最近の映画版はこっちのフォントだ」「庵野さんならテロップはこう出すのでは」と喧々囂々、幾度ものやり直しを経て完成させました。『新婚さんいらっしゃい!』も、スタッフさんたちが時間のない中で完璧なセットと衣装を用意してくれました。みくり役の新垣さんと星野さんには本物の番組映像を見せ演技の参考にしてもらったそうで、思わず笑ってしまうほどの新婚さん感あふれるお芝居になっていました。新垣さんは数多のパロディや妄想を演じてくれましたが、どれも本当に素晴らしかったですね。
主演の新垣結衣さんとご一緒するのは『空飛ぶ広報室』『掟上今日子の備忘録』に続き三作目です。毎度毎度、新たな魅力に驚かされています。本作は特に「ガッキー可愛い!」の大合唱になり、大きな話題を呼びました。だって可愛いんだもの、そりゃ可愛いって言われるわ。そういえば7話の津崎のモノローグ「以前から結構可愛いとは思っていたが、最近はもうとてつもなく可愛いんじゃないかと思い始めている」を書いたとき、ふと我に返って笑ってしまったんだった。ガッキー相手に何を言ってるんだお前は。しかし彼女の本当の凄さは、カワイイだけにとどまらないところです。
芝居における反射神経の良さ、表情の豊かさ、目を使った繊細な演技、脚本を正確に読み解き的確に演じる力。それらがまったくわざとらしくなく、ごく自然に、魅力的に演じている。その凄さを知る金子監督は「可愛いと言うのは却って失礼なんじゃないか」と言い出し、スタッフに「カワイイ禁止令」を出したりもしました。最終話、余裕を失ったみくりが心のシャッターを閉めるシーンは、迫真の演技でした。撮影の際、新垣さんは完全に役に入っていたそうで、その顔つきを見た金子監督が「メイク変えた?」とスタッフに訊ねたほどです。その時のことはDVD&ブルーレイBOX特典のオーディオコメンタリーでも語られているので、機会があれば聞いてみてください。
エンディングの星野さんの楽曲『恋』と恋ダンスも話題になりました。7話のシーン66では劇中歌としても『恋』を使わせてもらいました。本作は原作漫画の持ち味を生かすためにモノローグ(心の声)を多用した脚本となっています。しかも、話者が二人。普通は話者が一人であり、二人モノローグというのは映像作品において禁じ手に近い。そこでモノローグが煩雑にならないよう、二人モノローグの意義が生まれるよう、最大限の注意を払いました。そもそもモノローグは諸刃の剣であり考え無しに入れてしまうと薄っぺらくなりかねないため、使う際には幾つかのマイルールを課しているのですが、そのひとつに「感情を語りすぎない」というものがあります。映像作品においては「好き」だとか「恋した」という大切な心情を心の声で語ってはいけないように思うからです。
しかし本作は7話に至るまでに「好きなのか、どうなのか」をもだもだ延々やってきたため、さすがにもう「はっきりしろや!」な気分です。かといってそのものズバリのモノローグは書きたくない。そこでみくりの方は「好きの嵐」「私の中の平匡さん旋風」といった表現から『ザ・ベストテン』の妄想で気持ちの盛り上がりを見せつつ「こんなに好きになってしまって大丈夫だろうか」としれっと言わせることにしました。問題は津崎です。彼の恋の自覚をどう表現するか。そこで「恋」と言葉にする代わりに『恋』を流すことにしました。これは星野さんの『恋』が流行ったからできたことで、パロディを多用した本作だからこそやれたことでもあります。
ちなみにこのあと津崎は軽トラに轢かれそうになりますが、このシーンをドラマ『101回目のプロポーズ』の「僕は死にましぇん!」のパロディだと思ったアラフォーオーバーの方も多いようです。今だから言いますが、実は書く方はまったく意識しておらず、「平匡ってば盛り上がり過ぎ。ここらで一発轢かれた方がいいな」と思っただけでした。本当に轢いたら違うドラマになってしまうので、自重しましたけど。直前のシーンの廊下で「かわいい」と崩れ落ちる星野さんのお芝居も面白かったですねえ。みくりが新垣さんで、津崎が星野さんで、本当に良かったです。
テレビドラマというものは視聴率で語られがちです。個人的には作品の質と視聴率は必ずしも比例しないと思っているのですが、数字が芳しくないというだけで好演している役者を叩くような記事が出てしまう昨今、取れないよりも取れた方が幸せだよなとも思います。そうした中、本作は視聴率を落とさず録画率も高いまま最終回を迎えられ、想像を遙かに超えるほど多くの方に見ていただきました。とても幸せなことです。
新垣さんが以前「逃げ恥は、すべてのピースがぱちっとハマったようなドラマ」とおっしゃっていましたがまさにそれで、こんなミラクルは滅多に体験できることではありません。プロデューサー・ディレクター陣と編成の磯山さんをはじめとする百名近いスタッフ、素晴らしきキャストの皆さん、協力してくださった皆々様、誰が欠けてもこの結果は得られませんでした。オープニング曲『進め、たまに逃げても』を提供してくださったチャラン・ポ・ランタンさんの熱烈な逃げ恥愛も忘れません。
最後になりますが、未見の方は是非、海野つなみ先生の原作漫画も読んでほしく思います。エモーションを重視したドラマに比べ思考実験的要素が強い理知的な漫画でありながら、笑えて、ぐっときます。ドラマでは描かれていない物語もあります。すべてはここから始まったのです。ドラマと原作はパラレルワールドのようなもので、同じようで違う道をたどっており、それでも同じことを伝えている……はずです。「はず」というのも、常に原作の哲学を遵守することを自分に課してはいるものの、私が思う「作品の根幹」が果たして正しいのか、勝手な思い込みではないのか、常に自問自答しながら書いているからです。「踏み外していませんように」と願いながら、信じた道をひた走るしかないのです。
海野先生が毎話の脚本チェックのたびにお褒めの言葉をくださったことは、本当に励みになりました。逃げ恥の脚本を担当できて幸せでした。そして、ドラマを応援してくださった皆々様。その声は届いています。キャスト・スタッフにとって代え難い励みと勇気になりました。本当にありがとうございました。願わくは、私たちを縛るすべてのものから、いつの日か解き放たれて、時に泣いても笑っていけますように。
2017年4月 野木亜紀子
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(引用ここまで)


