寺子屋塾

「聞こえなくても、言語は学べる」とは?──長男の書いたブログ記事を読んで(その3)

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「聞こえなくても、言語は学べる」とは?──長男の書いたブログ記事を読んで(その3)

「聞こえなくても、言語は学べる」とは?──長男の書いたブログ記事を読んで(その3)

2026/10/08

6月上旬に、この寺子屋塾ブログで
長男・晶雄の書いたnoteの記事を
2日連続で紹介しました。

・「断片で届く世界を生きる」とは?──長男の書いたブログ記事を読んで


・「分かってから、聴こえる」とは?──長男の書いたブログ記事を読んで(その2)

 

その後も長男はnoteで記事を書き続けていて、
新たに5本投稿し、計7本になりました。

 

今日は、そのうち6月21日に投稿された
語学学習についての記事を紹介します。

 

こちらも長い長い文章ではありますが、
具体的体験をもとに書かれ、

寺子屋塾の学習法につながる内容でもあり

詳しくは後ほどコメントするので、
まずは読んでいただけたらと。

・聞こえなくても、言語は学べる ── 難聴の当事者が英語・中国語・フランス語を学んだ方法

 

重度難聴で、英語、中国語、フランス語を学ぶ。


そう聞くと、「耳が聞こえにくいのにどうやって?」と
おもわれる方も少なくないでしょう。

 

長男自身、そのように驚かれることが
よくあると書いています。

 

でも、今回の記事もまた、
「困難に負けず頑張りました」という話でなく、
自分の条件をどのように把握し、
どんな方法なら学習を進められるかを考えた、
淡々とした〝運用の記録〟でした。

 

とくに終盤に書かれた
『残るのは「考え方」──5つの原則』の

第四と第五については、
寺子屋塾で大切にしている
セルフラーニングという学び方においても

根幹をなす重要なものでもあります。

 

ただ、だからといって、長男が
「寺子屋塾のやり方で育ったから」と
話を持っていくつもりはありません。

 

1本目の記事に書いたとおり、

長男が生まれるよりも前から

「教えない教育」を標榜しているわたしですから

長男に対しても

何かを教えたのではないのはもちろんのこと、

本人がさまざまな人、ことに出会うなかで
試行錯誤しながら身につけてきたことが

結果的に重なるところが

あったというだけのことですから。

 

ここから書くのは、そうした長男の実践を読んで、
わたしが自分の仕事や学習観に引き寄せて
受け取ったことです。

 

 

1.「できないことを克服する」だけが学びではない

記事の最初に出てくるのが、
「リスニングは捨てる」という方針です。

 

語学を学ぶのにリスニングを捨てる???
———ずいぶん大胆に感じられるかもしれません。

 

でも、読み進めるうちに分かってきますが、
捨てたのは、言葉を〝理解すること〟でなく、
〝音だけを頼りに聞き取る〟という前提です。

 

読み書きに時間を振り向け、
会話では口元や事前の情報、文脈などを使って、
別の経路から意味を組み立てていく。

 

できないことを放置しているわけではなく、
理解が成立する道筋を

別ルートで作り直しているわけです。

 

勉強の話になると、わたしたちはつい、
苦手なところを克服させようとします。

 

もちろん、苦手なことに取り組む必要がある
場面もあるでしょう。

 

でも、「苦手をなくす」ことばかりに
主眼を置いてしまうと、
本人が使える力や、別のやり方が
見えなくなることがあるんですね。

 

読むと分かりやすいのか、
図にすると整理できるのか、
誰かに説明すると理解が進むのか、

まず、自分には何が起きているのかを観て、
自分に合う方法を試してみる。

 

前回の記事にも書きましたが、
「できない理由探し」でなく、
〝成立する条件探し〟から始めてみる。

 

自己観察を出発点にするという意味で、
これはセルフラーニングそのものなんですね。

 

 

2.「分かってから使う」のでなく、使いながら分かっていく

中国語の話で印象に残ったのは、
留学生との交換日記です。

 

仲良くなりたい相手がいて、
中国語で書いたものを添削してもらい、
直して、また書くというやりとりを
8ヶ月ほど続けたとありました。

 

書く、直してもらう、自分で書き直す・・・
実にシンプルな回路です。

 

でも、ここには語学学習おいて大切なことが
ちゃんと含まれています。

 

自分でやってみる。
やった結果を確かめる。
うまくいかなかったところを修正する。
そして、もう一度やってみる。

 

生成AIの登場で、いまや和訳、英訳作業は

AIに頼めばすぐにやってくれます。

 

でも、それでは学習は進んでいきません。

 

記事にあったように、
すぐにAIに「翻訳して」と頼むのでなく、
まず自分で文章を書いてからレビューしてもらう。

 

道具は変わっても、順番は同じですね。

 

分からないとき、最初から答えをもらえば、
その場の用事は早く済むかもしれないけれど

用事が済むことと、
自分の力が育つことは、同じではありません。

 

自分で考えて出してみたからこそ、
直されたところの意味も分かるし、
どこが曖昧だったのかも見えてくる。

 

十分に理解してから始めるのでなく、
始めてみることで、やってみることで、

結果として理解が育っていく。

 

わたしが〝教えない教育〟と呼んでいるのも、
何も伝えず放っておくということではなく、
本人のこの回路を、まわりが
先回りして取り上げないということです。

 

不完全なまま試せること、
間違えても、またやり直せること、
そうした余白が、学びには欠かせないのですから。

 

 

3.楽しさは学習の「ご褒美」ではない

そもそも中国語の交換日記を始めた理由は、
「ひとりの留学生と仲良くなりたくて」でした。

 

この出発点というか、

動機が不純で、いいなあとおもいました。笑

 

試験に出るからでも、
将来役に立つと言われたからでもなく、
目の前に、やり取りしたい人がいる。

 

だから書く。
伝わったら嬉しい。
もっと伝えたくなって、また書く。

 

学習と、その学習を使う目的とが、
別々になっていないんですね。

 

英語で映画やドラマを観ることも、
本人にとっては気軽な娯楽であり、
同時に言葉に触れる機会になっています。

 

「楽しく学ぶ」と言うと、
勉強をゲームにするとか、
終わったらご褒美をあげるとか、
そんな工夫を連想するかもしれません。

 

それも一つの方法でしょうが、
もっと手前にあるのは、
本人が何を面白がっているのか、ということです。

 

この人と話してみたい、
この作品の中身を知りたい、
この言葉で、自分の考えを伝えてみたい。

 

そうした関心が動いていれば、
学ぶこと自体に、続ける理由が生まれます。

 

だから、楽しさは、
勉強を我慢したあとにもらうご褒美ではなく、
学習そのものを動かす力なんだと。

 

大人が「これなら楽しいはず」と決めるより、
本人が何に惹かれているのかを観る。


ここでもやはり、まわりの人間が

余計な先回りをしない姿勢が
大切になってくるでしょう。

 

長男は、特別な裏技があるわけではなく、
短くても毎日続けることが大切だと書いていました。

 

ここだけ読むと、
「結局、毎日頑張れということか」と
感じられるかもしれません。

 

でも、続けて、こう書いています。

ただし、これは根性の話ではない。

 

毎日続けるために必要なのは、
意志の力というより、

続けられる〝仕組み〟なんだと。

 

こちらの記事に書いたんですが、

菊池雄星選手も同じことを話してましたね。

 

意志の力に頼ろうとするから

続けられないんです。

 

中国語には、やり取りする相手のいる
交換日記という仕組みがあった。


英語には、仕事の中で日常的に使う環境がある。

 

一方、フランス語は、その後使う機会がなく、
今はほとんど話せないとも書いています。

 

方法を知っていることと、
それを日常で回し続けられることは別のこと。

 

寺子屋塾の学習においても、

一回の量を欲張らずに、
毎日少しずつ、淡々と続けることを
大切にしています。

 

ただ、それは毎日自分に鞭を入れて、
奮い立たせるということではありません。

 

1日に無理なく取り組める分量の学習を
生活の流れの中に置く工夫をしてみる。


自分が面白がれる題材を使いながら、
誰かとのやり取りに組み込んでしまう。

 

続かなくても、意志の弱さを責めるより前に、
続けにくい組み立てになっていないかを観る。

 

そして、やり方を少し変えて工夫してみる。

 

〝淡々と続ける〟とは、
自分を叱り続けることではなく、
続けられる条件を整えていくことでもあるのです。

 

 

5.方法を真似るよりもその下にある「考え方」を

長男は記事の冒頭で、
あくまで自分の地点からの記録であり、
これをそっくり真似してほしいわけではない、と
断っています。

 

聞こえ方は、人によって異なるし、
使える道具も、時代とともに変わるので。

 

学生時代の交換日記と、現在のAI活用とでは、
見た目の方法はずいぶん違います。

 

それでも、自分の条件を観察し、
使える経路を選び、試しながら修正するという
根っこの姿勢は変わっていません。

 

だから、この記事から受け取りたいのは、
「この方法をやれば、うまくいく」という
新しい正解ではないんですね。

 

自分の場合はどうだろう?
何なら使えるだろう?
どうすれば続くだろう?

そうやって、自分で学習を組み立てるための
〝考え方〟のほうです。

 

そして、親や教育者の側にできることも、
完成した方法を渡すことだけではありません。

 

必要な道具や情報に手が届き、
本人が試したり、やり直したりできる環境を整える。


自分なりの方法が育つ余白を守る、という

前の2本で書いたことに、
今回もまた戻ってきました。

 

記事の終わりに長男は、
「言語をひとつ増やすことは、

 世界へのアクセス経路をひとつ増やすことだ」
と書いています。

 

中国語の字幕が読めたことで、
聞き取れなかった日本の作品を理解できた。


語学が、世界に関わる別の道を開いたわけです。

 

学ぶというのは、点数や資格を得るだけでなく、
こうして自分が世界と関われる道を
増やしていくことでもあるのでしょう。

 

自分を標準に合わせるだけでなく、
自分の特性を知り、使える道を見つけ、
少しずつ、自分の世界を広げていく。

 

寺子屋塾で大切にしたい学びも、
そういうものなんだと、
長男の記事を読みながら、あらためておもいました。

 

 

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