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先崎彰容「日本とは何か」 (その1)国際秩序の転換と情報革命――福澤諭吉の警告

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先崎彰容「日本とは何か」 (その1)国際秩序の転換と情報革命――福澤諭吉の警告

先崎彰容「日本とは何か」 (その1)国際秩序の転換と情報革命――福澤諭吉の警告

2026/10/14

10/10から10/13まで4回にわたり、
AI時代の今日に
「自分で考える」とはどういうことかについて
考察する記事を投稿しました。

 

・AI時代に「自分で考える」とは何なのか(その1)

・AI時代に「自分で考える」とは何なのか(その2)

・AI時代に「自分で考える」とは何なのか(その3)

・AI時代に「自分で考える」とは何なのか(その4)


(その1)(その2)は
アストレンスというYouTubeチャンネルから

動画を1本紹介して文字起こしを行い、

(その3)(その4)はわたしからのコメントと

わたしがAIと日々どんな風に対話しながら

思考を働かせているのか、

具体的実践内容についてです。

 

以上4回の記事は、

今日これから書いていく記事内容とも深く

関わりがあるので、未読の方はぜひご覧ください。

 

「自分で考える」とはどういうことかは、

この寺子屋塾の学習では

核心部に触れるテーマでもあり、

昨日までの記事で書いていた内容とも

ちょっと違う角度から書いてみることにしました。

 

まず、なぜ「日本とは何か」ということと、

なぜ先崎彰容さんなのかという理由を

書いておくことにしましょう。

 

わたしが25歳から32歳まで進学塾で

専任講師という立場で、

小中学生を教える仕事をしていたとき、

中心となる科目が「社会」だったのです。

 

学生時代はどちらかというと、

数学、理科が得意の理系人間で、

歴史・地理・公民というような、

覚えなければいけない項目数の多い科目は、

あまり得意な方でなく、

歴史の年号や地名、日本国憲法の条文など

ほとんど忘れ去っていましたから、

1から全部勉強し直しました。

 

結局7年間で国語、数学(算数)理科、社会、英語

という5科目すべてを

小中学生に教える体験をしたので、

そのときにいわゆるリベラルアーツの

最も基礎的部分をやり直せただけでなく、

その年齢のときに

そもそも「学ぶ」ということは本来楽しいことだと

気づくことができ、

社会科も好きな科目になってしまったことは、

わたしの人生にとって

ものすごく貴重な体験だったと

今にして感じることなんですが。

 

さて、ドラマ『逃げ恥』が再放送され、

それにわたしが嵌まってしまった原因のひとつが、

2020年の春から夏にかけての時期に、

ちょうどNHK-Eテレ『100分de名著』で

吉本隆明『共同幻想論』をとりあげたときが

重なったことにあったという話を

次の記事に書きました。

・TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集(その60)

 

わたしが先崎彰容さんを始めて知ったのは、

『共同幻想論』の指南役を務めておられたときで、

3年前の今頃、性教育をテーマに

連載記事を書いていたときに、

落合陽一さんと対談されている動画を

文字起こしして紹介したこともありました。

・「〝教えない〟性教育」考(その11)

 

この記事で取りげて紹介したYouTube動画でも

先崎さん、落合さんが面白い話をしているので、

未読の方はぜひご覧になってください。

 

2週間程前に投稿した次の記事、

山口周さんの『コンテキスト・リーダーシップ』で

コンテキストは大きくマクロ、メゾ、マイクロの

3つの層に分かれ、

マクロコンテキストの7つめとして

〝歴史〟が取り上げられていたんですが

覚えておられますか?

 

結局「自分で考える」というテーマにおいても、

そこからすぐに

「どうすればいいのか?」と短絡的に

答を見つけようとしたところでムリなので、

さまざまなコンテキストを踏まえる

必要があるんですね。

 

で、前置きがだいぶ長くなってしまったんですが、

今日新たに紹介したいのは、

2025年7月19日に

PIVOTチャンネルにて公開された

先崎さんがゲストに招かれ登場する次の動画です。

 

【日本とは何か?西郷隆盛、本居宣長、福澤諭吉の日本論】

 

1年3ヶ月経った現在で再生139万回を数え、

多くの人がご覧になった人気コンテンツなんですが、

70分強のボリュームがあり

文字起こしすると3万字弱の分量になるので、

今日から5回に分けて紹介することにしました。

 


(文字起こし・ここから)
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はじめに――日本の自画像、日本の未来像

佐々木:皆さん、こんにちは。PIVOTの佐々木です。今回のPIVOT TALKは、「日本の自画像、日本の未来像」をテーマにお話を伺います。ゲストにお迎えしましたのは、評論家の先崎彰容さんです。よろしくお願いします。

 

先崎:よろしくお願いします。

 

佐々木:私、先崎さんの本がすごく好きで、もうこんなに読み込んじゃっています。今回、なぜ先崎さんに来ていただきたいと思ったかというと、やっぱり日本のアイデンティティーと言いますか、軸と言いますか。それがぶれている。もしくは、そもそもあまりなかったことが、露わになってきているように感じるんです。政治を見ていても、情報革命やAI革命の影響を見ていても、やはり「日本とは何なのか」「自画像とは何なのか」ということを、ちょっと一歩引いて今、議論しておかないと、良くない方向に行くんじゃないかなという気がしているんですね。

 

先崎:おっしゃるとおりです。

 

佐々木:それで、今日来ていただいたということなんです。

 

先崎:ありがとうございます。

 

佐々木:まず最初に、今の時代認識を聞きたいんですけれども、今起きていることも含めて、先崎さんには今の時代がどう見えていますか。

 

今の時代をどう見るか

先崎:まず、国際社会の、みんなが注目しているトランプの事象などから見ていって、今度は国内がどうなっているのかな、というふうに見ていきたいんです。国際社会において、例えばロシアが戦争をしました。「なぜですか」と。これを僕のような、哲学や思想の領域の人間からすると、キーワードで言えば「反近代主義」なんですね。

 

近代主義とは何かというと、例えば第一次世界大戦、第二次世界大戦とあって、僕たちはよく第二次世界大戦について「戦争を思い出しましょう」という話をしますけれども、大事なのは第一次世界大戦のほうなんですね。ここでアメリカが覇権を完全に確立して、僕たちが基本としている資本主義や民主主義、それから欧米を中心とした国際秩序ができた。こういうものを、ざっくり言うと「近代システム」とか「近代的なもの」と言うんですけれども、これが確立されて100年ぐらいたっているんですね。

 

その欧米中心の国際秩序に、主に反旗を翻しているのがロシアなんです。欧米中心ではなくて、ロシアにはロシアなりの世界観というか、地球儀を俯瞰した見方があるので、それを認めろと、こういうふうにやっているわけです。中国もまた似ていて、アメリカ中心の国際秩序とは違うところに、中国なりの、儒教などの伝統に基づく国際秩序観がある。

 

「華夷秩序」という言葉を聞いたことはないですか。中国を真ん中にして、周辺に行くほど文明度が低くなっていく。こういう考え方を華夷秩序と言って、中学校の教科書にも書いてあったりします。そういう世界観で挑戦してきているんですね。普通、そう考えた場合、挑戦してきたロシアや中国がいるから、アメリカはそれに反発すると思うじゃないですか。

 

佐々木:そうですよね。

 

先崎:ところがトランプの驚くべきところは、トランプ自身が、そういう近代的な秩序から離れようとしていることです。その典型が、グローバルな秩序をつくるという「グローバル化」です。例えば経済で言えば、新自由主義的なグローバル経済ですね。こういうものがアメリカなのではなくて、それは民主党のバイデンたちの政策なんだと。アメリカ自体も閉じていくんだよ、今までのような国際社会における立ち位置や経済のシステムを変えていくんだよ、と。

 

そう考えてみたら、ロシアも中国も、それからアメリカ自身も、みんな「近代」というところから退場しかけている。だから民主主義という制度も危機になっていくし、国際秩序も混沌とする。100年前につくったものを壊しているわけですから。これが、まず国際社会に対する僕の理解なんですね。

 

そうすると、それぞれがばらばらになってきているでしょう。それぞれが「自分という国は何だろう」と考え始める。これを一番分かりやすい言葉で言うと、「○○ファースト」というわけですよね。そうしたとき、日本という国の中にも徐々に、「自分たちの国のことは、自分たちで考えないといけないんじゃないですか」という考え方が出てきている。

 

アメリカが言っているから、こうしておけばよかった、というのではなくて、お父さんやお母さんがいなくなってしまって、自分で自分の将来を決めなきゃいけないような感じです。今、日本社会には、国際社会の中で自立した国家像をつくらなきゃいけないという考えが、ちらほら、いろいろなところに出てきています。自民党の中からも出てきているし、参政党のようなものも出てきている。そういう状態です。

 

もう一つ言いたいのは、今度は国内にフォーカスすると、よく「失われた30年」と言うじゃないですか。これがもたらしたものは何かというと、閉塞感なんですよ。この閉塞感を、うまく政治がすくい取れていない。ここで言う政治は、イコール自民党なんですけれども、すくい取れていないというのが基本にある。

 

残念ながら、今の日本がちょっと危険だなと思っているのは、僕たちが閉塞感を抱いたとき、多分、三つぐらいしか選択肢がないんですね。一つは、それでも少しずつ変えていくという考え方。二つ目は、閉塞感に対してぶち切れて、暴力やテロに訴えるというあり方。そして三つ目は、この閉塞した停滞感は変えられないと諦めて、シニカルになることです。シニカルというのは、ばかにしたり、冷笑的になったりすることですね。

 

例えば、ここ何年か、この1年ぐらいで起きていることを見ても、民主主義の選挙において、意味不明な立候補の仕方をしたり、全国に候補者を出したりする政党があったり、ポスターをぐちゃぐちゃに貼ってみたりする。これは何をやっているかというと、「合法的なテロ」なんですよね。要するに、シニカルな揚げ足取りですよ。この揚げ足取り、本当の暴力、それから耐えて直していくこと。この三つの岐路に、多分、日本は立たされている。以上の二つ、国際社会の見立てと日本国内の見立て。これが僕の考える現状認識なんです。

 

情報革命による日本への影響

佐々木:そうですよね。その世界的な変化に加えて、情報革命のインパクトも大きいですよね。それが、今おっしゃったことを増幅しているところもありますよね。

 

先崎:情報革命というのは、皆さんご承知のとおり、SNSがどうだという話だと思うんですけれども、僕は実は、歴史の勉強をしている人間なんです。今日お呼びいただいて、今、2冊の本を挙げていただいています。書いた順序としては、左側の『未完の西郷隆盛』を書いて、その後に『本居宣長』という、さらに江戸時代の人についての本を書いたんです。

 

その帯を見ていただくと、結構面白い。今の僕の話に通じているんです。西郷隆盛は明治の初期に生きた人で、明治10年に西南戦争で亡くなるんですけれども、その後、いろいろな有名人が彼を論じているんですよ。そのときの評価が、正反対だったりするんですね。

 

西郷隆盛は、日本の明治以降の近代化をつくった近代主義者なのか。それとも、「ヨーロッパの近代化をまねしすぎたから、やっぱり日本を取り戻さなきゃいけない」と言った人なのか。それを反近代と言うなら、近代と反近代の両方から評価されたり、批判されたりする、すごく多面的な人なんです。

 

だから『未完の西郷隆盛』は、西郷隆盛の精神史という感じの本なんですけれども、その第1章に、今、佐々木さんがおっしゃったような情報革命の話を書いています。例えば、僕たちが新聞をイメージすると、何となくニュートラルな印象があると思うんですよね。情報を正確に伝えるものだと。ところが、それは明治時代以降の話で、江戸時代に新聞の代わりをしていたのは瓦版なんですよね。

 

佐々木:ある種、『週刊文春』みたいなものですよね。

 

先崎:そうなんです。完全にそうなんです。瓦版とは何かというと、うわさ話なんですよ。西南戦争が九州で起きているんですけれども、瓦版をつくっている人は、実は九州に行かないで、京都や大阪でのうわさ話を掲載する。まさに『文春』ですよ。初めて事実報道が始まったのがこのときなんですけれども、それでも、こういうことが起きていた。

 

西郷隆盛は九州にいるでしょう。西郷隆盛の弟子たちは、いわば「西郷隆盛命」なわけじゃないですか。その対抗軸が大久保利通で、大久保は東京にいる。そこへ、例えば『週刊文春』的な記事がやってきて、「大久保利通は毎日、西洋のタオルを使い、西洋の金だらいを使って顔を洗い、洋風の生活をしてやがる」と書いてあるわけです。そうすると、九州でそれを読んだ人たちは、「やっぱりあいつは西洋主義者だ」となる。

 

これって、実は現代のSNSと全く同じです。「島宇宙」とか「クラスター」と言うじゃないですか。自分が見たい情報だけが、どんどん来るんですよ。僕もスマホをいじっていると、政治の情報ばかり入ってくる。それにしか興味がないから。そうやって、自分の見たい情報だけを身につけていく。

 

その結果、西郷隆盛はどうなったかというと、彼が経営していた学校の生徒たちが、東京でやっているという情報、そのイメージに反応して怒ってしまう。そして火薬庫を襲撃することから、西南戦争が始まっていく。西郷隆盛はそれを聞いたときに「しまった」と言うんです。そんな戦争をしてはいけないんだけれども、戦争が始まってしまって、責任を引き受けて死んでいく。

 

そういうことを、この第1章に書いているんですけれども、まさにそういう意味で、情報革命の第1回目が明治維新のときにあったんですね。僕が大学を卒業した頃、「先崎君、これからはIT革命の時代だよ」と言われたのを、はっきり覚えています。今から20年、30年ぐらい前ですね。

 

多分、そのときに起きるだろうと言われていたことが、今、僕たちが目の前にしていることなんです。まさに情報によって、僕たちのほうが操られている。自分で判断しているつもりなんだけれども、実は大きな群れの一つになって動かされている。そういうことは、今から150年ぐらい前の明治時代にもあったんですね。

 

福澤諭吉が警告した極端主義

佐々木:そうですよね。そこへの警戒心は、特に福澤諭吉などは強かったわけですよね。

 

先崎:そうですね。福澤諭吉という人は、西洋文明を日本に入れたチャンピオンのような人として知られています。実際そうなんですけれども、一方で、それが何をもたらしてしまうかに、非常に敏感だった。当時としては、多分、最新の知識だったロシアの状況を見ているんです。

 

ロシアは、ヨーロッパの横にあって、当時は遅れた国だとされていたんだけれども、ヨーロッパから新聞でどんどん情報が入ってくる。それによってロシアがどう混乱していくかを、『民情一新』という論考で書いているんですね。福澤諭吉自身、これについて、「俺は1850年代以降の最先端の国際情勢を分析しきった」と自慢していて、アメリカでどうにか翻訳できないかなと、いろいろ駆け回るぐらいだった。

 

同時代の情報によって、人々が混乱していく。今ならITですが、当時は交通が発達して、そこに乗って新聞が入り込んで広まっていく。これが情報革命なんですよ。そうしたところで、世界の激変、具体的にはロシアの激変が起きてくる。そして「これと同じことが、早晩、日本で起きるぞ」と。今だったら、「アメリカで起きていることが、早晩、日本にやってくる」と言っているのと同じことなんです。

 

佐々木:そうですね。確か、こういう文章が本の中にもありましたね。日本国内を見る限り、新政府や洋学者、新ジャーナリズムなど、当時たくさん出てきた人たちは、新しい時代の価値観の波に乗って、文明開化しているように見える。ステッキに洋装、蒸気機関車から郵便に至るまで、装うものや器は変わり、目新しく思えるが、日本人の思考と行動のパターンは、ロシアの危機的状況とほとんど変わらない。極端に振れるという意味で、ロシアと日本に違いはなく、思想の拡散によって人々はますます浮薄になっている――という内容ですね。何だか、今のことを言っているように感じます。

 

先崎:そうなんです。福澤諭吉のすごく短い論説に、「極端主義」というものがあるんです。要するに、情報が入ってくることによって人々が極端になる。人々が極端になると、政府はそれを警戒して、過剰に抑えつけようとする。結局、両方が極端になっていって、社会が殺伐としてくる。その始まりは、実は情報革命が入ってくる直前ぐらいの、幕末の暗殺などの中から始まっているんだ、ということを書いているんですよね。

 

佐々木:言論が極端になると、行動も極端になる。そういう人も、一部出てくるわけですよね。それで世の中が、ちょっと……。

 

先崎:だからこそ福澤諭吉は、この後、『時事新報』をつくった。彼の業績は二つですよね。『時事新報』と慶應義塾をつくったこと。両方とも、教育と言論なんですよ。

 

佐々木:そうですね。

 

先崎:むしろ、そういう殺伐とした時代だからこそ、言論活動が重要だと思っている。福澤のすごいところは、明治10年代ぐらいに入って『時事新報』をつくっていくとき、政府の人に呼び出されて、こう言われるんです。「君は、何回オファーしても政府の中に入ってこない。だけど、君の言論活動には感心している」と。

 

もっと極端に政府批判をすると思ったら、政府批判をしなかったんですよ。なぜかというと、福澤がはっきり書いていて、「私が目指しているのは官民調和なんだ」と。諸外国との外交が一番大事なときに、国内が言論上も秩序上も乱れて、敵対的になっていることには、何の意味もない。結局、暴力などしか生み出さない。

 

「私は単純な政府批判をしたいのではない。官が行きすぎたら、それに対してうまく提案をし、民が行きすぎてしまったら、それを調整する」ということです。僕に言わせると、非常にバランス感覚のいい、保守主義的な感じですね。それを持っていたのが、福澤諭吉のすごいところだと思います。

 

映像メディアによる影響

佐々木:その点で言うと、当時は新聞というメディアで世の中が動いていった。その後、ラジオが来て、テレビが来て、今は映像メディアが規制緩和されているような状況だと思うんですよね。

 

先崎:なるほど。

 

佐々木:YouTubeにいろいろな人が入ってきている。さらに映像は、動かす人の数も影響の大きさも、活字より桁違いに大きい。

だから、昔起きたことよりも、もっと極端なことが起きるんじゃないかという感じがするんですけれども、どう見ていらっしゃいますか。

 

先崎:僕のような人間は、今、非常に複雑な思いを持っているんです。僕は50歳になるんですけれども、このぐらいの世代は、本当に上と下の両方が見える。いい年といえばいい年で、面白い年だなと思っているんですね。というのも、僕は物を書いている人間でもあるので、活字メディアを重視しています。

 

映像メディアがわっと広がっていく中で、文字がなきものにされるというか、メールの中で使う言葉一つ取っても、どんどん短くなっていますよね。場合によっては、絵文字だけということもあるじゃないですか。自分の喜怒哀楽を、文字を使わないで絵文字で表してしまう。これは、とても危険なことだと思うんですよね。例えば、相手に対して「駄目だ。佐々木さん、駄目だ」と言うとしても、その「駄目だ」には、いろいろな理由があるはずです。

 

そこを書いていくのが、やっぱり学者の役割だと思う。あるいは皆さんも、自分が怒っていて、相手を嫌いだと思っているなら、「なぜ嫌いなのかな」ということを、言葉に落とし込む練習をする。こういう意味で、僕は文字メディアがすごく好きなんです。

だけど一方で、例えば電車の中などで、若い人からたまに声をかけられることがあります。そのときは、やっぱり大体、「映像メディアを見ました」と言われるんですよね。

 

佐々木:『プライムニュース』とか。

 

先崎:そうそう。「PIVOTのチャンネルを見ました」でもいいんですけれども、そういう感じで声をかけられる。『プライムニュース』のような、いわゆるオールドメディアのテレビを見て声をかけてくださるのは、ある程度、年を召した方が多いんです。一方で、「○○大学の哲学科の学生なんですが」と、緊張しながら声をかけてくれる若い大学生もいる。

 

あるいはこの前も、とある総裁候補の若手政治家の方から、「忙しいので、新幹線の中でYouTubeの番組を見て、興味を持ちました」というようなことを言われたんです。やっぱり映像メディアが持っている、入りやすさというのかな。それはそれで、一つの力なんだなと思う。だから僕は、単純におじさん的に「文字を読まないやつはけしからん」と言うタイプでもないんですよね。

 

佐々木:そうですよね。

 

先崎:今、そこをどう考えていったらいいのかなということには、悩んでいます。
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(文字起こし・ここまで)

 

この続きはまた明日に!(^^)/

 

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