ファシリテーションと情報編集
2022/05/05
木曜はマネジメント関連の話題を書いています。
わたしがらくだメソッドの教室を始めてから
10年が経過した頃から、
ファシリテーションを学ぶガイド役として
周りからお声をかけて頂くことが
自然に増えてゆきました。
2017年後期の半期のみでしたが、
愛知淑徳大学にて非常勤講師として
ファシリテーター養成の授業を
15回受け持ったこともあります。
わたし自身、教育についても
大学で専門的に学んだ人間ではありませんし、
まして、ファシリテーション、マネジメント
といったテーマについても
ほぼ独学だったのにも関わらず
そうしたガイド役を務めるまでに至った理由は、
らくだメソッドの教室を経営する現場で
体験的に学んできたことが
大きかったように実感しています。
具体的には、3/17に投稿した
という記事に
らくだメソッドを開発された平井雷太さんが
編集工学研究所の松岡正剛さんを
一時期、師匠として仰いでおられたことがあり
「もし、松岡さんがいなかったら、らくだメソッドも
インタビューゲームも生まれていなかった」と
よく仰っていましたという話を書きました。
つまり、らくだメソッドのシステムそのものに、
情報編集であるとか、マネジメントであるとか、
ファシリテーションであるとか、
そうした諸々についてのエッセンスが
凝縮した形で埋め込まれているとおもうのです。
とはいえ、それを具体的に紹介していこうとすると
それもまた易しくない課題なので、
今日はその全体像のみマッピングして
示すことにとどめますが、
松岡正剛さんが、2007年に
日本ファシリテーション協会主催イベント
行った基調講演の貴重な記録がありますので、
それをご紹介。
(引用ここから)
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基調講演 「関係を発見する編集法」
編集工学研究所 所長 松岡 正剛 氏
◆講演の前提
ファシリテーションと編集術は80%くらいが重なっている。今日は、両者を同じものとして話を進めていきたい。
◆「引き算」という方法がある
場を盛り上げるのが上手な司会者がいる。しかし、盛り上げるだけで何も結果が残らない人が多い。つまらないパネルディスカッションなどその最たるものだ。
それでいいのか? 「成果の結実」がもたらされることが大切だ。
そのためには、会議の前に、どれだけ背景・コンテンツ・知識を理解しているかが重要になってくる。好奇心を持ち、参加している一人ひとりの背景にまで思いを致すようになってほしい。
また、会議が活発でおもしろければよいというものではない。能、茶道、生花などにおいても、空間そのものがファシリテートする(人に働きかける)ということが生かされている。「事を少なくする」「少なくすることで研ぎ澄ます」のもファシリテーションの一つである。
◆「違い」を「つなぐ」ファシリテーション
最近の日本はおもしろくない。Google型の検索社会になってきたからだ。Googleは便利だけれども、ピンポイントで情報を引っ張ってきて、ページアクセスランキングを表示しているにすぎない。そこには「場」がない。奥行き、時間、遅速、重さ軽さ、色彩がない。私たちは場面、奥行き、時間の広がりがあるコミュニケーションを創るべきなのではないか。
編集的ファシリテーションは、場面や局面を重視し、「動的(in motion)」であるべき。動的な、時間と空間のプログラマーでなければならない。最初から決まっていることをやるのではダメだ。
また、場面の中に「多様な特異点」を取り込むことが大切。特異点がなければ、作り出すべきだ。皆が同じではつまらない。「違い」がまず大前提。それを「つなぐ」。それが編集である。違う属性を持ったものを組み合わせていくところに妙味がある。
そのためには、「間(AIDA)」に注目する。間に「境界」「折れ目」を見つけることが出発点になる。われわれの情報コミュニケーションの母型は生命の情報活動にあるのだが、生命が誕生したときに最初に行ったことは細胞膜をつくることだった。そうして「内と外」を決めて、情報をやり取りする仕組みができていった。このように、「境界」や「内と外」をどう分けるかがとても大事なのだ。
さらに、内と外で情報を必ず統合しなければならないというものでもない。矛盾や対立をそのまま残しておいて、あえて矛盾したメッセージをアウトプットする、という結実があってもよい(例:「コクがあるのにキレがある」)。矛盾を引き取ることが、新しい方法になりうる。
少しリスキーでも、境界・折れ目を積極的につけてみよう。こうして区切ることが関係の発見につながる。
◆関係を発見する編集
編集には大きく二つの方向がある。ひとつは「関係を発見する編集」であり、もうひとつは「文脈を生成する編集」である。
「関係を発見する編集」には次のようなポイントがある。
(1)「inとout」で違いをつくる。言い換えれば、違いが現れるin/outの境界がどこにあるのか(歩道橋のダンサーの逸話)、それを見つけるのがファシリテーションだ。
(2)次に、様々な「機能・才能」の「相似性」をつかむ。機能・才能の違いをつかむのはむしろ簡単で、相似性をこそ見つめねばならない。その場にいる人たちの相似性を見いだすのは、ゲームをつくることと同じだ。ファシリテーターは「ゲームメーカー」だ。才能は、あるものを塞ぐと別のものが生まれることがある。こうした変化があることを確信し、開花させるのもファシリテーション。いわば、機能の「転換」である。
(3)3つめのポイントとして、ゴールへのプロセスを多様化する。目的へのプロセスは多岐・多元・多様であるべきだ。そして、ファシリテーターはそれを上から俯瞰してマッピングする。
◆文脈を生成する編集
ファシリテーターは文脈を生成する。文脈とはコンテキストであり、生成とは創発である。
(1)物語を想定せよ。今、日本には物語が少なすぎる。物語の要素には、筋書き(プロット)、シーン、キャラクター、ナレーター、ワールドモデルがある。これらをいっしょくたにしないこと。そのためには「略図的原型」をうまく使って特徴検出を行い、くどくどとした説明ではなく、連想的に伝えるという手法も重要。「あ! それそれ!」と人々に高速で伝わる方法である。
(2)次はメディエーション、メディア化。すなわち表現である。メッセージというものは、必ずメディアに載せて相手に伝えるものだ。そこで、カード、ホワイトボード、ポストイット、パワーポイント、などを駆使する。
(3)最後に、ルール・ロール・ツールのルル3条を意識する。物語をつくってルール・ロールを定め、ツールに落とすことが編集でありファシリテーションである。
◆リーダーシップとはエディターシップなり
皆さんが関心を持っているであろうリーダーシップに触れておきたい。
リーダーシップにとって大切なのは、エディターシップである。エディターシップを持ったディレクターがリーダーである。こういうリーダーは、リーダーであることを感じさせない。リーダーであることを隠す必要はないが、リーダーであることをあからさまに感じさせないようなリーダーシップがよいのではないだろうか。
◆日本的方法から学べ
なんでもかんでもグローバルな問題にしないほうがいい。地域性を重視し、日本独特の方法を重ねるべきだ。
日本文化の特徴は、ダブルスタンダード(例:神仏習合)。日本のカミは、西欧のGod=主ではなく「客神」だ。客神は、「マイナスの価値」を背負っている(七福神などはみな病気持ち)。この負の状態から価値を生み出すのが日本的方法の特徴だ。「わび・さび」も元は、「詫びる」というネガティブな状態からコミュニケーションを創出している。また、「はかどる」ことも「はかない」こともどちらもよしとする。あるいは、「あはれ」から「あっぱれ」に転化させてしまう。こういう日本的な「二項同体」を大切にしてほしい。
私たちはマイナスだと思われているものを発見し、そこから希少価値を創成していかねばならない。地球に残された最後の、そして最大の資源である「イマジネーション」を使って、マイナスをプラスに転化していくのだ。そのためには、決め付けない、矛盾を恐れない、堂々巡りを楽しむ、という姿勢が大切になるだろう。
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