郷原德之賊也(『論語』陽貨第十七の13 No.447)
2024/05/08
今日は古典研究関連カテゴリの記事で、
論語499章1日1章読解から。
皆さんは、論語にどんなイメージを持っていますか?
孔子という偉い人が、その弟子達に
自分の理想を語って説教を垂れている・・・
わたしも学生時代から、論語に対しては
そういう上から目線の
お説教臭い印象がとても強くて
好きではありませんでした。
でも、論語を注意深く読んでみると、
本当はそうではなく、
お説教臭いのは、
後世の儒学者や、論語の研究者であって、
孔子その人がお説教臭かったわけではないことが
だんだん分かってきて、
論語を読むのが俄然面白くなってきたのです。
今日のご紹介する陽貨第十七の13番
通し番号447には、
孔子は、〝郷原〟と呼ばれる
年寄り臭く分別顔に意見するような
八方美人の真面目人間を
とても嫌っていた様子が書かれていて、
孔子の反骨精神というか、
ある意味とても過激な人柄が垣間見える章です。
(引用ここから)
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【陽貨・第十七】447-17-13
[要旨(大意)]
表面上は似ていても、根本は全く異なる者が存在することを孔子が警告している章。
[白文]
子曰、郷原德之賊也。
[訓読文]
子曰ク、郷原ハ德ノ賊ナリ。
[カナ付き訓読文]
子曰ク、郷原(きょうげん)ハ德(とく)ノ賊(ぞく)ナリ。
[ひらがな素読文]
しいわく、きょうげんはとくのぞくなり。
[口語訳文1(逐語訳)]
先生(孔子)が言われた。「似非(エセ)君子は、道徳の賊徒・盗人である。」
[口語訳文2(従来訳)]
先師がいわれた。――
「郷党のほめられ者の中には、得てして、道義の賊がいるものだ」(下村湖人『現代訳論語』)
[口語訳文3(井上の意訳)]
田舎の道徳家に気をつけろ!そういった輩はおおかた人格形成の邪魔になるだけで、まじめに相手にしているとろくでなしになってしまうぞ。
[語釈]
郷原:「郷」は田舎、村(行政区分)の意。「原」は実直な人、善人、道徳家、人格者という意味だがここでは揶揄するネガティブな意味で、偽善者、えせ君子などと解すのが適切か。
徳之賊:「真の徳を乱し害する者」といった意味。
[井上のコメント]
本章は短く書かれていても、「郷原」「徳之賊」という、この章にしか登場しない言葉があり、これらをどう解すかがポイントと言えるでしょう。郷原について古注では、「迎合的に人を寛恕する八方美人的な人間」とし、新注では、「俗人に媚びる人格者気どりの者」というような解し方がなされているようですが、これだけだといまひとつわかりにくいかもしれません。本章で孔子の言いたいことは、「狭い田舎の村で人格者と言われているような人の中には、本当に人格者と言える有徳の人物がいないわけではないけれど、だいたいは〝お山の大将〟であって、大脳思考優位で(アタマだけで理解して善しとし)、自分を支持する人間に対しては柔軟に応対するけれども、自分に対しノーを言う人間の言うことには全く耳を貸さず頑固にはねつけるという、言ってることとやっていることとがズレている人間だから気をつけなさい」というふうに解しました。まあ、そういう輩は、 孔子の時代の田舎に限らず、今日の都会にも跋扈しているんじゃないでしょうか。
とはいえまた、こういうことを書いている自分自身がいつ何どきそうならないとも限らないので、〝問い〟を常に手放さないことはもちろん、まわりとの関わりのなかで自己観察に努め、自覚的であろうとする姿勢は何よりも肝要だとおもいます。さらに言うと、郷原、徳之賊とは、学而第一の2番にあった「君子ハ本ヲ務ム、本立ツテ道生ズ。(君子は何よりも根本となる事柄が大切にできている。根本が備わっていれば、生きるべき道は自ずと開けてくるものだ。)」の言い回しを拝借するなら、「本が務まっていない」人間のことであり、『書経』商書・咸有一徳編の「徳惟レ一ナレバ、動イテ吉ナラザルナシ、徳二三ナレバ動イテ凶ナラザルナシ。(ひとつの徳に拠り所が定まっていれば、自ずと吉につながる行動がとれるが、徳が分散しあれもこれもやりたいと定まっていないと凶とならないことはない。)」を拝借して言うなら「徳二三」の人間を指しているわけですから、「本ヲ務ム」姿勢、そして「徳一」つまり、生きる方向軸をひとつに定めることがいかに大事であるかということにもつながりますね。
余談ですが、吉田松陰は『孔孟余話』に、「狂者狷者を網羅し、是を中道に帰せば何ぞ郷原を悪むに足らん。(志が高すぎる人、堅固な人と共に行動し、理想の道を歩もうとするならば、郷原など恐れるに足らない。)」と書いているそうで、松陰の人物スケールの大きさが垣間見える気がしました。狂者狷者については「中庸」について述べている子路第十三の21番(通し番号323)を参照ください。また、孟子に弟子の萬章との対話で、狂者狷者、郷原に言及している部分があるので、[参考]として引用しておきます。
[参考]
・『孟子』巻第十四 盡心章句下 259節
●白文
萬章問曰、孔子在陳曰、盍歸乎來。吾黨之士狂簡進取。不忘其初。孔子在陳、何思魯之狂士。孟子曰、孔子不得中道而與之、必也狂獧乎。狂者進取、獧者有所不為也。孔子豈不欲中道哉。不可必得。故思其次也。敢問何如斯可謂狂矣。曰、如琴張曾皙牧皮者、孔子之所謂狂矣。何以謂之狂也。曰、其志嘐嘐然。曰古之人、古之人、夷考其行、而不掩焉者也。狂者又不可得。欲得不屑不潔之士而與之。是獧也。是又其次也。孔子曰、過我門而不入我室、我不憾焉者、其惟鄉原乎。鄉原、德之賊也。曰、何如斯可謂之鄉原矣。曰、何以是嘐嘐也。言不顧行、行不顧言。則曰古之人、古之人。行何為踽踽涼涼。生斯世也、為斯世也。善斯可矣。閹然媚於世也者、是鄉原也。萬子曰、一鄉皆稱原人焉。無所往而不為原人。孔子以為德之賊、何哉。曰、非之無舉也、刺之無刺也。同乎流俗、合乎汙世。居之似忠信、行之似廉潔。衆皆悅之、自以為是、而不可與入堯舜之道。故曰德之賊也。孔子曰、惡似而非者。惡莠、恐其亂苗也。惡佞、恐其亂義也。惡利口、恐其亂信也。惡鄭聲、恐其亂樂也。惡紫,恐其亂朱也。惡鄉原、恐其亂德也。君子反經而已矣。經正、則庶民興。庶民興、斯無邪慝矣。
●読み下し文
萬章問いて曰く、「孔子、陳に在りて曰く、『盍ぞ歸らざる。吾が黨の士は、狂簡にして進取なり。其の初めを忘れず。』孔子、陳に在りて、何ぞ魯の狂士を思うや。」孟子曰く、「孔子は、『中道を得て之に與せずんば、必ずや狂獧か。狂者は進んで取り、獧者は為さざる所有るなり。』と。孔子豈に中道を欲せざらんや。必ずしも得可からず。故に其の次を思うなり。」「敢て問う何如なれば斯に狂と謂う可き。」曰く、「琴張・曾皙・牧皮の如き者は、孔子の所謂狂なり。」「何を以て之を狂と謂うや。」曰く、「其の志嘐嘐(コウ・コウ)然たり。古の人、古の人と曰うも、其の行いを夷考すれば、焉を掩わざる者なり。狂者又得可からず、不潔を屑(いさぎよし)しとせざるの士を得て、之に與せんと欲す。是れ獧なり。是れ又其の次なり。」「孔子曰く、『我が門を過ぎて我が室に入らざるも、我焉を憾みざる者は、其れ惟だ鄉原か。鄉原は、德の賊なり。』」曰く、「何如なれば斯に之を鄉原と謂う可き。」曰く、「『何を以て是れ嘐嘐たるや。言は行いを顧みず。行いは言を顧みず。則ち古の人、古の人と曰う。行い何為れぞ踽踽(クク)涼涼たる。斯の世に生まれては斯の世を為す。善せらるれば斯に可なり。』と。閹然として世に媚ぶる者は、是れ鄉原なり。」萬子曰く、「一鄉皆原人と稱す。往く所として原人為らざる無し。孔子以て德の賊と為すは、何ぞや。」曰く、「之を非るに舉ぐべき無く、之を刺(そしる)るに刺るべき無し。流俗に同じくし、汙世に合す。之に居ること忠信に似、之を行うこと廉潔に似たり。衆皆之を悅び、自ら以て是と為すも、而も與に堯舜の道に入る可からず。故に德の賊と曰う。孔子曰く、『似て非なる者を惡む。莠(ユウ)を惡むは、其の苗を亂るを恐るればなり。佞を惡むは、其の義を亂るを恐るればなり。利口を惡むは、其の信を亂るを恐るればなり。鄭聲を惡むは、其の樂を亂るを恐るればなり。紫を惡むは、其の朱を亂るを恐るればなり。鄉原を惡むは、其の徳を亂るを恐るればなり。』君子は經に反るのみ。經正しければ、則ち庶民興る。庶民興れば、斯に邪慝無し。」
●口語訳文
弟子の萬章が孟子に尋ねて言った。
「孔子が陳の国で困窮したとき、故郷の魯に思いをはせて、『さあ、帰ろう。我が故郷の人たちは、志は大きいが、物事に対しては疎略で、大道を行うことを望みながら、道を得ることができずにいる。そんな昔の仲間を忘れることができない。』と言われたそうですが、孔子は陳の国にいながら、どうして魯の疎略な連中に思いを寄せたのでしょうか。」
孟子は言った。
「孔子は、『中庸の道を得た人と共にすることができないなら、せめてがむしゃらに突き進む狂者か、保守的である獧者を選ぼう。狂者は積極的であり、獧者は保守的であるが、不善を為さない者である。』と考えたのだ。孔子がどうして中庸を得た者を求めないことがあろうか。ただそれが必ず見つかるとは限らないから、その次の狂獧の人たちを思ったのだ。」
「是非ともお尋ねしたいのですが、どのような人物を狂者と言うのでしょうか。」
「琴張・曾皙・牧皮のような人物は、孔子が狂者とする所の者だ。」
「どうして彼らを狂者と言うのですか。」
「志は大きいが、言うことも大きく、古の人、古の人、と常に古の聖人を引き合いに出すが、その行いを公平に考察すれば、その言葉通りの行いがなされていない。それが狂者というものだが、こんな狂者でもなかなか見つけることはできない。だから不潔な行いを潔しとしない人を探し出して、行動を共にしたいと願うわけで、これが獧者であり、狂者の次に来る者だ。」
「孔子は、『私の門前を通り過ぎながら、私の部屋に入った来なくとも、いっこうに残念だと思わない人は、郷原だけであろう。郷原は徳を残うものである。』と言われましたが、どういうのを郷原と言ってよいのですか。」
「郷原は、狂者を非難して、『どうしてあのように、志も言葉も大きいだけで、言葉に実行が伴わず、実行に言葉が伴わなず、ただ古の人、古の人と言うだけなのか。』評し、又獧者にたいしては、『どうして人と親しまず、何事も一人で行動するのだ。人としてこの世に生まれたら、人としてこの世に生き、世間から善く思われれば、それでよいのではないか。』と評す。本心を隠して世に媚びる者、それが郷原なのだ。」
萬章が言った。
「村中の人が、あの人は慎み深い言えば、どこへ行っても慎み深い人だと言われるでしょう。それなのに孔子が徳の賊だとされたのは、どうしてでしょうか。」
「これを非難しようとしても非難する所が無く、これを謗ろうとしても謗る所がない。堕落した世俗の流れにのり、汚れた世に合わせ、身の処し方は忠信に似ており、その行動は清廉潔白に見え、人々は皆その人に好感を寄せる。そして自分でもそれが正しいと思い込んでいるが、とてもではないが、この様な人間と堯舜の伝える真の道に入ることはできない。だからこれを徳の賊と呼んだのだ。孔子は、『表面上は似ているが、根本は全く異なっているものを憎む。たとえば莠を憎むのは、表面上は似ているのに、その実は苗に害を及ぼすからであり、口先だけの偽善者を憎むのは、それが義との区別を紛らわしくさせるからであり、口先だけが達者な人間を憎むのは、真実を紛らわせるからであり、淫靡な鄭の音楽を憎むのは、正しい古典音楽に紛らわしいからであり、紫色を憎むのは、純粋な朱色との区別を紛らわしくさせるからである。それらと同様に郷原を憎むのは、真に徳のある者との区別を紛らわしくさせるからである。』と言われた。君子たる者は、万世変わることのない常道に立ち返るだけである。常道さえ正しければ、庶民はいっせいに立ち上がる。庶民が立ち上がりさえすれば、郷原のようなまやかしの邪悪は無くなってしまうのだ。」
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