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『クロードのいる風景』谷川俊太郎(坂本龍一・追悼)

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『クロードのいる風景』谷川俊太郎(坂本龍一・追悼)

『クロードのいる風景』谷川俊太郎(坂本龍一・追悼)

2023/04/04

 

『クロードのいる風景』 谷川 俊太郎
〜戦場のメリークリスマスの音楽からの自由な連想〜


懐しい和音をさかのぼる魂の小舟は

興亡する文明の波に揺られながらいつか
平凡な朝の食卓へとたどり着く
(戦場での束の間のまどろみに見る夢)
窓からふりむくのはたとえば
クロードと呼ばれる巻毛の少年
鳥たちの囀り交わす庭にいるのは
半裸の褐色の鼻の低い頬骨の高い少女
その手には一管の竹笛が握られている
クロードはその少女に恋をしたのだ


クロードは知っている
遠い故郷の幼児の口ずさむ子守唄の調べが
とうの昔に未来を予言していること
その谺(こだま)こそが私たちの棲む世界の
つつましい大きさであるということ
そしてまた愛する者の媚態にもまして
海をわたってくるいい匂いの微風にもまして
人のために死んだ神の子の涙にもまして
ひとつの単純な旋律が私たちを許すことを
(もう祈ることのできぬ者のひそかな慰め)


クロードは知っていた
人の心に一瞬の静寂がありさえすれば

砲声のとどろきのうちですら音楽は響くと
音楽はののしりの言葉を大地に帰し
ひきつった表情を永遠の仮面に変え
熱帯樹林の暗闇の意味をあきらかにする
(ときに蛙たちの声にまぎれながら)
私たちのあらゆる残忍な行為の背後に
かくされた音楽が絶え間なく流れつづける

血なまぐさい歴史をよぎって

褐色の少女の年令は三千才を超え
濡れた唇の竹笛から音楽はやってくる

そのリズムは私たちの血管のすみずみを

血とともにめぐりながら流れ出す
死体をおおいつくす草叢へと
(映画館のスクリーンの上の幻の泥濘へと)

言葉の語り得ぬことを証言する木の骨の

草の角の石の皮のそして金属の楽器は

手から手へ口から口へと受けつがれ

いまクロードはかすかにほほえむ

カセットブック「Avec Piano」
 (1983年6月・思索社刊)より

 

Avec Piano 坂本龍一(YouTube音源)

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