「〝教えない〟性教育」考(その13)
2023/11/18
11/6より教えない性教育をテーマに
記事を書き始め、本日分が13回目となりました。
これから書こうとしている記事は昨日の続きで、
これまで投稿してきた記事には、
なぜ〝教えない〟性教育なのかであるとか、
どういう文脈で推薦しているのかとか、
モトになる考え方や背景などを記しています。
よって、これまでの投稿に未読記事がある方は
適宜参照された上で
本日分の記事を読んで下さると有難いです。
・「〝教えない〟性教育」考(その11)
・「〝教えない〟性教育」考(その12)
さて、(その5)からは、
〝教えない性教育〟を実践しようとする際に
わたしが推薦するに値すると考える
参考図書などの情報素材を紹介しています。
前回(その12)で取りあげた
吉本隆明さんの『マチウ書試論』は
1954年、30歳だった吉本さんが書かれた、
大きく注目されるきっかけとなった
とっても重要な評論文なんですが、
難しいですよね〜 (>_<)
『マチウ書試論』だけとりあげても、
たぶん
あと10回分ぐらい記事が書けそうなんですが、
本題から外れてしまうので、
「教えない性教育」という言い回しに
つながりのある、「関係の絶対性」という言葉を
どう読み解くかが大きなポイント とだけ
ここには書いておきます。
暗い話や難しい話が続いたので、
今日はその対極といえるものを。
(引用ここから)
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さぁ、これから始める授業は
「義務教育」ではありません。
学校では決して学ぶことのない
本音の「保健体育」です。
だから先生も自らの経験をフルに生かし、
身を切ってもいい覚悟で臨みます。
皆さんは、「大人になったらわかるから」という
セリフを耳にしたことがあるでしょう。
でも、言っている大人すらわかっていないことが
この世の中にはいっぱいあるのです。
特に男子は、自分という存在は何なのか?
どうしてムラムラするのか? という疑問に
若いうちから悩んでおく必要があります。
それは、いつの日か、
女子に「どうしてくれんのよ!」と凄まれたときに、
少しでも怖じ気づかないための
予行演習でもあるのです。
正しい保健体育を学んで、
人として正しい道を歩んでいってください。
それでは授業を始めます。
※みうらじゅん『正しい保健体育』(理想社)まえがき 全文
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(引用ここまで)
あのエロエロモード全開のみうらじゅんさんが書いた
性教育の教科書ですから、
それを解説するのは野暮かもしれません。(^^;)
本のタイトルに冠せられた「正しい」という形容詞が、
世で行われている保健体育の授業を
皮肉っているわけですが、
どこまでが冗談で、どこまでが本気なのかが
わからなくなってしまうような、
最初から最後まで
とにかく抱腹絶倒の1冊です。
ただ、書いてある内容はある意味ハチャメチャでも、
その支離滅裂な言葉や歯に衣着せぬ毒舌の背後に、
わたしには大きな〝愛〟を感じることができたので。
これまで行われてきた、あるいはいま行われている
多くの〝性教育〟において、
おそらく最も欠けているのは
この〝笑い〟〝ユーモア〟の要素なのかもしれません。
江戸時代に、春画のことを人々は
「笑い絵」と呼んでいたと言われています。
『逝きし世の面影』にもありましたが、
春画というのは単なるポルノグラフィーではなく、
老若男女とわず、大人も子どもも
庶民が大事にしていた〝笑い〟の文化の
一翼を担っていたようで、
江戸時代の日本にはきっとそうした
のびやかで大らかな世界が息づいていたのでしょう。
2005年に理想社から
「よりみちパン!セ」シリーズの1冊として出版、
また2015年に『正しい保健体育2結婚編』と合わせ
『正しい保健体育・ポケット版』というタイトルで
文春文庫に入りました。
こういうファンキーなメディアがお好きな方は
『正しい保健体育・DVD版』もぜひどうぞww!
ちなみにさいごの画像は、単行本の末尾にある、
「よりみちパン!セ」シリーズ著者全員に対し
谷川俊太郎さんから投げかけられた
4つの質問へのみうらじゅんさんの答えです。
おもわず吹き出しちゃいますよね〜
この続きはまた明日に〜!