寺子屋塾

易を学ぶ講座を新たに開講します

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易を学ぶ講座を新たに開講します

易を学ぶ講座を新たに開講します

2021/10/16

寺子屋塾では、易(易経)について学ぶ場を新たにスタートさせます。

 

寺子屋塾の塾生に易に詳しい人が在籍しており、その塾生を講師にオフラインの場で易を学べる連続講座を月1ペースぐらいで開催することを考えているんですが、年内にその第1回を開講できるよう準備を進めています。

 

また、来月11月からは、易経に関心のありそうな塾生に声をかけ、わたしが2016年元旦から行っている日課、つまり、毎日サイコロを振って易を立て(日筮、一日一卦)、その得られた易経の卦辞&爻辞、解説文に目を通すということを1日分の学習とし、その内容をオンラインで情報共有できるしくみをつくります。

 

いずれは「オンラインで学べる易経実践講座(仮称)」というような形で、寺子屋塾の学習メニューの一つとして、塾外の易経について学びたい人のニーズにも応じて行きたいと考えていますが、しばらくの間は、塾内のみで試験的に運用していく予定です。

 

それで、今日からこのblogでは、なぜ易を学ぶ場をスタートさせるのか、その主旨などを何回かに分けて書いてみようとおもいます。

 

 

そもそも易ってなんでしょうか?

 

「易」といえば「易者」、つまり、占い師のことをおもい浮かべる方が大半かもしれません。

 

たぶん「当たるも八卦、当たらぬも八卦」ということわざを聞いたことがあるとおもうのですが、単に未来を予想する非科学的な占いだと捉える人が多いことでしょう。

 

占いなんて単なる遊びや余興の類のもので、そんなものに未来を託すような姿勢は馬鹿げているとかんがえる人も少なくないかもしれません。

 

実はわたしも、20代半ばにマクロビオティックの創始者・桜沢如一が書いた『無双原理・易を読むまでは、そのようにおもっていました。

 

「無双原理・易」はとても難しい本で、その当時のわたしには何が書いてあるのか、チンプンカンプンでしたが、ただ桜沢のお陰で「易経」が東洋思想の源流をなす中国の重要な古典「四書五経」の一冊で、自然法則や摂理を表現しているという点では、非科学的どころかむしろ科学的かつ実用的とさえ言えるものだということがわかり、長い年月を経て、そのことが生活の中でも少しずつ体感できるようになってきたのです。

また、2006年から12年間にわたってお世話になった主治医の豊岡憲治先生が易に詳しい方だったことがきっかけで、40代の半ば頃に易と出会い直しました。

2016年の元旦からは、毎日3つのサイコロを使って易を立てているんですが、詳細についてはそれを始めた頃に書いたこちらのblog記事などをご覧ください。

 

ところで、「易」という漢字の成り立ちは、身体の色をまわりに合わせてすぐさま変えることができるトカゲを示す象形文字だとか。

 

昔から「吉凶は糾える縄の如し」と言われますが、吉凶をそのまま善悪に置き換えてしまうと、易の表層的な部分しか捉えられず、必ずしも吉が良いことで凶が悪いこととは限りません。

 

なぜなら、生老病死、諸行無常、盛衰興亡、富貴貧賤・・・等々、万物はつねに流転していて、吉は凶に、凶は吉に容易に反転し得るからです。

 

易経の英訳名は〝The Book of Changes〟。

 

つまり、刹那的に一つの現象だけを捉えるならその吉凶は言えても、長い時間のスパンで捉えたときにはそうではなく、中国4000年という長い歴史が培ってきた〝変化の哲学〟が易の本質と言っていいでしょう。

 

それにしても、すべては太極から生まれ出でて変化した・・・「陰」と「陽」というたった2種類の記号の組み合わせのみで、この世の現象を64通り(8×8)に解釈し、森羅万象を表現しようとした易のシステムは、非常にシンプルで明快なものです。

 

コンピュータの0と1からなる二進法も、陰と陽との組み合わせと捉えれば、易の世界そのものですし・・・。

 

古代の昔からコンピューター・テクノロジーの現代に至るまで、ほとんど手直しを必要とせず残ってきているという点で、その4000年以上にわたる歴史の流れと知恵と体験の集積ぶりにはただただ驚嘆するばかりです。

 

最近では、無意識に潜んでいるものや、今の自分に見えていない盲点を浮き彫りにしてくれるという点で、〝現状把握〟のためのツールという、易の新たな側面にも着目するようになりました。

 

なぜ「当たるも八卦、当たらぬも八卦」かといえば、その言い回しもあながち間違っているわけではなく、当然のことだと腑に落ちたのです。

 

なぜなら、現状を自分で観ずして易に答を期待すればそれは当たらず、易のご託宣はあくまで手がかりとし、現状を正確に把握しようとするならば、自ずと未来は見通せるようになるのでしょうから。

 

つなり、易に未来を託してしまうのでなく、人生哲学の指針として、自らの道を切り開くひとつの手段として主体的に捉えているかどうかがポイントではないかとおもった次第です。

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