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発生学的視点をどう活かすか

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発生学的視点をどう活かすか

発生学的視点をどう活かすか

2021/11/28

一昨日、昨日書いた記事では、

小まめに歯みがきを行うことが

免疫力を落とさないポイントということに

触れましたが、

その思考のプロセスで、

〝発生学的視点〟を援用しました。

 

何かについて考えようとするときに、

判断するためのモノサシが必要と

いうことがよく言われるんですが、

これを言い方を変えると、

物事は単独で成り立っているのではなく、

必ず何かと何かがセットになっているはずだから、

結局、何と組み合わせればいいのかを

意識すればいいという話とも

つながっていると言えます。

 

また、こういう発想がどこから来るかと

そのモトを辿っていくなら、

世界はすべて「陰」と「陽」の組み合わせから

できているという

易経の世界観に行き着くようにおもうのですが、

易経については10月後半にたくさん書いたので、

今日は易経には触れません。

 

それで、昨日の記事を書きながら、

〝発生学的視点〟を援用した物事の捉え方を

もうひとつおもいだしたので、今日はそれについて。

 

梅棹さんは、インタビューゲーム

内容をまとめるときに使用している

B6判の情報カード(京大式カード)を

考案された方でもあり、

旧blog『往来物手習い』のこちらの記事

1969年に出され、今なお絶版になっていない

岩波新書のロングセラー『知的生産の技術』

〝教えない教育〟実践事例のひとつとして

ご紹介したことがあります。

 

梅棹さんの研究された学問分野はとてつもなく広範で、

何がご専門なのかを

ひとことで言えない難しさがあるんですが、

そのうちのひとつは、

今ではわたしたちが当たり前に使っている

「情報産業」という言葉を初めて用いたことで知られる

文化人類学者の草分け的存在といってよいでしょう。

 

とりわけ、1962年に発表された『情報産業論』で、

人類文明の巨大な視野のもとに
情報化社会の到来をいち早く予見し、

世の中に大きなインパクトを与えました。

 

アメリカの未来学者

アルビン・トフラーが『第三の波』を著し
第一の波としての農業革命、

第二の波としての産業革命につづく、

社会の大きな変化として、情報化社会の到来を予見し、

世界的ミリオンセラーになったのは1980年のこと。

 

ところが梅棹さんは、

トフラーの『第三の波』の内容にかなり近い学説を

トフラーよりも20年近く先んじて

発表されていたことになります。

 

1962年頃の日本は、

池田勇人首相による所得倍増計画が始まって

3C(クーラー・カラーテレビ・カー)が普及し始めた

高度経済成長まっただなかの時期・・・

そんな時代になぜ梅棹さんは、

情報化社会の到来を予見できたのでしょうか?

 

梅棹さんのもともとのご専門は

KJ法を開発された川喜田二郎さんとも

京都大学では同窓生で、

今西錦司博士から生物学を学んで、

生態学(理学部動物学科)から出発されました。

 

つまり、生物学的な発想をバックボーンに、

フィルドワークを重視する現場主義的実践を

社会文明論に応用して活かされたのが、

梅棹さんの研究スタイルといえるようにおもいます。

 

わたしが梅棹さんの本を初めて読んだのは、

小中学生対象の進学塾で専任講師をしてた

20代後半の頃のことでしたから、

もうかれこれ30年以上前になるんですが、

とっても大きな影響を受けました。


以下、梅棹さんの「情報産業論」より

骨子の部分を引用し今日の記事の結びとします。

 

(引用ここから)

ーーーーーーーーーーー

・・・人類の産業の展開史は、農業の時代、工業の時代、精神産業の時代という三段階をへてすすんだものとみることができる。現在は、第二段階の工業の時代にあって、いまなお世界の工業化は進行中であるが、すでに一部には第三段階の精神産業の時代のきざしがみえつつある、そういう時代なのである。

 

この三段階説は、一見さきにのべた第一次、第二次、第三次という、産業の三分類に対応するようにもみえるが、そうではない。第三次産業に属する商業や運輸業やサービス業のかなりの部分は、じつは第二段階の工業の時代の生産物たる、大量の商品を処理するための、付帯的、補助的な産業にすぎないのであって、情報産業のような精神産業とは原理的にことなるものである。

 

わたしはいま、人類の産業史の三段階を、農業の時代、工業の時代、精神産業の時代と名づけたが、さらにすすんで、この三つの時代の、生物学的意味をかんがえてみよう。それぞれの時代は、有機体としての人間の機能の段階的な発展ともかんがえることができるのである。

 

まず、農業の時代にあっては、生産されるものは食料である。その時代にあっては、人間はくうことにおわれている。くうということは、動物としての人間において、いわば消化器官系の機能にかかわることである。もし、発生学的概念をこれに適用するとすれば、この時代は、消化器官系を中心とする内胚葉諸器官充足の時代であり、これを内胚葉産業の時代とよんでもよいであろう。

 

つぎに、第二の工業の時代を特徴づけるものは、各種の生活物資とエネルギーの生産である。それは、いわば人間の手足の労働の代行であり、より一般的にいえば、筋肉を中心とする中胚葉諸器官の機能の拡充である。その意味で、この時代を中胚葉産業の時代とよぶことができる。

 

そして、最後にくるものは、いうまでもなく外胚葉産業の時代である。外胚葉諸器官のうち、もっともいちじるしいものは、当然、脳神経系であり、あるいは感覚器官である。脳あるいは感覚器官の機能の拡充こそが、その時代を特徴づける中心的課題である。

 

こうして系列化してみるとき、人類の産業史は、いわば有機体としての人間の諸機能の段階的拡充の歴史であり、生命の自己実現の過程であるということがわかる。

 

この、いわば人類の産業進化史のながれのうえにたつとき、わたしたちは、現代の情報産業の展開を、きたるべき外胚葉産業時代の夜あけ現象として評価することができるのである。

 

梅棹忠夫『情報の文明学』(中公叢書)所収「情報産業論」P.42~43より

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