自由とは自分の内側にある「感性」のこと(つぶやき考現学 No.21)
2023/01/18
人はみな、何かの制約に不自由さを感じ、
自由にあこがれ自由を求める。
そして、枠がない自由を望むが、
そもそも枠がないなんてあるのだろうか。
人は誰も不自由な肉体を持ち、
いつかは必ず死ぬのだし、
どんなに時間やお金や能力があっても、
それが自由であるかどうかはわからない。
自由はだれかから一方的に
与えられるものではなく、
自分ひとりだけの自由もあり得ない。
どんな人生であっても、
どんな自分であっても、
それが与えられたものでなく、
自分の意志で選んだものと考えれば、
枠や制限や不自由の中に自由があり、
生きているいまこの瞬間の中にこそ、
無限の自由が存在する。
つまり、「自由」とは
「自(みずか)らに由(よ)る」もので、
「自(おのず)と存在する理由」であるなら、
まわりの人との関係の中で
自分が感じるままに
自ずと決まっていくものだろう。
だから、自由とは、
自分の外側に求めるのものでなく
自分の内側にある「感性」に他ならず、
誰もがもともと
もっているものなのだ。(1998.2.24)
※井上淳之典のつぶやき考現学 No.21