寺子屋塾

独学のすすめ(谷克彦『食と暮らしの技術』序文)その1

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独学のすすめ(谷克彦『食と暮らしの技術』序文)その1

独学のすすめ(谷克彦『食と暮らしの技術』序文)その1

2023/02/14

寺子屋塾での学習で大事にしていることを

ひとことで言えば、

「自分で学ぶ力を身につけること」となります。

 

一昨日の記事に投稿した

「こころとからだの平和のバトン」と題した文章は

わたしがなぜそのように考えるようになったか

その理由の一部を記したもので

当初は3回シリーズで構想していた原稿の

第1回として書いたものでした。

 

昨日の記事に書いた

塾生から観察力の大事さに気づいた実体験を問われて

話したことは、

2回目の原稿に書くつもりだったので

内容的につながっていることに

気がつかれた方がいらっしゃるかもしれません。

 

自然学習力、内発性が重要という話を書いたんですが、

結局、何をどのように学べばよいかは個別に異なり、

言ってみれば学習というのは、

すべてオーダーメイドであって、

決まった正しいやり方があるわけではないので。

 

更に言えば、一人ひとりが、

自分自身の中に何が内在しているかに気づいて

それをいかに引き出すかが大事で、

指導者が積極的にできることは、

そのきっかけづくりとお手伝いでしかないわけです。

 

40年近く教育の世界で仕事をしてきたわたしですが、

全生徒の98%が大学進学ルートを選ぶ

全日制普通科高校を卒業したにもかかわらず、

大学に行かずに社会人になりました。

 

そのため、教育についてのみならず、

あらゆる学問を独学で積み上げてきたわけですが、

1000人の子どもたちを観察して

内発力の大事さに気づけたのは

教育についての先入観や知識がなかったことも

大きな一因だと考えていて、

今にしておもえばとてもラッキーだったことです。

 

そして、さらにラッキーだったのが、

わたしが進学塾の仕事に就く前年1984年に、

生活術という視点をふまえた

独学メソッドともいうべき

谷克彦さんの『食と暮らしの技術』という

非常に希有な本と出会えたことでした。

 

「こころとからだの平和のバトン」の

第3回についてはアイデアメモのみで

文の形にすらなってない状況ではあるんですが、

独学の利点や、当塾の学習メニューが

独学支援にもつながる内容であることは

織り込んでおきたいとおもっていたことなので、

今では絶版になってしまっている本書の

冒頭に置かれている

「独学のすすめ」と題された少々長い序文を

今日から3回にわけてご紹介しようとおもいます。

 

(引用ここから)

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序 独学のすすめ 
 

私は、さしたる苦労もなく、小学校、中学校をおえた。その間、学業成績はむしろよく、学校生活は順調であって、自分をふり返ってみるような態度を身につけてはいなかった。
ところが、高校生になって急に身体に変調をきたし、扁桃腺炎が出やすくなった。そんななかで、家庭に不和が起こった。そのころ、子どもだった私が、身体が大きくなっておとなの世界に諸々の不安を極度に感じるようにもなっていた。私は、もう落ちつきを失った。
学業は遅れ始め、学校に通う喜びと面白味を失くしてしまった。何度か高校を中退して、工場 かどこかで働きたいと考えた。しかし、自分の考えを断行するだけの勇気もないまま、ズルズルと高校三年生になっていた。
大学受験をひかえたなかで、自分独りがその雰囲気にとけこめず、学校の講義すらすでに訳がわからなくなっていた。仕方なく、朝は通学するかのような顔をして家を出、公立の図書館で時間を過ごしては、家に帰った。勉強もまともにはやっていなかった。しかし、勉強から離れるのが淋しくて、お茶を濁してはなんとか気持ちをおさめていた。
こんなでたらめな生活をしていても、学校はなんとか卒業できる見込みだった。が、もうこの期に至っては、どんな大学を受験しても合格はおぼつかないまま、社会に放り出されてしまったのである。同時に家庭では、両親の離婚問題が表面化して、かなり深刻の度を増しながら激しい争いとなっていた。
私には、将来どういう生き方を選んだらよいのか見当もつかず、精神的にまったく荒れた状態であった。両親は、自分たちのことで頭がいっぱいらしく話し相手にはならず、私自身こうも落ちこんでしまうと、心を打ち明ける友人すらもいなくなった。私は、過去をふり返って、本気で打開策を考えざるをえなくなってしまった。
学校教育は、知識の切り売りだけで身のあるものではなかった。期末、学年末には、先生の指定した範囲内を勉強して、試験にそなえる。実際に使うための生きた知識の習得ではなく、将来、使えるかどうかわからないような無味乾燥な、勉強のための勉強にすぎないように思えてならなかった。
よくよく考えてみると、学校教育にいくつもの間違いがあることを知った。しかし、自分の学力低下の原因を学校教育制度に求めても、なんら解決策にはならない。自分がうまくいかないことを他人のせいにばかりしている勉強態度を反省しないわけにはゆかぬほど、私は追いこまれてしまっていた。学校が悪い、教師が悪い、学校制度・教育制度が悪いといっていられる人たちは、まだ私ほど落ちこんでいないのだ、とさえ思った。原因を他に求めても、私の落ちこみようからは、とても這い上がれるとは思えないほどだった。
私は、自分の生活態度を猛反省した。自分の姿勢のまずさが痛いほどよくわかった。これでは駄目になる。私の生活の立て直し計画は、この時から始まった。 

そのころ、私は、文明といえば「西洋文明」が最高と考えていた。近代的技術文明というもの が、イノヴェーション(技術革新)を伴って次々とすばらしい機械と製品を産み出していたし、まさに人間の英知の粋だとさえ思っていた。そこで、私は、西洋文明を築いた自然科学関係の研究を志したいと漠然と考え、夢をいだいたのである。 
自然科学者の伝記を何冊か買いこんで、読み始めた。
アイザック・ニュートン、アルバート・アインシュタイン、マリー・キューリー、野口英世、マイケル・ファラデー、トーマス・エジソン、アンリ・パストゥールなどだった。
私は伝記を読み進むうちに、ひとつの発見をした。
それは、一流の科学者たちは、その大部分が一流大学を卒業している。これは別におかしいことではない。しかし、超一流の科学者は、一流大学を卒業するどころか、国立大学にも入れなかった人が多い。私立に入学したものの、留年などしてかなり年齢をくって卒業したりしていた。
また、大学には進まなかった人、なかには、小学校しか学歴のない人も多かったのである。つまり、エリートではなかったのだ。
これは、私には不思議な発見であった。何か意味があるに違いない、とも思った。
マイケル・ファラデーは、小学校卒の学歴しかないが、製本屋の見習いをやっていたとき、ある女流科学者の『物化学の話』という本に出合って、興味をそそられる。自ら手製の器具や装置を作って、ひとつひとつ本のとおりの化学実験を試み、とうとう1冊全部の実験をやり通した、という。
アルバート・アインシュタインは、12歳から14歳までの約3年間に、独学で微分積分と解析幾何学の勉強をしている。
この実験物理学者のファラデーと理論物理学者のアインシュタインの対照的な科学者の独学体験を知った私には、何か偶然ではない、大切な示唆を与えられたように思えた。
失意のどん底にあった私にとって、ほんのりとした一条の光明だった。遅れてしまった自分の勉強生活を立て直すには、正攻法しかありえない、誤魔化しは禁物だ。私は、苦しい、淋しい思索のなかに、人生の目標をどこに置こうかと考えぬいた。
私には、目先の計画、ことに短期間の目標をねらってみても、とても他人には追いつけそうに思えなかったし、またできないというコンプレックスもあった。だから、一生かかって努力をし、皆んなに追いつけるだけの遠大な計画をもとう。そうすることによって、心の空洞を埋めようと、私は思った。
ライフワークは、応用部門の技術者の道ではなく、その根底になっている純粋学問をやりたいと考えた。それは、基礎物理学の学究者の道であった。
当時の私にとっては、アインシュタインやファラデーやニュートンといった科学者が、大聖人に思えたのは当然のことである。ところが、その大聖人たちは、みな決まって若いときに、独学の期間を経てきていたのである。
「独学」などといえば、それはとっても大変だという印象を与えるが、意外にふつうの学校教育を受けるよりも有利な条件か、効果があるのではないだろうか?
淋しさ、きびしさのなかにも、私はほのかな希望をつないで、18歳の誕生日から独学計画を立てて、努力を開始した。私は、どこにも遊びに行かずに、自宅で勉強することにした。
不安と淋しさのために、落ちつかない心を押し静めて、物理の本や数学の本を買ってきて、1ヵ月ほどかけて頑張って読んでみた。読み終って、何がわかったかといえば、こんな程度の高い本を読む前に、もっと基本的な、初等数学を身につけていなければならないということであって、本の内容など理解できるはずもなかった。
1ヵ月も費やし、こんな効率の悪い勉強をしていて、果して一生ものになるものが得られるのか、早くも挫折感に似た不安の念にかられた。あせればあせるほど、勉強計画は遅滞していた。そこで、思い切り程度を下げて勉強をするほかないことに気がついたのである。
私は、中学時代は決して数学の出来は悪くなかった。中学1、2年生の数学は十分に理解している自信もあった。しかし、私は、程度を落として再勉強することを決意したのだから、年数をかけてでも、基礎からみっちりやり直そうとした。そこで、中学の教科書を買いそろえた。
中学、高校は一度経過した課程なのであるから、2年ほど短縮して、4年間の独学計画を立てた。しかし、これは甘かった。6年の学校教育課程は、かなり根を詰めて学習しても、独学でたっぷり6年かかってしまった。決して、時間は短縮できなかったのである。(谷克彦『食と暮らしの技術 実践健康ノート』より)


※続きはまた明日に

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