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ファーストアルバム『千のナイフ』のこと(坂本龍一・追悼)

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ファーストアルバム『千のナイフ』のこと(坂本龍一・追悼)

ファーストアルバム『千のナイフ』のこと(坂本龍一・追悼)

2023/04/13

坂本さんの追悼記事もこれで9つめになりますね。

 

あと、YouTube動画ですぐに見られる

オススメ動画10選と

わたしが所持している坂本さん関連の

書籍・雑誌からの10選を投稿する予定なんですが、

それでひと区切りにするつもりでいます。

 

今日は1978年10月にリリースされた

ファーストアルバム『千のナイフ』のことを。

坂本龍一  Thousand Knives (1978) Full Album

 (YouTube動画)

今でこそ、いわゆる生演奏でない打ち込みの演奏は

当たり前になってしまいましたが、

このアルバムがテクノポップという言葉自体

存在しなかった45年も前に

つくられたことをおもうと、

いかに彼の音楽が先駆的なものだったかが判ります。

 

いわゆる電子音楽なんですが、

聞こえてくる音があまり電気っぽくなく、

ナチュラルに聞こえてくるのが何とも不思議!

 

もちろん、電子音楽という事で言うと、その前から

シンセサイザー(音色合成可能な楽器)は存在し、

作曲家の冨田勲さんが、ドビュッシーのピアノ小品や

ホルストの惑星やムソルグスキーの展覧会の絵などを

アレンジしてアルバムを制作されていましたが、

坂本さんは冨田さんよりもちょっと早く

そうした楽器の可能性に着目されていたようで。

 

タイトル曲「千のナイフ」が冒頭に入ってますが、

毛沢東の詩をヴォコーダーに読ませている

イントロの部分からして

聞く人の度肝を抜いてしまいますね。

 

ちなみにこの「井岡山に登る」という詩は

毛沢東が1965年に作成したものらしく、

井岡山というのは、

中国の湖南省と江西省の境にある山の名です。

 

毛沢東は1927年にゲリラ部隊を率いて潜伏し、

いわば「山賊」となった形で

革命根拠地の建設を始めたことから、

井岡山は後に「武装闘争発祥の地」と

呼ばれるようになったのでした。

 

【原詩】
久有凌雲志 重上井岡山 千里来尋故里
菖貌変新顔 到處鶯歌燕舞 更有澱澱流水
高路入雲端 過了黄洋界 険處不須看
風雷動 族旗飛 是人寧
三十八年遂去 弾指一瞬間
可上九天撹月 可下五際捉鼈
談笑凱歌遂 世上無難事 只要肯登欅
               

【意訳】

天に昇る勇壮な志で井岡山に登る

はるばる故郷を訪ねていけば

懐かしい街並みが様変わりしていた

いたるところで鶯がさえずり燕が舞う

川はさらさらと流れ

雲までの道がはるか天にまで続く

黄洋界へは行くに及ばない

革命は既に成就したのだから

反逆の闘争が起こり

革命の赤旗がひるがえる これが人の世だ

一瞬にして38年がすぎ 

天をあおいで 月を手に取り

身をかがめて 海の亀を捉える

さあ胸を張って凱旋だ 

この世に不可能なことはない

ただ壁を乗り越える勇気さえあればいい

 

OMIYAGEのインタビューで語られていた

ローランドのMC-8が発売されたのが、

1977年のことですから、当時はまだ

ミュージックデジタルシーケンサという機器が

出来たばかりで、全部で45分ほどのこのアルバムを

レコーディングにするのに坂本さんが費やした

合計時間は339時間だったとか。

 

昨日投稿した記事に高橋悠治さんが

このアルバムに参加した旨が書かれていましたが、

3曲目のグラスホッパーズという曲を

ピアノやシンセサイザーで演奏しています。

 

坂本さんがこのアルバムのために書いた

ライナーノートは

次のような尖った内容のものでした。

 

(引用ここから)
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身を汚すことの快美。
男娼願望。
その最高の段階は、ファシストの少年、
というところかな。
この世の一切の栄光と快楽を与えられている訳だから。
しかも危険この上ない。
B面3曲目のcodaの弦楽斉奏はその暗示。
例えば、免許とるとか、
洒の飲み方覚えるとかって全部そうなのです。
だから、これは社会学である訳。
無希望の社会学。
日本はヘンな国だ。日本の文化はオカシイ。
純粋培養。
いつもこの世の悪を意識してなくてはだめだと思う、
生き方として。
だから、私は瞑想したいのだけれど、しない訳です。
悪を思考できなくなるのが嫌なのです。
私はアンチ・ロマンでもないし、
反心理主義でもないし、機能主義者でもない。
だって目的は無いのだから。
誰かのためになるなんて思って

音楽作っている訳ではない。(現在どんどん

つくられている音楽のほとんどがそうなのだけれど)
ただ、自分のため、なのですね。
社会的な自分のため、
社会に登録されるというだけのため、
小権力が分配される訳でしょう。
何もしなけれはただ雇用されてるだけだから。
要するに、使用人が
小さな店をもたせていただいたのね、だんな様に。
そうすると、こんどは自分が
使用人の3人を雇って店を維持していく訳です。
みんながやっていることと同じ、それだけ。
このままいって、
音楽の世界に synthesizer がもっと普及して、
音楽のつくり方が、
私なんかが今やっているような
デジタル的な方法に変化していくと、

耳が変ってしまう、
決していい方にではなくて、
そうなると伝統的な感性の文化的拘束力が勝つか、
テクノロジーが勝つかの戦いになる。
どうやら「瞑想」っていうのは、
今まで諸々の文化メディアが荷ってきた、
意識の自己再活性化機能を人為的にテクニカルに

コントロ-ルしようってことだから、
社会的に云えば、自己検閲済人民抑制法だと思う。
そうなるとやっぱりこれからは、
アポロンとディオニソス的な精神界の戦になる。
自分をひたすら

自動反射ロボットにしようという志向と、
自己の精神で

天上を披ってしまおうという志向との戦いですね。
前者はすごく健やか、後者は敗北主義。
しかしながら、ヒットラーは後者に属している。
後者にとって前者は使用人にするのに最適だ。
そして、どっちも嫌だ、という第三勢力である
分裂症群がいる。
私はここにいる。こういう輩は
音楽産業とか牢獄とかに幽閉されるだろう。
軽度でガードマン、中度でミュージシャン、
重症だと病人、というわけ。
だから音楽で人を救うなんて絶対できっこない。
救われないと思っている奴らの嘆き節なんだから。
かくいう私の音楽もまさにこれですね。
立派に嘆きたいと思っていますよ。
どうせ落っこってくるのだから。
嘆いて、救われないということすら忘れている、
救われない人たちに、
その救われなさを一緒に歌ってほしいと思っている。
ホントは。
一緒に死んで下さい。 

 

※坂本龍一『千のナイフ』ライナー・ノートより

 

 

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