「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その1)
2024/04/12
板倉くんのブログ記事を紹介したんですが、
「自分で決めること」が
テーマになっていました。
わたしは、「自分で決めて、自分でやる」
セルフラーニングという学び方の教室を
30年間やってきましたが、
「自己決定」「自己責任」ということを
人に伝えようとするときに
生じてしまいがちなズレ、誤解という問題があって
なかなか易しくないことなんですね。
つながることなんですが、
なぜズレるのかを考えたいとおもいます。
ただ、1日に書ける記事の範囲で
完結させられるような簡単な話ではないので、
今日はこのテーマを考えるための
素材提供のみになってしまうんですが、
以下、宮台真司さんの
『中学生からの愛の授業』という本から
引用したのでとりあえず読んでみて下さい。
(引用ここから)
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「排除」 より 「包摂」 の社会を!
宮台 次は、アメリカの話をしようか。といっても、難しい話はしないよ。ミウさんたちが知っている話に、少し付け加えるだけだから。2009年1月にアメリカでバラク・オバマが大統領になった。知ってるよね?
ミウ はい。 私、オバマ大統領はなんとなく好きなんです。優しそうだし、頭が良さそうだし、カリスマ性があってカッコいいですよね。
宮台 オバマ大統領の誕生は、「不況とセーフティネット」の話と通じるところがあるんだ。「金の切れ目が縁の切れ目」にならないように、社会のいろんな関係がセーフティネットになって個人を包み込むことを「包摂性」って呼んだね。オバマが目指してるのも「包摂」なんだ。 オバマは、大統領になるずっと前から演説でこんなことを言い続けてきているんだ。彼の演説を聞くと、彼が 「包摂性」の本質を完全に理解していることが分かるんだよ。
「リベラルのアメリカも保守のアメリカもなく、ただ『アメリカ合衆国』があるだけだ。ブラックのアメリカもホワイトのアメリカもラティーノのアメリカもアジア人のアメリカもなく、ただ『アメリカ合衆国』があるだけだ」
アメリカには二大政党がある。オバマのいる民主党は「リベラル」 (市場が問題を生まないよう政府が適切に介入しろという立場)。 前大統領ブッシュがいた共和党は「保守」(市場の自由に任せ、市場で生じる問題は人々が自発的に解決しろという立場)だ。オバマが大統領になったらリベラルが勝利して、保守は排除されるのが普通だ。でも、オバマはそうじゃないと言う。リベラルだって保守だってアメリカ人だ。黒人もヒスパニックもアジア人もアメリカ人だ。真の敵は自分たちを分裂させようとするヤツらだと。「敵と味方が分かれている」という対立を吹聴する者たちこそが敵だと言ってるわけ。翻訳するとこうなる。「排除」よりも「包摂」 が大事だけど、「排除か包摂か」という対立を煽るのでなく、「排除」までも「包摂」 するのが「真の包摂」だと言うわけ。
ミウ それがアメリカの「チェンジ」 ってことなんですか?
宮台 けっこう大きなチェンジだよ。 今までは、「排除」の共和党と「包摂」の民主党という、単純な対立があったけれど、「包摂」を主張する人たちが 「排除」 を主張する人たちを「排除」するという逆説を、乗り越えようと呼び掛けたのは、オバマが最初だ。
逆説っていうのは、よく見ると自分自身を否定するようなかたちになっているってことだ。こうした逆説は、学問の世界では広く知られてきたけれど、政治の世界で「こうした逆説を乗り越えよう」という知的な呼び掛けを国民に対してするのはとても異例だ。
オバマの異例な呼び掛けは危機感に基づいていると思う。 新自由主義(ネオリベラリズム、略してネオリベ)って言葉は知ってる? 簡単に言えば「市場競争こそ正しい、政府は口出ししない、政府の仕事も民営化しよう、規制をなくそう」みたいな立場だね。
日本では小泉内閣が本格的にこれを推進した。郵政の民営化や派遣労働者の増大が典型例だね。こうした方向に反対する人たちをみんな 「抵抗勢力だ」とひと括りにしてしまった。
ミウ なんとなく暗い感じがしますね。
宮台 もともと新自由主義は1980年代にアメリカやイギリスで本格的に動き出した。 国家が公共事業をしたり福祉を手厚くしたりしてしたら、結果として赤字がふくらんで財政がパンクし、福祉をあてにして労働意欲をなくす人も増えた。それで出てきた政策なんだ。
これはつまり「政府を頼らず、家族や地域など、社会の助け合いでやっていこう」という政策だ。ところが、日本に導入されたとき、「政府を頼らず」だけ注目されて「社会で助け合う」部分はどこかに消えちゃった。
その結果、家族は離散し、地域は疲弊。社会の「包摂性」が消えて、剥き出しの個人が直撃されるようになっちゃった。 イギリスでこれと同じことが20年前に起こって、ちゃんと反省されていたんだけどね。
ミウ そうだったんですか。「新自由主義」って昔からあったものなんですね。「新自由主義」と関係あるかわかりませんけど、今の日本って「お金がすべて」みたいな感じがしたり、どこか他人に対して冷たい感じがしたりしますよね。失敗しても誰も助けてくれなくて、「それは自己責任だよ」みたいな・・・
宮台 それについても考えてみよう。「自己決定や自己責任が大切」ってことは僕も以前から言ってきた。でも、それは 「人を頼っちゃダメ、人を助けちゃダメ」という話じゃない。「自分の人生をどう生きるかは自分に選ばせてくれ」という意味だ。
たとえば、誰を頼るのか、誰を助けるのかを、自分で決めて責任を負うことだ。あるいは、どんな共同体 (家族や地域) を作って守るのか、あるいは共同体を作らないのかを、自分たちで決めて責任を負うことだ。どうしてそういうことを言うのか分かるかな?
イギリスで新自由主義が反省されたって言ったよね?どうして「社会で助け合う」 が無視されたのかが反省されたんだ。新自由主義者たちは「大きな社会」を「道徳主義的で男尊女卑的な伝統家族を大切にすることだ」と決め付け、押付けようとして失敗した。
そこで「大きな社会」つまり「助け合う社会」の中味をみんなで参加して決めたほうがいいというふうに反省された。「小さな政府」と「大きな社会」で行くしかないのは正しいとして、「大きな社会=助け合う社会」の中味を自分たちで決めるということだ。
たとえば、伝統家族がいいと思う人たちは、伝統家族を営めばいい。伝統家族が窮屈だと思う人たちは、伝統家族とかたちは別だけど家族的な助け合いの機能を果たす新しい家族を営めばいい。問題はかたちじゃなく、助け合うという本質が大切なんだ、と。
ところが、欧米では新自由主義を反省した上で語られていたこうした 「自己決定」や「自己責任」が、「共同体を拒絶して、何ものも頼らず、すべて自分でやることだ」というふうに誤解されてしまった。僕の15年以上前からの発言も、そう誤解されちゃった。
ミウ それ、私も思いっきり誤解して考えてました。
宮台 2004年、ボランティアの目的で渡航していた日本の民間人3名がイラクの武装組織に誘拐されたり、24歳の香田証生さんが首を切られて殺された際「危険だとわかって自分からイラクに行った以上、被害に遭うのは自己責任」とバッシングする人が大勢いた。
僕は自分が使ってきた言葉がそんなふうに使われることに驚いた。そして「自己決定と自己責任が大切だ」が常識の欧米のマスコミも仰天した。どんな理由でイラクに入ったにせよ、日本国民である以上、日本政府が国民の生命と財産を守る義務があるはずだと。
政府が国民を守るのは、政府を作るときの国民たちの自発的自己決定的な契約だ。「権力を与える以上、こういう義務を負え」と契約した。政府は、権力を持つ代わりに義務を負った。その中に、犯罪者でない限り国民の生命と財産を守る義務が含まれるの。
つまり、バッシングしていた人たちは「自己決定」「自己責任」の本質を何も分かっていなくて、「みんなの和を乱すやつは許せない」みたいな感情の噴き上がりを「自己決定」「自己責任」という言葉で正当化していただけだ。これほど愚かなことはないよ。
ミウ 先生の言う「自己決定」「自己責任」って思ってたより穏やかというか自由な感じがしますよね。でも、誤解されたほうの「自己決定」「自己責任」はとっても冷たい。
宮台 他人を批判し、切り離すためのロジック(理屈、論理)になっちゃってるんだよね。本当なら「自分が目指すものを手に入れるため」に使われるのが「自己決定」「自己責任」なのに、「自分でやったんだからおまえだけが悪い」と他人をいじめるために使う。
ミウ もともとは自分がいい人生を送るために使う言葉なんですね。なのに、逆に人から言われていじめられちゃう...
宮台 そういう感情的な噴き上りが、2ちゃんねるなどで典型的に見られたけど、そうした書き込みをして小泉内閣の路線を万歳でほめたたえた連中が、小泉内閣によって「自己決定」「自己責任」の名のもとで切り捨てられていく。自分で熱湯をかぶったわけだ。
ザマアミロと言いたいんじゃない。「自己決定」と「自己責任」を、「包摂」に向かうために使うか、「排除」に向かうために使うか、という違いに敏感にならないと、自分自身がこれらの言葉によって「排除」される側に回ることになることを言いたいんだ。
※宮台真司『中学生からの愛の授業』最終限「社会」と「愛」より
この続きはまた明日に!(^^)/
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