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TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集(その90)

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TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集(その90)

TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集(その90)

2026/05/10

2/10からこのブログでは、

TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集を

お届けしているんですが、

この記事が90回めで

残すところあと10回となりました。

 

今日は、最終回だった第11話前半部、

20分30秒から始まる

みくりと平匡の対話

「303カンパニー第二次経営責任者会議」を。

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〔平匡のマンション・リビングにて〕
〔「303カンパニー第二次経営責任者会議」のテロップ〕
〔大河ドラマ『真田丸』のBGM〕

平匡:1週間やってみて、率直な感想はどうですか?
みくり:率直でいいですか?
平匡:どうぞ!
みくり:わたしの方が格段に稼ぎが少ないので、そのぶん家事の分担が多いのは、納得しているんですけど。
平匡:……
みくり:それで平匡さんが分担をやり忘れてたり、やるのが遅かったりすると、『それそっちの分担だよね? わたしより家事負担少ないよね』と思ってしまうことがあります。
平匡:……すみません。
みくり:平匡さんの方は?
平匡:……正直に言っていいですか?
みくり:どうぞ!
平匡:みくりさんの掃除の質の低下が、気になってます。
みくり:
平匡:部屋の隅に埃がたまっていたり、鏡の水垢が
みくり:本当を言うとわたし……そんなに几帳面じゃないんです!
平匡:……!?
みくり:どちらかというと四角い部屋を丸く掃くタイプで……
平匡:えっ、でも、今まで。
みくり:仕事だったから完璧にしなくちゃと、念には念を入れてました。でも、本当は、生活に困らない程度に綺麗なら、生きていけると思ってます。
平匡:……
みくり:ご期待に添えず申し訳ありません……。
平匡:……
みくり:よほど気になるのであれば、その箇所を平匡さんの分担にして、そのかわり、他の箇所をわたしが……
平匡:いえ、ぼくの分担を増やしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TVドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』第11話より

 

COMMENT:最終回の前半、20分30秒あたりに挿まれている「303カンパニー第二次経営責任者会議」。大河ドラマ『真田丸』のBGMが強く印象に残るこの場面、わたしは『逃げ恥』の核心がぎゅっと詰まっている気がします。まず二人とも、面と向かって言いにくいことを胸の内に収めてしまわず、ちゃんと言語化して相手に渡そうとしているところがイイですね。しかもその言葉が、怒鳴り合いではなく「率直でいいですか」「正直に言っていいですか?」と、会議のような冷静さと明確さをまとって出てくる。恋愛ドラマの口論というより、生活の運用点検なんですよね。
 

みくりが言う。「わたしの方が格段に稼ぎが少ないので、そのぶん家事の分担が多いのは納得しているんですけど」。この前置きがまず重要で、みくりは〝配分そのもの〟に異議を唱えているわけではない。問題にしているのは、その配分で走り出した後の運用です。平匡が分担をやり忘れていたり、やるのが遅かったりすると、「それそっちの分担だよね?」「わたしより家事負担少ないよね」と思ってしまう。ここには、家事の量というより、対等性の感覚が揺らぐ瞬間のリアルがあります。合意したはずのルールが、日常の摩耗でズレていく。『逃げ恥』が最後まで描こうとしているのは、まさにこのズレの問題なんだろうなと。
 

そして平匡も言う。「みくりさんの掃除の質の低下が、気になってます」。このセリフだけ抜き出すと、几帳面すぎる男の小言に見えなくもない。でも、ここの面白さは平匡の小言というより、〝みくり像〟の崩壊です。みくりが返す。「本当を言うとわたし…そんなに几帳面じゃないんです!」「どちらかというと四角い部屋を丸く掃くタイプで……」。ここで一気に、今まで成立していた「完璧なみくり」が、実は仕事としての成果物だったことが露呈する。
 

みくりが続けて言います。「仕事だったから完璧にしなくちゃと、念には念を入れてました。でも本当は、生活に困らない程度に綺麗なら生きていけると思ってます」。それにしても、みくりがこう言ったあとの平匡の表情が最高!ですね。笑 つまり、完璧な掃除は、みくり自身の本質に根ざした行動でなく、雇用という共同幻想(=上司と部下、賃金が発生する労働、評価基準が外から入ってくる世界)の中で成立していた仕事上の成果物にすぎなかったんだと気づいた瞬間のオドロキが見事に出てました。そこでは「期待に応える」ことが役割として意味を持つから、疲れていてもできるし、念入りにもなるんだと。
 

ところが共同生活に入った瞬間、この成果物がふっと「できて当然」にすり替わりはじめる。ここが気づきにくいからこそ怖いところで、共同幻想が形を変えて侵蝕してくるんですね。会社の共同幻想では「成果物=評価される仕事」だったのに、家族間の対幻想では、それが「できて当然」に寄りやすい。誰が決めたわけでもないのに、いつの間にか〝標準仕様〟として残ってしまう。みくりの「ご期待に添えず申し訳ありません……」という過剰な謝罪も、たぶんその混線の中で出てしまった〝職務モード〟の残り香と言えるでしょう。生活の問題なのに、つい「期待に応える/応えられない」を仕事の言葉で処理しようとしてしまう。
 

でも、その混線を断ち切るのが、みくりの「本当は…」なんですよね。ここで出てくる「四角い部屋を丸く掃く」は、たぶん家族(=対幻想)の基準でも、世間(=共同幻想)の基準でもなく、みくり個人の気質・価値観(=個人幻想)に近い。制度にも役割にも回収されない、「わたしはそもそもこういう人」という自覚に紐づいた言葉だから、この告白は強く響くのでしょう。共同幻想の「当然」に飲み込まれかけた成果物を、個人の言葉でひっくり返してしまう。ここに〝逆立〟が起きている、と読めるんじゃないかと。「仕事なら完璧にできた」が、「生活でも完璧にできるはず」へ倒立しそうになったところを、「本当はね……」でくい止める。
 

そして、平匡の返しがまた『逃げ恥』らしい。みくりは「気になる箇所を平匡さんの分担にして、そのかわり他の箇所をわたしが……」と、配分の組み替えで会議を畳もうとする。ところが平匡は、「いえ、ぼくの分担を増やしましょう」と、配分の組み替え以上のことをする。つまり、みくりの掃除の品質を査定し続ける構図そのものを薄めてしまうんですね。これは平匡の優しさというより、評価制度そのものの撤去です。なぜなら、評価が残る限り、関係は雇用/成果物に引き戻されてしまうからでしょう。
 

以上まとめるとこの会議、結局のところ「家事あるある」では終わらせられるような単純な話ではありません。共同幻想(雇用の評価基準)が、形を変えて家庭内へ残留しそうになる。その瞬間に、個人幻想(みくり生来の気質)が顔を出し、対幻想(二人としてどう合意するか)が更新される。つまり「共同幻想」「対幻想」「個人幻想」の三層がいちどに露出して、しかもそれを〝沈黙〟や〝察し〟ではなく、言語化によって処理しようとしている。だから見ていて苦いのに、どこか気持ちがいいんですよね。ドラマ最終回の前半で、これをちゃんと見せておく。だからこの後に訪れる祝祭が、祝祭でしかないものにならずに済むようにも見えました。
 

ちなみに、このコメントの最初の方で言及した「言いたいことをちゃんと言語化して表現することの大切さ(相手の自由意志を尊重した上で、言語化して渡すこと)」については、逃げ恥のストーリー展開にも触れながら、次の記事に詳しく書きました。未読の方はぜひご覧ください。

インタビューゲームでなぜ人生が変わるのか(その3・相互に相手の自由意志を尊重)

 



この名セリフ&名場面集で紹介しているセリフは、2020年に放映された『逃げ恥・ムズキュン特別編』を土台に、野木亜紀子さんの『逃げ恥シナリオブック』での記述を参考にしています。なぜTVドラマ『逃げ恥』のシーンを毎日投稿している理由については、この連投記事の初回として書いた(その1)の記事のコメントをお読みください。

ちなみに、4/10に投稿した(その60)の記事と、4/27に投稿した(その77)の記事には、とても重要なことをコメントしましたし、それまでに投稿した記事のINDEXと、逃げ恥関連の投稿記事リンク集を載せています。未読記事がある方は是非そちらから参照ください。

 

ではまた明日に!(^^)/

 

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