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「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その16)

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「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その16)

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その16)

2024/04/27

4/12から書き始めた「自己決定」「自己責任」って

言葉の真意がなぜ伝わりにくいか

テーマにした記事も

今日で16回目になりました。

 

本日投稿する記事は内容的に

昨日4/26に投稿した(その15)の続きなので、

(その15)を未読の方は、

そちらを先に読まれてから今日の記事をどうぞ。

 

記事(その14)以前の投稿は、

それらをすべて読んでいないと

今日これから書こうとしている記事内容を

理解できないことはありませんが、

全体テーマに連なったものではあるので、

未読記事がある方は、可能な範囲で、

末尾に付けた過去記事リンクを適宜参照下さい。

 


さて、(その11)の記事以後は、

主として「責任」というテーマに

スポットを当てながら書いているんですが、

冒頭示したこのテーマで連続投稿してきた内容を

初回からざっと駆け足で

ふり返ってみることにしましょう。

 

この「自分で決める」ことを実際に実践してみて、

結果として分かってくるのは、

「自分」という確固としたものが

どこかに存在しているという考え方そのものが

そもそも幻想であって、

わたしたち人間というものが、本来は

一人ひとりがみな対等で、

見えない関係性という網の中で生きているという

ごく当たり前の事実です。

 

つまり、「自己決定」とは、

自分で決めること自体が

最終的な目的ではあり得ず、

そうした本来的な関係性を取り戻していくための

ひとつの入口にすぎず、

トリガーでしかないってことなんですが。

 

でも、「自己決定」「自己責任」という言葉を

言語的に、概念的にしか理解できないと、

人と人との本来的な関係性を

取り戻す目的のためにではなく、

人と人との関係を切り離すための道具として

使ってしまうことになりかねないわけです。

 

つまり、いったいどうしてそんなことが

起きてしまうのかと問うと、

言葉がもっている構造自体に

起因していることが見えてくるわけですね。

 

たとえば、わたしたちは「責任」という言葉を

ふだんから当たり前のように使っているけれど、

この「責任」っていったい何なのか?

 

そもそもどこからこの「責任」というものが、

生じてくるのか?と問いを立ててみると、

決めるという行為と必ずセットになっていて、

「責任」って言葉だけをとりあげて、

考えようとしたところで、

至って曖昧なものしかそこには見えてきません。

 

つまり、いったい誰が決めているのか?

「責任」って、誰が誰に対して言っているのか?

主体者の存在を意識するってことなんですが、

その主体者として、

自分で決めることを正確に表現すると、

自分で自由に意志決定できるという意味ですから

自己決定の前に

「自由意志」の存在があることが見えてきます。

 

責任→決める→自分→自由→意志

 

でも、そもそもこの意志っていったい何でしょう?

 

この意志と責任の関係について考えようとして

ふとおもいうかんだ本が、2017年4月に

哲学者・國分功一郎さんが上梓された

『中動態の世界 意志と責任の考古学』だった

ということで、

昨日投稿した(その15)の記事では

國分さんの本書全体の骨子だけでもわかるように、

冒頭のプロローグとあとがきの一部を

引用しご紹介しました。

 

単なる哲学書に収まらない

読み解くのがタイヘンな本ではあるんですが、

非常にたくさんの示唆に富んだ

本書についての記事を

1回だけで終えるのが何よりも惜しい気がして、

今日は、寺子屋塾生の廣安祐文くんが

國分さんのこの本を読んでいたとき

ブログに書いていた記事を

以下に紹介しようとおもいます。

 

(引用ここから)

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読物つれづれ no.11 〜國分功一郎 『中動態の世界』〜 2018-01-08

読物つれづれとは、私が読んだ本の記録として、感想・気付き・印象に残った箇所を紹介するものです。

 

11冊目に読んだ本は、『中動態の世界』(著:國分功一郎)です。

この本も、私が通っている寺子屋塾で出会った本です。(今まで読物つれづれに登場しているほとんどが、寺子屋で出会った本たちです。)

 

タイトルを見た時、「中動態ってなんだ?」と思い手にとってみました。英語の勉強で能動態と受動態は学んだけれども、中動態という言葉は初めて知ったからです。

 

プロローグを読み終わった時、「あっ、これは読む本だな」と感じました。人と人との関係性に興味関心がある私にとって、「する」と「される」では、完結しないものがあると思っていました。特に、インタビューゲームという聞き手と話し手が分かれて行うワークショップを50人以上経験した中で、「話す」「聞く」が関係性に基づいて行われているということに気づいていたあたりから、関係性について目が向いていたからでしょう。

 

本書は、論文のように緻密な理論や検証を積み重ねて、能動と受動を問いただし、「自分が思うように生きられないのはなぜか?」「意志があれば、なんでもできる」ということに一石を投じています。また反対に、「自分ではどうしようもできない」「自ら変えていくことはできない」と言っているわけでもありません。

 

自由を追求することは自由意志を認めることではない。中動態を論ずるなかでわれわれは何度も、自由意志あるいは意志の存在について否定的な見解を述べてきた。もしかしたらその論述は読者に「自由」に対する否定的な見解を抱かせたかもしれない。

だが自由意志や意志を否定することは自由を追い求めることとまったく矛盾しない。それどころか、自由がスピノザの言うように認識によってもたらされるのであれば、自由意志を信仰することこそ、われわれが自由になる道をふさいでしまうとすら言わねばならない。その信仰はありもしない純粋な始まりを信じることを強い、われわれが物事をありのままに認識することすら妨げるからである。

その意味で、われわれが、そして世界が、中動態のもとに動いている事実を認識することこそ、われわれが自由になるための道なのである。中動態の哲学は自由を志向するのだ。

國分功一郎『中動態の世界』p.263

 

昨年の11月ごろから読み始めた本書を読み終えて、多くの哲学的な思考に触れてきた。スピノザをはじめ、バンヴェニスト、アーレント、デリダ、ハイデッガー、ドゥルーズ、アガンベン...それぞれの「意志」や「自由」の考え方を國分さんのフィルターを通して触れてきた。

 

一つの言葉が、ことなる意味を持ち合わせることがあると改めて知る機会となったわけであるが、「自由」と言う言葉は、いろんな解釈がある。「制限なく好き勝手にできるという意味での自由」を長い間、私は思ってきてたのだが、「制限や枠がある中で、その制限や枠を広げようとすることこそが自由に向かうこと」であるんだと今では思います。

 

読書は、色んな目的があるが「私は自由になるために読書をしてるのかもしれない」と思わせれくれた一冊でした。

 

※引用元の記事はこちらから確認できます。

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(引用ここまで)

 

廣安くんは、2017〜18年に

自身のブログに引用や感想の書き込みをしながら

國分さんの中動態の本を読んでいて、

読後も何度か参照しているので、

ブログの検索窓に「中動態」と入れ検索すると、

20以上の記事がヒットしますよ〜

 

ただ、たくさんあるってことは、

全部読むのもまたタイヘンでしょうから、

まずは、わたしの方でセレクトした

次の記事を先に読んでみて下さい。

no.613 〜やる気は続けることに関係ない〜

no.619 〜「唐揚げを食べること」は意志か?選択か?〜

no.627 〜國分功一郎『中動態の世界』-自発性と同意は分けて考える-〜

no.641 〜サムハプ書き初め新年会 2018を終えて〜

no.974 〜2018年に読んだ本で最もインパクトがあった本〜

no.1432 〜中動態を実感〜

no.1529 〜主体的でも受動的でもなく生きていく〜

 

この続きはまた明日に!

 

 

【これまでの投稿記事】

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その1)

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その2)

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その3)

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その4)

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その5)

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その6)

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その7)

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その8)

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その9)

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その10)

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その11)

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その12)

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その13)

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その14)

「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その15)

 

 

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●2021.9.1~2023.12.31記事タイトル一覧は

 こちらの記事(旧ブログ)からどうぞ

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