思考鍛錬ツールとしての易経
2026/01/08
1/5の投稿以降、この寺子屋塾ブログは
易経関連で投稿していて、
昨日の記事の続きとなります。
よって、これまで3日間投稿してきた記事を
未読の方はまずはそちらからどうぞ!
・井上淳之典の2026年を占ってみました(年筮:易経による運命占)
・グーグルAIに易経の判断を訊いたら間違った答が返ってきた
とくに、この一連の記事で、
テーマの主軸として意識しているのは、
「なぜわたしが易経に着目しているのか」
ということなんですが、
1/5の記事でもシェアした
一昨年の冬至(2024.12.21)に投稿した
記事の前半に非常に大切なことを記しているので、
未読の方は確認してください。
・井上淳之典の2025年を占ってみました(年筮:易経による運命占)
さて以前、この寺子屋塾ブログで
細谷功さんの『具体と抽象』という本を
ご紹介したことがありました。

易経は儒教の経典〝四書五経〟のひとつですが、
易経が書き始められたのは、
〝四書五経〟のなかでは最も古く、
古代の中国、つまり今から4000年前とも
5000年前とも言われています。
易経を構成する一番のモトとなっている
卦辞(六十四卦)の作者とされる伏羲は
日本で云うなら、古事記に出てくる
天照大神(アマテラスオオミカミ)のような
伝説上の存在で、
実在が確認されている人物ではありません。
よって、易経の成立については
具体的によくわからないことが多いのですが、
それだけの長い年月を経てなお
易経が今日も残っているということは、
厖大な数の人間が関わった
無くてはならない貴重な智慧の集積といえ、
そこに記された言葉のひとつひとつは、
非常に抽象度の高い
人類の知的遺産と言ってよいでしょう。
この「抽象度が高い」ということは、
たとえば、
犬、猫、ライオン、虎、猿、鳩、イルカという
具体的な名前が、
「動物」という言葉で
ひとくくりにできるということです。

つまり、その抽象度の高い言葉に日々触れることは、
それを個々の具体的な事象に照らして
解釈、判断することが必要で、
そのプロセス自体が「具体と抽象」を往復する
思考力を鍛えることにつながる
ということなんですが。
この続きはまた明日に!


