2025年のふりかえり「年間読書ベスト24」(その9)
2026/01/28
2025年のふりかえり「年間読書ベスト24」も
今日で9回目の投稿になります。
昨年読んだ本の
読書ふりかえり記事なので、
これまでの記事を読んでいないと
今日これから投稿する記事の内容が
わからなくなることはありませんが、
前提となる話や周辺の話などを書いているので
未読記事が気になる方は次からどうぞ
これまで8回の記事で紹介した本は次の5冊です。
⑩リットミュージック編『インタビュー:坂本龍一』
㉑阿部洋一『それはただの先輩のチンコ』
⑫戸谷洋志『Jポップで考える哲学 自分を問い直すための15曲』
⑨フェリックス・ファブリック『本当のわたしを見つけにいこう』
それで、本日の記事でとりあげる本ですが、
にしました。
スマナサーラさんは、
数ある仏教の宗派のなかでも、
上座部仏教、原始仏教などと称して
釈迦自身の教えを大切にする
宗教法人日本テーラワーダ仏教協会の代表者で
〝長老〟と呼ばれている方です。
昨日までの3日間は哲学関連の本が続いたので、
「なぜ仏教の本を?」とおもわれる方が
いらっしゃるかもしれません。
寺子屋塾ブログの〝仏教〟タグのついた記事を
丁寧に読まれた方ならお気づきでしょうが、
お釈迦さまは、
死後の世界を説いたり
仏を信じなさいと言ったりしていなくて
いかに生きるかを説いていることもあって、
わたしは、仏教をジャンル的に
分類するとすれば、
宗教より〝哲学〟に近いと考えています。
まあ、もちろんこれは
わたしの個人的な見解であって、
アカデミックな世界ではもちろんのこと、
仏教を哲学にカテゴリー分けしてる人など
ほとんどいらっしゃらないでしょうが。
それで、自己観察の手段として
1日1枚のプリントを坦々と続ける
当塾のセルフラーニングの学び方を
説明しようとするときに、
それを写経や念仏、瞑想になぞらえて、
これまでにこのブログでも
セルフラーニングの学び方と
仏教の考え方とは親和性が高いという話を
何度も記事に書いてきました。
次の画像は、ヴィデオアーティスト
ナム・ジュン・パイクさんの
「TV仏陀」というパフォーマンス作品ですが、
自己観察が日常化する
仏教の本質がズバリ表現されていますね。

〝ヴィパッサナー瞑想〟という言葉を
わたしが初めて知ったのは、
読んだときです。
ハラリ博士の本を読んだときには
あまりピンと来なかったんですが、
このスマナサーラ長老の
『ヴィパッサナー瞑想』を読んでみて、
このヴィパッサナー瞑想というのは、
日々の生活そのものを瞑想にしようとするもので、
言ってみれば、
当塾ではヴィパッサナー瞑想を
算数プリントを通じてやろうとしていたんだと
気づきました。
でも、ヴィパッサナーとは、
「明確に観察する」という意味の言葉ですが、
日常ではほとんど聞かないので、
どういうことなのかあまりピンと来ないですよね?
つまり、世間で一般に
〝瞑想〟と言われているものは、
坐禅を組んだり、写経したりして、
日常の生活とは別の限定された時間において、
集中したり心の平安をつくりだそうとしたり
するもので、それは〝サマタ瞑想〟と
言われているものなんですね。
瞑想している時間は、
心の平安を得られていても、
そこから離れて日常に戻ると、
喧噪の中に放り込まれ、心がザワザワしてしまう。
釈迦が悟りを開いたときの瞑想法は
ヴィパッサナー瞑想なんですが、
それを現実に実践しようとすると
易しくありません。
YouTubeでこのヴィパッサナー瞑想について
分かりやすく説明している動画を見つけたので
ぜひご覧になってください。
仏陀『考え過ぎから解放される方法を教えてやる』
ヴィパッサナー瞑想の教科書

本書は、サマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想の
両方について詳しく触れ、
また実践にあたって初心者が陥りやすい箇所など、
微に入り細に入り詳しい解説が書かれています。
よって、ページ数も多く、
イラストなどもふんだんに活用され
痒いところに手が届く構成になっていますが、
すでに瞑想の実践経験があり、
ある程度通じている方にとっては、
多少冗長に感じられるかも知れません。
あと最後になりましたが、
昨年読んだスマナサーラさんの著書では
『般若心経は間違い?』という本が
とても興味深い内容だったので、
併せてオススメです。
般若心経がなぜ間違いなのかということは
苫米地英人さんも語られていて、
動画の中で、スマナサーラさんのことにも
言及されていますから、
関心ある方は次の動画をご覧ください。
「般若心経は根本的に間違っている」苫米地英人が語る般若心経のウソ!



