寺子屋塾

TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集(その98)

お問い合わせはこちら

TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集(その98)

TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集(その98)

2026/05/18

2/10からこのブログでは、

TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集を

お届けしているんですが、回を重ねてこの記事が98回めとなりました。
 

今日は、第1話の後半部33分過ぎ、

風邪をこじらせた平匡を介抱したみくりが帰る前、

契約結婚を言い出した理由を

平匡から問われて話す場面を。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〔平匡のマンションにて(夜)〕

みくり:〔帰り支度をしたみくりが平匡の寝室のドアをノックして顔を覗かせる〕

平匡:はい。

みくり:〔寝室の入口で〕それじゃ、帰りますね。

平匡:〔身体を起こしながら〕時間の超過分は…

みくり:いりませんよ。ご飯つくっただけですし。

平匡:……森山さん…

みくり:

平匡:〔考えている〕……

みくり:〔平匡の部屋に入る〕

平匡:森山さんは、結婚できると思います。

みくり:!?

平匡:掃除も上手いし、料理だって美味しい。

みくり:…あ、ありがとう、ございます…

平匡:気遣いも、とてもできる方だと思います。

みくり:ハハッ…一生分褒められた気分です。

平匡:もし現在、恋人がいないとしても…

みくり:……

平匡:い、いたらすみません…

みくり:いません!

平匡:……まだお若いですし、合コンとかお見合いとか、その…婚活って言うんですか、そういうのすれば、いくらでも結婚できるんじゃないでしょうか?

みくり:……

平匡:……

みくり:…ごめんなさい、違うんです。結婚がしたかったわけじゃないんです。

平匡:……契約結婚に、こだわりが?

みくり:ん~、それも、違いまして…

平匡:???

みくり:〔観念してベッドの近くに正座して〕わたし、就職活動で全敗だったんです。

平匡:……

みくり:大学卒業のときも、大学院出てからも、どっちも。派遣先でも、わたしともう一人どっちかっていう局面で、やっぱり、選ばれなくて。

平匡:……

みくり:誰にも認めてもらえなくても、自分は自分として頑張ればいいって、分かっちゃいるんですけど…

平匡:……。

みくり:だから、津崎さんが網戸に気づいてくれたり、「家事をお願いしてよかった」って、「もっと続けてほしかった」って言ってくれたとき、パーって、これだ!って思っちゃって。嬉しくなっちゃって…あんなことを…

平匡:……。

みくり:すみません!突拍子もないことを…。うちの家系なんです、父譲りで…。

平匡:……。

みくり:忘れてくださいっ。〔笑って見せる〕

平匡:……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TVドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』第1話より

 

 

COMMENT:第1話の後半、風邪をこじらせた平匡を介抱したみくりが、できることを一通りやり終え帰ろうとします。(その1)の記事で紹介したシーンの直前にあたる場面。平匡は「時間の超過分は…」と、いかにも契約関係の延長線上にある言葉を口にしかける。ところがそこから先、平匡の口から出てくるのは、契約の話ではなく「森山さんは、結婚できると思います」という不思議な一言なんですよね。掃除も上手い、料理も美味しい、気遣いもできる———褒めているのは間違いない。でもこの褒め方は、情緒の褒めというより、項目別の査定に近い。さらに「合コンとかお見合いとか、その…婚活って言うんですか」と、手段の話へ移っていく。つまり平匡がここで立ち上げてしまっているのは、「恋愛のフレーム」というより「市場価値のフレーム」です。

 

できる/できない。手段を講じれば達成できる。条件が整えば実現可能である。そういう語り方です。悪気があるわけではなく、むしろ平匡は善意で言っている。けれど、みくりが二度沈黙するのは、そこに違和感があるからでしょう。「……」と黙り、平匡も「……」と黙る。そしてみくりは、ようやく言う。「ごめんなさい、違うんです。結婚がしたかったわけじゃないんです。」ここは恋愛ドラマの「私は結婚なんて興味ない」ではなく、市場価値のフレームそのものへの拒否でしょう。わたしは、結婚できるかどうかで困っているわけじゃない。婚活の手段が足りないわけじゃない。そっちの話ではないんです、と。

 

みくりが口にするのは「就職活動で全敗」「大学卒業のときも大学院出てからも」「派遣先でも選ばれなくて」という経験です。これは恋の痛みではなく、社会から選抜されなかった痛みですよね。誰にも認めてもらえなくても頑張ればいい、と頭では分かっている。でも、分かっていることと耐えられることは別。だから、平匡が網戸に気づいてくれたり、「家事をお願いしてよかった」「もっと続けてほしかった」と言ってくれたとき、みくりは「パーって、これだ!」とおもってしまう。みくりに起きたのは、恋のスイッチというより、自分に届く形式で初めて承認された、という出来事だったんだと。

 

けれど、みくりはその本音を出し切った直後、急にブレーキを踏みます。「すみません!突拍子もないことを…。うちの家系なんです、父譲りで…。忘れてくださいっ。」この「忘れてください」が、この場面のいちばん痛いところでありつつ、いちばん上手いところでもある。みくりは、ほんの少しだけ本音を差し出し、すぐに撤回権を行使する。(その78)の記事で紹介した、百合の「な〜んてね」と同じ構造です。ここまでの話をなかったことにしてほしい、と笑って見せる。これは照れ隠しというより、自己保身の技術に見えます。本音を置きっぱなしにすると、相手の反応次第で自分が壊れてしまいかねない。だから、引っ込められる形で出しておく。差し出しつつ、回収できるようにしておく。

 

そして、その撤回権が成立しないのが、平匡の沈黙です。平匡は「……」のまま。ここが絶妙です。もし平匡が、このタイミングで「そんなことないですよ」「素敵です」と情緒で受け止めてしまえば、みくりの撤回は成立しないし、話は〝いい話〟に回収されて終わってしまう。でも平匡は、慰めで上書きして回収しない。かといって切り捨てもせず、ただ沈黙する。平匡のOSでは、目の前に差し出された情報をどう扱えばいいか、その手続きが見つからないのでしょう。だから沈黙するしかない。けれどその沈黙は、みくりにとっては「忘れてください」が無効化される沈黙でもある。撤回できないまま、本音がその場に残されてしまう。

 

つまりこの場面は、恋愛ドラマの甘い告白ではないのはもちろん、二つのフレームの衝突として描かれているんですね。一つは市場価値フレーム。「結婚できる」「婚活すれば」。もう一つは承認フレーム。「選ばれない」「気づいてくれた」。みくりは前者を拒否して、後者を提示する。でも、一度は自分の本心を吐露したものの怖くなって撤回する。平匡はその撤回を受理できないまま沈黙する。ここで二人の距離が縮まるというより、二人のOSの違いが、むしろくっきり浮き彫りとなる。

 

それでも不思議と、この場面は冷たくなくて、むしろ温かい。たぶんそれは、二人が互いを〝攻撃〟していないからでしょう。平匡の市場価値フレームは無神経ではあるけれど、根は善意です。みくりの撤回権は逃げに見えるけれど、壊れないための技術です。どちらも不器用で、どちらも誠実。その誠実さが、沈黙として現れている。みくりが市場価値フレームを拒否し、自分の痛みの軸(選ばれない経験)を提示するところまで踏み込みつつ、最後に「忘れてください」で引き返そうとする———この不安定な往復運動として描かれているわけですね。

 

ドラマ『逃げ恥』は、こんなふうに恋を「好き/嫌い」の情緒だけで進めず、「言語の形式」や「承認の経路」や「撤回の技術」を描いてしまう。だから、生々しいのに、笑えてしまうし、見ていて苦しくもなるのに、どこか救われる。ふつうの恋愛ドラマなら、ここで「じゃあ結婚しよう」が成立してしまいそうなのに、成立しない。むしろ「撤回したい本音」が残ってしまう。まさに、ディスコミュニケーション。想いは伝わらない。でも、伝わらないからこそ、その残り方が、次の展開を呼び込む。初回にあたる第1話のこの短い場面で、すでに『逃げ恥』が扱おうとしているのが「恋の高揚」でなく、「関係を成立させる言葉の形式」と「撤回権の切実さ」なのだと見せているところが、何とも見事だなぁと改めておもいました。

 



この名セリフ&名場面集で紹介しているセリフは、2020年に放映された『逃げ恥・ムズキュン特別編』を土台に、野木亜紀子さんの『逃げ恥シナリオブック』での記述を参考にしています。なぜTVドラマ『逃げ恥』のシーンを毎日投稿している理由については、この連投記事の初回として書いた(その1)の記事のコメントをお読みください。

ちなみに、4/10に投稿した(その60)の記事と、4/27に投稿した(その77)の記事には、『共同幻想論』の語彙を用いてリフレーミングしながらとても重要なことをコメントしましたし、それまでに投稿した記事のINDEXと、逃げ恥関連の投稿記事リンク集を載せています。未読記事がある方は是非そちらから参照ください。
 

当初よりこの記事は(その100)まで投稿すると明記してきたので、長く続いたこの連載記事もカウントダウンを迎え、残すところ2となりました。ではまた明日に!(^^)/

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
☆寺子屋塾に関連するイベントのご案内
 5/24(日) 14:00~ 易経準中級講座 第12回

 6/14(日) 10:30~18:30 寺子屋Notion

        未来デザイン考程セミナー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◎らくだメソッド無料体験学習(1週間)

 詳細についてはこちらの記事をどうぞ!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

当店でご利用いただける電子決済のご案内

下記よりお選びいただけます。