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落合陽一『マタギドライヴとは』(その1)知能が無料になる世界と、新しい自然

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落合陽一『マタギドライヴとは』(その1)知能が無料になる世界と、新しい自然

落合陽一『マタギドライヴとは』(その1)知能が無料になる世界と、新しい自然

2026/10/29

昨日10/28に投稿した記事の続きです。

 

昨日の記事で予告したとおり、

今日からはこの9月に公開された

メディアアーティスト・落合陽一さんの

一番新しい著書で、9/23に上梓された

『マタギドライヴ 計算機自然の辺縁における脱人間知性的文明論』
について語られている動画をご紹介しながら、

「マタギドライヴとは何か」について

書いてゆきたいとおもいます。

 

 

【徹底解説:マタギドライヴ(落合陽一)】自然とは何か?/知能はほぼゼロ価値に/能力の再分配/AIには難しいこと/ラブ上等的な世界/仕事の変化/人を集める技術、ものを作る技術/問題解決より価値発見

 

本動画は2026.9.20にPIVOTのチャンネルで

アップロードされたもので、

インタビュアーはおなじみ佐々木紀彦さん。

 

以下に投稿するのは、

文字起こしテキストの1回目で

動画の冒頭から12分00秒あたりまでを。

 

(文字起こし・ここから)
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【冒頭ダイジェスト映像】
落合:農耕社会の人が自然を見たときに、田園があっても自然だと思ったりするじゃないですか。我々は、コンピューターに満たされた世界を、徐々に自然として受け入れるようになっていくだろうと。そうすると、デジタルネイチャーは、ずっと進化し続けて、変化し続けるので、一瞬一瞬で技術進化が起こって、違う形になる。

 

これを考えたときに、人間とAIの比率は、AIが無限大に向かうのに対して、人間はほぼゼロに近づいていくので。あらゆるところで、知能はほぼゼロ価値になっていく。能力の再分配は、ものすごく加速するんですよね。それが、昔の狩猟採集的な、「何かを取りに行って、手に入る」という世界と、結構、近しくなっていく。自動化されたプラットフォームがある前提で、探索行動に出る。こういう圧力がかかってくる社会を何と言うかと考えたら、「マタギ化」が近いな、みたいな。


佐々木:マタギドライヴの行動は、例えば、日常生活や仕事場で言うと、どういう行動ですか?(ダイジェストここまで)

 


『デジタルネイチャー』から『マタギドライヴ』へ

佐々木:今回のスペシャルインタビューは、落合陽一さんに「マタギドライヴ」をテーマにお話を伺います。落合さん、よろしくお願いします。


落合:よろしくお願いします。何年書いていたんだ?あれ。


佐々木:8年でしたっけ?

 

落合:そう、8年。2018年に『デジタルネイチャー』という本が出るんですけど、『デジタルネイチャー』から『マタギドライヴ』までが、結構、長かったんですよね。2015年に『魔法の世紀』という本があって、その続編が『デジタルネイチャー』なんですよ。『魔法の世紀』の一番最後の章が、「デジタルネイチャー」という名前で。それで『デジタルネイチャー』を書いて、「デジタルネイチャーとは何ぞや」という本を1冊書いた。

 

そこで語り落としたこととして、「デジタルネイチャーにおいて人間がどう生きるのか、という問題について、落合陽一は語っていない」という話を誰かがしたおかげで。「ああ、じゃあ、その生き方を何と言おうかな。マタギドライヴということで、『マタギドライヴ』という本を書こう」と。それで『マタギドライヴ』という本になったんですけど。


佐々木:そういうことか。

 

落合:『魔法の世紀』は、結構シンプルなんですよ。「ユビキタス・コンピューティングによって、社会は再魔術化する」という本です。人間は今まで、科学の力で世の中を脱魔術化する、という、マックス・ウェーバーの話を考えてきた。でも、コンピューターが出てきて、ニューラルネットワークやディープラーニングが出てくると、世界は再魔術化する。

 

再び魔術化されてしまうということは、人間は、なぜその道具を使えているのか、ほぼ分からなくなる。分からなくなってきて、新しく立ち現れるのは、新しい自然である、というところで、「デジタルネイチャー」という考え方が出てきて。IOTデバイスも増えるだろうし、ディープラーニングを使って、分からなくなるだろうと。そして、分からない道具を使うと、それは、もはや自然になってしまう。人間にとって自然とは何ぞや、外部化とは何ぞや、ということなんですけど、自然になっていく。

 

そういった本を書いていたんですが、次に『デジタルネイチャー』という本を書くわけです。新しい自然とは、どんなものだろう、ということを考える。これは『デジタルネイチャー』を書いたあとですけど、2020年ぐらいにも面白い論文が出て、人工物とバイオマスの量が逆転したりしているので、名実ともに、この世界はデジタルネイチャーに近づいているのである、と。そういったことを考えてきたんですが、「じゃあ、改めてマタギとは一体、何なんですか」ということを、ここから8年、考えないといけなかった。

 


コンピューターに満たされた世界を「自然」と受け入れる

落合:農耕社会の人が自然を見たときに、田園があっても自然だと思ったりするじゃないですか。だけど、それは実は作られたものであって、狩猟採集の頃にはなかった人工的なものであって。我々は、コンピューターに満たされた世界を、徐々に自然として受け入れるようになっていくだろうと。そのうえで、よく言っているんですけど、「AIは人間より賢くなって、あらゆるところに入ってくるよね」と。

 

AIの賢さが上昇したり、計算機の投入量が増えたりすると、コンピューターの処理能力は非常に上がっていく。そうすると、ある一定のところから、人間がいなくても研究が進むし、道具を発明するようになってしまうよね、ということを、割とよく議論してきたわけですが。この辺りを、もうちょっと真面目に考えてみよう、というのが、『マタギドライヴ』の中で最初にやらないといけなかったことで。

 

そういったときに、まず最初にぶち当たるのが、「自然とは何か」という問題だったりするんですよ。自然とは何か、人間の中で何かが自然化するとはどういうことか。例えば、ヨーロッパにおける自然と、東洋における自然と、イスラム圏における自然は、違うわけなので。『マタギドライヴ』は、東アジアにおける自然を仮定して、デジタルネイチャーを語っている。

 

超自然的なものだったり、人工物だったり、人間だったりが、あくまで自然の中に含まれている、という考え方は、東アジア思想の中では割とよく使われるわけですが。西洋思想の系譜では、超自然は上にあって、自然と人間と人工物は、また違うところにあったりする。イスラム型の考え方だと、被造世界の中で、自然があって、人間があって、人工物がある。

 

被造世界は神が作ったもので、自然と超自然が、また別の区分になっている。この中で、「デジタルネイチャー、新しい自然が立ち現れる」という考え方によって全体が包まれるのは、東アジア思想的な考え方だね、と。その辺りから、デジタルネイチャーがどういう自然なのかを考えていく本なんですけど。

 


科学が「自然」を追い切れなくなる

落合:その中でよく言っているんですけど、元来の自然は、人間の科学が自然を明らかにできる程度には、安定していたわけですよ。つまり、生物は急速に進化したりしないし、科学技術も、毎日毎日変わるわけではなかったので。「科学が自然を明らかにできる」というのが、科学の立場だったわけですけど。

 

ところが、自然が計算機と一体化するというか、あらゆる道具をコンピューターが勝手に作ったり、コンピューターがコンピューターの研究を始めたりすると、科学が自然を追い切れなくなるんですよね、人間の。人間の科学ではなくて、コンピューターの科学が、コンピューターの自然を追いかけている状態になるので、「理由は分からないが、結果は使える」という、『魔法の世紀』が来る。

 

そうすると、デジタルネイチャーは、ずっと進化し続けて、変化し続けるので、一瞬一瞬で技術進化が起こって違う形になる。自然の進化が、もはや光の速度になっていく。それは、みんな、「そんな感じになるんじゃないかな」とちょっとずつ分かってきているんじゃないかと思うんですね。この、デジタルネイチャー化してきているこの感じ。

 

AI企業の中でも、AIによってAIの研究をしているので。人間がいなくても研究が進む。逆に言うと、人間がボトルネックになるから、いかに人間を入れずに、このループを回していくか。だけど、それを人間に理解させるという行為に、本当に意味があるのか、よく分からない、という状態になってくるので。一瞬一瞬で違う技術進化が起こるから、自然を追い切れなくなってきたよね、というところがある。このとき、人間はどういう生存戦略で生きるのか。それが結構、重要な問題だ、ということがあります。

 


知能のコストが下がり能力が再分配される

落合:計算量は、すごく増えていますよね。スケーリングされていて、地球上の物質として、そもそも計算機は無視できないんですよ。台数からして、人間の数ぐらいあったりする。あと、結構重要なのは、人間の知的生産量が、例えば論文などで定義されているとして、それに対して、AIのコンテンツ生産量がある。AIは、人間の何十万倍、コンテンツや知的生産をしてくるのか。それが、かなり上がっていく。

 

これを考えたとき、人間とAIの比率は、AIが無限大に向かうのに対して、人間はほぼゼロに近づいていくので。こうすると、人間の最適な探索行動が変わってくるでしょう、というのがあって。どういうことかというと、計算の負荷と計算能力が、ほぼ自然化する。つまり、コストが崩壊する、ということなんですけど。最近だと、オープンソースのモデルがすぐ出てくる。それによって、トップモデルは、ほぼほぼ、厳しいコスト圧力にさらされるわけですよね。

 

これをひたすら繰り返していくと、モデルが蒸留されたり、安いコストで動く機械の上にそれが載ったりする。あらゆるところで、知能は、ほぼゼロ価値になっていくので。知能がゼロ価値になったとき、まず、オープンソースの圧力が効いてコストが下がるのは、もちろん、そうなんですけど、その次に、能力の再分配が、ものすごく加速するんですよね。どんな小さな子でも、大人の使える能力と、知的生産能力が一定化するんです。


佐々木:おお。


落合:知的生産能力が一定化すると、何が起こるか。「自然化する」と言うと単純なんですけど、道具が一瞬で作れる状態に変わるんですよね。今まで、道具を作ることや使用することには、技術摩擦や時間の摩擦が、道具の使用に対してあったわけじゃないですか。例えば、アプリを作る会社は、アプリを作ることでお金を稼いでいるけど、みんながアプリを作れるようになってしまったら、「そのアプリは、別に買わなくても作れちゃうじゃん」という時代になる。

 

つまり、新しい道具を作る、もしくは、新しい技術に適応するための時間が、すごく短くなってくる。今までは、技術的な堀を固めることで、新しいものを作って、その周囲にものを作っていたんですけど。そうではなくて、何かの探索行動自体のコストが、ものすごく安くなって、速く探求できるようになってきたときに、最適戦略は恐らく変わるんじゃないか。そういう話を書いている本なんです。

 


農耕・工業型から狩猟採集的な探索へ

落合:そうなってくると、どうなるのか。自動でものが出てきたり、技術的な障壁がすごく減ったりすると、環境の中をうろちょろしながら、新しいものを発見したり、作ったりするためのコストが、すごく下がるわけですね。今やれるネタは今やるけど、それが一瞬でバズって、またなくなってということを、ずっと繰り返している。

 

農業生産や工場生産では、人間が何かに投資をして、それが転がっていって、ずっと深掘りして技術障壁を作っていくことを繰り返していた。だけど、あたかも狩猟採集や探索をしているように、すごく豊かな自然のような計算機リソースや技術リソースがあったとき、そこからものを取ってきて、消費するような行動に、人が変わっていく。

 

農耕社会的な世界観を、工業社会になっても、産業革命が起きても、ずっと繰り返してきたわけですけど。それが、結構、昔の狩猟採集的な、「何かを取りに行って、手に入る」という世界と、近しくなってくる。ただ、社会全体が狩猟採集になるというわけではなくて、マタギは、農耕社会の横にある、狩猟採集的な社会じゃないですか。


佐々木:うん。


落合:農業が存在していて、米はそこで作っているんですけど、一方で、山に入って、熊を獲ったりする人たちがいる、という考え方なので。その両者、プラットフォームが自動で進化していく横で、そういった探索行動を取ったり、辺縁に行って狩りに行ったりするアプローチが成立してくる。そういう世界観に移行しますよね、という話を、あれこれと、手を変え品を変え、道具を変えながら書いていったのが、『マタギドライヴ』の最初のあらましなんですけど。


佐々木:それが、人間の今後の生き方の中心になる、というメッセージですか?


落合:中心になる、というメッセージです。プラットフォーム側に、人間がいらなくなるので。


佐々木:そこは、もう自動で、どんどんAIだけで動いて、その他の世界は、マタギ的な人間……。

 


落合:そう。探索行動なので。この自動化されたプラットフォームを、別に否定しているわけではないんですけど。自動化されたプラットフォームがある前提で、ある種、狩猟採集的なアプローチ、探索行動に出るということを前提として、そういう圧力がかかってくる社会を何と言うかと考えたら、「マタギ化」が近いな、と。これは「狩猟採集化」ではないな、と。

 

狩猟採集化だったら、社会全体がナラティブを信じないし、狩猟採集に変わっちゃうという話なので。「マタギ」は、日本語の中では、いい言葉だな、ということがあって。そういうことを考え始めたのが、2018年、『デジタルネイチャー』を書いたあとで。この図は割とすぐに描いて、考えていたんですけど。そこから、「自然とは何か」「計算機とは何か」「ここは技術的な裏づけとして、自動進化するのか」ということを、ずっと考えたり書いたりして、今に至る、という感じですね。(12分00秒あたりまで)
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(文字起こし・ここまで)

 

10分ちょっとの動画ですが、

中身的には

本10冊分くらいの分量がありますよね。

 

昨日の記事で書いたことを

納得して頂けたのではないかと。


動画を観るだけでは、

わたしも全然ついて行けていないんですが、

繰り返し繰り返し聞いているんですが、

これから、文字起こしの原稿を確認しながら

6回の記事に分けて投稿していくので、

ひとつひとつゆっくり

理解を進めていこうと考えています。

 

この続きはまた明日に!(^^)/

 

 

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