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AIに何を任せ、自分は何を学ぶのか 〜落合陽一さんのお話と、寺子屋塾のセルフラーニング〜

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AIに何を任せ、自分は何を学ぶのか 〜落合陽一さんのお話と、寺子屋塾のセルフラーニング〜

AIに何を任せ、自分は何を学ぶのか 〜落合陽一さんのお話と、寺子屋塾のセルフラーニング〜

2026/10/27

10/22から昨日まで5日間にわたって、

落合陽一さんがPIVOTチャンネルで語られていた

「超AI時代の世界、日本、そして人間」という

動画2本の文字起こしを投稿してきました。

 

未読分のある方は、以下の記事を先にどうぞ!
・落合陽一「超AI時代の世界、日本、そして人間」(その1)

・落合陽一「超AI時代の世界、日本、そして人間」(その2)

・落合陽一「超AI時代の世界、日本、そして人間」(その3)

・落合陽一「超AI時代の世界、日本、そして人間」(その4)

・落合陽一「超AI時代の世界、日本、そして人間」(その5)

 

AIによる研究の自動化から、戦争、エネルギー、

日本のものづくり、働き方、そして〝ご縁〟まで、

ずいぶん振れ幅の大きなお話でしたね。

 

今日は、その中から印象に残った言葉を取り上げ、

寺子屋塾で実践している学び方との関わりも含めて、

コメントしてみようとおもいます。

 

AGIの実現時期や仕事の変化などについて、

今年3月の動画公開時点での

落合さんの見通しが語られていて

予測がそのまま実現するかどうかも気にはなりますが、

そのこととは分けて、

そこから自分はどんな問いを受け取ったのかを

考えてみたいのです。

 

 

AIにできることと、自分にわかることは違う

(その1)の記事では、

専門知識が十分でなくても、

AIを使えばシステムが作れるようになってきた

という話がありました。

 

その中で、早口で流暢に話される落合さんが

「作れちゃうけど…」と一瞬言い淀んでましたね。

 

AIで何でも作れるって、確かにすごいことですが、

できあがったものについて、

何がわかっていて、

何がわかっていないのか、

人間がどこまでそれを自覚できるかどうかは

別の話なんですね。

 

AIの急激な進化が一方で

この世界に戦争を引き起こし、

戦闘方法や軍備のあり方まで

見直しが迫られているとか、

国際連合がほとんど機能していないとか、

望ましくない話もありました。

 

10/12の記事でも書いたように、

AIに答えを出してもらうことと、

人間がその答えを吟味し、自分の判断として

引き受けることとは同じではありません。

 

この話は、寺子屋塾の学習にも、

そのままつながります。

 

ただ正しい答えを埋めればいいという

結果だけが大事であれば、

できる人に代わりにやってもらえば、

早く終わるでしょう。

 

でも、それでは、どこで迷い、どう考えて間違え、

やり直すうちに、何に気づいたのかという、

その人自身の体験は生まれません。

 

正解が紙の上に並んだことと、

自分の理解が深まったこととは、別のことなので。

 

もちろん、だからといって、

何でも自力でやらなければならないと

言いたいわけではありません。

 

AIに任せられる作業は、任せればいいし、

わたし自身、こうして文章を書くときにも、

自分の考えを整理する相手として

AIに助けてもらっています。

 

ただ、そのときに「本当に適切なやり方なのか」

「自分の体験と合っているか」

「なぜ、この言い方に納得したのか」と

問い返すことまで省いてしまわないようにしたい。

 

わたしたちが学ぶのは、

AIより速く、多くの正解を出せる人になるためでなく

自分自身の理解や判断のあり方を

深めるためなので。

 

日本では昔から「読み書き、そろばん」と言われて

実学的な要素が大切にされてきました。

 

つまり、基礎的なリテラシーや計算力は

人間にとって社会生活を支える土台であり、

この先AIがどんなに高度に進化しても、

無用の長物になってしまうことはないでしょう。

 

 

道具を渡しただけで「自分次第」と言ってよいのか

(その2)の記事では、

AIが誰にでも使えるようになることを、

能力の再分配として捉えるお話がありました。

 

ただし、落合さんは同時に、

能力は分配されているけど、レバレッジの差が埋まっていなくて。

とも語られています。

 

同じ道具を持っていても、それを使って何をするか、

どのくらい活用できるかには

大きな違いがある、ということでしょう。

 

さらに(その4)の記事では、ChatGPTが

どんなにローコストで使えるようになっても、

「作らなかったのは、君の選択なんだから」と

言えてしまう社会の独善性にも触れられていました。

 

「自分で学ぶ力」を培うことを

大切にする寺子屋塾として

ここは素通りできないところです。

 

教材を渡しました、やり方も説明しました、

あとは自分でやってくださいと言うだけで

誰もが学び始められるのなら、

話は簡単でしょう。

 

でも、現実にはそうではありません。

 

何から始めればいいかわからない人もいれば、

やってみたけれど、うまくいかず、

そこで止まってしまう人もいるわけです。

 

そこで、「やらないのは本人の問題です」と言って

片づけてしまって良いのなら、

セルフラーニングは、

単なる自己責任論で終わってしまうので。

 

寺子屋塾の学習において、

「自己決定」を大切にしている主旨は、

誰もがもともと持っている主体性を取り戻し

長く学び続けられる姿勢を培うことにあります。

 

そのためには、まわりとの

〝関わり合いの中〟で学ぼうとする姿勢はもちろん、

うまく行かない体験に対しても

否定的な評価に囚われることなく、

自分で折り合いを付けながら、

受け入れるプロセスが必要だと考えているためで、

「自分で勝手にやってください」という

放任的な関わりや、支援しない姿勢を

肯定したいためではありません。

 

どこからなら始められそうか、

決めた量は多すぎなかったか、

できなかったのは何が引っかかっているのか等々、

そうしたことを常に対話しながら、

本人が自分の状態に気づき、

次の一歩を決められるよう関わっているからです。

 

先崎さんの「日本とは」について書いた記事でも、

大人になってからの学びについて、

「軌道に乗るためのお手伝いをしたい」

という言葉を取り上げました。

 

主体的に学べる人だけを相手にするのでなく、
学び直したいのに

学び方が分からない、

どんな本から読んだら良いかなど、

主体的に学び始められるようになるまでの

過程も支えていきたいのです。

 

そのことが、今日のような

情報ばかりがたくさん溢れている時代には、

かえって大切になるのではないかと。

 

 

選べるものが増えるほど自分が問われる

(その3)の記事では、

「機械と協調して作る」ことから、

「機械が作ったものを選ぶ」ことへ、

道具の使い方が変わりつつある

という話がありました。

 

無限に曲が出てきたら、どの曲を選ぶか、選ぶほうが難しいんですよ。作るより。

 

選択肢が増えれば、それだけ自由になる。

そうおもいがちですが、

いざ目の前に、無数の候補を並べられると、

「自分は何が欲しかったんだっけ?」と、

かえってわからなくなることもありそうです。

 

評判がいいから…

AIが薦めたから…

みんなが選んでいるから…

それも一つの選び方ですが、

自分で選んでいるようで、

その基準は外側に預けたままかもしれません。

 

先崎さんのお話から考えたのも、

自分が当たり前だとおもっている価値観は、

歴史や社会、人との関わりの中で

形づくられてきたのではないか、ということでした。

 

「自分はこれが好きだ」と感じたとき、

その感覚まで疑って捨てる必要はないからです。

 

ただ、なぜ好きなのか、

実際に触れてみても同じように感じるのか、

少し立ち止まってみる余地はあるでしょう。

 

寺子屋塾で、教材の分量や進め方を

学習者自身で決め、

やってみた結果を振り返るのも、

自分の判断基準を問い直し、確かめながら、

観察力の解像度を磨き、

自覚的な姿勢を培っていく小さな実践です。

 

できそうだとおもったけれど、

やってみたら難しかった、

少なすぎるとおもった量が、

今の生活にはちょうどよかった…

そういう具体的な違いを通して、

自分の見積もりを調整していく。

 

もちろん、選ぶ力さえあれば、

作ったり練習したりする体験は

不要という話ではありません。

 

自分でやってみたからこそ、

違いが見えることもあります。

 

選び、試し、確かめ、また選び直す。

 

そうした往復の中で、自分が大切にしたいことも、

少しずつ見えてくるんですね。

 

 

教え込むことから学びの場を〝調律〟することへ

(その5)の記事で、落合さんは

「デジタル発酵」という比喩を使いながら、

こんなふうに語られていました。

制御ではなくて創発が重要だし、場をどう調律するかが重要。

 

そして、よい調律者を「レコード針」のような人と

表現されています。

世の中をちゃんと認識できるとか、味が分かるとか、場のことが分かるとか。「あ、何か変だな」と思うとか、そういう人。

 

この、「場をどう調律するか」

「よい調律者とはレコード針のような人」

という表現ってとってもイイですね。

 

これは、AIを含む組織運営についてのお話ですが、

人の学びに関わる立場から聞いても、

考えさせられるところがありました。

 

もちろん、学習者をAIや微生物と

同じものとして扱う、という意味ではありません。

 

むしろ、人には本人の意思も、

その人なりのペースもあるからこそ、

予定どおりに動かそうとすること自体

無理があります。

 

指導者が正しい手順を決めて、

そのとおりに進ませるだけでは、

その人自身の学びにはなりにくい。

 

一方で、何もせずに

見ていればよいわけでもありません。

 

今はどこで困っているのか。

少し考える時間があったほうがよいのか。

それとも、別の見方に触れることで動き始めるのか。

 

その状態を見ながら、問いかけたり、

教材や別の取り組み方を提案したりする。

 

わたしがいつも想い描いている指導者像とは、

そのような伴走者的な関わり方です。

 

このあたりについては、10/3に

山口周さんの『コンテキスト・リーダーシップ』を

紹介したあとの記事で書いた話にも

戻ってくるんですね。

 

同じ問いかけでも、関係性やタイミングによっては、

考える新たなきっかけにもなる一方で、

追い詰める圧力にもなってしまいかねない。

 

「よい指導者はこれをする」という

行為の方法だけでは、決められません。

 

学習者が自分を観察するのと同時に、

わたし自身も、自分の関わりが

どう受け取られているかを

常に見直していく必要があるわけですから。

 

学びの場を調律する人もまた、

学び続ける人でなければならないのだとおもいます。

 

 

意味はやってみたあとに生まれる

最後に、落合さんのお話が

〝ご縁〟へとつながっていったところについて。

 

同じ時間を楽しく過ごしたことを、お互いの歴史に刻み込んでいくわけじゃないですか。

 

さらに、終盤には、

意味は、縁が生まれたあとにできるものなんで。

という言葉もありました。

 

もちろん、何の役に立つのか、

どんな成果が得られるのか、

そうしたことを先に考えてみることは大切です。

 

でも、価値があらかじめ

説明できることだけ選んで行動していたら、

出会えないものもあるのではないかと。

 

たとえば、このブログでわたしが

TVドラマ『逃げ恥』について100回、

さらに二巡目で45回も記事を書いたことが、

山口さん、先崎さん、そして

今回の落合さんの動画紹介につながっていくことを、

最初から見通していたわけではありません。

 

面白いと感じながら書いているうちに、

別のところで考えていたこととつながり、

「自分はこういうことを学んでいたのか」と、

後からわかってくる。

 

「意味」とは、あらかじめ与えられているのでなく、

やってみたことや、人との関わりの中から、

後から結果として生まれてくるものなので。

 

山口さんの「コンテキストを編む」というお話も、

頭の中だけで、自分に都合のよい物語をつくるのでなく、

さまざまな体験を通して、

自分の暮らしや学びを

捉え直していくこととして受け取れます。

 

落合さんの「人間には、もう意義も意味もない」

という言葉には、

驚かれる方が少なくないかもしれません。

 

ただ、その後の、ともに楽しみ、縁を共有し、

そこから意味が生まれるというお話まで含めると、

わたしには、生産性や賢さだけで

人間の価値を測らなくてもいいということを

問いかけられているようにも感じられました。

 

もちろん、仕事や資格取得のために

学ぶことも大切ですが、

それだけが学ぶことの目的、価値ではありません。

 

「あ、こういうことだったのか」と

あとから自分で気づくことや、

「これ、面白いですね」と誰かと共有することにも、

豊かさが感じられるでしょう。

 

AIに負けない人になるために、

ひたすら能力を高め続けようとするのでなく、

AIもひとつの道具として使いながら、

自分が何を面白いと感じ、

何を大切にし、

誰とどう関わって生きていきたいのか確かめていく。

 

そのために「自分で学ぶ」ことは、

やはり「自分を学ぶ」ことでもある。

 

今回の落合さんのお話も、

わたしの中では、そんなところに着地しました。

 

 

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