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事実を柔らかく受け止められる心はどうしたら育つ?(その3)

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事実を柔らかく受け止められる心はどうしたら育つ?(その3)

事実を柔らかく受け止められる心はどうしたら育つ?(その3)

2023/07/20

昨日投稿した記事の続きです。

 

7/17に投稿した

「できない自分を受け入れる」とは?

を読んだ塾生の一人からもらった

 

事実を柔らかく受け止められる心は

どうしたら育ちますか?

 

という質問に対しての、

わたしなりの回答を書いているんですが、

これで3回目となりました。

 

そろそろ区切りにしたいんですが、

そのように上手くいきますか・・・

 

これまでに書いた内容を前提として

話を進めてしまうことがあるかもしれないので、

未読記事がある方は(その1)から

お読み頂けると有難いんですが、

今日の本題を書く前にこれまでを

ざっくりふり返っておこうとおもいます。

 

まず、(その1)の記事では、

第1の重要ポイントとして

基準が明確にあること(結果がわかること)を

基準を満たせたかどうかにとらわれずに

手順を守ってゆっくりやり続けること

という話を書きました。

 

(その2)の記事では、

第2の重要ポイントとして、

取り組むべき自己課題の全体像を見抜き、

できるところからアプローチすること

について書いたんですが、

(その1)と(その2)のつながりにも

言及しています。

 

つまり、手順を意識しながら

ゆっくりやってみることによって、

自分の癖や偏りが浮き彫りになって、

おのずと明確になってくるのですから。

 

そして、そこにどんな課題があるかは一律でなく

各々で異なるからこそ、

当塾のような個別学習、個別対応が必要で、

「どうすればいいか?」という問いに対しての、

だれにとっても有効な

万国共通の解決策などどこにもありません。

 

昨日も書いたように、

こうしたblog記事で書ける内容には限界があり、

実践するときのとっかかりとなるような

ヒントを示すことぐらいしかできませんが。

 

これまで同様、今日の記事の焦点となる

第3の重要ポイントについての結論をまず、

端的に示すとすれば、

観察力と質問力を磨き、

すべての行動を実験とみなして、常に

全方位に対しオープンで居ようとすることです。

 

(その2)と(その3)のつながりに言及するなら、

その一連のプロセスを

アンラーン、アンラーニングという言葉で

示すこともできるでしょう。

 

去年の2月に書いた記事で参考書を紹介しました。

アンラーン、アンラーニングに関する本

 

とはいえ、自分の癖や偏りは、

こうした本を読むだけでは見えてきません。

 

自分ひとりだけで頑張ることには限界があって

自分ではなかなか気付くことができず、

また、癖や偏りというのはすぐ直りませんから、

(すぐ直らないし自分で気がつかないから

 〝癖〟と言っているので)

解決することを急がず、

まわりをよく観察し、まわりとの関わりの中で

ゆっくりていねいに地道にやるしかないので。

 

昨日投稿した記事に、

アタマで手順を完璧に理解していたとしても、

その通りに身体は動いてくれないけれど、

ゆっくりやれば、なぜそうなのかが

ちゃんと見えてきますよと書きました。

 

わたしたちが日常しばしば耳にする言葉に

「アタマでは分かっているんですが、

 身体が言うことをきかないんです」

というのがありますね。

 

脳というのは常に分かりたがっているので

もっともらしく響く言葉なんですが、

よ〜く考えてみればヘンです。

 

なぜなら、たとえばわたしたちは、

道を歩くときに

足をどれぐらい動かすのか

いちいちアタマで考えながら動かしていませんし、

コップでジュースを飲むときにも、

どのくらいの力でコップを支えて持ち、

口にどのくらい近づけて、

何度傾ければいいかなんて頭で考えてません。

 

つまり、わたしたちの日常の動作の

90%以上が無意識によるもので、

意識はそうした動作を

後から追いかけているにすぎないんですが、

脳がそのように事後的に把握したことを

自分の意志で動かしたんだと

錯覚しているわけです。

 

まあ、頭の思考っていうのは、

我欲の権化のようなところがあって、

そのように自分でおもいたいわけですね。

 

そのことについて詳しくは、

ベンジャミン・リベット博士の実験や

準備電位説の話などを含めて次の記事に書いたので、

未読の方は確認ください。

身体が昔覚えていた動きをおもいだす練習
 

手順通りにやろうとしても

そのようにできない原因の多くは、

アタマがコントロールしようとしているからで、

ひとことでいうなら、

邪魔してしまっているのはアタマの方なのですが、

自分の目をじかに

自分で見ることができないのと同じで

残念ながら

アタマが邪魔していることを

アタマが自分で気がつくことはできません。

 

つまり

 アタマ → 身体 

という順序で行っているのはわずかでしかなく

 身体 → アタマ

と言う順序がほとんどなのですが、

この認識が逆転してしまっているんですね。

 

よって、算数の計算でも、最初は手順に従って、

問題を解くやり方から始めるしかないし、

ピアノの演奏でも、楽譜を見ながら

ゆっくり弾くことから始めて練習していくので。

 

でも、それは最初の段階のみで、

日本語でいう〝身につける〟という言葉のとおり

そもそも「学習する」というのは、

アタマによる作為やコントールを徐々に手放し、

アタマで考えなくても

身体が自ずと動くように任せていくこと

言っているわけです。

 

 

さて、長々と書き連ねてきましたので、

これまでのことを整理しまとめておきましょう。

 

以前に書いた記事

OPENな場で書くことはなぜ大切?

改めて「書くこと」と「教えない教育」との関係について(その24・最終回)

次のような画像を紹介したことがありました。

 

繰り返す様ですが①②③のうち、

最初にある①の入力段階がとっても大事です。

 

たとえば、素直さというのは、ひとことで言うなら

①の段階に曇りがない状態となるんですが、

大和信春さんの『心の自立』という本には

この素直ということについての定義が

次のように書かれています。

 

「他者から発せられたAという情報に接したときに

 自分の頭の中にAと再現される状態のことを

 素直といいます」

 

そして、その説明にこんな話が紹介されていました。

 

あるお父さんがテレビを観ていて

若くて美人の女優さんが映っていたので

「きれいな人だね」と言ったら

後で聞いていた奥さんが

「どうせわたしはブスだわよ。そんなら、

わたしと別れてその人と結婚すればいいじゃない」

と怒って言ったと。

 

きれいな女優さんが映っているテレビを見て、

お父さんは、その事実を

ありのまま言葉にしただけなのに、

わたしが気に入らないだの別れたがっているだの、

夫婦げんかにまで発展してしまうのですから、

この奥さんは、①の入力段階で

自分の解釈を勝手に加えていて、

情報をそのまま受け取れなくなっているんですね。

 

つまり、本1冊読んでも、

インターネットの記事1本を読んでも

テレビのニュースでもドラマでも、

何でもいいんですが、

たとえば、そうしたものから発信された事柄が

100あると仮定して、その100のうち、

10しか受け取れない人と

50受け取れる人と

90受け取れる人がいたとするなら

最初の入力段階で、

大きく差ができてしまっているので。

 

素直って言葉は、

「素直な人は人に騙されやすい」などと

よく誤解されるんですが、

結局それは、①の入力と②の加考(加工)を

きちんと分けずに混同しているからに他なりません。

 

人から騙されやすい本当の原因は、

①の入力段階で自分の都合のいい解釈といった

事実ではないノイズを紛れ込ませてしまったり、

②の加考段階で自分のアタマで

きちんと考えるという処理をすることなく、

現実とは違ったおもいこみによる

判断をしてしまうなど

余計なことをしていることにあるんですね。

 

もし、相手から100発信された情報を

そのままの形で変形することなく

100受け取れる能力さえあれば、

その人が自分を騙そうとしているかどうかなんて

すぐ判断できるでしょうし、

簡単に人から騙されるなんてことはありません。

 

素直さとはつまり、

態度を改めたり、決意を表明したりするだけでは

実現できない人間の〝能力〟のことで、

その能力は、日々の鍛錬によって

だれもが培うことが可能であるし、

大和信春さんは、

加考前の情報素材の原形保全受信能力

と言われているんですが、

詳しくは『心の自立』を読んでみて下さい。

 

このblogでは何度も書いていることですが、

当塾でインタビューゲームを

一番重要なプログラムと位置づけているだけでなく

定期的に学習できる場を設け、

繰り返し繰り返し体験することを

推奨しているのは、

聞く、話す、書く、読むといった

日常的な行動であっても、

その時その場でしか起こり得ない実験として

常に全方位に対しオープンで居ようとすることが

可能な場をづくりを

心がけようとしているからでもあるわけです。

 

そして、寺子屋塾で実践している

らくだメソッドによるセルフラーニング学習とは、

できていることが良いことで

できていないことが悪いことというような

事実と観念の混同や錯覚から

自由になって、

事実をやわらかく受け止められることを

日常の生活次元で鍛錬しようとする人々にとっての

実践道場と言ってもよいでしょう。

 

 

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