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亡き父の誕生日に毎年想うこと

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亡き父の誕生日に毎年想うこと

亡き父の誕生日に毎年想うこと

2026/02/09

2/5は長男の誕生日で、

2/6は1996年に亡くなった父の誕生日でした。

 

いつの間にかわたしも

父が亡くなったときの年齢65歳よりも

長い時間を生きていることになりますし、

今年はちょうど30年目に。

 

父が亡くなってから四半世紀以上の年月が

経っていることについては、

「光陰矢のごとし」とおもわずにいられません。

 

長男が1歳の誕生日を迎えて間もない頃に

長男にとっては祖父にあたる

わたしの父が亡くなり、

長男はわたしの父のことを全く覚えていませんが、

父は自分と一日違いの日に

孫が生まれたことをとても喜んでいました。

 

わたしも父の父にあたる祖父は、

父が小学5年の時に亡くなっていて

長男と同じくほとんど覚えていません。

 

そのわたしの祖父にあたる人は、

歌舞伎役者だったそうです。

 

歌舞伎役者といっても、

歌舞伎座のような大きな舞台で

派手な興業のできる人気役者にはほど遠く、

地方をドサ回りして

やっと食いつないでいたような

無名のしがない旅芸人でしかなかったようですが、

当然わたしは、写真でしか見たことが無く、

その写真も今はもう手元にありません。

 

よって、祖父の顔もほとんど覚えていないばかりか、

父が幼少の頃、子役として初舞台を踏んだ話を

よく聞かされたことぐらいです。

 

わたしの父は昭和6年生まれなので、

その頃に起きた大きな事件としては

満州事変が勃発した年でした。

 

父がその年代の人にしては珍しく音楽好きで

ギターやアコーディオンを演奏する人だったのは、

おそらくは芸人であった

祖父の血を引き継いでいたからでしょう。

 

また、昨年はこの寺子屋塾ブログも

1年間365日、すべて音楽の記事を投稿し

一時期は音楽家になりたいとまで

おもってしまったほどのめり込んでしまった

わたしの音楽好きも、

その流れにあると言えるかもしれません。

 

わたしの妻は、

ピアノを教えている先生から

紹介されて知り合った人なので、

つまり、音楽を通じて出会って結婚しました。

 

結婚したばかりの頃、妻はピアノやリトミックを

子どもたちに教える仕事をしていましたが、

いまは、義父や義母のしていた仕事を引き継いで

ウクレレとフラを教える仕事をしています。

 

義弟(妻の妹の連れ合い)は

四日市を中心に創作和太鼓の活動をしている

〝まんまる座〟の座長で、

妻の妹もまた音楽を仕事にしている人なので、

いまのわたしがそうした人たちと

ご縁があることの起点をたどると、

歌舞伎役者だった父方の祖父に

行き着くようにおもうのです。

 

ところで、この「歌舞伎(かぶき)」とは

「傾く(かぶく)」という言葉が語源なんですが、

文字通り、傾く(かたむく)ですから、

偏っていて真っすぐではないさまのことです。

 

そこから転じて、人生を斜(しゃ)に構えた人、

身なりや言動が風変わりな人や

アウトロー的な人などが

「かぶきもの」と呼ばれていました。

 

つまり、「かぶき」とは、

「かぶく人たちのかぶく芸」のことで、

「歌舞伎」という漢字は、

後から国語学者が充てたものだそうです。

 

「歌舞」とは、文字通り歌と舞であり、

「伎」は演技、技術の「技」と同義なのですが、

「伎」ひと文字で役者を意味するようで、

歌舞伎とはまさに、「歌と舞踊と役者が作る

エンターテインメント」ということになり、

宛て字といってもこの表現はお見事ですね。

 

いまのわたしは教育の仕事に就いているので、

音楽のような

いわゆる芸事とは全く違ったフィールドにいます。

 

それでも、教育の仕事に就いてからも、

物心ついた頃からずっとさまざまな音楽や

アートに触れてきたことの影響は、

とても大きいように感じることがしばしばでした。

 

最初に勤めた場所が小中学生対象の進学塾で、

いわゆる企業人の仕事からスタートしたものの、

次第にNPOなど非営利団体の運営や活動に

関心をもつようになり、

「教える教育」に飽き足らず、

「教えない教育」という

けっしてオーソドックスとは言えないスタイルに

変化していった経緯を振りかえると、

おそらくその根底には、

「かぶきもの」の精神が横たわっているのでしょう。

 

それは、間違いなく祖父、父からわたしが

引き継いだものであるし、

肉体としての祖父や父はこの世に存在しなくても、

今なおわたしの中で生きているのです。

 

また、妻もわたしも長男、次男には

音楽をやるように積極的に奨めたことはないのに、

二人とも小中学生の頃から和太鼓を叩いていて、

長男は大学生のときにピアノに嵌まって

31歳になった今も楽しんで弾いています。

 

そして、15年くらい前のことなんですが、

今更のように想い出して驚いたことがありました。

 

わたしは高校は普通科卒でありながら

大学は行っていませんし、

25歳で教育の仕事に関わるようになったのは

偶然のことというか、成り行き任せの結果と

自分ではずっとおもっていました。

 

でも、その考えを改めなければいけないような

父の言葉を想い出したのです。

 

それは、歌舞伎役者だった祖父のつれあい、

つまりわたしの祖母は、師範学校を出て

学校の先生をしていたことがあり、

祖父の所属する劇団が

地方巡業で名古屋に来ていたときに知り合って、

駆け落ちして一緒になったんだと。

 

祖母がいったいどんな学校で

誰を対象に何を教えていたのか、

どんな先生だったのか・・・

父が亡くなってしまった今となっては、

それを確かめることはできません。

 

でも、いま自分がしていること、

自分で選んだとおもっていることであっても、

それは実は、先祖代々の人々の想いが

今もなお脈々と生きていて、

・・・いや別段、血が繋がっていなくとも、

広い意味でいうなら、多くの先人たちの想いが

自分をこのようにさせているのかも。

 

人間は今自分が生きているうちに、

こうしたい、ああしたい、自分の目の黒いうちに

何とかしなければ・・・という風に考えがちですが、

そんなに気張る必要なんてなく、

今おもっていることが、たとえ

自分が生きている間に実現できなかったとしても、

後世の誰かがいつかは

形にしてくれるかもしれない。

 

とすると、何をしているか、何をしてきたかよりも、

日々何を想い、どう生きているか、

どうあるかの方がずっと大事なのかもしれないと。

 

そうした脈々とした一人ひとりの

想いの連なりというものが

人間の歴史であり、

社会を形づくっている根源なのかもしれない・・・

 

亡き父の誕生日になると

いつもそんなことを想っています。

 

寺子屋塾旧ブログ〝往来物手習い〟2012.2.6投稿記事を転載するにあたり全面的にリライトしました

 

 

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