TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集(その92)
2026/05/12
2/10からこのブログでは、
TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集を
お届けしているんですが、
回を重ねてこの記事が92回めとなりました。
今日は、第7話の冒頭に置かれた
みくりのモノローグで、
昨日投稿した記事の最後でも触れた、
第6話衝撃のラストシーンをふりかえる部分を。
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〔平匡のマンション・ベランダ、二羽の十姉妹が餌を啄んでいる〕
みくり&平匡:いただきます
〔平匡のマンション・リビング(朝)食卓で朝食中〕
みくり:今朝ベランダに十姉妹が二羽来てました。
平匡:白い方もお元気でしたか。
みくり:お元気でした。
平匡:無事でヨカッタです。
みくり:はい。
〔和やかに食事を続ける二人、テーブルの上に黄色いミニバス〝JUSHIMATSU BUS〟が走ってきて止まる〕
みくりM:〔陰からバスガイドに扮したチビみくりが出て来て〕(…えーこちらをご覧ください…わたしの雇用主の津崎平匡さんでございます)
みくりM:(この方、先日の旅行の帰りに…なんと!)
〔第6話ラスト、列車内のキスシーンがフラッシュバック〕
みくりM:(突然、キスしてきたんです…ところが!)
〔第6話ラストの続き、列車内の回想:我に返って急いで列車を降りる平匡。「平匡さん!」と叫んで追いかけるみくり〕
みくりM:(そうして、次の電車もバスの中も、何も言わずに爆睡…)
〔バスの中の回想:寝ている平匡をみくりがガン見〕
みくりM:(でも絶対、タヌキ寝入り…)




















COMMENT:第7話冒頭に置かれた、みくりのこのモノローグは、前回の出来事の「ふりかえり」です。ところが『逃げ恥』は、そのふりかえり方がハンパなく凝っているんですね。キスという衝撃の大事件を、みくりは〝胸の内〟として語らず、バスガイドに扮したチビみくりになって実況中継してしまう———ここがもう笑えるけれど怖い。というのも、当事者として正面から受け止めるには熱すぎる出来事だから、あえて案内口調に変換することで、距離を作っているんですね。テンションは観光旅行なのに、中身は大事件。形式と中身がズレればズレるほど、逆に「これはみくりにとって相当なことが起きたんだな」と伝わってしまう。語りの工夫が、結果として衝撃を増幅しているわけで。
しかも、バスガイドに扮したチビみくりが、「わたしの雇用主の津崎平匡さんでございます」と紹介。ここで〝雇用主〟を持ち出すところがまた絶妙です。第1話から彼らの関係を支えてきたローカル憲法は、恋愛テンプレではなく契約語彙でした。だからみくりは、突然のキスという恋愛テンプレのど真ん中の出来事を、恋愛語彙で回収せず、契約語彙で実況する。結果どうなるか。普通に「好きな人が突然キスしてきた」と言えば、ありがちな恋愛事件として処理できてしまうのに、「雇用主が突然キスしてきた」と言った瞬間、その出来事が急に不祥事、あるいは〝セクハラ事件〟みたいな異物感を帯びてくる。笑 契約の言葉で恋愛を抑えるどころか、契約の言葉が恋愛の異常さを際立たせてしまうということに。
そして「この方、先日の旅行の帰りに…なんと!」と煽ってからのフラッシュバック。ここで視聴者は第6話ラストの衝撃をもう一度食らうんですが、面白いのはその後です。みくりが本当に引っかかっているのは、キスそのもの以上に、キスの〝後処理〟がまったくの空白で存在しないことなんですよね。平匡は我に返って列車を降りる。みくりは「平匡さん!」と追いかける。次の電車でもバスの中でも、何も言わずに爆睡。ふつう恋愛ドラマのテンプレなら、気まずい沈黙とか、ぎこちない会話とか、不器用な告白未遂とか、何かしらの「説明」が挟まるはずなのに、『逃げ恥』ではそれが挟まらない。沈黙と睡眠で、出来事が半ば〝なかったこと〟にされてしまう。だからみくりは、出来事そのものよりも、宙づりにされた意味づけの空白に耐えられなくなる。
だから、みくりの「ところが!」は、その空白に対する抗議なんですね。キスは突然起きた。でも、起きたことになっていない。起きたのに処理されない。関係における説明責任が未履行のまま放置される。そうなると、当事者は自分で勝手に意味を作らざるを得ない。だからモノローグが必要になるし、バスガイドによる〝案内〟という形式が必要になる。感情のまま語ってしまうと壊れてしまいそうだから、実況という外殻をかぶせて、とりあえず語れる形にしておく———みくりの賢さは、ここでは自衛のための技術として働いています。
しかし、自衛の技術には副作用がある。つまり最後の「でも絶対、タヌキ寝入り…」のような、根拠の薄い〝決めつけ〟です。でも、こんな状況になったら誰だってこんな風に言い切りたくなるみくりの気持ち、わかりますよね?言い切らないことには自分が揺れ続ける。平匡が寝ているのか寝ていないのか、真相は問題じゃなくて、宙吊りの出来事に何かしらのラベルを貼って、着地できる場所を作っておきたい。タヌキ寝入りだとおもえば、「じゃあ平匡は照れている」「つまりあれは事故ではなく意図だ」と、一応の筋が通るわけで。だから、ここでのみくりの断言は反撃というより、安定装置なんですよね。意味の空白を、仮説で埋めて自分を落ち着かせる。そのやり方が、かわいいけれど切実すぎて、ドラマを観ているわたしたちには笑えてしまうのでしょう。
結局この冒頭シーンは、第6話の衝撃を〝もう一度見せる〟ためだけに置かれた回想でなく、ここから先の第7話が何を扱おうとしているのかを先に見せているんですね。恋愛テンプレが起動しそうで起動しない。契約語彙が守ってきたローカル憲法が、キスという突然の出来事に揺さぶられる。こんな風に揺さぶられたときには、それを着地させられる言葉がないと現実が宙に浮いてしまう。宙に浮いた出来事は、実況でも妄想でも決めつけでもいいから、何かに接続してもらわないと人は耐えられない———まさにディスコミュニケーションなんですが、『逃げ恥』は、このような〝接続不良〟の苦さを、チビみくりの可笑しさで包みながら、生活の地面にきっちり置いてくる。だから、笑って見ているのに、どこか胸の奥がチクリとする。こういう混ざり方ができるドラマってなかなかないし、改めてスゴイなあとおもいました。

この名セリフ&名場面集で紹介しているセリフは、2020年に放映された『逃げ恥・ムズキュン特別編』を土台に、野木亜紀子さんの『逃げ恥シナリオブック』での記述を参考にしています。なぜTVドラマ『逃げ恥』のシーンを毎日投稿している理由については、この連投記事の初回として書いた(その1)の記事のコメントをお読みください。
ちなみに、4/10に投稿した(その60)の記事と、4/27に投稿した(その77)の記事には、とても重要なことをコメントしましたし、それまでに投稿した記事のINDEXと、逃げ恥関連の投稿記事リンク集を載せています。未読記事がある方は是非そちらから参照ください。
ではまた明日に!(^^)/

