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吉本隆明『人間は自分を圧殺するためにさまざまな負担をつくりだす』(今日の名言・その35)

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吉本隆明『人間は自分を圧殺するためにさまざまな負担をつくりだす』(今日の名言・その35)

吉本隆明『人間は自分を圧殺するためにさまざまな負担をつくりだす』(今日の名言・その35)

2022/09/12

 

 人間はしばしば
 自分の存在を圧殺するために、
 圧殺されることを知りながら、
 どうすることもできない
 必然に促されて
 さまざまな負担を
 つくりだすことができる存在である。


 共同幻想もまたこの種の負担のひとつである。
 だから人間にとって共同幻想は
 個体の幻想と逆立する構造をもっている。


 そして共同幻想のうち男性または女性としての
 人間がうみだす幻想を
 ここではとくに対幻想とよぶことにした。


 いずれにしてもわたしはここで
 共同幻想がとりうるさまざまな態様と関連を
 あきらかにしたいとかんがえた。

 

 ※吉本隆明『共同幻想論』序 より

 

 

昨日書いた記事は、論語の読解文でした。

 

孔子という人は2500年前の人物ですから、

もし、「論語」のような古典と呼ばれる書物に

価値を見出そうとするのであれば、

まずは、それだけの長い年月を経ながら、

多くの人に連綿と読み継がれ、

現存していること自体が

大きな価値の一つであると言えるでしょう。

 

ところで、こちらの記事にあるように、

総務省統計局によると、

日本国内における令和元年(2019年)1年間の

総出版数は71,903冊とのことなんですが、

こうしておよそ年間7万冊出版されている中で、

200年、500年、1000年と時代を超えて

読み継がれてゆく書物が

いったいどれだけあるでしょうか。

 

1968年に出版された吉本さんの『共同幻想論』は、

戦争という非常に個人的な体験を踏まえて書かれ、

戦後に出版された書物のなかで

最も難解な書物とも言われています。

 

わたしも22歳のときに一度手にしながら、

内容がチンプンカンプンでまったく理解できず、

それから30年以上の月日を経て

ようやく読み解く鳥羽口にたてるようになったと

こちらの記事に書きました。

 

構想の大きさと着想の鋭さ、そして思索の深さゆえに

この『共同幻想論』に類比するような書物を

わたしにはおもい浮かべることができませんし、

きっとこの書は、時代を超えて永く読み継がれる

数少ない書物の1冊になることでしょう。

 

わたしが吉本さんから学んだことは沢山有りますが、

この『共同幻想論』からは、なによりも、

社会の中で一人の人間として自立して生きるとは

いったいどういうことなのか

そして、自分のアタマで考えることの大切さ

教わった気がしています。

 

吉本さんは、基本的に、

読む人に何かをわかってほしいとおもいながら

本を書かれたのではありませんから、

表面だけをなぞるような感じで読むのなら、

内容がわからないのはある意味当然のことです。

 

でも、読んで何が書いてあるのかが

すぐにわからないような本だからこそ、

それを読み進めていくことで、

自分のアタマで考えるとは

どういうことかがわかるってことなんですが。

 

「言語とは何か?」「国家とは何だろう?」

「人間の心とはいったいどんな現象なのか?」……

そうした、人間が一生かかっても考えても

わからないような〝問い〟を自ら立てられて、

何も無いゼロ地点からスタートし、

徒手空拳でその本質について考えるという、

吉本さん自身が格闘してきた思索のプロセスが

記されているものと言った方がよいでしょう。

 

つまり、そこに書かれていることは、あくまで

吉本隆明という個人の一つの見解でしかないので、

それが真実かどうかはわかりませんし、

ましてや、書かれていることが真実だと

信じる必要なんてまったくないのです。

 

吉本さんの著作は、

アカデミックな世界で積み重ねられた知見とは

全く異なる発想で組み立てられていますから、

多くの人が学校教育で培ってきた能力で

読もうとしても、

きっと、まったく歯が立たないことでしょう。

 

読者自身が積み重ねてきた言葉の論理で、

吉本さんの本の内容を解釈したところで、

ほとんど意味がありませんし、

吉本さんの書かれた文脈に、

読む側のわたしたちが自ら飛び込んでいかなければ

その手応えに触れることすらできません。

 

たとえば、冒頭に引用した文のなかには、

「逆立」という単語がありますが、

これは「ギャクリツ」と読み

「サカダチ」ではありません。笑

 

これは、自己幻想(個人幻想)領域と共同幻想領域が

互いに緊張関係を保ちながら、

拮抗しているさまを表現しているんですが、

個人という存在は、共同体に対して、

いとも簡単に埋没してしまう傾向があり、

それに抗いたい気持ちを表すために、

「対立」「矛盾」「ズレ」などと言わずに、

敢えて「逆立」という

新しい言葉をつくられてしまうという

言葉に対するセンスがまさに詩人でもある

吉本さんらしいなぁとわたしにはおもえるんですが。

 

とはいえ、『共同幻想論』の原著をいきなり手にして

それを素手で読み解けるようになる方は

ごくごく少数でしょうから、

最近わたしが嵌まっている

「学びのきほん」シリーズから

『共同幻想論』を読み解く入口になる1冊をご紹介。

 

若松英輔『考える教室 大人のための哲学入門』では

最後の第4章で『共同幻想論』に触れているんですが、

他の章にも吉本隆明という名前が出て来ますので、

第1章から順番に読んでいかれると、

いいようにおもいます。

 

若松さんも最後のところで、

『共同幻想論』に何が書かれているのかを

知的に理解することも大事だけれど、

とにかく、ヨシモトの文章にじかに触れて

「こころおどり」を感じてほしいと書かれていて、

この意見には、わたしも全面的に共感します。

 

あと、3つの幻想領域の話については、

『個人幻想』『対幻想』『共同幻想』という

言葉だけをただ単に覚えたところで仕方がないので、

そのフレームを使って

現実にある身近な世の中の現象を捉える練習を

日常の中でしてみてください。

 

そして、各々の次元が異なるというのは

そもそもどういうことなのかということや、

それぞれの幻想領域が相互に

どういう関係性でつながっているのかについて、

理解を深めていってください。

 

その素材にもってこいのTVドラマが『逃げ恥』で、

そのことは今までこのblogで何度もふれてきましたが、

とくに

吉本隆明さんによる3つの幻想領域について
3つの幻想領域の〝次元が違う〟ってどういうことですか?

などの記事をご覧いただくと、

冒頭に書いた「人間は自分を圧殺するために

さまざまな負担をつくりだす」という言葉が

より実感を伴って響いてくるとおもいます。

 

たとえば、『逃げ恥』最終話(第11話)の

303カンパニー第二次経営者責任会議で

みくりさんと平匡さんが

家事分担について話し合っているシーンなど、

共同幻想領域にあたる仕事での関わりと、

対幻想領域にあたる、恋愛、夫婦の関わりとが、

微妙にズレてしまうところがよくわかるんですが。

 

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〔303カンパニー第二次経営者責任会議〕
 

平匡:1週間やってみて、率直な感想はどうですか?
みくり:率直でいいですか
平匡:どうぞ!
みくり:わたしの方が格段に稼ぎが少ないので、そのぶん家事の分担が多いのは、納得しているんですけど
平匡:……
みくり:それで平匡さんが分担をやり忘れてたり、やるのが遅かったりすると、『それそっちの分担だよね? わたしより家事負担少ないよね』と思ってしまうことがあります。
平匡:……すみません。

 

みくり:平匡さんの方は?
平匡:正直に言っていいですか?
みくり:どうぞ!
平匡:みくりさんの掃除の質の低下が、気になってます。
みくり:!

 

平匡:部屋の隅に埃がたまっていたり、鏡の水垢が
みくり:本当を言うとわたし……そんなに几帳面じゃないんです!
平匡:……!?

みくり:どちらかというと四角い部屋を丸く掃くタイプで……

 

平匡:えっ、でも、今まで。
みくり:仕事だったから完璧にしなくちゃと、念には念を入れてました。でも、本当は、生活に困らない程度に綺麗なら、生きていけると思ってます。
平匡:……
みくり:ご期待に添えず申し訳ありません……。

 

 

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この平匡さんの表情! 笑っちゃいましたね〜

 

『共同幻想論』は国家を論じた評論文という風に

解釈されることも少なくありません。

 

たしかにそれも間違いでは無いんですが、

国家論という狭い解釈から抜け出せないと、

こんなふうに、『逃げ恥』のドラマ展開を

『共同幻想論』と重ね合わせて観るような発想は

たぶん出て来ないことでしょう。

 

『共同幻想論』に対しては、さまざまな評価があり、

「戦後思想史における最も重要な本」と

絶賛する者がある一方で、

「とるに足らない妄想の書」と一蹴する者など、

否定的な評価も少なくありません。

 

『共同幻想論』を論じた評論、書物も数多あり、

議論百出といった様相を呈しています。

 

それでも、この『共同幻想論』は、

人間社会の本質とその歴史を「個人幻想」「対幻想」

「共同幻想」という関係構造として

表現しているという点において、

吉本さん以外誰も解き明かしていないような

世界水準の傑作であると判断すればこそ、

わたしはこの本がきっと

人類にとって普遍的価値のある「古典」作品として

時間を超え、連綿と読み継がれていくことに

なるだろうとおもうのです。


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