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AI時代に「人間らしく働く」には? 〜山口周さんの対談動画・文字起こし(その1)〜

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AI時代に「人間らしく働く」には? 〜山口周さんの対談動画・文字起こし(その1)〜

AI時代に「人間らしく働く」には? 〜山口周さんの対談動画・文字起こし(その1)〜

2026/08/07

昨日の記事の続きです。

今日の記事では、昨日紹介した

山口周さんと波頭亮さんの対談動画で

語られていた内容がとても良かったので、

文字起こしテキストをお届けすることにしました。

 

14000文字ほどあるので

今日、明日の2回に分け投稿します。
 

 

1月に投稿した

2025年読書ふりかえり記事(その12)

ベスト24にセレクトした本の1冊が、

『ChatGPTは神か悪魔か』で、

著者のおひとりが山口周さんでした。

 

あと、寺子屋塾ブログでは

山口周さんのタグがついた記事

結構たくさんあるので、

未読の方は目を通してほしいのですが、

とくに6/9に投稿した易経の記事の後半部に

とても大切な話を書いているので、

既読、未読に拘わらず、目を通してみてください。

 

その記事中で、山口周さんのnote記事を

シェアしていますが、

とくに次の3本には重要な指摘が書かれており、

無料で読める部分だけでも充分価値があるので

一読をオススメします。

 

なぜ経営リーダーにはリベラルアーツが求められるのか?2023.9.4
 

意思決定を論理に頼ることの問題点2025.11.26

 

AI時代に求められる「五感の感度」2025.12.8

 

3本目のnote 無料で読める箇所の最後にある

「論理 × 独自データ」こそが、

差別化戦略の本質である

ということが一番のキモだとおもうんですね。

 

 

YouTube動画を再度シェアしておきます。

スマホばかり見る人は AIに代替される」 AI時代の教養の育み方を探求。【NewsPicks/山口周/波頭亮】

この動画は、News Picsのチャンネルで
2025.11.29に配信されたものです。


(文字起こし・ここから)
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山口:

五感があるということが、人間にとって最大の武器の一つだということなんです。今、多くの人たちは世の中を見ずに、スマホを見ているんですよ。ずっとスマホを見ているということは、二次情報の世界の中にずっと生きているということです。機械がかなりの程度、あらゆる仕事をやるようになった時に、「一億総プロデューサー」というか…

 

波頭:

AIはクリエイティブのところにまでどんどん出てきている。でも、それをRe クリエートする、その〝Re〟のところにこそ、自分を込められるんですよね。(ここまでダイジェスト)

 

波頭:

はい、こんにちは。「AI時代の非AI論」ナビゲーターの波頭亮です。

今回は、AI時代の中でその波に飲まれずに、人間の良さや価値を確立し、守っていただきたいというテーマです。文化、美意識、教養といった人間の情動に直結した脳の活動があり、それは人生を豊かにしたり、世の中に潤いをもたらしたりするものです。美意識や文化、教養といったものは、情動の領域だけではなく、ビジネスまで含めて、世の中全般の基盤として大事であり、人間の生き方として大事なのだということを、かねてからずっと主張されている山口周さんに、今日はお越しいただきました。

 

「AI時代の非AI論の」コアテーマになると思います。わたしも今日、いろいろ教わりたいなと思って、対談を楽しみにしておりました。山口周さんです。よろしくお願いします。

 

山口:

よろしくお願いします。

 

波頭:

今、少し主語の大きいイントロから始めましたけれども、AIがどんどん進化していますよね。本当に日進月歩で進んでいます。月歩どころか、秒進分歩という進み方をしていますけれども、そもそもこの動き方に対して、山口さんはどのようにご覧になっていますか。

 

山口:

個人的には、ものすごく楽しんでいます。

 

波頭:

楽しんでいるんですね。

 

山口:

今朝も、ここに移動してくるまでの間、タクシーで移動してきたんですけれども、ChatGPTと「ケインズの言った〝需要の法〟は本当に正しいのか」「反論している経済学者の論考はないのか」といったことを、まとめて出してもらいながら、ずっと議論していました。そうしたら、あっという間に「もう着いちゃった」という感じだったんです。ですから、リサーチの生産性などは、極端に言えば100倍ぐらいに上がった感じがしますね。

 

波頭:

そうですね。わたしの知人で、何千人、何万人というコンサルタントがいる巨大コンサルティングファームの人と話した時にも、前回このシリーズでも言ったかもしれませんが、「三年生以下の仕事はまったくない」と言っていました。

 

三年生を経ないと、四年生、五年生、つまりマネージャーやシニアパートナーにはなれないわけです。しかし、最初の入り口のところで、AIにやらせれば一日で、あるいは千円でできることを、1週間かけて何10万円もフィーを払ってもらう。その対価を正当化できなくなってきている。今後、コンサルティングファームの経営はどうなっていくのだろう、という不安を語る方が多いですよね。

 

山口:

そうですね。今、アメリカでは結構人を切っていますよね。

 

波頭:

それはさておき、現代の価値の源泉とされるようなものは、パワーと合理性のインテリジェンスでたいてい作ってきたわけですよね。

パワーについては、化石燃料によって、すでに無限大に近いパワーを得た。そしてコンピューター以降、計算能力もずいぶん発達した。最後の思考能力やクリエイティビティのところで、人間の必然性、あるいはレゾンデートルを確保していたのが、そこまで脅かされ始めていますよね。つい先週あたりに見たデミス・ハサビスの話で、今ならアインシュタイン以前の情報だけを食わせると、相対性理論をAIが作れる、というものがありました。

 

山口:

なるほど。

 

波頭:

つまり、そういうクリエイティブで非常に高度なものも、AIは過去に起こったことを編集・統合してアウトプットを出す。だから、先ほど言ったように、コンサルティングファームでも三年生、五年生ぐらいまでのことはできるけれど、それより高度なものはまだ人間に残ると思われていた。それが、アインシュタインのレベルのことまでできる。つまり、クリエイティブだったり、飛んだ発想だったりまで出せるようになると、人間は何をすればいいのか、という話になります。

 

そうなると、最後の砦が美意識と教養なのではないかと思っています。今日は、そこについて山口さんに心強い話をしていただきたいなと思っているんですけれども、いかがですか?

 

山口:

本当に、機械が人間の労働をやるようになったら何をするのかと言えば、ホモ・ルーデンス、つまり「遊ぶ」ということでいいと思うんですよね。ですから、労働から解放されることを、なぜそんなに怖がるのか、というのは一つあります。機械にやらせればいい。ただ、現行の経済システムや雇用のあり方を考えると、ごく一部の創造性を持った人たちだけが仕事に就き、ほかの人たちは働けなくなる、という話になります。

 

あるSF作家がいて、彼が今からおよそ百年前に、「百年後の世界はどうなるか」というニューヨーク・タイムズのアンケートに答えた回答が非常に面白いんです。「労働というものが贅沢になっている」と言っているんですね。機械が全部労働するようになった中で、本当に人間に残されているものが創造や遊びになるとすると、今の世の中でそれをやっているのは、たとえばレディー・ガガさんのようなアーティストです。そういう人たちは、「彼女は働いているんだ」「それはいいね、贅沢だね」という話になる。そういうことです。

 

僕は、産業革命の歴史を整理すると、結構面白いと思っています。人間がやっている仕事は、四類型しかないと思うんですよ。一つは、定型と非定型で横軸に分ける。縦軸は、認知的な仕事、つまり脳でやる仕事と、肉体でやる仕事、筋肉でやる仕事です。つまり、定型/非定型と、認知/物理という分類です。第一次、第二次産業革命は、人間がやっていた定型的な筋肉の仕事を機械に置き換えることをやったわけです。これが主にイギリスとアメリカで起こりました。第三次産業革命は、1980年代ぐらいからコンピューターが出てきて起こったものですが、これは定型的な脳の仕事を機械にさせることをやったわけです。

 

ですから、定型の筋肉、定型の脳ということで、第一次、第二次、第三次の産業革命が来た。そして今、第4次産業革命と言われているAIは、人間の脳がやっている非定型の仕事をやらせる、ということをやっているわけですね。これは基本的には、ホワイトカラーの多くの人たちがやっていた仕事です。これがどんどん機械に置き換わるということが起こっている。

 

では、最後に残っている人間の労働は何かというと、非定型の筋肉の仕事です。これは、いわゆるエッセンシャルワークと言われているものと、かなり重なります。僕は、第3次、第4次産業革命の基本的なゲームは、中国とアメリカが勝者だということで、もう決まってしまったと思っています。だから、次を見た方がいいと言っているんです。

 

やはり動きが早いのがイーロン・マスクで、彼はもう自動車よりも、どちらかというとロボットの方に注意が向かっています。絶対にそちらに行った方がいいと言っている。孫さんも、ABBのロボット事業を8000億円で買収するというニュースが昨日出ていました。その部分が今度、機械に切り替わると、本当に人間の仕事は遊びと創造しかなくなっていくのだろうと思います。おそらく2050年ぐらいには、それが来ると思っていますね。

 

波頭:

さっきレディー・ガガというのは、意味的に「遊び」が仕事になっている代表選手ですよね。僕がその時に思ったもう一人が、イーロン・マスクなんです。アートの分野もあるし、イーロン・マスクのように経済のど真ん中だったり、どちらかというとエンジニアリングや科学だったり、そういう領域もある。

 

山口さんとお話ししていると、少し議論になりにくいのは、考えることが似すぎているところがあるからなんですけれども、先ほどの定型/非定型、インテリジェンス/フィジカルという整理は、僕も仕事を整理する時に使ったことがあります。その時に、人間に残されていくであろう余地は、その境界だと思ったんです。今、山口さんがおっしゃったように、仕事の多くはフィジカルだったり、コンピューターに置き換えられるようなタイプのものだったりします。けれども、たとえばお花や書道のお師匠さんは、インテリジェンスとフィジカルのちょうど中間にありますよね。

 

あと、職人や民芸品の仕事もそうです。木彫りの熊だったら、もう機械で彫っても見分けがつかないかもしれないけれど、焼き物などは違いが分かる。ああいう分野は人間に残る。あの分野は芸事っぽいんですよね。お茶の先生だったり、その人が座っているだけでお茶室の空気が変わったり、同じように活けた花から何か空気感が違ったりする。僕はそういう素養がないのでピンとこないんですけれども、感じる人には本当に感じられるのだろうと思います。

 

だから、単純に頭だけとか、単純に力だけというものは置き換えが早いけれど、境界、ボーダーのところに人間に残されていくものがあるのではないかと思っているんです。お花にしても美意識の話ですし、書道の先生にしても、何と言えばいいのでしょうか。芸事というものは、教養や人生経験まで含めた、いろいろな厚みを持った人に言われるからこそ、「なるほど」と思われるのではないかと思うんです。その辺りが新しい分野として出てくるのでしょうか。

 

山口:

やはり、そこは本当に答えは過去にあると思います。18世紀に社会主義運動が全世界で盛り上がった時、イギリスにウィリアム・モリスという運動家がいました。当時の人たちは、どうやったら世界革命を起こせるかということを議論していたわけです。ウィリアム・モリスが非常に面白かったのは、「革命は起こる」と考えていたことです。だから、起こし方を考える必要はない。問題は、それが起こった後で人間は何をするのか、ということだと考えたんですね。

 

彼が考えたのは、相当程度の人が安全で快適で文明的な暮らしをできるようになり、それはかなりの程度、労働しなくてもできるようになった世の中で、人間は何をするべきか、ということでした。これは非常に重大な問いですよね。人間は暇に耐えられないので。彼が言ったのは、人間に永遠に残る仕事とは「飾ること」だ、ということだったんですね。

 

今まさに波頭さんが言ったのは、その「飾る」ということの日本文化の中での例として、お花とお習字です。掛け軸を書く、床の間に飾る、花を活けるということです。ウィリアム・モリスは本職はデザイナーでしたから、壁紙や本の装丁などのデザインをやっていました。自分たちの生活を見てみれば、音楽、絵画、家具、建築、美食、庭など、あらゆる表現のメディアが生活の中にあるわけです。

 

だから僕は、「生きるということは総合芸術活動だ」と言っているんです。生きることを、本当に総合芸術としてやっていく。これは本当にRe クリエーションであり、面白いことです。AIが出てきたら、人間に残る領域の中で一番楽しい仕事だけを純粋にやっていって、ブルシット・ジョブは全部機械にやってもらう。そういうふうになるといいのではないかと思っています。

 

波頭:

賛成!今の「リクリエーション」という言葉を、あえて「リ・クリエーション」と分けて話してくださったところにも、本当にポイントがあると思うんです。今は、漫画でも小説でも絵でも、ゴッホ風に描けたり、夏目漱石風に書けたりする。AIはクリエイティブのところにまで、どんどん出てきてくれる。でも、それをリクリエートする、その“利”のところにこそ、自分を込められる。

それを恐ろしい装いに飾るのか、あるいはすごく可愛らしく、ピュアに飾るのか。どういう飾り方をするかは別ですが、そこに人間というか、自分を込められる。

 

「飾る」ということは、ホモ・ルーデンス、つまり遊ぶために生きると言うとあまりにも大きすぎますが、人間の生きることと遊ぶことの本質として、少しピンときますよね。レディー・ガガだって、音楽だけではなく、多分「飾り」ですよね。舞台もファッションもお化粧も。

 

山口:

そうですね。それもそうです。

 

波頭:

それが人気を得るということは、やはり本能的に求めているのでしょうね。

 

山口:

そうですね。たとえば千利休を見ても、彼自身は何かをクリエートするかというと、作らないわけです。楽茶碗は楽茶碗の職人に作ってもらう。水差しは水差しの職人に作ってもらう。掛け軸は書家に書いてもらう。でも、それを一まとめにしたところに、茶室というある種の空間が生まれる。だから、プロデューサーですよね。

 

ですから、機械がかなりの程度、あらゆる仕事をやるようになった時に、「一億総プロデューサー」というか、そういうふうになってくる。個別のものは人が作る場合もあるし、場合によってはAIが作るケースもあるわけです。今のAIの弱点を一つ挙げるとすれば、音楽だったら音楽で完結する、絵だったら絵で完結する、というところです。

 

でも、たとえばこの空間だったら、クラシックよりノラ・ジョーンズだよね、というセンスがあるわけです。それを聴きながら飲むなら、抹茶ではなくカプチーノだよね、ということもある。そこをトータルな世界観として、総合芸術として生活を作っていくということは、現時点ではやはりAIにはできないことです。ですから、そこに人間の楽しむ余地が大いにあるのではないかと思っています。

 

波頭:

山口さんは、今の音楽の話でも、クラシックから民謡からノラ・ジョーンズまでカバーしますよね。普通の人と比べて、圧倒的にいろいろなジャンルに対する素養と経験があるから、まさに楽しめるし、人生が豊かになるのだと思います。

 

たとえば僕は、釣りのことぐらいなら、どの海で、どのシーズンに、どういう魚を釣ったら面白いか、面白くないかは分かります。けれども、骨董品の器を見ても、掛け軸を見ても、無教養なので何も分からない。ぼーっと見ているだけで、本物か偽物かどころか、それがいつの時代のものか、どこに面白みがあるのかも分からない。

 

何が言いたいかというと、遊びの時代にこそ、教養がないと楽しめないということです。そういう教養と結びついた高度な遊び、まさにホモ・ルーデンスの上澄みの部分はもちろんですが、人間は年を取るとお腹が空かなくなって、昔みたいにガブガブ食べられなくなる。山に登って爽快な秋風に頬を撫でられるようなことも、年を取るとできなくなる。年齢だけではありません。欲望がないと、楽しむこと、ホモ・ルーデンスの推進力、原動力が弱いのだと思うんです。

 

昔の人は、もっとガツガツ生きていた感じがありますよね。それが、どんどんいろいろなことが便利になって、リスクや悪から守られて、漂白された生活をしていると、生き物として弱くなってくる。そうなると、欲望も飼い慣らされて弱くなっているのではないかと思うんです。

 

山口さんのように、細胞に直結した欲望だけではなく、知で洗練された興味があれば楽しめるとしても、どこかでガツガツやらないと、外のものを取り込めない。ホモ・ルーデンスの時代になったら、今とは違う形で欲望を養わないと、人生が充実しないのではないかと心配しているんです。どうですか?

 

山口:

そうですね。欲求、欲望というか、どういう言い方がいいかと思いますけれども、確かに「知りたい」「聞きたい」「味わいたい」「経験したい」という欲求は、たくさんある方かもしれません。

 

波頭:

ケインズが、「百年後には生産性が上がって、週に何時間しか働かなくなる」と言いましたよね。たしか、週16時間、1日3時間という話です。100年後「孫の世代」ということですね。そういうことも、まずケインズを知っているから、それが本当にどうなったのか調べてみようとなる。まだ100年経っていないとか、いろいろ知っているからこそ、調べてみて、「なるほど」となる。ぼーっと生きていたら、そういうこともできないんですよね。

 

山口:

そうですね。今日は美意識というテーマですけれども、先ほどコンサルティング会社の話が出ました。なぜジュニアスタッフがいらなくなっているかというと、僕は知的生産もスマイルカーブになっていくと思っているんです。

 

通常、知的生産というのは、まず最初にアジェンダを立てる。マッキンゼーの言葉で言うと、イシューを設定する。その次に仮説を作る。その仮説に基づいて情報を集め、それを分析する。その仮説が検証された、あるいは棄却された、否定されたとなる。最後にアウトプットを出して、それを実行していく。

 

人工知能が一番得意なのは、情報を集めて整理するところです。つまり、真ん中の部分なんですよね。アジェンダを作るというのは、基本的にはできない。仮説を作ることはある程度できるかもしれませんが、アジェンダを作ることは基本的にできないわけです。

 

「なぜこうなっているのか」「これはおかしいのではないか」ということを、一番最初に設定する。それはある意味、ふわっと立てるわけです。その仮説に基づいて情報を集め、示唆を出して、今度は実行していく。実行していくところも、やはり人間がやらなければいけない。つまり、最上流と最下流のところに人の価値がある。真ん中のところはコンピューターがやればいい、ということです。

 

これはまさにChatGPTとやり取りして、「あなたはどこが得意なのか」「人間とやって勝てると思うところはどこなのか」と聞いたら、「情報を集めるところです」と言ったんです。「ここは非常に得意です」と言ったので、僕は「ホント?」って聞いたんですね。「情報を集めると言っても、あなたができるのは、すでにテキストになっている二次情報だけであって、世の中で起こっていることを自分の目で眺め、五感で感じて、『これはおかしいんじゃないか?』と考えるところは全然できないですよね」と言ったら、「おっしゃる通りです」と返してきました。

 

これは何を言っているかというと、五感があるということが、人間にとって最大の武器の一つだということです。そうでなければ、アジェンダも設定できない。今、多くの人たちは世の中で何を見ているかというと、世の中を見ずにスマホを見ているんですよ。世の中を見て一次情報を取れる。目で見て、耳で聞いて、皮膚で感じることができるにもかかわらず、ずっとスマホを見ているということは、二次情報の世界の中にずっと生きているということなんです。これはものすごく弱くなる。

 

逆に言うと、これから先、五感の感度がすごく鋭い人は、大きなアドバンテージを持つようになると思います。その五感は、最終的には美意識や生活を飾ること、食を楽しむこと、音楽を楽しむこと、家具や芸術作品を見て楽しむことにもつながります。五感を、アンテナの感度としてどう保っていくか、どう高めていくか。これは、ここから先、教育のテーマとして非常に大きくなってくると思います。〔23分50秒あたりまで〕
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(文字起こし・ここまで)

 

この続きはまた明日に!(^^)/

 

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●2021.9.1~2024.12.31記事タイトル一覧は

 こちらの記事(旧ブログ)からどうぞ

 2025年に投稿した365記事はすべて

 今日の音楽シリーズで12/31に全リストを掲載

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☆寺子屋塾に関連するイベントのご案
 8/23(日) 10:30~ 易経入門講座〔第3期〕
      14:00~ 易経準中級講座 第15回 

 9/6(日) 13:30~16:30
  『レゾナント・コミュニケーション』読書会 #2

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