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そもそも〝わかる〟とはどういうことか?(その2)

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そもそも〝わかる〟とはどういうことか?(その2)

そもそも〝わかる〟とはどういうことか?(その2)

2023/09/14

昨日投稿した記事の続きです。

 

9/11に投稿した

ウィトゲンシュタインの話題から端を発して

そもそも、〝わかる〟とは

どういうことなのかということでしたね。

 

昨日の記事の最後でシェアした、

福岡伸一さんと山口周さんの対談記事中に、

阿部謹也さんが上原先生から学んだことをふまえた

次の文章(山口さんの話)がありました。
 

・・・自分のフレームの中で理解しようとすると

わからないわけですね。

なぜなら自分が変わっていないから。

だから、「解る」と「変わる」が同時に起こらないと、

本当にわかったことにはならないと

いうことだと思います。

 

これは、ウイルスとの向き合い方にも

分断という問題にも言えることですが、

相手を理解しようとするだけでなく、

それによって自分の認識や行動を変えなければ、

本当の意味で解決はしないということです。

 

つまり、「解る(わかる)」ということは

「変わる(かわる)」ってことであると。

 

この、「わかる」という言葉の

文字「わ」と「か」の順番を入れ替えると

「かわる」となるのはオモシロイですね〜

 

 

さてそれで、この変わる(かわる)というのは

いったい何が変わるのでしょう?
 

そもそも、問いが立てられれば、

その問いに対する答は、

どこかに存在しているわけです。

 

でも、答がどこかに存在していても、

わかっていないわたしには、

それが見えないし、答が答であるとわかりません。

 

だから、いまある自分の思考範囲の中だけで

どんなに考えたところで、その答は見つからないし、

いまの自分の思考回路の外に出て、

いまいる場所から見える風景とは

まったく違う風景が見えてくるような場所に

移動する必要があるわけですね。

 

そこでは、そういう視座が持てるような変化が

他でもない自分自身に起きているはずであると。

 

言い換えれば、自分が何も変わっていないのに、

すぐに見つかるような答は、

ほんとうの答ではないってことでしょう。

 

いわゆる「わかったつもり」というヤツです。

 

アタマの中に知識を

単にインプットしただけであれば、

それは「わかる」とは言わずに

「知る」と言うべきでしょう。

 

でも、アタマの中にただ知識を詰め込むだけなら、

そのことにどれだけの価値があるのでしょうか?

 

もちろん、新たに得た知識を既存の知識と関連付け、

相互のつながりを見つけようとする姿勢は

とても大切だとおもうんですが、

ただつながりを見つけるだけでは

何も変わらない可能性があるので、

それを自ら実践してみて初めて「わかる」と

言えるようにおもうのです。

 

そういう意味では、もちろん

共感する姿勢も大事ではあるんですが、

ただ共感するだけでは

何も変わらずに通り過ぎてしまう可能性もあり、

そういう意味でいうと、

違和感を手がかりにしつつ

その違和感の元を掘り下げようとする姿勢もまた

大事なのではないかと。

 

 

この続きはまた明日に!

 

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