TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集(その87)
2026/05/07
2/10からこのブログでは、
TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集を
お届けしていて
この記事で87回めとなりました。
今日は第7話の後半、32分30秒過ぎ、
平匡のマンション玄関〜前の道路で、
出社する前の平匡とみくりのやりとりを。
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〔平匡のマンション・玄関にて〕
平匡:今日は定時で帰ります。
みくり:わかりました。待ってます。
平匡:待っていてください。行ってきます。
みくり:行ってらっしゃい!
平匡M:〔玄関のドアが閉まった瞬間、ドアの外で悶絶してへたりこみながら〕(かわいい~!以前から結構かわいいとは思っていたが、最近はもう、とてつもなくかわいいんじゃないかと思い始めている。)
〔車道に出るところで立ち止まり、ふり返ってベランダのみくりに気づく。平匡が気づくとみくりが笑顔で手を振る〕
平匡M:〔みくりに気づいて〕!(認めざるを得ない。これはもう……これはもう……)
♪~〔主題歌「恋」のイントロが流れ始め、平匡が控えめに手を挙げる〕
みくり:〔笑顔で平匡に両手を大きく振る〕
平匡:〔みくりに両手を振りながら後ずさりして、車道に出てしまう〕
♪~〔主題歌「恋」は歌詞が入る直前でストップ〕
平匡:!!〔クラクションの音。軽トラが突っ込んでくる〕
〔急ブレーキの音。平匡の直前で軽トラが止まる〕
運転手:何やってんだ!危ないじゃないか!
平匡:…すいません!〔平匡、道を開ける。軽トラの運転手が「チッ」と舌打ちして軽トラが去ってゆく。平匡がベランダを見上げると、みくりが心配そうに身を乗り出している。平匡が手を振って「大丈夫だ!」のジェスチャー。無事でほっとするみくり。平匡、よたよた歩き出す〕
平匡M:(今は、死にたくない。今晩家に帰るまでは、死ねない。)























※TVドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』第7話より
COMMENT:このシーンも、平匡とみくりが玄関先で「行ってきます」「行ってらっしゃい」を交わしているだけの、いわゆる「ただの朝の挨拶」です。ふつうのドラマなら、ここは生活描写の単なるつなぎで流れてしまいそうなところ。でも『逃げ恥』は、こういう些細なやりとりの中に、当人にとっての決定的事件をこっそり紛れ込ませてくるんですね。
平匡の「今日は定時で帰ります」に、みくりが「わかりました。待ってます」と返す。この往復だけだと、内容としては業務連絡みたいなもの。けれど、たぶん平匡の中ではそうじゃない。ここで起きているのは「帰宅予定の共有」でなく、「帰っていい場所の確定」なんだと。第1話からずっと続いてきた、契約結婚というローカル憲法。その条文の中に、いつの間にか〝情緒〟が流れ込み始めている。みくりの「待ってます」は、愛情表現というより生活の側の言葉なのに、だからこそ強く響くのでしょう。帰宅先がある、しかも待っている人がいる。それが平匡にとっては、ほとんど生存確認に近い効力を持ってしまう。
玄関のドアが閉まった瞬間、平匡はドアの外で悶絶してへたり込み、「かわいい~!」というモノローグが漏れる。ここ、恋愛感情の高揚というより、ほとんど身体反応ですよね。思考が追いつく前に、反射が出てしまっている。「以前から結構かわいいとは思っていたが、最近はもう、とてつもなくかわいいんじゃないかと思い始めている。」———余談ですが、脚本の野木さんがこの部分を書いていて、「だってかわいいんだもの。そりゃかわいいって言われるわ。ふと我に返って笑ってしまった。ガッキー相手に、何を言ってるんだお前は」と書かれているのを読み、おもわず吹き出してしまったんですが———平匡内部でのみくり像が、じわじわ更新されている感じが伝わってきます。可笑しさだけでなく、とうとう理性で押さえ込めないところまで来てしまったという怖さと切なさが、ここでも同居していますね。
しかも面白いのは、第7話まで来て、ドラマが〝恋愛テンプレ〟をようやく起動しようとしているところ。何ともはや遅い!笑 ベランダにいるみくりに気づいて、みくりが笑顔で手を振る。平匡が気づいた瞬間、モノローグが始まって「認めざるを得ない。これはもう……」と裁決モードに入る。言葉にできないくせに、結論だけ出そうとする。———脚本の野木さんとしては、ここまで引き延ばしてきた上で、平匡の恋の自覚をどう表現するか、かなり悩まれたようですが、結局ここでは「恋」と言わせる代わりに、主題歌「恋」のイントロを平匡の脳内テンプレ起動音として使うアイデアをおもいつかれたそう。源さんの「恋」が大ヒットしたから、パロディを多用した『逃げ恥』だったからこそできた、と回想されていたんですが(出典『逃げ恥シナリオブック』)。
ところが当の平匡は、そのテンプレに乗りかけながら、乗り切れない。控えめに手を挙げ、みくりの大きな手振りに釣られて、両手を振りながら後ずさりして、うっかり車道に出てしまう。ここが最高に『逃げ恥』らしいところで、恋愛の盛り上がり装置が起動した瞬間、リアルな現実が容赦なく割り込んでくる。歌が止まり、クラクションが鳴り、軽トラが突っ込んできて、胸キュンが遮断される。ふつうの恋愛ドラマなら、主題歌が盛り上がって「ムズキュン!」で終わって良さそうなものの、『逃げ恥』ではいつも現実がブレーキをかける。この意地悪さがたまりませんね。しかもこの場面、野木さんによると「平匡ってば盛り上がりすぎ!ここらで一発轢かれたほうがいいな」と。笑
そしてここから先、平匡は一気に〝恋愛〟から〝生存〟へ落ちる。「今は、死にたくない。今晩家に帰るまでは、死ねない。」このモノローグ、告白でも決意でもなくただの生存欲で、ロマンチックと真逆のはずなのに、逆に刺さるのはなぜなんでしょうね。これまで平匡は、仕事をして、帰って、眠る。その反復の中で、できるだけ心を動かさないように生きてきた。でも今は違う。帰宅が日課ではなく、最優先事項になる。たった一言の「待ってます」と、たった一回の手振りで、人生の優先順位が書き換わってしまった。情けないくらい切実すぎて、その切実さに笑えてしまう。
結局この場面は、単にみくりが「かわいい」と言っているだけの場面でなく、挨拶という日常の形式から始まりながら、当人の中で生存確認にまで変質してしまう瞬間を描いているんだとおもいます。恋愛テンプレが起動しそうになるたびに、生活のリアルな現実が止めに入る。そのせめぎ合いが、とてもコミカルで笑えるのにヒヤッとする。こういう混ざり方があるから、『逃げ恥』は何度見ても飽きないんでしょうね。

この名セリフ&名場面集で紹介しているセリフは、2020年に放映された『逃げ恥・ムズキュン特別編』を土台に、野木亜紀子さんの『逃げ恥シナリオブック』での記述を参考にしています。なぜTVドラマ『逃げ恥』のシーンを毎日投稿している理由については、この連投記事の初回として書いた(その1)の記事のコメントをお読みください。
ちなみに、4/10に投稿した(その60)の記事と、4/27に投稿した(その77)の記事には、とても重要なことをコメントしましたし、それまでに投稿した記事のINDEXと、逃げ恥関連の投稿記事リンク集を載せています。未読記事がある方は是非そちらから参照ください。
ではまた明日に!(^^)/


