TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集(二巡目・その20)
2026/09/02
8/14からこの寺子屋塾ブログでは、
TVドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集の
二巡目を投稿しています。
どんな流れ、経緯から二巡目を投稿し始めたか、
その理由やきっかけ等については、
関連している8/13以前の記事等をご覧ください。
第1話から第11話まで順番に1シーンずつ紹介し、
最終話まで行ったらまた第1話に戻るスタイルで
(その45)まで投稿するつもりです。
基本一巡目100記事で取り上げたシーンへの
コメントをリライトして投稿しているんですが、
さすがにそればかりだと能がないので、
(その10)の記事や(その15)の記事では
シーンそのものを差し替え
新たに書き起こした場面のシナリオに
コメントする記事を書きました。
今日は一巡目(その20)で取り上げたシーンへの
リライト記事なんですが、
第9話中盤部の25分30秒過ぎたあたりから、
平匡のマンションでの
みくりと平匡のやりとりを。
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〔平匡のマンション・寝室の机に座っている平匡〕
平匡M:(いけない!ぼくのような人間が慣れない妄想をしても、ネガティブなことしかイメージできず逆効果。自分のマイナスばかりを考えるのは止めようと決めたのに)
〔ドアの前に立っているみくりを見て驚く〕
みくり:すみません!声はかけたんですが……
平匡:!
みくり:お茶を入れたので、ついでに。〔お茶を平匡の机に置く〕
平匡:ありがとうございます!
みくり:失礼します。〔と言って、平匡の寝室から出てドアを閉める〕
平匡M:(声に出して……なかったよな?……)
〔みくり、ショックを受け、平匡の寝室のドアの前でうなだれている〕
みくりM:(…うっかり部屋に入ってしまったばっかりに…えらいことを聞いたような…)
〔平匡の言葉「みくりさんは、好きでない男とでも、そういうことをいたせる女性…」がフラッシュバックして、ビックリしているみくり〕
〔リビングにいるみくり〕
みくりM:(軽い女だと思われている…平匡さんだから、いたしてもいいと思ったのに…)
みくり:〔俳句を詠んで紙に書く〕「つつましい 女だったら 良かったの?」
みくり:…季語がない……
平匡:みくりさん!
みくり:〔と呼び掛けられ、すぐヨコに湯飲みを持った平匡がいることに気づいて、慌てて俳句を書いた紙をぐしゃっと掴む〕
平匡:ごちそうさまでした。
みくり:は、はい!置いといてください。〔と笑顔で〕
平匡:はい。
みくり:〔紙を破りながらひとりごとのように〕破りやすい~、この紙~。
平匡:?















※TVドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』第9話より
COMMENT:この場面、起きている出来事だけを並べれば、「お茶を置きに入った」「うっかり独り言を聞いた」「俳句を書いて破った」だけで、ものすごく地味です。まぁ毎度のように書いていることですが、『逃げ恥』って、こういう地味な日常の中に、関係の綻びをきれいに差し込んでいるんですね。しかも派手な修羅場にしない。大声で責め合うんじゃなく、たった一つの〝聞こえてしまった言葉〟と、その後の沈黙と小芝居だけで、観ているわたしたちの胸をざわつかせる。
まず平匡のモノローグが、いきなり危うい。〈慣れない妄想は逆効果〉〈マイナスばかり考えるのはやめようと決めたのに〉と、自分で自分をコントロールしようとしていて止まらない。第1話から第9話まで、この人は「察する」よりも「言葉にする」方へ歩いてきた人でした。つまり、言語化で秩序をつくってきた人が、ここで言語化に裏切られる場面に突き当たることに。しかも本人は「声に出して……なかったよな?」と半信半疑。言葉で関係を運用してきた人間が、ここでは言葉の〝漏洩〟で運用を壊しかける。ここがまず、脚本として嫌なほど巧いです。
そして次に来るのが、みくりのショック。面白いのは、ここでみくりが傷ついているのが、「事実」ではないところです。一巡目(その15)の記事で「事実と認識を区別することの大切さ」についてコメントしましたが、平匡が口にしたのはそもそも妄想で、しかも本人の中で膨らんだ根拠のない推論に過ぎません。でもみくりは、その一文を「軽い女だと思われている」と即座に意味づけしてしまう。つまり、起きている出来事そのものより、出来事に対する〝解釈〟が先に走ってしまう。第9話がずっと漂わせている不穏さをひとことで言うと、「解釈の暴走」の匂いなのでしょう。
しかも、その舞台が寝室の机というのがまた意地悪なところ。漫画ならモノローグは紙面上で自然に成立するけれど、ドラマで独り言は不自然になりやすい。だからこそ「誰にも聞かれない前提」が成立する場所を用意して、そこで聞かれてしまう。内面の部屋で内面が漏れる。ここで笑いと痛みが同時に生まれるわけです。
みくりの側も、負けていません。みくりは平匡みたいに理屈で暴発するんじゃなく、俳句で対抗しようとする。「つつましい 女だったら 良かったの?」と。でも、俳句というより怒りと羞恥と自己否定が混ざった、ほとんど呪文です。しかも「季語がない……」と自分でツッコミを入れてしまう。でも、言葉を五七五という俳句の形式に押し込めることで、感情がいったん外在化される。みくりって、自分が痛いときにも、どこか冷静なんですよね。心理学部出身だからなのか、自分の感情を感情のまま放置できないタイプ。平匡とは別の意味で〝言語化の人〟なんだなと。
そしてクライマックスが、「破りやすい~、この紙~」です。このシーンは、このドラマの〝やさしい残酷さ〟が凝縮していますね。みくりは、もしここで本音をぶつけたら関係が壊れかねないと自分で分かっている。だから紙を破る。つまり証拠隠滅。でも黙って破るだけだと空気が死んでしまうから、「破りやすい~」と無意味な実況をつけて場を保つ。壊さないための技術です。でも同時に、破られたのは紙だけじゃなく、みくりの中の〝自己像〟の一部でもある。笑えるのに切ない。第1話から積み上げてきた〝言語化の関係〟が、ここでは事実ではない不用意な一言によって、皮肉な形で反転してしまう。たった一言が漏れ、たった一枚が破られるだけで、関係の危うさが立ち上がるという意味で、地味であっても強く印象に残る場面でした。

この名セリフ&名場面集で紹介しているセリフは、2020年に放映された『逃げ恥・ムズキュン特別編』を土台に、野木亜紀子さんの『逃げ恥シナリオブック』での記述を参考にしています。こんな風にTVドラマ『逃げ恥』のシーンを毎日投稿することになった最初の動機については、一巡目の初回として書いた(その1)の記事のコメントをお読みください。5/20に投稿した1巡目の最終回(その100)には、すべての記事内容を総括するコメント、全100回のINDEXつきリストと関連リンク集を載せました。
・TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集(その100・最終回)
また、当塾ではすべて関連し合っているという考え方を大切にしていますので、さらに詳しく知りたいという物好きなお方(笑)は、タグ「逃げ恥」を付している過去記事のみならず、他の記事を適宜アクセスください。アクセス数が最も多いカテゴリーは、今日の名言シリーズ(現在その130まで投稿)ですし、また、寺子屋塾のエッセンスをなるべく短いコトバで端的に知りたい方は、つぶやき考現学をご覧下さい。最近は、易経、論語、仏典などをひもといている古典研究関連カテゴリの記事もアクセスが増えてきています。
明日は第9話から一巡目(その20)の記事でとりあげたシーンへのコメントをリライトして投稿する予定です。
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