寺子屋塾

ザ・メンタルモデルについて(その2)「はたあそ(第2部)」

お問い合わせはこちら

ザ・メンタルモデルについて(その2)「はたあそ(第2部)」

ザ・メンタルモデルについて(その2)「はたあそ(第2部)」

2026/06/17

昨日投稿した記事の続きです。

7/20に予定している
『レゾナント・コミュニケーション』読書会の

事前準備を兼ねて、

課題図書の著者のおひとりである、

由佐美加子さんが発見された

ザ・メンタルモデルについての記事を

昨日から書き始めました。
 

昨日の記事でご紹介したのは、

由佐さんが出演されている

100本以上あるYouTube動画の中から

わたしがセレクトしたもので、

1時間番組のうちほとんどが、
ザ・メンタルモデルの発見に至るまでの
前段にあたる自己紹介に充てられていた

つぎの驚愕の動画です。


はたあそ⑯ ~由佐 美加子~

 

以下ご紹介する文字起こしテキストは、
後半の第2部にあたる

大学院を卒業し就職されて以後のお話を。


(文字起こし・ここから)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

第2部:就職~組織開発に入るまで

 

ひろき社長:

じゃあ第2部いきましょうか。

 

由佐:

就職したのは、たぶん97年かな。96年かな……そのぐらい。まだリクナビとかなくて、ハガキの時代で。就職氷河期の終わりかけ、超氷河期みたいな時期で、院卒女子なんて何の価値もないって。「帰国子女」とか「英語が喋れる」っていっても、今みたいに評価される時代じゃなかったんですよね。その頃は年齢制限とかも平気であったし、「帰国子女なんて」みたいな空気もあった。受けられるところも限られていて、帰国子女を募集しているところなんて、外資系のコンサルとか広告とか、日系でもそういう系統のところぐらい。絞り込んで受けてました。それで、野村総研が拾ってくれたに近いかな。拾ってくれたので、そこで何が何だか分からないまま働き始めた感じです。よく拾ってくれたと思うけどね。明らかに海外要員というか、海外プロジェクトに合ってた、みたいな。

 

由佐:

そう、たぶん「使えそう」って思われたんだと思う(笑)。同期は70人くらいだったかな。みんなピッカピカの子たちで、学歴もさることながら、すごい頭の良い人たちばっかり。女子はその中で10人くらいだったかな。総合職って言われてた時代(笑)。国際系とかグローバル系のプロジェクトが多いところに配属されて、面白かったけどね。3年半、いろんなプロジェクトに放り込まれて、海外案件もやってって感じでした。

 

由佐:

ただ、コンサルって色々学べるんだけど、やっぱりそれだけでは「勝負できないな」って感覚もあって。野村総研ってブランド力があるから、バッチ着けてれば、企業のVIPにも会えて直に話ができる。でも、一番嫌だったのは、「若い女なんか出してきて」って感じが丸わかりだし、年取ってったときに女性はどこか倒れてる。何より実業経験もないのに、分かっているようなことを言わなきゃいけないのが苦しかった。上に行けば行くほど、「結局いくらお金を持って来れるの?」っていう業界でもあるから、そこも自分の感覚と合わないところがあったんだと思う。自分に自信がないまま、「口八丁手八丁でお金を持ってくる」みたいな動きは自分にはできないな、って。だから、リアルにビジネスをやっているところで、「ビジネスって何なのか」を一回体験したいって、ずっと思ってたんですよね。

 

由佐:

で、野村総研に3年半くらいいた時、転職活動してたわけじゃないんだけど、ある日、実家は朝日新聞を取っていて、暇でリビングでペラペラ新聞めくってたら、リクルートの求人広告が載ってたんですよ。キャッチコピーが大きく出ていて、そこに「会社のために働くのはやめて、社会と自分のために働かないか」って書いてあった。「ここまで言い切れるの、すごい会社だな」って思って。わたしは院卒だったので、リクルートって会社も、当時ほとんど知らなかったんだけど、とにかく、その言い切りがすごい、って。で、しばらくそのことを忘れてたんだけど、会社にいてある日ランチの時に「あの会社、面白いこと言ってたなぁ」ってふと思い出して、ホームページを見に行ったら中途採用のタブがあって、いま勤めてる社名とメールアドレスだけ入れればいい、みたいな感じだったから、送ったんですよね。
 

そしたら、そこからだね。呼び出されて長い面接、会社独特の。延々いろんなことを聞かれて。で、最終的に「どうする?」って聞かれて、「どうすんだろうね」って思ったんだけど、でも出てきた人が面白かったから、「来ようかな」って言って。でも、次の日からすぐ出張でいなくなったりしたので、向こうからすると「あいつは本当に入る気あるの?」みたいになったらしいんだけど(笑)。結局、野村総研を辞めて、総研の人には「あんな垂れ幕かかってる会社に行って何やるんだ?」って言われつつ、リクルートに移りました。

 

ひろき社長:

何やるか分からないまま?

 

由佐:

そう。何をやるか分からないまま。あとから聞いた話だと、「こいつ面白そうだから、まあいっか」ぐらいだったと思う(笑)。

 

リクルート:企画~上海案件~抜け殻→人材開発へ

由佐:

それが2000年。リクルートに入って、最初に配属になったのが、当時「人材ビジネス」を扱っている事業部の参謀チーム「事業企画室」みたいなところ。企画室があったんです。そこに放り込まれて、2年間仕事してたのかな。企画室なので、「何やってもいい」んですよね。それがまたわたしには衝撃で。コンサルってプロジェクトに放り込まれるけど、自分で企画するっていうのはなかったんだよね。リクルートの企画っていうのは、「こういうことやったら面白い」って自分で考えて、提案して、営業を巻き込んで、お客さんも動かす、っていう世界。でもわたしは「企画」をちゃんとやったことがなかったから、最初全然分からなくて。
 

「お前、何やりたいの?」って言われても、「何をやらされたいんだ?」って思ってた。やりたいことをやる仕事じゃないと思ってたから、「やりたいって何だろう?」って。それで、いきなり放置されて、超びっくりして。でも面白くて、それも慣れていくんですけど。結局リクルートは、営業部隊が動いてくれないと企画が形にならない。当たり前だけど、営業が協力してくれないと、お客さんも動かせない。だから営業からすると、「企画なんて顔が見えない」「よく分からない」みたいに扱われて、一緒に行ってくれない、みたいなことも起きる。

 

由佐:

当時、わたしが役に立ったのは「英語」でした。リクルートには当時あんまり英語できる人がいなかった。外資のトップって、やっぱり外国人が多いじゃないですか。外資系クライアントを担当してる営業マンが、「英語できるらしい」って聞きつけて、わたしを連れて行ってくれて。社長にプレゼンするときに同席して、でっかい受注が取れたりして。そういうのがあると、社内で「あいつの言うことなら分かった」みたいに通りやすくなって、いろんなことをやれるようになりました。

 

由佐:

企画を2年間やって、3年目くらいの時に、上海で求人誌を出す事業ができないか、っていう案件があったんです。上司がそれを引き受けて、「面白いから」ってわたしも入れてくれて。結構単身で上海に行って、事業としてものになるかどうか調べる。現地との関係を作る。いろんなことをリサーチする、っていうのをやってた。わたしはそれを、ものにしたかった。現地でやってみたかったし、新事業を出したかった。
 

でも最終的にその案件が「ダメ」ってなった時に、そこに時間とエネルギーをかけてたから、抜け殻みたいになっちゃって。「燃え尽き症候群」みたいな感じ。その時期は本当にやる気がなくて、会社にいても、ミーティングがなかったらサボってたぐらいな感じだったと思う。

 

ひろき社長:

想像つかないですね。

 

由佐:

でも、悔しいから、社内の事業コンペみたいので「ゼクシィを上海で出そう」っていう案に加担して。それが先に(形として)出たんですけど、たぶんそこから開けていった、とは思う。ただ、やっぱり残念だったから、辞めようかとも思ったんですよ。やりたいことがなくなっちゃったから。


そんな抜け殻みたいになった時に、上司からいきなり電話がかかってきて、「最近どうなの?」って呼び出されて。話を聞いてくれて、何日か後にまた電話がかかってきて、「うちに来ないか」って誘われたんですよね。いわゆる人材開発。人事の仕事。でもわたしは、人事なんて考えたこともなかったし、人材開発も「何それ?」って感じだった。人間にそんなに興味があるって意識すらなかったから。その時は「どっちにしろやりたいことがない」。どうせ辞めようと思うなら、まあやってみるか、って動きました。

 

由佐:

その頃のわたしは20代後半~30歳前後だったと思うんですけど、人材開発に移ったんです。上司が採用メインの人で、とにかく忙しかったから、開発のほうを見る余裕もなくて、基本的に全部任せてくれた。上の役員からは、「次世代リーダーを育てろ。この会社の次を担えるやつを育てろ」って、結構明確に言われて。わたしはぺーぺーだし、管理職でもないのに、無茶の極みだよね(笑)。人間のことも分かってない、開発って何なのかも分からない、何も知りません、みたいな状態だったから。でも、任せてくれたことに対しては、いろんな意味で今でもすごく感謝がある。好き放題やらせてくれた、って感じだった。

 

由佐:

人材開発に動いて、最初にやったのは「次世代リーダーを育てろ」っていうミッションでした。でもわたしは、人間のことも分かってない。開発って何なのかも分からない。研修業界って何? トレーニングって何をしてるの? っていう状態。だから、とにかくいろいろ調べたんですよね。コーチング、いわゆる能力開発、研修プログラム……。散々あたってみて、わたしが出した結論は、当時の感覚で言うと「研修業界は終わってる!」でした。


ひろき社長:

(笑)


由佐:

だって、そこに「リーダーシップがトレーニングできるもの」が見当たらなかったんですよ。決まったパワーポイントみたいなのがあって、それを見せられて、ワークやって、落としどころが決まってて……。「違うじゃない?これじゃないんじゃないの?」っていう感覚しかなくて。「何か新しいタネはないのか?」って探しまくってた。

 

それで、ある会社に行って、「次世代リーダーを育てろって言われてるんですけど、全くイメージがないんですよね」って話したら、そこの会社のトップの人が出てきてくれて。その時に言われたのが、「由佐さん、これまでのリーダーはDoing(何かをやる)の世界です。でもこれからはあり方の世界になります。Beingなんですよ」って。それを聞いた瞬間に、「ここに絶対何かある」って直感で思った。何言ってるか、その時点では正直分かってないんだけど(笑)、でも「ここだ」って思った。

 

ひろき社長:

それ、何年前ぐらいですか?

 

由佐:

15年くらい前ですね。「それがやれるものを探してるんです」って言ったら、「ない」って言われて。じゃあ「作りたいんですけど」って言ったら、「分かりました。共同開発しましょう」って。そこから始まりです。今の仕事。その話が、今やってることのすべての最初です。

 

ひろき社長:

話が濃すぎて第2弾なんですけど(笑)。尺の方が若干迫っておりまして。今のその話の流れで、今の仕事に入ってる話を。


 

共同開発→プログラム導入→組織開発にハマる

由佐:

ここからは結構簡単だから。結果的に何が起きたかっていうと、そこで開発したプログラムを、2泊3日を2回やって、その後、月1で集まるっていう。当時のリクルートにとっては、ありえない長さと、ありえないスパンのプログラムですよね。それを会社で入れるのは最初すごく大変だったんだけど、いろんな力でそれを入れてくれて、いろんな人を助けてくれて。結果的にすごく社内で評価された。そのプログラムは「学習する組織」っていう、ピーター・センゲ(MITの先生)が作った組織開発論をベースにしたプログラムで、いわゆるアクションラーニング(今で言われる)みたいな、「意識変容から行動変容を促す」っていうプロトタイプだったんです。12人×2チーム。当時のマネージャー、課長クラス。トップ層だけを集めて、やりたいっていうのを、何とかやらせてくれて。そのプロセスで、わたし、完全にハマったんですよね。
 

「人間が変わるってどういうことなのか」「意識が変わった時に何が起こるのか」「変容ってどう起きるのか」それをそこで学ばせてもらって、完全にのめり込んだ。個人の変容は、結局組織の変容でもあるし、リーダーが変わることで組織やチームが変わっていく。そこから「組織開発って何なんだろう?」って、興味が広がっていったんです。
 

予算もあったから学びまくったし、自分でも投資したし、いろんなことを試させてもらった。体系化される前に、直感でいろいろ試して導入したりして。当時は「リクルートビジネスカレッジ」っていう企業内大学みたいなものを持ってて、学びの場もあったから、そこに「これがイケてる」と思うものを全部突っ込んで、「どういうふうに人がどう変わるのか」を実験させてもらえた、みたいな時間だった。

 

留学→体系化→世界観の形成

由佐:

それで、ある程度経験を積んで、次は「体系化したものを学びたい」って思って。「自分は何をやってるんだろう、ここで」っていうのをちゃんと学びたいな、と思って。そこからアメリカの、当時最先端だった組織開発のプログラムに留学させてもらって。そこではじめて「こういう世界なんだ」って体系化される感覚があった。

 

そこで、あらゆるものを学ばせてもらって。「人間って何なんだろう」「人間の進化って何なんだろう」っていうところに行き着いて、それは結局どういうプロセスで起こるのか。その進化は、どんな現実を作り出せるのか。手法だったり、あらゆる素材になるものを、かき集めまくっていた感じですね。面白い人がいれば会いに行くし、その延長線上にU理論があって、それで、うちの夫がその版権を買いたいって言い出し、英語で突き合わせる人がいなかったから、(翻訳をわたしが)やるはめになり、みたいな流れからいろんな縁がつながっていって。

いろんな手法を自分の中に加えていって、そこから、「これは使える」と思ったものだけを、ある意味、自分で昇華させたものが、だんだん世界観になっていくんですよね。最初は手法から始まったんだけど、自分のなかで「世界観」が出来上がっていって、「本来、人間ってどういうふうに機能できるのか」っていうことが能力を開発していくと見えてくるから、こういう風に人間って本当はできるんだとか、こういうふうに在れるんだみたいな世界が見えてくると、どういう世界に人間は生きられるのかということを追っかけていくようになって。

 

なので能力開発から結局社会はみたいな意識に広がるし、その本当にこう地球全体で起こっていることに対して、こういう智慧とか叡智みたいなものはどう使えるのか、みたいなところも興味が広がるので、それを追いかけていった結果、今の「全体性から生きる」っていう世界観に行き着くんだよね。全体性って、人間の全ての機能をフルに使ったときに人間にはどんな可能性があるのかっていう世界観なんだけど、良いも悪いもないっていう二元論を超えて行く先に人間の統合があるし、その統合にはエネルギーのすべてが使えるって世界があるよねっていうのを、自分なりに追っかけるようになっていって。だから初めはいろんな人のいろんな手法を学んでいったんだけど、自分がその世界で統合できるものっていう風になって自分の軸ができてくると、今度はその世界観で何ができるのかっていう風に切り替わっていったのが5年ぐらい前からかな。

 

 

外資→独立→個人向けへ

由佐:

その後、外資系の企業に1回行くんですけど、子どもが生まれて、うちの息子が1歳だった時に転職をして、リクルートってその頃はまだ結構〝不夜城〟的な文化があったので、パフォーマンスさえ出してれば何時に帰ってもいいって会社に移って。もともと外資で働いてみたいという気持ちはあって。海外では、人材開発・組織開発って、明らかにスペシャリストがやってる専門家の仕事なんだけど、日本はそうなってない。外資グローバル企業のほうがレベルが高かったから、海外で何が最先端なのかにも興味があって、外資に移った。

 

その会社で、ファシリテーションも外注すると高いから、自分でやり始めて。それが今の「場づくり」の仕事にもつながっていく。いろんな資格もいろいろ取らせてもらって、独立する前の礎を、その会社に与えてもらってるんですけど。コーチングもしてたし、ファシリテーションもしてたし、で、独立して、いろんな会社でやるようになって。本当は「個人」だけは最後までやりたくなかったの。公開講座みたいに個人相手にするのは、やりたくなかった。でも結局、行き着いたのが、組織変革っていうのは、結局、人間の内的世界の変容からしか始まらないっていうところで。そこがきっかけで、今みたいに両輪でまわすようになって、個人向けにもいろいろやるし、経営者向けにもっていうふうになったのがこの4~5年です。そんな感じですね。

 

ひろき社長:

15年~16年前ぐらい?先輩に言ってもらったのがきっかけで、

 

由佐:

うん。人間っていうものに目を向けて、人間を掘り下げていった16年間って感じ。

 

ラスト:若い社会人へのメッセージ

ひろき社長:

あと1時間ぐらい尺ほしいんですけども(笑)。ないということなんで、最後にですね。

若い社会人に向けて———由佐さんは本当に、———働くっていうことの意味だったり、応援の言葉を最後に一言お願いします。

 

由佐:
わたしはね、すごい数の人たち相手に、その人たちの「生きること」をサポートしてきてる仕事だと思うんですけど、本当に一人一人が、この世界で「何をしに来てるか」を持ってるんですよね。人生の目的って、魂って言ったらどうかな、って思う人もいるかもしれないけど。でも、決めてきていることがあって、表現の仕方は自由なんだけど、何かやりたくて、とにかくここに生まれてきてる。それを「思い出していく」っていうプロセスが、わたしは前半の人生だと思っていて。

 

思い出すには、苦しみとか葛藤とか痛みっていうものは、すごく大事。だけど今の世の中って、「心地いいことをやりなさい」とか「好きなことをやりなさい」って言っちゃうから、不快さや痛みを避けましょう、みたいなことが「幸せ」みたいになってるけど。人間が生きるっていう観点から言うと、そこは全然的外れだなと思っていて。本当に若い時にある試練とか葛藤とか苦悩とか、そういうものは、「自分は本当はここで何をしに来たのか」を思い出していくための体験として、絶対に必要だし。それをもとに、自分が何に惹かれていくのか、何が本当に自分がここで為したいことなのか、が見えてくる。

 

だから「ラクで、好きなことをやる」のは、40代以降でいいんじゃないかと思う。それより前に、思い出すプロセスをどれだけ丁寧に、目の前のことをどれくらい誠実に――雑巾がけみたいなことも含めて――体験して、味わえるか。逃げずに向き合ってほしいな、って思ってます。起きること全部、意味がある。全部必要だし。それが苦しくて不快であったとしても、「今の自分にこれが必要なことだ」っていうことと、「ここから学べることは何か?」って問う内省力は、絶対に必要。それを自分の軸を作る糧にしてほしい。楽な道を行くな、って言いたい(笑)。別に敢えて苦しむ必要はないけど。

 

でも、何かが本当に自分に差し出された時――自分にとってピンと来なくても、「やってみよう」っていうのはすごく大事。とにかくやってみよう。とにかく受けて立って、やってみよう。それがどういう意味を成してきたのかは、後になって分かるし。キャリアは自分の後ろにしかないと思うんですよね。前にはない。だから本当に、今あるものを精一杯やることで、道は――前にじゃなくて――いつのまにか後ろに出来ていく。それを信じて、受けて立ってやってたらいい。そう思ってます。この年になると。そんな感じになると。

 

ひろき社長:

ありがとうございます。最後の言葉がグサグサ刺さる、37歳の僕ですけども(笑)。こんな格好しててすいません。時間が全く足りないと言いながらも10分延長してるんですけど、

由佐:
すいません!


ひろき社長:
今日はどうもありがとうございました。この続きは、由佐さんの講座を受けてください。16回目のゲスト、由佐美加子さん、みーちゃんでした。どうもありがとうございまーす。


由佐:

ありがとうございましたー。


ひろき社長:

ばいばーい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(文字起こし・ここまで)

 

この続きはまた明日!(^^)/

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

●2021.9.1~2024.12.31記事タイトル一覧は

 こちらの記事(旧ブログ)からどうぞ

 2025年に投稿した365記事はすべて

 今日の音楽シリーズで12/31に全リストを掲載

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
☆寺子屋塾に関連するイベントのご案内
 6/28(日) 10:30~ 易経入門講座〔第3期〕
      14:00~ 易経準中級講座 第12回

 7/11(土) 10:30~18:30 寺子屋Notion

        未来デザイン考程セミナー

 7/20(月・祝) 13:30~16:30
   『レゾナント・コミュニケーション』読書会

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◎らくだメソッド無料体験学習(1週間)

 詳細についてはこちらの記事をどうぞ!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

当店でご利用いただける電子決済のご案内

下記よりお選びいただけます。