ザ・メンタルモデルについて(その46・最終回)「第1回読書会のレポート」
2026/07/31
6/16からこの寺子屋塾ブログでは、
7/20(月・祝)に開催した
『レゾナント・コミュニケーション』読書会
の準備を兼ねて、著者のおひとり、
由佐美加子さんの〝ザ・メンタルモデル〟について
書いてきたんですが、これで46回目となり
いよいよ今日で最終回となります。

昨日までの投稿記事に未読分がある方は
まず次から先にどうぞ!
・ザ・メンタルモデルについて(その1)「はたあそ(第1部)」
・ザ・メンタルモデルについて(その2)「はたあそ(第2部)」
・ザ・メンタルモデルについて(その3)「TEDx Talksプレゼン動画」
・ザ・メンタルモデルについて(その4)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?①
・ザ・メンタルモデルについて(その5)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?②
・ザ・メンタルモデルについて(その6)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?③
・ザ・メンタルモデルについて(その7)『学習する組織』と『U理論』
・ザ・メンタルモデルについて(その8)「〝痛み〟とどう向き合うか」
・ザ・メンタルモデルについて(その9)「〝源(みなもと)〟とは何か?①」
・ザ・メンタルモデルについて(その10)「〝源(みなもと)〟とは何か?②」
・ザ・メンタルモデルについて(その11)「〝源(みなもと)〟とは何か?③」
・ザ・メンタルモデルについて(その12)「〝源(みなもと)〟とは何か?④」
・ザ・メンタルモデルについて(その13)「〝源(みなもと)〟とは何か?⑤」
・ザ・メンタルモデルについて(その14)「吉本隆明『共同幻想論』に重ね合わせてみて」
・ザ・メンタルモデルについて(その15)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり①」
・ザ・メンタルモデルについて(その16)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり②」
・ザ・メンタルモデルについて(その17)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり③」
・ザ・メンタルモデルについて(その18)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり④」
・ザ・メンタルモデルについて(その19)「ライフタペストリーとプロセスデザイン」
・ザ・メンタルモデルについて(その20)「ライフタペストリーと親鸞上人」
・ザ・メンタルモデルについて(その21)「価値なしモデルと愛なしモデル」
・ザ・メンタルモデルについて(その22)「欠陥欠損モデルとひとりぼっちモデル」
・ザ・メンタルモデルについて(その23)「実存的変容とのつながり①」
・ザ・メンタルモデルについて(その24)「実存的変容とのつながり②」
・ザ・メンタルモデルについて(その25)「実存的変容とのつながり③」
・ザ・メンタルモデルについて(その26)「動物脳と人間脳①」
・ザ・メンタルモデルについて(その27)「動物脳と人間脳②」
・ザ・メンタルモデルについて(その28)「動物脳と人間脳③」
・ザ・メンタルモデルについて(その29)「脳と心の関係について」
・ザ・メンタルモデルについて(その30)「原生的疎外と純粋疎外」
・ザ・メンタルモデルについて(その31)「反応しちゃう自分の扱い方」
・ザ・メンタルモデルについて(その32)「生存本能は痛みの回避が目的」
・ザ・メンタルモデルについて(その33)「身体を使って感じる体験がモト」
・ザ・メンタルモデルについて(その35)「Co-Creationという世界の生き方①」
・ザ・メンタルモデルについて(その36)「Co-Creationという世界の生き方②」
・ザ・メンタルモデルについて(その37)「Co-Creationという世界の生き方③」
・ザ・メンタルモデルについて(その38)「Co-Creationという世界の生き方④」
・ザ・メンタルモデルについて(その39)「Co-Creationという世界の生き方⑤」
・ザ・メンタルモデルについて(その40)「Co-Creationという世界の生き方⑥」
・ザ・メンタルモデルについて(その41)「本の出版記念インタビュー①」
・ザ・メンタルモデルについて(その42)「本の出版記念インタビュー②」
・ザ・メンタルモデルについて(その43)「本の出版記念インタビュー③」
・ザ・メンタルモデルについて(その44)「ユングの集合的無意識」
・ザ・メンタルモデルについて(その45)「自己表出と指示表出」
(その44)ではユングの集合的無意識について、
(その45)では吉本隆明さんの言語についての
「自己表出と指示表出」という捉え方の話を
書いてきましたが、人間社会における
コミュニケーションの問題を考える上で
この辺りの考察は外せないように感じています。
言葉は、言葉だけで単独に
存在しているわけではありません。
これまでの長々と書き綴ってきた連載記事で
わたしがとりわけ意識してきたことは、
さまざまなことが繋がり合っているというか
もともとは一体だったということでした。
具体的に書くなら、TVドラマ逃げ恥の登場人物を
メンタルモデル四類型に当てはめてみたり、
ライフタペストリーの説明のために、
親鸞の往相還相を持って来たりしたことです。
とくに言葉の問題を考える上で、
吉本さんの「自己表出と指示表出」という捉え方は
コミュニケーション面での困難さはもちろん、
袋小路的状況を脱するヒントが
満載であるように感じているので、
不十分ながら最後に紹介しました。
ただ、文章を読むだけで
わたしが書いているブログ記事を理解することは
かなり難しいように認識しているので、
塾生の皆さんには、いつも教室で、
「わたしが困るような難しい質問を
どんどん浴びせかけてください」と
話しているんですが、
昨日の記事を読まれてピンと来なかった方は
「内的観点と外的観点」について書いた
連載記事(とくにその13〜15)や
「統合すること」について書いた連載記事などを
ご覧になってみてください。
・内的観点と外的観点の両方を同時にもつこと(その15・最終回)
・「統合する」ということ(その24・最終回)これまでのまとめ
さて、今日は7/20に寺子屋塾中村教室にて行った
『レゾナント・コミュニケーション』
第1回読書会の開催レポートと
第2回の開催ご案内について書くことで、
長々と続いたこの連載記事もひと区切りとなります。
この世の中に単独で存在するものは何一つない
〝痛み〟は〝願い〟と不可分、ワンセットで、
陰と陽の関係でもあると書きました。
『レゾナント・コミュニケーション』読書会の
準備として、
なぜこうして『ザ・メンタルモデル』のことを
長々と書いてきたかといえば、
寺子屋塾においてはらくだメソッドと
インタビューゲームを対の関係で捉えているように、
レゾナント・コミュニケーションと
ザ・メンタルモデルの両者が
不可分、ワンセットの関係にあると、
わたし自身が捉えているためです。
繰り返すようですが、
とくに、昨日投稿した記事で触れた吉本さんの
言語には、「自己表出」性と「指示表出」性
という2つの異なるベクトルが
含まれているという観点が持てるだけでも、
コミュニケーションは
随分アップデートできるんじゃないかと、
7/20の読書会を開催してみて、
わたし自身は感じました。
『レゾナント・コミュニケーション』第1章に
「人が話をするときに、何を本当にわかってほしいか
分からないまま話をしている」
「しかも厄介なことにその自覚がない」(28ページ)
と書かれている箇所があるんですが、
そういう意味でも、どういう〝問い〟を立てるか
つまり、自分が何を必要としているかを
常に自覚しようと努める〝自己観察力〟と
いまの自分に必要な情報を
目の前の人から引き出すことのできる
〝質問力〟の大事さを改めて痛感しています。
そして、この質問力は、
目の前にいる人に対してだけでなく、
他でもない自分自身に対しての「自己内対話」力
にそのまま通じることは言うまでもありません。
以下、7/20に参加された皆さまの感想文です。
●わからないからわかりたい。 相手に対しても自分自身に対しても。未だ、本当に他者とわかりあえるのか...と今はそう思っているけど・・・。 今後この読書会で何をうけとっていけるのか楽しみ。
●皆さんとお話をしてたくさんの問いをいただきました。自分を知るには他者と出会うことと言いますが、私の中に他者(特に夫)と出会う恐れみたいなものがあるなと感じました。でも、今日のようにコミュニケーションを大切にする場でレゾナントコミュニケーションを学び、日常で実践していけるこのチャンスを学び、日常でも活かしたいと思います。肩に力を入れすぎず。それにしても言葉を発すると、まさにそのことそのものが対立を生んでいるような気がして…〝言葉に頼りすぎないコミュニケーション〟も大きなテーマだなと思います。とても楽しかったです。ありがとうございました!!!
●今日は体調(と精神状態)との折り合いがつき、無事参加することが できて良かったです。ありがとうございました。次回も楽しみにしています。 リアルタイムで彼と冷戦状態になってしまったことも、レゾナント・コミュニケーションを理解するキッカケになったかなとおもいました。合意や同意以外の新しいコミュニケーションをとることは、 いままでのOSをガラリと変えてしまうこと...というか、新しくインストールすることなので、決して容易いことではないと序章でも言われていますし、そうおもいます。諦めずに筋トレのように貼り続けると着実に自然に身についてくるとのことなので、気長にできる範囲でやり続けようとおもいました(まず本を読まないとですが...)一人ひとりが毎日目の前の人とどのように関わるのか、その積み重ねを大切にしながら、また皆さんと一緒に深めていきたいです。よろしくお願いします!
●・自分が「何を伝えたいのか?」(わかってほしいのか?)を自分の言葉の奥を感じることが大切(他者についても)
・「無自覚の前提」(どんな前提を自分は持っているか)を意識してみる
・どんな自分でも理解し、受け止めるようにする
・「自分はいい人」という生存戦略をいつまで続けるのか?を問う、自己一致した言語
・〝コミュニケーション〟←伝わるはずがない!?と考えておいた方がいいかも
→その上で、言葉の奥を感じながら、コミュニケーションしていきたい。
・「同意、合意」≠「分かった」頭で感覚を増幅してしまう。
・まずは、相手のことを「考える」よりも自分の内側を感じ切ることが大切
・感情差別、ジャッジをなくしたい。半径5mの人を大切に大事にして接する
●目の前の人とどう関わっていくか、私が世界にもたらしたいものが、日々の日常のなかでの、目の前のひとりひとりの人との関わりによって作られるというのは希望だと感じている。大きなことをしなくても、この世界にもたらしたいものを、日々実践したい。1冊の本を読むのは、1人でもやれるけど、こんなにもたくさんの方(今日は自分含めて8人)と共に読むと、それぞれの方の感じていることや、経験などを聞かせてもらえる。「へー、そうなんだー」と思うことがあったり、ふと問われたりしたときに、「なんでだろう?」と考えてみたり、ひとりでは味わえなかった面白さがある。ある方と全く分かり合えないままもう会えなくなった経験があり、今でも後悔があるのだけど、 分かり合えなかったことではなく、私は相手のことを〝全く分かろうとしなかった〟からなんだと思った。分かりあえないと思うのだけど、分かろうとして目の前の人と関わりたい。
ご参加ありがとうございました。<(_ _)>
以下はスタッフ2名の感想です。
●わたしたちは (わたしも、あなたも) 何を本当にわかってほしいのか実はわからないまま話をしている」「言葉を真に受けていたら、分かりあえない(言葉で表すことができるのは、想いのほんの一部である)」「自分が感情を感じることにOKが出たら、他の人が感情を感じることにOKが出る」は、今からやる。感情を表に出してもらえたら嬉しいと感じるなと、ハッとしたので、感情を感じ、留まることを心がけ、時に表に出したいと思います。とてもたのしかったです。ありがとうございました。(片山洋樹)
●読んだのは序章と1章だけだったが、内容がすごく濃く、いろんな問いや意見が出ておもしろかった。「わかり合える」という感覚を持てるのだろうか?という問いがあったが、そうだよなーと思った。相手の話を好奇心を持ち心を開いて聞く———なかなかこれがむつかしい!! 本音が言えない、相手の感情に責任とらない、などやってきたことばかりで、そうではないコミュニケーションというところが本当に新しい世界の扉をひらくことなんだなとも思った。(山口マリエ)
おつかれさまでした!
次回、第2回は
9月6日(日)13:30〜16:30に開催予定で、
第2章、第3章を読む予定です。
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●2021.9.1~2024.12.31記事タイトル一覧は
こちらの記事(旧ブログ)からどうぞ
2025年に投稿した365記事はすべて
今日の音楽シリーズで12/31に全リストを掲載
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☆寺子屋塾に関連するイベントのご案
8/2(日) 10:30~18:30 寺子屋Notion
8/23(日) 10:30~ 易経入門講座〔第3期〕
14:00~ 易経準中級講座 第15回
9/6(日) 13:30~16:30
『レゾナント・コミュニケーション』読書会 #2

