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「問い」と「感覚」はどう育っていくのか 〜『マタギドライヴ』と寺子屋塾の学び〜

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「問い」と「感覚」はどう育っていくのか 〜『マタギドライヴ』と寺子屋塾の学び〜

「問い」と「感覚」はどう育っていくのか 〜『マタギドライヴ』と寺子屋塾の学び〜

2026/11/04

10/29から昨日まで6日間にわたって、

落合陽一さんが、9/23に上梓されたばかりの

『マタギドライヴ 計算機自然の辺縁における脱人間知性的文明論』

について語られている

PIVOTチャンネルにアップされている2本の動画を

文字起こししてご紹介してきました。

 


今日はそれについてわたしのコメントを書くので、

以下、昨日までの投稿に未読分のある方は、

本日の記事を読まれる前にどうぞ!

・落合陽一『マタギドライヴとは』(その1)知能が無料になる世界と、新しい自然

・落合陽一『マタギドライヴとは』(その2)作るから選ぶへ——身体と感覚の復権

・落合陽一『マタギドライヴとは』(その3)問題解決から価値発見へ——探索する生き方

・落合陽一『マタギドライヴとは』(その4)AIで能力を広げ、現実世界で嗅覚を磨く

・落合陽一『マタギドライヴとは』(その5)中年の生き方と、祭りから生まれる意味

・落合陽一『マタギドライヴとは』(その6)土地に根ざし、機械とともに生きる

 

ちなみに、文字起こししたPIVOTの動画は

以下の2本です。

 

【徹底解説:マタギドライヴ(落合陽一)】自然とは何か?/知能はほぼゼロ価値に/能力の再分配/AIには難しいこと/ラブ上等的な世界/仕事の変化/人を集める技術、ものを作る技術/問題解決より価値発見
2026.9.20アップロード

​

 

【AI時代を中年はどう生きるか:落合陽一】雑多な行動力/AI適応している人は2割/生産性200倍/デジタル中毒の罠/AIと資本主義/専制主義の次は革命/祭りの復権/ギャンブルと宗教の拡大/猿と人間

2026.9.21アップロード

​

 

前回10/27に投稿した記事では、

AIに何を任せ、自分は何を学ぶのか、

ということを考えました。
・AIに何を任せ、自分は何を学ぶのか ~落合陽一さんのお話と寺子屋塾のセルフラーニング~

 

今回は、その続編として、

自分の〝問い〟や、何かを面白いと感じる感覚は、

そもそもどう育っていくのか、について、

寺子屋塾における学びとも重ねながら

コメントしてみようとおもいます。

 

なお、以下は動画のお話から

わたしが受け取ったことを書いたまでで、

本書全体の解説ではありません。

 

落合さんの文明論と寺子屋塾の学習を、

重ね合わせたときに何が見えてくるのか、

また、落合さんのお話を鏡にしながら、

わたしがしていることを

捉え直してみる、という内容のものなので、

本を読んだ感想は、改めて投稿するつもりです。

 

 

問題を解くことから、自分の問いを見つけることへ

(その3)で、落合さんは次のように語られていました。

価値発見のための工学のほうが、問題解決型の工学よりも重要になる

課題を解決する能力が広く行き渡っていくとき、

何を解決するかだけでなく、

何に価値を見出すかが問われる、というお話です。

 

これは、学習について考えるうえでも、

非常に重要な視点ではないかと。

 

学校での学習においては、

解くべき問題も、正解も、評価基準も、

あらかじめ用意されていることが多いでしょう。

 

でも、生活や仕事の中においては、

そもそも何が問題なのか、

自分は何を知りたいのかが、

初めからハッキリしているわけではありません。

 

たとえば、寺子屋塾の基本教材・らくだメソッドは、

算数・数学のプリントですから、

問題には正解があります。

 

ただ、そのプリントに取り組む人には、

計算の答えとは別の〝問い〟が生まれてきます。

 

なぜ、ここで同じ間違いを繰り返すのか、
なぜ、自分で決めた量なのに続けられないのか、
どこまでわかっていて、

どこからわからなくなったのか。

 

こうした問いは、解答としては書かれていません。

 

「もっと頑張ればいい」「集中力が足りない」等々と

一般論で片づけず、

自分に実際に起きていることを、

もう少し細かく見ていく必要があります。

 

答えのある教材を使いながら、本人に固有の、

答えがあらかじめ決まっていない問いに出会う。

 

当塾の学習の面白さは、

そんなところにもあるんですね。

 

問題を解く力が不要になるという話ではありません。

解こうとして引っかかったところから、

自分にとっての問いが見つかる。

 

その意味で、問題解決と価値発見とは、

学習の中ではつながっているように感じるのです。

 

 

〝嗅覚〟を磨くとは小さな違いに気づくこと

(その4)では、マタギが山を歩くことに重ねて、

落合さんはこう語られています。

新しい自然と一体化してきて、その中で起こる些細な変化を見逃さない

 

マタギ的な探索というと、

あちこち出かけて、たくさんの珍しい体験を

集めることのように聞こえるかもしれません。

 

もちろん、いつもと違うものに触れる体験は

とても大切です。で

 

も、遠くへ出かけなければ探索できない、

ということでもないでしょう。

 

同じプリント、同じ生活の中にも、

よく見れば違いはあります。

 

昨日なら見過ごした間違いに今日は自分で気づいた、

採点する前に、何かおかしいと感じて確かめた、

急いでいるときには、

問題文を読み飛ばしていたとわかった等々、

そういう小さな変化を拾えることも、

〝嗅覚〟の一つではないかと。

 

ただし、「自分の直感を信じればいい」という話には

したくありません。

 

自分は合っているつもりだったのに、

実際には違っていた、ということも起こるからです。

 

採点し、記録し、やり直すことには、

自分の感覚と実際の結果とを

丁寧に照らし合わせる働きがあります。

 

違和感を無視しないけれども、

それだけを正解にせず、確かめてみる。

 

自己観察も、そうした具体的な行動の中で、

少しずつ解像度が上がっていくのでしょう。

 

なお、聞き手の佐々木さんが、

この嗅覚はAIでも絶対に代替できないのかと

尋ねられたときに落合さんは、

「AIは予測できるので、代替できるんですけど」と

返されていました。

 

ここは、わたし自身も立ち止まったところです。

 

人間にしかできない最後の能力を探して、

そこを守ろうとするのではなく、

自分が何を感じ、どう確かめ、どう生きているかに、

自覚的になっていく。

そのための実践として考えたいのです。

 

 

AIと身体を対立させない

(その5)には、今回のお話を受け取るうえで、

これだけは外してはいけないと感じた

落合さんの言葉がありました。

狩猟採集行動と、この自動発展のバランスが重要なんですよ、多分。

 

『マタギドライヴ』を、

単に、デジタルから離れて自然に戻ろう、

という話として読むと、

大事なところが抜け落ちてしまうのではないかと。

 

落合さんは、ただ探索する「狩猟採集1.0」と、

自律的に発展していく新しい自然とも

対話する「狩猟採集2.0」を区別されていました。

 

AIによって広がる能力も使いながら、

現実の世界に出て、身体を通じて経験する。

その両方が大切なのだということです。

 

寺子屋塾で大切にしている

「体験と対話」も、ここにつながるように感じます。

 

まず、自分でやってみる、
うまくいかなかったり、引っかかったりする。
それを言葉にして、人と話す。

本を読む。AIにも尋ねてみる。
そして、違う見方を持って、もう一度やってみる。

 

体験しただけでは、

おもいこみを強めてしまうこともあります。

 

一度失敗しただけで「自分には無理だ」と

決めつけてしまうようなことです。

 

一方、AIにわかりやすく説明してもらっても、

実際に取り組んでみると、

自分のわかっていなさが見えてくることもある。

 

だから、体験か知識か、アナログかデジタルかという

二者択一ではなく、

その間を往復することが大切なんですね。

 

AIを使うことで、試せることや、

触れられる見方が増える。

 

それを自分の暮らしの中で確かめるから、

次に尋ねたいことも具体的になる。

 

わたしがAIとの対話を続けているのも、

考えることを終わらせるためではなく、

現実への関わり方を増やしたいからです。

 

 

「やらされる」でも「意志で頑張る」でもない学び

(その3)で、とくに考えさせられたのは、

文明に対して中動態になる

という言葉でした。

 

〝中動態〟について、

ここで簡単に説明しきることはできませんが、

能動と受動の二つだけでは

捉えきれないあり方として、

これからの時代に必要な学習を考えるための

重要な手がかりにもなると感じています。

 

わたしたちは、学習を「人にやらされる勉強」と

「自分の意志で頑張る勉強」に分けて考えがちです。

 

でも、実際に学んでいるときは、

そんな風にスッキリと分けられるでしょうか。

 

読んだ本の一節が、なぜか気になる。
誰かに問いかけられたことが、頭から離れない。
昨日できなかった問題を、

お風呂の中でも考えている。

 

最初から明確な目的を決めていたわけでないのに、

気がつくと調べたり、試したりしている。

そういうことはありませんか?

 

それは、外から一方的に

やらされているのでもなければ、

自分の意志だけで

すべてを動かしているのでもありません。

 

本や教材、人との関わりの中で、

自分の関心そのものが変わり、

学びが動き始めているのです。

 

寺子屋塾で大切にしている

セルフラーニングというのも、

他者や環境の影響を一切受けずに、

独力だけですべてをやり遂げようと

することではありません。

 

自分で決めることは大切ですが、

何をしたいか、どこから始めたいかという気持ちも、

対話や体験を通じて

相互に、リアルタイムに変化して行くからです。

 

だから、指導者としてのわたしの役割も、

本人にやる気を注入しようとか、

強い意志を持たせようとするといった

一方的なものではないのでしょう。

 

教材を手渡す。別の見方を紹介する。

問いを投げかける。必要なら待ってみる。

そうした関わりの中で、

本人が自ら取り組み始めるきっかけを支える……

 

「自分で学ぶ」ことを、

本人の意志の強さだけに還元しない、

ということでもあります。

 

もちろん、本人の判断や責任が

なくなるわけではありません。

 

自分も周囲も変わっていく過程に、

どう関わっているかを見る……

そうした視点を、中動態のお話から受け取りました。

 

 

その人の暮らしに根ざした〝テロワール〟を失わない

(その2)で、落合さんは

「テロワールを失わない蒸留」という表現を

使われています。

抽象化したときに、その土地や文脈性を失わないように意味を抽出しないと

 

これは、先般投稿していた

先崎彰容さんの「日本とは何か」から

考えてきたことにも、深くつながる話です。

 

わたしたちのものの見方や感覚は、

自分一人だけで作ったものではありません。

 

生まれ育った場所、家族との暮らし、

仕事や人との関わり、受け継いできた習慣の中で、

知らないうちに形づくられてきています。

 

それだけを抜き取って、

どこでも通用する一般論だけにしてしまったら、

失われるものがあるのではないかと。

 

(その6)では、

マタギとノマドとの違いをめぐって、

「場所、コミュニティ、宗教、テロワール、土地」

があると語られていました。

 

探索し続けるとは、根を持たず、流行を

追いかけて漂い続けることではないんですね。

 

寺子屋塾の学習も、同じ教材を使っていても、

学び方まで同じにはなりません。

 

各々に異なった仕事や家事がある。

バイオリズムというか、日々の体調には波がある。

過去の学習で苦い経験をしたことがあった。

今、関心を持っていることも違う。

 

同じ「1日1枚」でも、

その1枚を生活のどこに置き、どう続けるかは、

一人ひとり異なります。

 

基本型を大切にしつつも、

その人の暮らしに根ざした学び方を、

本人と一緒に見つけていく。

 

寺子屋塾を開塾した当初からわたしの中には、

日本人の生活風土に即した学習のあり方とは何か

という問いがあったのですが、

それが落合さんのお話から

「学習における〝テロワール〟を失わないこと」

という言葉で集約できたように感じました。

 

大人の学び直しも、

これまでの自分を全部捨てて、

AI時代に適応し直すこととは違うでしょう。

 

これまで生きてきた中で身についた感覚や経験を、

新しい道具や問いとつなぎ直す。

 

ときには、当たり前だった見方も問い直しながら、

その経験を別の形で生かしていく。

 

落合さんのお話を聞いていると、

学ぶとは、知識や能力を自分の中に

何かを蓄積しようとすることだけではないのだと、

改めて感じます。

 

環境と関わり、さまざまな人と出会い、対話し、

いろいろやってみる中で、

自分も変わり、見えてくる世界も変わっていく。

 

何でもできる道具を手に入れたとき、

いったい自分は何をしたいのか?

 

その答えも、先に頭の中だけで決めるのでなく、

日々の探索の中から、

少しずつ少しずつ見つかってくるのではないかと。

 

寺子屋塾のセルフラーニングも、

そうした自分と世界との関わりを

学び直す実践として、

これからも大切にしていきたいとおもいます。

 

【参考記事】

・『猫でもわかる生成AI ~落合陽一に100のプロンプトを入力してみた~』を読んでみて
・落合陽一「超AI時代の世界、日本、そして人間」(その1)

・落合陽一「超AI時代の世界、日本、そして人間」(その2)

・落合陽一「超AI時代の世界、日本、そして人間」(その3)

・落合陽一「超AI時代の世界、日本、そして人間」(その4)

・落合陽一「超AI時代の世界、日本、そして人間」(その5)

・落合陽一さんの著書、動画の紹介


 

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