落合陽一『マタギドライヴとは』(その3)問題解決から価値発見へ――探索する生き方
2026/10/31
昨日投稿した記事の続きで、
マタギドライヴ文字起こし記事の3回目を。
10/21から寺子屋塾ブログでは、
メディアアーティスト・落合陽一さんの
著書や動画を紹介しながら記事を書いています。
昨日10/29からは、落合さんの、
9/23に上梓されたばかりの一番新しい著書
『マタギドライヴ 計算機自然の辺縁における脱人間知性的文明論』
について語られているYouTube動画を
文字起こししながら紹介してきました。
この記事から始めてアクセスされた方など、
以下の記事に未読分がある方は、
本日分の文字起こしテキストを読まれる前に
確認されることをお奨めします。
・『猫でもわかる生成AI ~落合陽一に100のプロンプトを入力してみた~』を読んでみて
・落合陽一「超AI時代の世界、日本、そして人間」(その1)
・AIに何を任せ、自分は何を学ぶのか ~落合陽一さんのお話と寺子屋塾のセルフラーニング~
・落合陽一『マタギドライヴとは』(その1)知能が無料になる世界と、新しい自然
・落合陽一『マタギドライヴとは』(その2)作るから選ぶへ——身体と感覚の復権
10/29から文字起こしを開始した動画は
2026.9.20にPIVOTのチャンネルで
アップロードされた以下のものです。
【徹底解説:マタギドライヴ(落合陽一)】自然とは何か?/知能はほぼゼロ価値に/能力の再分配/AIには難しいこと/ラブ上等的な世界/仕事の変化/人を集める技術、ものを作る技術/問題解決より価値発見
文字起こしテキストの3回目として、
今日はこの動画の22分52秒から最後までを。
(文字起こし・ここから)
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多様な価値観のままものが作れる世界へ
佐々木:どんな日常になっていくんでしょうね。
落合:これは多分、相当な多様化があって。自然とともに付き合ってきた時代の民俗観は、すごく多様だと思うんですね。SNSを見ているとよく分かるけど、人によって価値観は全然違うわけじゃないですか。その価値観の違いを受け入れたまま、工業ができるようになってきたようなものなので。それはまあ、実に不思議な世界になりそうですけど。
佐々木:多様性が、より増すんですか?
落合:多様性は増すと思います。多様性が減る要素は、全くないと思います。昔、「映像の世紀」から「魔法の世紀」へ、ということで『魔法の世紀』という本を書いていたときにも、多様性が増していくのは、コンピューターを使っているときの必然なんだ、と。昔は、1個のスクリーンをみんなで見るという道具で、20世紀はコンテンツを作ってきたので。例えば、戦争の道具にもなったり、同じ映像をマスメディアが発信するのを、みんなで見ることをしてきた。「映像の世紀」っぽいこと、つまり、リアルとバーチャルは違うし、一方向的な発信を、みんなで共有していたんですよね。21世紀になって、それが物理的な空間にも出てくるし、n人がn人、違ったものを作れて、それをコンテンツとして見るようになってきた。現実にバーチャルのものが影響するし、動作は分からないが使えるものも増えてくる。あと、この世界からは、どんどんファンタジーが無くなってきているんで。だって、もうSNSがある時代に、イエティを探しに行くとか、無理じゃないですか?
佐々木:そうですよね。
落合:この世界には、ほぼほぼファンタジーがないので。「ファンタジーはなくなってしまう」というのが、2015年ぐらいに書いた本なんですけど。それが自然化した結果が今なので、n人がn人、違った多様なことをやってしまうし、その中でファンタジーは、ほぼなくなる。一つひとつのものについて、コンテキストを作ったり、人によって違うコンテキストを解釈したりするために、主体と客体を分けずに、なぜか仕事をしている。そういうことが重要というか、「そうなるね」という話ですね。
文明に対して能動でも受動でもない「中動態」になる
佐々木:みんな、ばらばらになっていくと。
落合:みんな、ばらばらになる。やる人とやられる人も、あまりないし、やる人と受ける人もない。だから、受動態でも能動態でもなくなってしまう。
佐々木:溶け込んでいくんですね。
落合:「文明に対して中動態になる」というのは、僕は結構、違った文明論だなと思っていて。文明に対して能動的であると思っていると、みんな、中年の危機を脱せるじゃないですか。
佐々木:(笑)なぜ、中年の危機が出てくるんですか?
落合:「文明に対して能動的である」と思っていれば、人間は働きやすいじゃない?
佐々木:ああ、そうですね。
落合:「文明に対して受動的である」と思うと、多分みんな、ちょっと悩んだりするじゃない?だけど、「文明に対して、みんな、能動的でも受動的でもないよ」と言われたら、アイデンティティがおかしくなる人は、いっぱいいると思うんですよ。
佐々木:一方で、自分のしたいこと、やりたいこととか、パーソナライズも好きですけど、みんなで集まるのも好きじゃないですか。同じことをやるのも好きじゃないですか。そういう本能は、どうなるんですか?
落合:そういう本能は相変わらず残るし、それを加速させるんじゃないですかね。
佐々木:ある時間には自分のやりたいことをやるけど、また、みんなで集まる。今、ライブなども、すごく増えていますし。会社も、みんなで集まりたいから、会社というものがあるんだと思いますし。それが並存していく、ということですね。
人を集められる、人間のための才能
落合:人間が人間を集められる、人間の持っている人間のための才能というのは、それを持っている人の数が少ないので。
佐々木:人を集められること自体が。
落合:そう。これは結構、残酷ですけど。人間に対して、何らかの関与ができる能力が特にない人でも、技術があれば、人間を集めることができたじゃないですか。
佐々木:例えば、どういうことですか?
落合:例えば、歌が猛烈にうまい、という能力があったとき。
佐々木:来ますよね、コンサートなどに、みんな。
落合:行きますよね。「歌が猛烈にうまい」というのは、結構、現象的だから、将来も結構、いいかもしれないけど。ただ、超リアルタイムに歌が超うまくなるボイスチェンジャーが世の中にあったら、人間力が高い人のほうに、人が集まりそうじゃないですか。
佐々木:確かにね。
落合:その「人間力が高い」という能力に関しては、実は、あまり代替できていないので。これは、あまり数が変わらない。あと、これだけ世の中でものを作るためのコストがものすごく下がった状態で、技術的な障壁がほぼなくなってきたのに、ものを作る人の数は、全然、増えていないじゃないですか。ちょっとは増えているかもしれないよ。
だけど、そんなに増えていないので。ものを作り続けたり、検証し続けたりする能力は、環境側がいかに潤沢な知能を与えても、あまり変わらない、というところがある。つまり、改善プロセスを自分の中でやりたいと思っている人の数が、意外と多くなかったりして。ここは、意外と変わらないところでもあるかな、という。
佐々木:人間力の価値、希少性は、圧倒的に上がるんですか?
落合:いや、今までと一緒ですね。
佐々木:さらに、ということではなく。
落合:はい。人間力は、別に生産の母数も変わっていないし。
佐々木:今までどおり、強い人は強い。
落合:強い人は強い。残酷な話だけど、それを補完していた能力のほうが減ってきちゃう、目減りしちゃう感じです。何だかんだ、面白い人は面白いじゃないですか。でも、面白くない人は面白くないですよね。ロジックは破綻しているけど。つまり、何が言いたいかというと、面白くない人が何をやっても、人間を引きつけることができない、という当たり前の結論に達するというところか。
佐々木:でも、もともと、そうだったんじゃないんですか?
落合:何らかの技能や能力があれば、「その人と一緒にいるだけで面白い」以上のものがあったと思うんですよ。例えば、ホームランが打てて、球を速く投げられるとかね。
佐々木:それは、今回は駄目なんですか?
落合:それはそれでいいんだけど、今のは肉体の能力だから。例えば、工業機械を高速に設計する能力があるというのは、ホームランを打つ能力に似ているというか、何らかの知的技能を高めることによって、何らかの付加価値を作ることが、人間力以上に魅力的だったこともあるじゃないですか。
問題解決よりも価値発見が重要になる
佐々木:そうすると……ちょっと問いを変えると、いいマタギになるには、どうしたらいいんですか?マタギ的な生き方が大事なわけですよね。
落合:これはやっぱり、雑みを多量にやっていくんじゃないですか。本にも結構、書いているんですけど、「価値発見のための工学のほうが、問題解決型の工学よりも重要になる」という話なんですよ。価値を発見することは、大切なことだと思うんですけど。ただ、これまで世の中では「課題を解決することが重要だ」と言われてきたけど、課題解決の能力が全員に配られてしまったら、価値発見のほうにしか、あまり意味がなくなってくる。
佐々木:例えば、コンサルのようなものですかね?
落合:そう。コンサルは「課題を解決する」と、よく言っているけど。
佐々木:それが、もう陳腐化して。
落合:陳腐化の速度が異常になりますよ。
佐々木:そうなると、プロデューサーのようなものですかね。スカウトのような。
落合:プロデューサーも、価値発見だと思いますけど。
佐々木:価値発見型の価値のほうに、比重が大いに移ると。
落合:大いに移りますね。だって、解決型の価値がゼロ円に近づくんだから。
佐々木:確かに。
落合:価値発見型の価値を持っている人は、価値を探しに行っているじゃないですか。
佐々木:嗅覚のようなものですよね。
落合:はい。だいぶ、狩猟採集性が高くないですか?
佐々木:高い。それこそ、マタギですよね。
落合:マタギです。
嗅覚を磨くにはいろいろなものに触れてみる
佐々木:でも、その嗅覚は、どうやって磨くんでしょうね。
落合:さっきのテロワールの話で言うと、雑多なものを食べまくるしかないじゃないですか。
佐々木:そっか、そっか。いろいろなものを食べてみる、ということですね。
落合:いろいろなものを食べてみるとか、いろいろなものにフットワーク軽くアクセスしてみることのほうが、「あの人は熟練の職人だから」ということよりも、重要になってしまうんですよね。もちろん、熟練の職人の眼鏡で見ると、面白い価値発見ができる、ということも、たまにあるんですけど。ただ、能力や技能が全員に分配されていると考えると、それは今までの農耕社会で培ってきた技能訓練とは、すごく違った結論になりやすい。
佐々木:雑多なものを多く、自分に取り込み、雑多に行動して、いろいろなものを経験していく。そういう雑多な行動力が大事になってくるんですか?
【次回予告】
落合:探索行動を取り続けないと、意味がなくなってしまう。今のAI社会に、ちゃんと適応した人は、感覚では2割ぐらいじゃないですかね。自然化して、AIが勝手に進歩していく環境で、その進歩をキャッチアップしている人は、「何か、できることが増えたり、知れることが増えたりして、楽しい」という。
佐々木:今、落合さんが最先端でやっていることも、あと2、3年したら標準装備されて、普通の人でもできるようになるわけじゃないですか。
落合:そうです。そうできない人も、いっぱいいそうですけどね。
佐々木:いろいろなところで、やっぱり民主主義は、後退するんですか?あらゆる意味で。企業も今、専制主義的なところが増えていますけど。
落合:非常に専制主義的ですね。専制主義が行き過ぎた先に起こるのは、革命じゃないですか。
佐々木:はい。
落合:なので、その匂いがする。「ターミネーター」より悲惨な、ターミネーター社会になる。
佐々木:中年は、どうしたらいいですか?
落合:中年は毎日、成長が感じられれば……。
佐々木:AIに精通し適応すると。
落合:AIに精通しつつ、AIのコミュニティには行かないほうがいい。
佐々木:落合さんは、今後、マタギとしてどう生きるんですか?
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(1本目動画の文字起こしはここで終了)
今日紹介した箇所では、
能動でも受動でもない「中動態」の文明、
人を引きつける力、そして
「問題解決より価値発見」という話でしたね。
ちなみに、〝中動態〟については、
2024年春に、「自己決定」「自己責任」って言葉の
真意がなぜ伝わりにくいか、について
考察する連載記事を書いていたときに
少しだけ触れたことがあります。
ブログ記事を1本読むだけで
簡単に理解できるような内容ではありませんが、
関連書籍とYouTube動画をシェアしているので、
関心のある方はご覧になってみてください。
・「自己決定」「自己責任」って言葉の真意がなぜ伝わりにくいか(その15)
これで1本目の動画が終了しました。
明日からは2本目の動画の文字起こし記事を
3回に分けて投稿する予定です。

