ザ・メンタルモデルについて(その28)「動物脳と人間脳③」
2026/07/13
6/16からこの寺子屋塾ブログでは、
7/20(月・祝)に予定している
『レゾナント・コミュニケーション』読書会
の事前準備を兼ねて、
著者のおひとり、由佐美加子さんが発見された
〝ザ・メンタルモデル〟について書いています。

昨日までの投稿記事に未読分がある方は
まず次から先にどうぞ!
・ザ・メンタルモデルについて(その1)「はたあそ(第1部)」
・ザ・メンタルモデルについて(その2)「はたあそ(第2部)」
・ザ・メンタルモデルについて(その3)「TEDx Talksプレゼン動画」
・ザ・メンタルモデルについて(その4)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?①
・ザ・メンタルモデルについて(その5)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?②
・ザ・メンタルモデルについて(その6)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?③
・ザ・メンタルモデルについて(その7)『学習する組織』と『U理論』
・ザ・メンタルモデルについて(その8)「〝痛み〟とどう向き合うか」
・ザ・メンタルモデルについて(その9)「〝源(みなもと)〟とは何か?①」
・ザ・メンタルモデルについて(その10)「〝源(みなもと)〟とは何か?②」
・ザ・メンタルモデルについて(その11)「〝源(みなもと)〟とは何か?③」
・ザ・メンタルモデルについて(その12)「〝源(みなもと)〟とは何か?④」
・ザ・メンタルモデルについて(その13)「〝源(みなもと)〟とは何か?⑤」
・ザ・メンタルモデルについて(その14)「吉本隆明『共同幻想論』に重ね合わせてみて」
・ザ・メンタルモデルについて(その15)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり①」
・ザ・メンタルモデルについて(その16)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり②」
・ザ・メンタルモデルについて(その17)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり③」
・ザ・メンタルモデルについて(その18)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり④」
・ザ・メンタルモデルについて(その19)「ライフタペストリーとプロセスデザイン」
・ザ・メンタルモデルについて(その20)「ライフタペストリーと親鸞上人」
・ザ・メンタルモデルについて(その21)「価値なしモデルと愛なしモデル」
・ザ・メンタルモデルについて(その22)「欠陥欠損モデルとひとりぼっちモデル」
・ザ・メンタルモデルについて(その23)「実存的変容とのつながり①」
・ザ・メンタルモデルについて(その24)「実存的変容とのつながり②」
・ザ・メンタルモデルについて(その25)「実存的変容とのつながり③」
・ザ・メンタルモデルについて(その26)「動物脳と人間脳①」
・ザ・メンタルモデルについて(その27)「動物脳と人間脳②」
この連載記事も回を重ね28回めとなりました。
一昨日7/12から「動物脳と人間脳」というテーマで
記事を書いていて、今日が3回目です。
由佐さんが〝ザ・メンタルモデル〟のセッションで
結局のところ、何をされているのかというと、
対話を通して、その人の内面の奥にあるものが、
現実にどうつながっているのかを
可視化する、ってことなんですね。
その対話の技術について整理したものが、
今回読書会で取り上げる
『レゾナント・コミュニケーション』です。
そしてそれを行う上で、
どの部分がその人の生存本能で、
どれがその人自身なのかという区別が大事
であると。
また、その生存本能については
「正当化」と「幼児性」の2つが
どう働いているか分かることが重要
であると。
そうなると、
その人の生存本能を司る「動物脳」と
その人自身を司る「人間脳」の区別が大事
となるわけです。
そこから、
そもそもなぜ「動物脳」と「人間脳」という
「分離」を産み出してしまったのか?
という問いに立ち戻り、
その問いを考察する素材として、
昨日の記事では、松岡正剛さんの講義録
『編集革命 創造的自己編集の技法』を
紹介しました、

7本のリンク記事全文を
1500文字程度で要約するよう
Notion AIに頼んだところ、次のようになりました。
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松岡正剛『編集革命』2日目の講義は、「自己」とは何かを、生命進化と情報編集の歴史から捉え直す試みである。人間はもともと地球にいた存在ではなく、原始の海に生まれた生命が、藻、魚類、爬虫類、鳥類、哺乳類、ヒトザルへと進化してきた流れのなかで成立した。その過程では環境変化とDNAの突然変異が大きく関わり、生命は水中・草原・寒冷地などへ棲み分けながら、それぞれの構造と生き方を獲得していった。
自己の成立にとって大きな転機となったのは、ヒトの祖先が樹上から降り、直立二足歩行を始めたことである。立ち上がったことで、セックスシンボルが隠れ、交尾には意思表示や手続きが必要になった。これがコミュニケーションを発達させる一因となる。また直立によって出産が困難になり、子どもは未熟な状態で生まれるようになった。そのため長い子育てが必要となり、さらに発情期を失った人間には性的抑制が求められるようになった。この抑制が、家族や社会の形成につながっていく。人間の自己や社会は、こうした生物学的な矛盾や制約から生まれている。
松岡はここから「生物学的編集」という考えを提示する。生物には、種としての「構造」の統一、細胞やエネルギーが入れ替わる「交代」、子孫を残す「再生」、個体差を許す「多様性」という四つの特徴がある。これらをつなぎ、維持し、活性化しているものが「情報」であり、生物は情報を編集することによって生命を成り立たせている。細胞はその最小単位の編集デスクであり、DNAは情報を書き込みコピーするファイル、細胞膜は情報を選択的に出入りさせる装置、ミトコンドリアはエネルギーを準備する場、リボゾームは指令を担う存在である。つまり、わたしたちが日常的に行う編集は、生物が細胞レベルで行っている情報選択や組み立てと本質的に連続している。
さらに重要なのは、生命システムにはフィードバック・ループがあることだ。感覚器官などの端末から入った情報は、脳という本体に戻され、検討・解釈され、システム全体が調整される。情報は単に蓄積されるのではなく、エネルギーや「はたらき」へ変えられる。編集とは、情報をそのまま保存することではなく、別の作用へ転換する営みなのである。
後半では、脳の進化と情報編集が語られる。生物は外骨格系と内骨格系に分けられるが、より本質的には、それぞれがどのような情報編集システムを持つかで理解すべきだという。哺乳類は神経網を発達させ、脳をコントロール・センターとする複雑な編集システムをつくった。そこでは、入力された情報と、蓄積された記憶情報の二つを扱う必要がある。既存の歌詞やメロディが新しい創作を妨げる例のように、記憶状態は新たな入力に影響を与える。
人間の脳には、爬虫類的・哺乳類的な古い脳と、人間的な新皮質が共存している。直立と脳の肥大を急いだ人類は、残忍さや欲望をもたらす古い脳を抱えたまま、理性や計画性を担う新しい脳を発達させた。そのアンバランスを調整するために生まれた道具が「言葉」である。言葉は古い脳と新しい脳をブリッジし、欲望・記憶・感情を制御する編集装置となる。
したがって、自己とは固定した実体ではなく、生物史、細胞、脳、記憶、言葉が重なり合って編集され続ける劇場である。幼少期から無防備に入り込んだ言葉をそのままにしていては、創造的な編集はできない。必要なのは、言葉をコントロールし直し、自分の内部に「新たな情報編集劇場」を再構築することなのである。
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つまり、ワニやネズミの脳が充分に発達してから、
ヒトが樹上から草原に降りれば、
それらの脳がヒトにつくことはなくて
済んだかもしれないんだと。
けれど、天変地異や疫病の流行など、
生活環境の急激な変化によって、
ヒトは大脳皮質を急激に発達させなければならない
状況に追い込まれてしまったんですね。
そのために、きわめて残忍なワニの脳やら
狡猾なネズミの脳やら(動物脳)が
ヒトの頭の中に同居することに。

そして、動物脳と人間脳のアンバランスを
調整するために生まれた道具が、
「言葉」であったんだと。
この続きはまた明日に!(^^)/
