TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集(二巡目・その35)
2026/09/17
8/14からこの寺子屋塾ブログでは、
TVドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集の
二巡目を投稿しています。
どんな流れ、経緯から二巡目を投稿し始めたか、
その理由やきっかけ等については、
関連している8/13以前の記事等に記したので、
未読の方はご覧ください。
第1話から第11話まで順番に1シーンずつ紹介し、
最終話まで行ったらまた第1話に戻るスタイルで
(その45)まで投稿するつもりです。
基本一巡目100記事で取り上げたシーンへの
コメントをリライトして投稿しているんですが、
さすがにそればかりだと能がないので、
(その10)、(その15)、(その23)、
(その29)の記事では、
一巡目で取り上げたシーンそのものを差し替え
新たに書き起こした場面のシナリオに
コメントする記事を書きました。
一昨日の記事で三周目が終了したので、
昨日から四周目に入っているんですが、
一巡目(その35)で取り上げたシーンにある
セリフをすこし追加して
コメントをリライトした記事です。
今日は第2話タイトルバックが流れたあとの
津崎家と森山家、両家の初顔合わせシーンから
みくりと平匡が
結婚は二人で決めたことを強調している場面を。
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〔津崎家と森山家、両家初顔合わせ会食の場にて〕
平匡:僕たちにとって重要なのは、共に暮らし、共に生活する、この1点です。結婚式や披露宴などの形式ばったものは必要ないと、〔ずいーっと右手でピースサイン〕二人で、決めました。
みくり:……〔平匡のピースサインに左手でピースを添える〕
津崎知佳(平匡の母):でも~、二人とも初婚なんだし、みくりさんだってウェディングドレス着たいでしょう?
みくり:幸い、そういう憧れは無い方なので…
百合:……
平匡:式や披露宴にお金を使うよりも、その分貯蓄に回した方がいい、それが二人の考えです。
みくり:このご時世、なにがあるかわかりませんから。
森山栃男(みくりの父):お金なら、少しぐらい出すぞ。
みくり:古民家で退職金使っちゃったでしょ?
栃男:そりゃ、潤沢にはないけど。
平匡:二人でやっていこうという門出から、両親のお金をアテにするのは本意ではありません。
みくり:そう、二人とも。
森山ちがや(みくりの兄):ふたりふたりって、二人にとってはそれでいいのかもしれないけどさ……
みくり・平匡:!
ちがや:式って言うのは、まわりの人のためにやるもんなんだよ。
百合:……
平匡:仰ることとは、もっともです。ですが、あまりつきあいのない知人を招いて大々的なまつりごとをするよりも、静かで、ささやかな、そういった暮らしを大切にしたい、それがぼくたち二人の目指す、生活です。
みくり:〔神妙な表情で深くうなずく〕
宗八・知佳:……
栃男・桜:……
平匡:ですから、どうか……
百合:はい!わたし賛成!
一同:!
百合:二人で決めたっていうんならいいじゃない。まわりのためだけにっていうなら、やる必要ない。二人の人生なんだから。
みくり・平匡:!










COMMENT:第2話の両家初顔合わせ会食。ここって表向きは「結婚式や披露宴をどうするか」という相談の体裁なんですが、実際にテーブルの下でぶつかっているのは、もっと根っこのところの力学ではないかと。つまり、〝二人の意思〟で人生を運用したい側と、〝周囲の期待〟で人生を整備したい側が、同じ言葉を使いながら別のものを見ている。そのズレが、会食というフォーマルな場でいきなり露出してしまう。
面白いのは、平匡が「二人で、決めました」と言いながら、ずいーっとピースサインを出すところです。普通なら照れ隠しのギャグに見える。でも、この場面ってむしろ逆で、あのピースは「共同決定」を身体で可視化するサインに見えたんですね。言葉だけだと、「ほんとに?」「どっちが主導?」と疑われる。そこで、二人の合意を〝形〟にしてしまう。みくりがそこに左手のピースを添えると、合意が完成する。家族会議というアウェー戦で、二人が同じ旗を立てて見せる、というか。
その上で二人は、「式や披露宴にお金を使うよりも、その分貯蓄に回した方がいい」「このご時世、なにがあるかわかりませんから」と、合理性の言葉で押していく。これも単なる節約志向でなく、二人の生存戦略の言語化と言えます。結婚をイベントとして語るのでなく、運用として語る。恋愛の完成でなく、生活の継続。第1話で契約として同居を立ち上げた二人が、ここでいきなり社会の席に引きずり出されても、言葉の芯だけは暮らしに置いているのが、何よりも『逃げ恥』らしいと感じました。
だからこそ、栃男の「お金なら、少しぐらい出すぞ」に対して、平匡が「両親のお金をアテにするのは本意ではありません」と退けるのも効いてきます。これって独立心とか意地というより、関係設計の拒否なんですよね。お金が絡むと、意思決定権も一緒に入ってきてしまう。援助は善意であると同時に、編集権の獲得でもある。だから二人は、「二人でやっていこう」という門出の段階で、その編集権を渡したくない。ここが妙に現実的で、しかも誠実です。
そこへ、兄のちがやが発した「式って言うのは、まわりの人のためにやるもんなんだよ」というコトバが刺さる。これって悪役のセリフというより、共同体の論理を代弁している感じでしょう。確かに、式は本人たちの気持ちだけじゃなく、親戚や近所や職場へ向けた「関係更新の通知」でもあるから、まわりのためという言い方にも、実は筋が通ってしまう。脚本がうまいのは、こういう考え方を単に古い価値観として切り捨てず、二人の論理とまわりの論理を、どちらも成立させたまま真正面からぶつけているところです。だから、会食の場の空気がズーンと重くなってしまう。
そして、平匡が「ですから、どうか……」まで追い詰められたところで、百合が「はい!わたし賛成!」と割って入る。ここで百合がしているのは、味方宣言というより、議論の土俵を変えることです。「二人で決めたっていうんならいいじゃない。まわりのためだけにっていうなら、やる必要ない。二人の人生なんだから」と、共同体の論理を全否定するんじゃなくて、最終決定権だけを二人に戻しているので。第1話の契約からここまで、揺れながら積み上げてきた〝二人の運用〟に、初めて公的な後ろ盾が与えられる瞬間でもあったわけですが。
結局この場面って、式をやるかどうかの話でなく、「誰が人生を編集するのか」という話なんですね。まわりの期待は現実に存在する。でも、その期待に合わせるかどうかを決める最終的な決定権は、二人の側に残しておきたい。ピースサインの軽さと、会食の重さ———そうした二重構造が生み出す落差の中で、その一点がくっきり浮かび上がる。ここが恐らくこのシーンの核心であり、『逃げ恥』がただの恋愛コメディにとどまらない理由でもあるんだろうな、とおもった次第です。

この名セリフ&名場面集で紹介しているシナリオは、野木亜紀子さんの『逃げ恥シナリオブック』を参考にしながら、2020年に放映された『逃げ恥・ムズキュン特別編』を書き起こしました。こんな風にTVドラマ『逃げ恥』のシーンを毎日投稿することになった最初の動機については、一巡目の初回として書いた(その1)の記事のコメントをお読みください。5/20に投稿した1巡目の最終回(その100)には、すべての記事内容を総括するコメント、全100回のINDEXつきリストと関連リンク集を載せています。
・TBSドラマ『逃げ恥』名セリフ&名場面集(その100・最終回)
また、当塾ではすべて関連し合っているという考え方を大切にしていますので、さらに詳しく知りたいという物好きなお方(笑)は、タグ「逃げ恥」を付している過去記事のみならず、他の記事を適宜アクセスください。当塾で開塾時から基本教材と位置づけてきたらくだメソッドの学習内容については、らくだメソッド関連を、大切にしているエッセンスを短いコトバで端的に知りたい方は、つぶやき考現学をどうぞ。アクセス数が最も多いカテゴリーは、今日の名言シリーズ(現在その130まで投稿)です。最近は、易経、論語、仏典などをひもといている古典研究関連カテゴリの記事もアクセスが増えています。
明日は一巡目(その35)の記事でとりあげた第2話のシーンへのコメントをリライトして投稿する予定です。
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