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ザ・メンタルモデルについて(その33)「生存本能は痛みの回避が目的」

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ザ・メンタルモデルについて(その33)「身体を使って感じる体験がモト」

ザ・メンタルモデルについて(その33)「身体を使って感じる体験がモト」

2026/07/18

6/16からこの寺子屋塾ブログでは、
7/20(月・祝)に予定している
『レゾナント・コミュニケーション』読書会

の事前準備を兼ねて、

著者のおひとり、由佐美加子さんが発見された

〝ザ・メンタルモデル〟について書いています。

 

昨日までの投稿記事に未読分がある方は

まず次から先にどうぞ!
ザ・メンタルモデルについて(その1)「はたあそ(第1部)」

ザ・メンタルモデルについて(その2)「はたあそ(第2部)」
ザ・メンタルモデルについて(その3)「TEDx Talksプレゼン動画」

ザ・メンタルモデルについて(その4)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?①

ザ・メンタルモデルについて(その5)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?②

ザ・メンタルモデルについて(その6)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?③

ザ・メンタルモデルについて(その7)『学習する組織』と『U理論』

ザ・メンタルモデルについて(その8)「〝痛み〟とどう向き合うか」

ザ・メンタルモデルについて(その9)「〝源(みなもと)〟とは何か?①」

ザ・メンタルモデルについて(その10)「〝源(みなもと)〟とは何か?②」

ザ・メンタルモデルについて(その11)「〝源(みなもと)〟とは何か?③」

ザ・メンタルモデルについて(その12)「〝源(みなもと)〟とは何か?④」

ザ・メンタルモデルについて(その13)「〝源(みなもと)〟とは何か?⑤」

ザ・メンタルモデルについて(その14)「吉本隆明『共同幻想論』に重ね合わせてみて」

ザ・メンタルモデルについて(その15)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり①」

ザ・メンタルモデルについて(その16)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり②」

ザ・メンタルモデルについて(その17)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり③」

ザ・メンタルモデルについて(その18)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり④」

ザ・メンタルモデルについて(その19)「ライフタペストリーとプロセスデザイン」

ザ・メンタルモデルについて(その20)「ライフタペストリーと親鸞上人」

ザ・メンタルモデルについて(その21)「価値なしモデルと愛なしモデル」

ザ・メンタルモデルについて(その22)「欠陥欠損モデルとひとりぼっちモデル」

ザ・メンタルモデルについて(その23)「実存的変容とのつながり①」

ザ・メンタルモデルについて(その24)「実存的変容とのつながり②」

ザ・メンタルモデルについて(その25)「実存的変容とのつながり③」

ザ・メンタルモデルについて(その26)「動物脳と人間脳①」

ザ・メンタルモデルについて(その27)「動物脳と人間脳②」

ザ・メンタルモデルについて(その28)「動物脳と人間脳③」

ザ・メンタルモデルについて(その29)「脳と心の関係について」

ザ・メンタルモデルについて(その30)「原生的疎外と純粋疎外」

ザ・メンタルモデルについて(その31)「反応しちゃう自分の扱い方」

ザ・メンタルモデルについて(その32)「生存本能は痛みの回避が目的」

 

この連載記事も回を重ね33回めとなりました。

 

(その26)の記事から

継続して考察しているテーマは、

その人の生存本能とその人自身をどう区別するか

ということです。

 

今日は昨日の記事の続きなんですが、

(その26)の記事で紹介した

前野隆司さんのウェルビーイングをテーマにした

YouTubeの番組に、2024年5月

由佐美加子さんがゲスト出演されたときの

メンタルモデルに基づくセッションと

その後のやりとりを。

 

 

由佐美加子が語る『ウェルビーイングってなんだろう?』第3回 ウェルビーイング玉手箱

本日の文字起こし部分は、昨日の続きで

1時間11分あたりから最後まで。

 

(文字起こし・ここから)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

前野:
やっぱり、男性の生贄が必要な感じがするんだけど。
めらっちか、まじくん、悩みないの?

めらっち:
は~い。悩みというか。


前野:
来た来た。


めらっち:
自分には克服のパラダイムが、すごくしっくり来ていたので、「愛でる」と言われた瞬間に、ちょっとガクンというか、肩透かしを食らった感じになりますね。


由佐:
分かる分かる。そうなっちゃいますよね。

 

めらっち:
ちょっとまとまらないまま話すとですね。さっき、「やりたいことがないのは、自分の中身とつながっていないから、ないのは当たり前だよね」という話を聞いた上で、やっぱり自分の人生を何に使うかには、つながりたいなと思ってしまうんです。それが、僕個人としての思いなんですけど、それって変なことですか。

 

由佐:
それは生命の衝動なんですよ。自分のいのちにつながりたい、という衝動を持っている。でも、そのつながりは、感じることでしかつながれないということを忘れてしまっているんです。一所懸命、それが何なのかを考えているんですよね。感じることが言語化されて、初めて人間は考えられます。だから、感じ取っていなかったら、考えても分からないんです。自分の中から出てきたものではないから。頭では、いろいろ考えられるんです。外側の概念や、いろんな知識から、いろいろ考えることはできる。でも、本当に自分のいのちにあることは、やっぱり自分の感覚を使って感じることでしかアクセスできないんだと思うんです。

 

だから、考えると感じられないから、もう考えることは、一旦手放して、本当にただただ自分の中に何があるのかを感じる。日々が、それを感じるチャンスだから、「こういうことに腹が立つんだな」とか、「こういうことにはすごく情熱的になれるんだな」とか、「こういうことにはすごく好奇心をかき立てられるんだな」ということがあるじゃないですか。そういう一つひとつのことを、丁寧に丁寧に自分で感じていく。そこから、自分の解像度が上がってくるし、そこから自分が本当はどういうことにいのちを使いたいのかが分かってくる。そういうことだと思っています。体験からしか、本当には人間は分からないんじゃないかなと思っているところがあります。体験というのは、感じる世界です。身体を使って、五感の情報を自分の中に入れてみる。そして、自分の中にあるものを刺激させて、そこから出てくるものがないと、本当には自分が何をしたいのかは分からないんじゃないかなと思います。

 

めらっち:
ただ、湧き上がってきたものが、自分の中から湧き上がってきたものなのか、それこそ生存本能ちゃんが「ういうい」と邪魔して出てきている感情なのか、というのは?

 

由佐:
それは、比較的分かってくると思います。見分けられる。ちょっと感覚的なことを描写して言うと、大体、「旨味が何もないな」というやつなんですよね。生存本能ではない方がやりたいやつって。「これをやって、何かあるの?」みたいな。どちらかというと、「やりたくないな」みたいな感じの、旨味がないやつが、一番いのちに沿っているやつという感じです。なんか気になる。やらざるを得ない、という感覚になるやつです。

 

めらっち:
面白いですね。わたし、すごく利己的に考えてしまうので。

 

由佐:
「これをやったら、何が見返りとして返ってくるんだろう」みたいなものがまったく何もないやつって、あるじゃないですか。「こんなことをやったって」みたいな感じのやつ。でも、自分のいのちがそれを引き受けなかったら、他にやる人がいないんじゃないか、みたいな感じになるやつ。それが、イイ線行っているやつという感じです。

 

めらっち:
僕の感覚で言うと、由佐さんが最初におっしゃった「オタク」という言葉が、すごくぴったりだなと思いました。

 

由佐:
前野先生のウェルビーイングも、そうじゃないですか。別にウェルビーイングなんて、誰もやったって何も褒められるわけではないし、どちらかというと学者としては、別に何も褒められるような領域ではないと思う。でも、前野先生はそれをやりたいわけでしょう?そういうやつが、イイ線行ってるやつなんですよ。「誰も褒めてくれないな」「こんなことをやっても得がないな」みたいなものです。そういう旨味がないものが、やっぱりいのちとして本当にコミットしたいものなんです。取引の餌があるうちは、あまり大したことはやれないですね。

 

めらっち:
なるほど。じゃあ、それとは全然関係なく、自分の中から出てきて、何かよく分からないんだけどって「感じ」が湧いてきたときに、それにつながれる。

 

由佐:
それが、ライフワークになっていくと思います。

 

めらっち:

分かりました。

 

前野:
僕も悩みが出てきました。本当に心から、みんな幸せだといいなと思って、ウェルビーイングをやっていたつもりだったのに、ウェルビーイング学部をやっていると、「ウェルビーイング学部を成功させなきゃ」という戦いが出てきちゃって、アレ?って。

 

由佐:
出てくるよね。

 

前野:
そうだと思います。

 

由佐:
新しい概念が自分にとって出てくるからね。「俺が作った」「自分が作ったもの」になると、やっぱりエゴは黙っていないから、そこは。

 

前野:
そこが出てきていた。

 

由佐:
そうそう。守りに行っちゃうんですよ、やっぱり。戦いのパラダイムに引きずり込まれるから。

 

前野:
そこに入りそうになって、「あれ、自分は何をやっていたんだっけ?」みたいになっていた。久しぶりに葛藤しているなと思って。

 

由佐:
いいじゃないですか。おすすめは、「いつ終わってもいい」前提でやることです。執着が生まれてしまうから。

 

前野:
どうしても成功させなきゃと思う。それがいけないですよね。学部長とかになってしまうと、その立場がある。学長とか、みんなに期待されるじゃないですか。

 

由佐:
そうそう。すると、やっぱり期待に応えようとなる。

 

前野:
それだ。せっかく手放して、いい感じになっていると思ったら、「まだまだ、お前まだまだだぞ」と言われている感じがします。

 

由佐:
前野先生は、やっぱりあるがままをいかに貫けるかが鍵です。終わるときは終わるから。始まったものは、終わるときに終わる。そこに執着しないで、みんなのウェルビーイングに寄与できる間は、この場は続けていったらいいんじゃないの、ぐらいの感じです。握らない感じで持てるといいんじゃないですかね。

 

前野:
本当ですね。まりえちゃんのときにはそうだと思ったのに、「まりえちゃん、わかってないぞ」とか、同じ構造ですね。笑「俺、ちゃんといいふうに見られたい」とか。

 

由佐:
みんなそうです。基本的に。社会的なタイトルがついたり、人の目があったり、期待が来たりすると、やっぱりエゴは黙っていないから。
もちろん、そこは突撃に行きます。でも、ちょっと引いてそれを見られるスペースを持てているだけでも、全然違います。

 

まりえ:

わたし、さっき思っていましたもん。「絶対、前野先生、まりえちゃん分かってないなと思って聞いているだろうな」と思って、画面を見ていました。笑

 

前野:
人のだと分かるんだ。笑

 

まりえ:
人のだと分かる。前野先生は、「うんうん、そうだよね」と思って聞いていましたよね。そうだよね、と思って。前野先生、ウェルビーイングとか言っているけど、学部を作ってから、なんか集客とかいろいろ言い始めたなってわたし思っていましたもん。そういえば、そうだなって。でも、今日のこれってすごい!めっちゃいい回ですね!

 

由佐:
エゴはやっぱり、うまくいかせたいんです。とにかくうまくいかせたい。それは、痛みを避けたいからです。うまくいかせたいんですよ。不快なことが起こるのが嫌なんです。生徒が来ないとか、学生が集まらないとか、絶対に嫌なわけです、生存本能は。前野先生じゃないんですよ。生存本能が嫌なんです。これは、俺の価値が認められていない感じがすると言っているわけですね、内側で。

 

前野:

気にしていないつもりだったんだけどね。気にしていないつもりだったのに。病気と一緒ですね。生存本能って、せっかく小さくなっていたのに。

 

由佐:

あっという間に肥大化します。瞬間に、むくむくっとなる。だから、もう執着チェックしかないですね。いかに執着を外すか。

 

前野:
本当ですね。うわ、今なんか、俺は学びがないから、2人どうぞって。笑

 

まりえ:
え~っと。生存本能が、うわーっと大きくなってしまったのを小さくする質問というか、ワードって何かないんですかね?

 

由佐:
「なんでこんなことに執着しているのか」と問うことです。絶対に怖いことがあるから。「何が怖いの?」と、自分に聞いてあげてほしいです。たとえば、「学生が集まらないのが怖いんだ」と言うとするじゃないですか。「そうか。じゃあ、学生が集まらなかったら、何が怖いの?」と聞いてあげてほしいんです。「いや、それって、俺が作った意味がなくなってしまう」と言ったら、「その意味がなくなることの、何が怖いの?」と聞いていくんです。対話してほしいんです。

 

まりえ:
自分と自分で対話できたらいいんですね。

 

由佐:
生存本能としゃべればいいんです。繰り返していくと、「ああ、これが怖いんだ」というのが、最後に腑に落ちます。「そっか、それ怖いね」「そうだよね」と分かってあげる。それが分かると、生存本能はちょっと安心するんです。「ああ、怖いことを分かってくれた」という感じになるから。

 

まりえ:
対話もそうですよね。「Aだと思う」「Bだと思う」「いや、AじゃなくてBだ」とやっていると、もうエンドレスです。でも、「Aだと思うんですね~」「Bだと思うんですね~」ってやればいい。

 

由佐:

「その奥に何があるんですか」というふうに、奥にある恐れや不安を扱ってあげられると、すごく安心します。「ああ、こんなことを恐れているんだな、自分は」と感じられると、その「何とかしなきゃ」に駆り立てられなくなるんです。もちろん、「何とかしたいんだよね」「何とかなればいいよね」というのはあります。でも、それをどこからやったらいいのかな、と自分で仕切り直せます。怖いからとにかくやらなきゃ、ではなくて、「これ怖いね」「そうだよね」と受け止める。その上で、「でも、本当は自分は、このことに関してどうありたいんだろう」と聞く。すると、「信頼したいよ」と多分出てくる。自分が作ろうとしている世界は、いろんな人たちに分かられて、支持されていくことを、本当は信頼したいよね、と。「よし、じゃあ、そこからやってみよう」とできます。この仕切り直しができるかどうかが、結構大きいんです。起点として、生存本能はすぐ行動に突っ込んでいきます。だから、「おいおいおい、ちょっと引き戻して」「ちょっと待ってください」「今、どこからやろうとしているんですか?」と、自分と対話したらいいと思います。

 

まりえ:
ありがとうございます。

 

めらっち:

僕はすぐ反射して対応しちゃうので。

 

由佐:
すぐ突っ込んでいくでしょう。

 

めらっち:
そうなんです。本当に言われている感じがして。ありがとうございます。

 

由佐:
すぐ行ってしまうから。すぐ飛び込んで泳いでいってしまうから、「ちょっと待ってください」と、引き戻すのが大事です。

 

前野:
稲盛さんが、JALの再建をするときに、「(動機善なりや)私心なかりしか?」と自分に聞いた、という話があります。「本当に名誉欲でやっているんじゃないのか?」と心に聞いて、「いや、本当に名誉欲じゃない」と分かったから、JALの再建をしたという話があって。

 

由佐:
さすがですね。

 

前野:
最近それを自分に問うていたところだったんです。「私心なかりしか?」「いや、ないつもりだけどな」と思いながら。生存本能ちゃんを本当にゼロにすることは難しいですね。

 

由佐:
前野先生はメンタルモデル的に言うと、心臓はやっぱり場づくりなので、あれだけの人たちを集めてあの場を起こせるというのは、本当にいのちにかなっていると思いますよ、というふうに見えます。いろんな人たちがいる場、多様性の生態系を作れるのは、やっぱり欠陥・欠損のメンタルモデルの人たちの得意なところです。前野先生、認めたくないかもしれませんが。でも、本当にそうなんですよね。コミュニティ的な場を作るのは、すごく天命だから。だから、ど真ん中だなというふうに見えますね。

 

前野:
あとは、生存本能ちゃんとうまく付き合いながらですね。

 

由佐:
本当に仲良くするしかない。ただ、運転席に座らせると、車がとんでもないところに走っていくから、「ちょっと助手席にいてくれませんか」というふうに。

 

前野:
いやいや、学びになったな。さて、54分になりましたが、質問とか来ているんですか?

 

まりえ:  
質問は来ていないんですが、コメントが1件あったので、読み上げさせていただきます。●●●さんからです。
「ぜひこの機会に質問したいと思いましたが、痛みに触れるかもしれないと恐れて行動しなかったら、今と変わらないよね。でも現状に不満ならやってみよう。それでポジティブに動くかもしれない、という感じになって、質問がなくなりました」というコメントをいただいています。

 

前野:  
すごい!自分との対話で解決したんだ。

 

由佐:  
すばらしい!質問って、大体こうなんです。「どうしたらいいですか?」という質問が多いんですけど、「どうしたらいいかを知っているのは、あなたです」って言いたい。もちろん、「こういうふうに見たらいいよ」ということは伝えられるんです。まりえちゃんにやったみたいに。でも、その答えはやっぱり他の人にはなくて、ちゃんと自分の中にあるということを信頼できた方がいいなと思いますね。

 

前野:  
なんかいい感じで、3人の質問が3つ違って、それのアナロジーでみんな考えたら、悩んだときにこの回を見て当てはめながらやると、結構解決する感じがしますね。いやあ、すごいことになったな。ありがとうございます。やっぱりパワーアップしているね、みーちゃん。いや、前からすごいと思っていたけど、さらに進化している感じがしました。寄り添いながら切っているのに、切られていることに気づかずに、「ああ、確かに」と、ニコニコしながら治療されているみたいな感じです。前とちょっと違うというか、前も優しかったけど、さらに愛を感じましたね。面白い。これからも進化していくんでしょうね。

 

由佐:  
ありがとうございます。

 

前野:  
では、最後の問いに行って終わりますか。最後の問いがありましたね。「ウェルビーイングの世界のために、わたしたちは今、何ができるでしょう」という、いかにも目指している感じの問いですが…

 

由佐:  
もう、みんないのちの声を聞いてほしいです、わたしは。人のこととか、世の中のこととか、もういいから、自分のいのちを生きてほしいなと思います。それが、やっぱりウェルビーイングの基本だと思うんです。いのちに応えて生きる。それぞれがいのちに応えることで、全体のいのちに応えている、というのが実態だと思っています。だから、何に文句言われても、誰にどう見られてもいいから、とにかく自分のいのちが求めることを、この世界で叶えてほしいなと思います。それが願いですね。

 

前野:  
今日の学びから言うと、生存本能君とも対話しながら、こっちの自分の本当にやりたいこととも対話しながら、「今、ちょっとこっちに寄っているよ」「今、本当はこっちだよね」「あなたは助手席で、こっちが運転席に来てね」みたいな感じでできればもうラクですよね。

 

由佐:  
そうです、そうです。

 

前野:  
そういう感じができるようになると、楽でしょうね。

 

由佐:  
そうですね。どちらがあってもいいじゃないか、という世界だと思っていて。「ああ、またこんなことを思ってしまった」と思う必要はない。「それは思うよね」「そりゃ怖いよね」というふうに、そのままでいいと思うんですよね。

 

前野:  
武蔵野大学は、浄土真宗系なんですよ。浄土真宗というのは、親鸞が言った、「南無阿弥陀仏を唱えれば救われる」というものですよね。
そこの教員になって学んでみると、やっぱり親鸞って、「煩悩ってあるよね」「阿弥陀仏みたいにはなれないよね」「だから南無阿弥陀仏。阿弥陀さま~全然わたしはだめです」という、「凡夫」を強調するんです。みんな平凡で、煩悩がある。その生存本能ちゃんがあるよね、と。「あるある」と認めて、「でも、救ってください」という理想的な阿弥陀様、という宗教なんですよ。仏教の中でも、原始仏教はブッダが、「煩悩をなくせばいいんだ。以上、終わり」みたいなところがある。それが日本に来て、この悩む日本人たちが、浄土真宗という形を作った。今日のみーちゃんの話って親鸞と一緒だなと思いながら聞いていました。

 

由佐:  
抵抗を終わらせよう、ということですね。

 

前野:  
そういうことですね。みーちゃんが言っていることと一緒なんだな。

 

由佐:  
それにはまず、自分の内側にあるものと戦うのをやめていこう、という感じですよね。

 

前野:  
そうですよね。それが、4つのメンタルモデルから抜けよう、という言い方もあるし、天外さんだったら実存的変容をしようと言うし、親鸞だったら、「凡夫でいいんですよ」と言う。

 

由佐:  
そうです。あるがままでいいんじゃない、ということです。「痛みあるよね」「あるある」というふうにしたい。「あってはいけないのだ」と戦うと、この世界はもうすごく大変だから。

 

前野:  
大変だし、次の段階というか、「あってもいいんだ」という、もっと幸せな世界に行けないということですよね。

 

由佐:  
そうです、そうです。

 

前野:  
天外さんが分かりやすいことを言っていましたね。「ソニー時代は僕幸せだったんだよ」と。「実存的変容した方が幸せなんじゃないですか?」と聞いたら、「いや、そんなことない!幸せとは関係ないんだ。ソニー時代も幸せだったんだ」とおっしゃっていたんです。でも、「楽なのは今だな」と。実存的変容後の方が、戦っていないから、そちらの方が楽だな、と「じゃあ、そちらの方が幸せなんじゃないですか」と言ったら、「確かにそうかもね」と言っていたのが面白かったんですけど。やっぱり、本当の自分で生きた方が、ウェルビーイングな状態であるということですよね。

 

由佐:  
そうですね。でも、その体験すべてが、その人の魂にとって必要なんです。天外さんはソニーの時代を経て、今の体験をされているから、そのときの幸せと今の幸せが変わっていっているんだと思います。それがまたいいですよね。だから、早く実存的変容を遂げるのがいいこと、というわけではない。いのちのいろんなプロセスの中で、ただ丁寧に体験していけるといいんじゃないかなと思います。何をすべき、ということはないんじゃないかなと思うんですよね。

 

前野:  
確かに、仏教だと煩悩を小さくすべきだ、という教えのように思うけれど、「生存本能ちゃんを小さくすべきです」と言うと、「小さくしなきゃいけない」になってしまう。さっきのまりえちゃんに言った話のように、「あっていいんだよ」と言うと、すーっとそのわだかまりがなくなっていく。それが真実なんでしょうね。

 

由佐:  
そうですね。

 

前野:  
はい。というわけで、いい感じに、しっとりと終わっていきますが。みーちゃん、ありがとうございます。やっぱり面白い。進化が面白いみーちゃんでした。

 

由佐:  
ありがとうございます。

 

前野:  
最後に、見ている人に言っておきたいことはありますか。もう言ったかもしれないけど。

 

由佐:  
もう、みんな楽に自然に、抵抗をやめよう、というのが一番の推しです。

 

前野:  
本当ですね。楽に自然に。それが実は、究極のウェルビーイング。単に楽なだけではなくて、それによって、今ここだけ聞くとすごく簡単なことを言っているようだけれど、ものすごく深いんですよね。というお話でした。みーちゃん、ありがとうございました。

 

由佐:  
ありがとうございます。

 

まりえ:  
Facebookライブをご覧の皆さんも、ありがとうございます。次回は6月4日、山田博先生です。

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(文字起こし・ここまで)

 

 

 

この続きはまた明日に!(^^)/

 

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●2021.9.1~2024.12.31記事タイトル一覧は

 こちらの記事(旧ブログ)からどうぞ

 2025年に投稿した365記事はすべて

 今日の音楽シリーズで12/31に全リストを掲載

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☆寺子屋塾に関連するイベントのご案

 7/20(月・祝) 13:30~16:30
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 7/26(日) 10:30~ 易経入門講座〔第3期〕
      14:00~ 易経準中級講座 第14回

 8/2(日) 10:30~18:30 寺子屋Notion  

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