ザ・メンタルモデルについて(その41)「本の出版記念インタビュー①」
2026/07/26
6/16からこの寺子屋塾ブログでは、
7/20(月・祝)に開催した
『レゾナント・コミュニケーション』読書会
の準備を兼ねて、
著者のおひとり、由佐美加子さんが発見された
〝ザ・メンタルモデル〟について書いてきました。

昨日までの投稿記事に未読分がある方は
まず次から先にどうぞ!
・ザ・メンタルモデルについて(その1)「はたあそ(第1部)」
・ザ・メンタルモデルについて(その2)「はたあそ(第2部)」
・ザ・メンタルモデルについて(その3)「TEDx Talksプレゼン動画」
・ザ・メンタルモデルについて(その4)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?①
・ザ・メンタルモデルについて(その5)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?②
・ザ・メンタルモデルについて(その6)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?③
・ザ・メンタルモデルについて(その7)『学習する組織』と『U理論』
・ザ・メンタルモデルについて(その8)「〝痛み〟とどう向き合うか」
・ザ・メンタルモデルについて(その9)「〝源(みなもと)〟とは何か?①」
・ザ・メンタルモデルについて(その10)「〝源(みなもと)〟とは何か?②」
・ザ・メンタルモデルについて(その11)「〝源(みなもと)〟とは何か?③」
・ザ・メンタルモデルについて(その12)「〝源(みなもと)〟とは何か?④」
・ザ・メンタルモデルについて(その13)「〝源(みなもと)〟とは何か?⑤」
・ザ・メンタルモデルについて(その14)「吉本隆明『共同幻想論』に重ね合わせてみて」
・ザ・メンタルモデルについて(その15)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり①」
・ザ・メンタルモデルについて(その16)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり②」
・ザ・メンタルモデルについて(その17)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり③」
・ザ・メンタルモデルについて(その18)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり④」
・ザ・メンタルモデルについて(その19)「ライフタペストリーとプロセスデザイン」
・ザ・メンタルモデルについて(その20)「ライフタペストリーと親鸞上人」
・ザ・メンタルモデルについて(その21)「価値なしモデルと愛なしモデル」
・ザ・メンタルモデルについて(その22)「欠陥欠損モデルとひとりぼっちモデル」
・ザ・メンタルモデルについて(その23)「実存的変容とのつながり①」
・ザ・メンタルモデルについて(その24)「実存的変容とのつながり②」
・ザ・メンタルモデルについて(その25)「実存的変容とのつながり③」
・ザ・メンタルモデルについて(その26)「動物脳と人間脳①」
・ザ・メンタルモデルについて(その27)「動物脳と人間脳②」
・ザ・メンタルモデルについて(その28)「動物脳と人間脳③」
・ザ・メンタルモデルについて(その29)「脳と心の関係について」
・ザ・メンタルモデルについて(その30)「原生的疎外と純粋疎外」
・ザ・メンタルモデルについて(その31)「反応しちゃう自分の扱い方」
・ザ・メンタルモデルについて(その32)「生存本能は痛みの回避が目的」
・ザ・メンタルモデルについて(その33)「身体を使って感じる体験がモト」
・ザ・メンタルモデルについて(その35)「Co-Creationという世界の生き方①」
・ザ・メンタルモデルについて(その36)「Co-Creationという世界の生き方②」
・ザ・メンタルモデルについて(その37)「Co-Creationという世界の生き方③」
・ザ・メンタルモデルについて(その38)「Co-Creationという世界の生き方④」
・ザ・メンタルモデルについて(その39)「Co-Creationという世界の生き方⑤」
・ザ・メンタルモデルについて(その40)「Co-Creationという世界の生き方⑥」
さて、7/20に『レゾナント・コミュニケーション』
第1回の読書会も無事開催し終え、
この連載記事も回を重ね41回めとなり、
締め括りのステップに入っています。
7/20からは、
由佐美加子さんがCCCを立ち上げられて
間もない2015年2月のタイミングで行われた
公開セッション(全篇2時間48分)
「Co-Creationという世界の生き方、リーダーシップ」
の文字起こしテキストを6回に分けて紹介しました
・【公開トークセッション】Co-Creationという世界の生き方、リーダーシップ
この3時間近くにわたる
この長い動画は、
そもそも由佐さんがどういう動機から
現在の活動を始められたのかという源の部分から、
具体的にどう実践を進めるかというところまで
ここまでの連載記事で触れた
重要ポイントがほぼ網羅されているので、
繰り返し聞き返し読み返してみてください。

さて、今回の連載記事での
動画の文字起こし記事の最後は、
『ザ・メンタルモデル』が出版された
2019年8月に行われた
由佐さんへのインタビューです。
・由佐美加子インタビュー動画〜『ザ・メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー』出版記念
(文字起こし・ここから)
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みっつ:
はい、この動画をご覧の皆さま、こんにちは。このたび、みーちゃんこと由佐美加子さんが、天外伺郎さんと共著で新しく本を出版することが決まりまして、今日は出版記念のインタビュー動画をお届けしたいと思います。みーちゃん、今日はよろしくお願いしまーす。
由佐:
よろしくお願いします。光博さん、ありがとうございます。長いこと(メルマガなど)読んでいただいて、ありがとうございます。
みっつ:
ありがとうございます。僕の紹介も遅くなりましたが、みっつこと、山本光裕です。よろしくお願いします。みーちゃんの新しい本がもうすぐ出版になりますが、新しい本のタイトルはですね、『THE メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー』
というタイトルで。これが8月31日(土)から販売開始という形で、Amazonでは予約注文ができる状態になっています。Amazonで「THE メンタルモデル」と検索いただければと思います。
今日はその『THE メンタルモデル』の出版に関して、僕がみーちゃんと雑談しながら、いろいろ聞いていきたいと思っています。みーちゃん、これから始めていきますけど、何かチェックイン的に、出しておきたいものはありますか?
由佐:
もう、モントリオールへ行って昼夜逆転していて、ちょっとよく分かんなくなっている状態ですけど、よろしくお願いしまーす。でも、こんなことについてしゃべるの初めてなので、多分誰にもほとんどしゃべったことがないから、どんどん何が出てくるのか楽しみだなと思っています。よろしくお願いします。緊張…少ししています。
みっつ:
僕はこういうのやると大体緊張するので、ちょうどいい塩梅で、ゆるみながらいこうと思います。お願いします。じゃあ、早速みーちゃんにいろいろ聞いていこうと思うんですけど、まず最初に聞きたいのが、今こうやって本が出版して、皆さんにご案内できる状態になったと思うんですけど、今の率直な気持ちを聞きたいなと思っています。
由佐:
本はないの?とか、「本を出さないの?」っていう声は、何年もいろんな人たちから言われてたんですけど、わたしの中にはすごい恐怖があって。本って、出しちゃうと「表に出なきゃいけない」みたいな感じがすごくあったから。もともと、裏でひっそりやりたかった人なんですよね、多分。だから、最初に個人に対して講座を(やること)自体もすごく(抵抗があって)。5年ぐらい前、(活動を)立ち上げた頃は、それまで法人相手にしか仕事してなくて。
でも、いろんな人に届けたいんだったら、やっぱり個人の公開講座をやった方がいいよね、みたいな気持ちがあって。それと2年ぐらい前からかな、なんとなく自分の中で格闘してる感じだったりとか、したんですよね。それでも、やっぱりタイミングがあったんだと思うんですけど。
天外さんが、3年くらい前からかな、ずっと「メンタルモデルってすっごい面白い」って言ってくれて。由佐塾(天外さんが主催している塾)で、4回シリーズでずっとやってくれていて。その講座を出版社の人がずっと録画してくれてたんですよね。天外さんも「これを本にしたい」っていう目論見が(出版社側にも)あったと思うんだけど。それで「本にしよう」って言ってくれて、天外さんも揺るぎなく「本にしよう」って言ってくださって。
でも、そこから1年以上待たせたんですよ。書けなくて。前にも、CCCを立ち上げたときに、みんなが「書いたらいい」って言ってくれて、1回書こうとしたことはあるんだけど、頭が追いつかなくて書けなくて。今、っていう感じなんだけど。わたしはずっと、(講座で)何百日っていうスタイルでやっていて。無料の場で人が来てくださって、企業であれ、一般に公開している講座であれ、人が集まってくれて、そこに来る理由もあるし、何に興味があるか、人生で何が起きてるか、っていうのもある。
わたしは、そこ(その場の意識が作り出すもの)を感じ取って言葉に転換して、その人の意識に訴えかけて、変容を促していく、みたいなやり方が自分のスタイルとして多分ずっとあって。でも、本っていう世界って、わたししかいないじゃないですか。わたしと空白のスクリーン、パソコンの。そこに向かって「どこから書けるんだろうか?」みたいな。ソースが分からないっていうか、場がないから、人と自分の間にある“空白の空間”が感じ取れないと、いつもの(自分の)手が完全に封じられた感じになる。
だから、内側からソースとして持ってこなきゃいけない、っていうプロセスを作り出せなかったんだよね、多分。それと同時に、わたしは言葉って「風のように流れるもの」だっていう感覚で使うので、空間に流す言葉じゃなくて、固定化されていく〝書物の上の言語〟というものに対する抵抗がすごくあって。「固定されて止まっちゃうじゃない」みたいな感じがあった。
それが多分、自分の中で自信がなかったんですよね。「その言葉でいいのか、本当に?」みたいな。天外さんも「みーちゃんは完璧主義すぎる」って言われてましたね。そう。だよねって思ってるんだけど。研ぎ澄まされないと書けない。メルマガも、言葉としていつも“研ぎ澄ませるまで待つ”みたいなことをやるんで、研ぎ澄まさなきゃいけない量が多すぎて、全然時間的に追いつかない。
みっつ:
メルマガと分量が全然違いますもんね。
由佐:
メルマガですら1週間くらい、言葉を考えたりするので。「そんな何百ページの本をどうやるんだ」って思う。でも、染み込む中に、それ自体が(必要な)有効性があるんですよね。ライフタペストリーっていう人間の意識の変化の時期に合わせて、自分の人生を綴ってみる、みたいなのがあるんだけど、それも結構大変で。そういうのですら書けそうなのに、そんな(本)は、やっぱり専念されないと書けません。
由佐:
よくその間に、「メンタルモデルのギフトセッション」って言って、参加費を取らずに、好きなお金でもいいし、皆が持ってきてくれたりとか、いろいろしてたシリーズがあったんですよね。あれが結局、いわゆるメンタルモデルの4つの類型の源になった、スタートポイントで。そこから今までの間に、メンタルモデルの理解もものすごい進化したんですよね。多分、(時代の流れとして)平成から令和に向かう大きな集合意識の変容もあるんだと思うけど。刻々と書きたい内容が変わっちゃった時期でもあって。だから本にするのが大変だった。
でも結局、「これなら文章にしても書ける」「これが自分が本当に表現したいことだ」って思えるようになったのって、4月ぐらいなんですよ。この春ぐらい。それまでずっと書き溜めて…(でも)「これでいい、これだけを伝えたいことなんだ」って、ある程度自分の中で定まったのがこの春。だから、ほとんど(春以降で)一気に書いたんだよね。ゲラが上がってきたときに、ほとんど直したいものがなかった、っていうのもある。もちろん、誤字脱字の修正はあるんだけど、内容的に「大きく加えたい/減らしたい/変えたい」は全然なくて。赤字で入れるのは、誤字脱字とちょっとした修正だけ。で、ファイナライズした、最終稿になった、っていう感じ。
みっつ:
じゃあ、洗練されたものが載せられたって感じ?
由佐:
そうだね。ひとつずつ遂行していく、みたいなプロセスは一切なかった。「できた、できた」っていう感じより、そこにあったっていう感じ。わたしは本当に、そのタイミングで何かがクリエイトされるときって、「すでに出来ているものがある」という感覚になるんですよね。場を持つときのプログラムもそうだし、U理論を翻訳したときもそう。
多分、自分の意識がそれを“ダウンロードする”みたいな感覚。だけど、ダウンロードしてくるのに、そこまで意識を研ぎ澄ませていかないと、ダウンロードできない、っていう感じがある。だから2年ぐらい、錯誤したんだけど、本っていう形で「わたしが本当に届けたい言葉は何なのか」を、ずーっと洗練しようとしてきたんだろうな、と思う。で、平成から令和に変わったタイミングで、そのプロセスがある程度アクセスできる状態になった。だから、その時間が必要だったのかな、って今では思う。やっと「これで書ける」「こういう感じでもいい」って思えるようになった、っていう感じ。
みっつ:
じゃあ2年間くらいかけて、ダウンロードするために、自分の内側を見続けてきた、みたいな?
由佐:
そうなんだけどね。意識が整うのを待った、っていうか、それが起こる時間が必要だったんじゃないかな、って。メンタルモデルもそうだけど、わたしが「生んでいる」って、もちろん言葉にはなるんだけど、わたしの中ではその叡智は既に「あるもの」なんだよね。巫女体質そこから自分がつながって降ろしてきてる、みたいな感覚のほうが強い。
みっつ:
なるほど。
由佐:
祈りに近いものがあるのか分からないけど、何か大きな意識の中で「今、人間に伝えたいものってあるんだろうな」って思っていて。
それを人間が分かる言葉に翻訳して、自分という媒体から、翻訳機みたいにして、みんなが受け取れる形で出す。日々やってる場(講座)もそうだし、本という媒体も結局同じやり方でやるしかなかったんだな、って。だから意識が追いつくのに、2年間かけたんだろうな、っていう感じ。
みっつ:
U理論でも同じですよね。
由佐:
うん。作業としては、湧き上がってくるものを、言語と突き合わせて「本当にその言葉で表現されているのか」を精査していく。自分の意識がつかないと、その言葉が見当たらないから、そこで止まって、時間をかけて、あるとき「ああこれだ」ってひらめく、みたいな感じ。
日々やってる場も、U理論も、今回の本も、やっぱり意識が合わないと、その言葉は使えない。チューニングされないと翻訳できない。左脳で「何言ってるか分かんない」っていう感じでも、感じ取って、感じ取って、「本当に伝えたいことは何なのか」を言語に落としていく。意識が合わないまま翻訳したものを選ぶと、すごい辛い本になっちゃうと思う。
だから今回も、(意識が)やっと追いついた感じがあるから、やっと言葉になったのかな、って。伝えたい内容自体は、昔からずっとあまり変わってないんだと思う。でも表現の仕方は、意識によって刻々と変わるから、同じ場ができない、同じ言葉が使えない、ってなる。
今回の本は、その意識を結晶化したかった。Uの底たどり着いたから形になった、っていう、Uプロセスそのものな感じ。感じて、感じて、日々とにかく感じ抜いて、「本当に何を受け取りたいのか」を研ぎ澄ますしていく、っていうプロセス。
サラリと計画立てて、「いつまでに何章」みたいなのは全く書けなかったから、出版社の関根さんと天外さんをめっちゃ待たせてしまって、「すみません」っていう感じだったけど。でも今回の本は、由佐塾で実際に起きたやり取りが半分ぐらい入っていて、あとの半分がメンタルモデル解説、ライフタペストリーなど。全部書いてるわけじゃないけど、書いた部分については、今伝えたいことが入ったと思う。
文章量いっぱい書いたというより、「そこに乗せたい意識」と、自分の中にある願いを表現できているかな、っていう本。
みっつ:
なるほど。3月、4月ぐらいのタイミングで、別に何かがあったというよりも、みーちゃん自身が本当に“感覚を抜いて”、ソース(源)にたどり着いて、その流れで言葉になっていった、という感じだよね。
由佐:
やっと「書ける意識」にたどり着いたのかな、って。もう、グッと潜るのも結構苦しいと思うし、書けなくて。でも、苦しむって目に見て分かるわけじゃないから、強烈に内面のプロセスだったと思うんだけど。自分の内側へ、いろんな場を通して、すごい日々が重ねられていったと思うんだよね。この1年、メジャーな位置に(表に)出て作ったのもすごく大きかったし。
ライフタペストリーをやりだしたのが、すごく大きかったから。ずっと届けたかった世界観に近づいていってた1年間だったと思う。メンタルモデルのJTS(Journey to the Source)ができるまでのプロセスはどうだったかというと、一つは「人の痛みにフォーカスしてた」んだよね。「痛みの裏側に、あなたの本当の魂の目的がこれなんだよ」って示せる、痛みの裏側の〝光〟の部分がある、っていうプログラムを作ってるんだけど。
それを作って人に提供することで、やっぱり確信できるようになったのはすごく大きいと思うんだよね。でもある意味、闇と光が統合された形で、この本は出したかったんだと思う。もう「わたしが」というより、何かで、何かが——うまく言えないけど——両方が必要で、陰と陽である意味統合されているものとして、出るべきだった。その部分が「本当に何を指し示しているのか」を発見できたのって、ほぼ今年(に入って)からだよね。そこを待ったんじゃないかな、というのはあるよね。
みっつ:
なるほどなるほど、そういうことですね。
由佐:
やっぱり、Uのときもそうだったんだけど、ものが形として創造されていくプロセスっていうのは、本当のクリエーションって、人間の時間軸には落ちない。計画してみたいなものじゃないっていう感じはすごくある。ふつう人間は計画を立てて、「これくらいの時間をかければこういうものができて」ってやるじゃないですか。でも、それが(いつも)思い通りにいかない。Uのときもそうだったし、いろんなものもそうだったし。散々待たせたから、時間は思い通りに全然ならなかったし、今回も全然ならない。
だから「時間って何なんだろうな」っていう不思議な感覚になる。いつも、自分が描いてる時間じゃない時間が流れるから。できるときは、急にできる。だからそこまでは早いんだよね」っていう感じもある。今回は潜っている時間も長かった。
みっつ:
4月からだったら、ほんの1〜2ヶ月くらいでグって上がって書いたって感じですよね。ライフタペストリーという 闇と光の統合がみーちゃんのなかでも洗練されてきた中で生まれてきた感じだと思うんですが。
由佐:
前はメンタルモデルだけを扱っていたから「痛みがどう現実に向かうか」まではずっとやってきてたんだけど、結局「その痛みを抱えたのはなぜか」というところに、迫れてなかった。どの痛みを抱えているのは、何をこの世にもたらそうとしているのか。一人ひとりの中にある本当の人生の目的を、そこに紐づけて紐解く。その痛みにフォーカスしたかったわけじゃなくて、人間が分離せざるを得ないこの世界において、肉体を持って生きるということが、いったい何を示しているのか。占いとか予測とか、そういうものに近い感じじゃなくて、現世というかこの人生で起こったこと——事実ベースの体験から紐解ける世界を作りたかったんだろうね、っていう感じ。それを見えるようにしたかった。
みっつ:
なるほど。
由佐:
それってメンタルモデルの本当の価値だと思うし。自分が何を(ここに)持ってきているのかが分かるから、過去にこういう痛みを抱える人生を選んだんだとか、こういう親を選んで生まれてきて、こういう体験をしてるんだとか。人生を織りなしているものの全てが、「あなたがこの世界にもたらしたいもの」に全部つながっている——そういうシナリオを書きたかったんだろうね。
だから本当は「メンタルモデルの4類型が分かったらそれでいい」ってわけじゃない。もちろん、4つの類型があるって聞いたら、みんな血液型みたいに「自分はどれだ?」ってなると思うし、それはそれでいいと思う。だけど、本当の願いは、「どれに当てはまるか」っていうレベルではなくて、そこに痛みがあるわたしが、魂としてこの世界に何を表現したくて来てるのか。そこにみんながつながれるといいな、って思ってる。
みっつ:
うん。多分「分類したい」わけじゃないんだよね。
由佐:
分類に走るのは自然だし、それも別にいいと思ってる。でも本当に言いたいのは、「あなたがどこに類するか」なんて別にどうでもよくて。痛みを持ってきたあなたが、どんな光を世の中に放射したいんですか、っていうところに、みんながつながってもらえたらいいな、って。
みっつ:
みーちゃん自身も、自分のライフタペストリーを伝えようとして、自分の人生を結構赤裸々に書いたと思うんだけど、改めて自分の人生を振り返ってみて、どんな感じでした?
由佐:
結局、どうしてこんなにマニアックに(このテーマに)取り組んでいるかっていうと、自分の人生でいちばん大きかった発見が「わたしはひとりぼっちなんだ」っていうことだったから。そこから、自分が何をしているのか、どう表現するのか、どういうふうに人を傷つけちゃうのかが分かった。自分の人生にとってすごく大きかった。
もちろん、メンタルモデル以外にもいろんな体験に支えられている部分はあるんだけど、決定的にひとりぼっちが見つかったのが大きかったんだと思う。何でこういう体験をしてこなきゃいけなかったのか。何でいつも、こんなに孤独じゃなきゃいけなかったのか。それが1本の線でつながったときに、「自分の人生を生きる感覚」がすごい転換した感じがあるから、それを、いろんな人が持てたらいい、っていうのはすごくある。
だから、自分の人生を1本の糸で通す。枝葉として起きているいろんなイベントが、「全部こういう意味があったんだ」「こういうふうに自分を支えてくれてきたんだ」って見えると、どんな辛いことがあっても、どんな痛みがあっても、肯定的になれる。たくさんの人が、「どうしてこんな親のもとに生まれてきちゃったんだ」とか、「どうしてこんな思いをしなきゃいけないんだ」っていう体験を持ってると思う。
それを恨むんじゃなくて、「これを学びたくてこういことが起きているんだ」とか、「この役割を果たすために、糧になるために起きてるんだ」っていう観点を持てたときに、人生の見え方は全然変わる。概念的に美化して意味づけするっていうことじゃなくて、どれぐらい魂(命)が自分を目的に押し出そうとしているのかが分かる、ということ。
みっつ:
「自分の命が押し出そうとしている」って捉えられると全然変わるでしょうね。(28分35秒あたりまで)
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(文字起こし・ここまで)
この続きはまた明日に!(^^)/


