ザ・メンタルモデルについて(その9)「〝源(みなもと)〟とは何か?」
2026/06/24
6/16からこの寺子屋塾ブログでは、
7/20(月・祝)に予定している
『レゾナント・コミュニケーション』読書会
の事前準備を兼ねて、
著者のおひとり由佐美加子さんが発見された
〝ザ・メンタルモデル〟について書いています。

昨日までに投稿してきた記事を未読の方は
まず次から先にどうぞ!
・ザ・メンタルモデルについて(その1)「はたあそ(第1部)」
・ザ・メンタルモデルについて(その2)「はたあそ(第2部)」
・ザ・メンタルモデルについて(その3)「TEDx Talksプレゼン動画」
・ザ・メンタルモデルについて(その4)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?①
・ザ・メンタルモデルについて(その5)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?②
・ザ・メンタルモデルについて(その6)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?③
・ザ・メンタルモデルについて(その7)『学習する組織』と『U理論』
・ザ・メンタルモデルについて(その8)「〝痛み〟とどう向き合うか」
さて、この連載記事も9回目となりましたが、
今日の記事もザ・メンタルモデルの
中味についての話ではなく、
その前段に関係する話です。
由佐さんが関わっておられる
メンタルモデルに関連する動画のリストがあり、
「源から生きる生き方革命」シリーズの
〝源〟という言葉にピンと来たので、
今日はの記事では、一番最初の第1回
「源から生きる、生き方とは?」の動画を
文字起こしテキスト付きでご紹介します。
(その2) の記事で文字起こしテキストを紹介した
「はたあそ第2部」の後半部で、
『学習する組織』と『U理論』に
触れた箇所がありましたね。

わたしが由佐さんを初めて知ったのが
『U理論』の本で、
この2冊はどちらも由佐さんを紹介する上で
欠かせない重要な書物ということから
(その7)の記事で『学習する組織』『U理論』
について書いた次第です。
(その2)の記事後半
「留学→体系化→世界観の形成」と
中見出しをつけたところに次のようにありました。
いろんな手法を自分の中に加えていって、そこから、「これは使える」と思ったものだけを、ある意味、自分で昇華させたものが、だんだん世界観になっていくんですよね。最初は手法から始まったんだけど、自分のなかで「世界観」が出来上がっていって、「本来、人間ってどういうふうに機能できるのか」っていうことが能力を開発していくと見えてくるから、こういう風に人間って本当はできるんだとか、こういうふうに在れるんだみたいな世界が見えてくると、どういう世界に人間は生きられるのかということを追っかけていくようになって。
なので能力開発から結局社会はみたいな意識に広がるし、地球全体で起こっていることに対して、こういう智慧とか叡智みたいなものはどう使えるのか、みたいなところにも興味が広がるので、それを追いかけていった結果、今の〝全体性から生きる〟っていう世界観に行き着くんだよね。全体性って、人間の全ての機能をフルに使ったときに、人間にはどんな可能性があるのかっていう世界観なんだけど、「良いも悪いもない」っていう二元論を超えて行く先に人間の統合があるし、その統合にはエネルギーのすべてが使えるって世界があるっていうのを、自分なりに追っかけるようになっていって。だから、初めはいろんな人のいろんな手法を学んでいったんだけど、自分がその世界で統合できるものっていう風になって自分の軸ができてくると、今度はその世界観で何ができるのかっていう風に切り替わっていったのが5年ぐらい前からかな。
このなかで、由佐さんが
いろんな手法を自分の中に加えていって、
「これは使える」と思ったものだけを
自分で昇華させたものが、
だんだん世界観になっていく。
と書かれているところについて。
これまで32年間、寺子屋塾を運営する中で
「らくだメソッド」「インタビューゲーム」
「未来デザイン考程」
「トータルゲーム(経営ゲーム)」等々
自分で効果を実感できた学習ツールだけを
人に対して提供するよう努めてきたんですが、
わたし自身も学習ツールを厳選して
日常的に使いこなす行動が
結果的にそのまま自身の世界観の醸成に
つながった実感があります。
また、由佐さんの行き着かれた
人間の全ての機能をフルに使ったときに、
人間にはどんな可能性があるのかっていう
〝全体性から生きる〟っていう世界観についても、
非常に興味関心を持ちました。
今日の記事のメインコンテンツ動画に、
その内容を具体的に知るだけでなく、
ザ・メンタルモデルについても
理解を深めるヒントがあるように感じたので、
まずはご覧になってみて下さい。
・「源から生きる、生き方革命」第1回「源から生きる、生き方とは?」
(文字起こし・ここから)
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みっつ(山本光裕):
では、時間になりましたので始めたいと思います。皆さん、こんばんは。今日から「源から生きる、生き方革命」という講座を始めていくんですけれども、第1回目は 「源から生きる生き方とは」 というタイトルでお届けします。今日の意図としては、「源って何だろう」「源から生きるとは、どういうことだろうか」というあたりの輪郭を、皆さんに掴んでいただくことです。
また、「源って、こういう感じなのね」と理解するというか、腑落ちするというか、そういう状態になってもらえたらいいな、という意図を持ちながら進めていきたいと思っています。よろしくお願いします。
由佐:
なんか、フォーマルな感じでしたが(笑)、ちゃんとやってるなという感じがいいなと思っているんだけど。由佐です。よろしくお願いします。
わたしたちが今生きている時代は、なかなか大変な様相を呈している状態になっていると思います。そこで本当に何が必要なのかを追いかけていたときに、わたしはやっぱり、一人ひとりが自分の本当に内側にある世界と、命につながり直していくことが、人間にすごく必要だと思うに至ったプロセスがあります。そこにつながって本当に生きる、というのは、どんな生き方なのか。日々どんなことをやっていて、そこから生きると、人間は本当はどう在れるのか。このシリーズを通じて、いろいろな切り込み方で、皆さんと分かち合いたいなとすごく思っています。
わたしの一番最初の問いは、「わたしたちは、どうしてこの世界に生まれてきたのか」という問いです。わたしたちは子どものときに、そういう問いを持っていると思うんですね。でも残念ながら、ほとんどの場合、それは大人にまともに受け取られません。結局、外側の世界がわたしたちに求めることに、わたしたちは応え尽くして大きくなっていきます。期待に応えて、能力はついた。
でも、社会に放り出された瞬間に、「自己分析しろ」と言われる。そして、一体本当に自分はここで何をしているのかがわからないまま、生きなければいけない状態になっている。社会的に言うと、「成功とはこんな感じです」「幸せとは、こういうものがあると幸せになれるでしょう」というイメージや、刷り込まれたものだけはあります。
でも、わたしはそれを追いかけたときに、自分がまったくそれになれなかった、という体験がありました。本当に人間が、この三次元の、この世界で充足して生きるためには、一体何が必要なのか。そして、人間がそこに戻れたときに、わたしたちが今抱えているいろいろな環境問題や、なかなか平和にならないこと、いろんな人たちが自分を傷つけてしまうような、本当に今、最悪な状態に見えるものの中にも、糸口があるんじゃないかと思っています。その全体を、どんなふうに捉えているのか。それを皆さんと一緒に考えたり、分かち合ったりしていけたらいいなと思っています。
今日は、本当にイントロというか、一番最初の始まりなので、ソースというものをどういうものだと捉えているのか、ということをお話しします。ソース、源というのは、神と言われたり、大いなるものと言われたり、いろいろな呼び方をされています。基本的には、世の中では「怪しい」とか「スピ系」とか捉えられているものでもあります(笑)。でもわたしは、基本的にそれを命の源泉だと思っています。それがどういうふうに自分たちの内側にあり、わたしたちは本来、そこにどんなふうにつながれるのか。そのことを、まったくスピ系でも、宗教でも、信仰でもない形で理解することが、すごく大事だと思っています。なので、1回目はそのあたりをやりたいなと思っています。
まず、「何を感じて、ここに来てくださっているのか」ということを、3人ぐらいで共有していただく時間を、10分ぐらい取りたいと思っています。お願いします。
みっつ:
では、15分ぐらい、3人で対話をしてきてください。それでは、いってらっしゃい。お願いします。
みっつ:
皆さんお帰りなさい。どんな話が出たか。なぜ自分はここにいるのか。どんな関心があって来たのか。そのあたりを、ぜひ皆さん、Zoomのチャット機能がありますので、そこに書いていただいてもよろしいですか。
いただいているものを見ると、「源とつながることとは」「源につながるステップ」「内側を見る感覚をより知りたい」「源につながったときの感覚」源って漢字がたくさん出てますね。「源からの自己表現」「源につながっているときと、つながっていないときの違い」「源につながることに飽きることはありますか」って面白い質問ですね。あとは、「源とはどんな状態なのか」「持続するには」「源とつながることを妨げるものは?」そんな感じですかね。
源とはなにか
由佐:
今日は、「源」というキーワードに惹かれて来てくださっている方が多いと思っているので、まずそのことに関して話そうかなと思います。「源とは何か」を一言で言うと、この世界にある全生命体です。命です。この世界は命でできていて、命のつながり合いでわたしたちは生かされています。誰がどう逆らっても、それが真理だと思うんですよね。この生態系の微細なバランスが崩れたら、わたしたちは空気さえ吸えないし、水さえ飲めない。そうなったら、人間はあっという間に死んでしまうわけです。この微細な生命が保っている、その意識の源。この生命体を生かし、育み、進化させようとしている意識が、わたしは常に働いていると思っています。他の生物と同じように、人間もその「何かを育む力」に突き動かされていると思っています。それを生きる、ということ。
わたしたちがこの星で、この地球上で生きるというのは、今は「自分たちが生きている」という意識で生きていると思うんですけれども、むしろ「生かされている」というほうが正しいよね、と。生かされているのだとしたら、「わたしたちは、どうしてここに生かされているのか?」という問いが、絶対に次にやってくると思っています。わたしは、人間が本当に持てる意識というのは、すべての命に関心を持つことができる意識だと思っています。それが多分、人間の内側に本当にある、生命に対するすべての愛です。この地球上にある生命を守り、育んでいる意識とまったく同じものを、人間は自分の中に持っていると思っています。そこから人間が意識として生きられる。それが本当の人間の姿としてあり得るんじゃないかなと思っています。
わたしがソース(source)と呼んでいるのは、この全生命体を守ろうとして、育もうとして、この微細で本当に美しい生命の編み目を保とうとしている意識体そのものです。その意識体そのものが、自分の中にあるということを信じることだと思っています。その意識に使われたときに、「わたしはここで何をするように生まれてきているのか?」という話になります。結局、「わたしたちはここで何をしているのか?」と見てみたときに、やっぱりこの進化のプロセスの〝何か〟を担いに来ているんだと思っています。それが本当に、このソースと呼ばれている意識体が望んでいることだと思うし、その意識と自分がつながれたときに、「今、この状態で、この地球上で、この時代で、わたしの命は、どんなふうにその命に使われていくのか?」ということが、すごく大事なことだと思っています。
だけど、今の人間社会の意識は、そういうことよりも、「あなたはどれぐらい社会で評価され、承認され、成功していて、物質的にどれだけ満たされているかっていうのがあなたの幸せなんです」という世界観を、いまだに押しつけています。わたしはここに、徹底的にものすごい虚無感を覚えた時代がありました。その時代を生きていたときに、人生がそれで崩壊しちゃったんですね。社会がわたしに概念として与えた幸せを、わたしは全然幸せだと思えなかった。そして、人生はぶっ壊れた。
だから自分で、「本当に自分の命は、ここで何をしに来たのか?」ということを探しまくったんです。いろいろなものを探しました。そこで至った結論が、この地球上のわたしたちの命を司っている意識は、たぶん、すべての生命が進化し続けていくことを目的としているということでした。そして、自分はこの世界に、その何かを担いたいと思って生まれてきたと思っている。では、それをどういうふうに自分が表現していけば、その一端を担えるのだろう。そこに興味があります。
源から預かっているミッション
源から預かっているミッションというものが、みんなやっぱりあるんですよね。その紐解き方もあります。それがどういうロジックで見えたかというと、わたしたちは一番欲しいものを、この地球に生まれたときに、「ないんだ」という世界を通して体験しているんですよね。たとえば、「愛がない」「つながりがない」「自分が本当に欲しいものが、ここにはない」という痛みを、みんな持っています。この痛みに、ものすごくヒントがあります。自分は、何の痛みを抱えてきたのか?自分の生きている過程の中で、どんな痛みを抱えてきたのか。それを見たときに、自分のミッションは、実はその痛みの裏側にあります。それが痛かったということは、「自分は本当にここに、何があるはずだと思っているのか?」という世界観があるんです。それを、みんなもたらしたいと思っている。一人ひとり、もたらしたいと思っているものは違います。
わたしが毎回それを見るたびに本当に感動するのは、それが本当に美しいということです。一人ひとりが、この世界に本当に美しいものをもたらしたくて生まれてきている。でも、わたしたちはそこから切り離されていて、自分がどんな世界を作り出したくてここに生まれてきているのかが、わからなくなってしまっている。要は、わたしたちはここに、作り出すものとして生まれているんです。従属したり、適合したりするためではない。本当に欲しい世界を、一人ひとりが現実として生み出す。そういう力を、人間は機能として備えて生まれてきています。残念ながら、今はそれが全然使われていないんですけれども、それをどういうふうに、自分がもともと備えている機能に目覚めて、使えていって、この現実を変えていけるのか。そこを集合的な能力として、やっぱり持ちたいんですよね。
それは、新しいものを見つけることではありません。基本的には思い出すだけです。自分がそれを持っている。こういうふうに使ったら、こういうふうに現実は作り出せるんだ。そのことを一人ひとりが思い出していくことができたら、あっという間に本当は現実は塗り替えられるんです。そのヒントは全部、内側の自分の「ある世界」にどうつながっていくのか、というテクノロジーにしかありません。でも、今の人間はそのテクノロジーを知らないし、「外側で何かをすれば現実が変わる」という幻想に、完全にはまっているんですよね。
だから、みんな外側の行動力をものすごく増やします。何か困ったことや不快なことがあると、「何をしたらいいんでしょうか?」と、みんな言うわけです。でも、「何をしたら」というふうになってしまったら、基本的には内側の何にもつながれずに、外側で今までの自分のパターンを繰り返すだけです。だから、現実を変える力は、本当はそこにはありません。でも、「そのHow toを新しいものにしたり、違うことができるようになったら、現実は変わる」と思い込んでしまっている。
本当はそうではありません。自分の内側にどうやってつながるのか。そして、内側の世界が変わった瞬間に、外側は全部塗り替わります。そのことを本当に伝えたいんです。昔は、たぶん「悟りを開く」とか「目覚める」とかいう言葉で言われていたことが、今は、この日常の生活で起こることを通して、人間はそこから本当に進化していける糧を得られる時代が来ていると思っています。その現実をどう認知したらいいのか。そこを、第2回目以降でやりたいなと思っています。
日々、自分に起こることをどう扱うか。それが、自分の進化を実際に決めています。でも、その扱い方を、わたしたちはちゃんと教えてもらえません。だから、何かが起こると、「ああ、嫌なことが起きちゃった!」で終わってしまう。そして、「あいつのせいだ!」という話になってしまう。でも、そうではありません。本当に自分の内側の世界の糧にして、そこからどうやって現実を作り出していくのか。そこが、今のこの時代に絶対的に必要なテクノロジーだと思っています。だから、それをやっていきます。というか、それしかやりたくないんですけれども(笑)、それをやりたいなと思っている、という感じです。
だからわたしは、ソースというのは、みんなが集合的につながっている、命を司っている大元にある意識だと思っている。そして、それを自分の中に感じている、ということです。そこに使われたいと思っている。そこにつながったときに、自分が日々この現実――自分に起こる現実をどうやって扱っていけば、そこにつながり続けられるのか。そのことを、このシリーズでやっていきたいなと思っています。(続く)
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(文字起こし・ここまで)
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