寺子屋塾

ザ・メンタルモデルについて(その18)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり④」

お問い合わせはこちら

ザ・メンタルモデルについて(その18)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり④」

ザ・メンタルモデルについて(その18)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり④」

2026/07/03

6/16からこの寺子屋塾ブログでは、
7/20(月・祝)に予定している
『レゾナント・コミュニケーション』読書会

の事前準備を兼ねて、

著者のおひとり、由佐美加子さんが発見された

〝ザ・メンタルモデル〟について書いています。

 

昨日までに投稿してきた記事を未読の方は

まず次から先にどうぞ!
ザ・メンタルモデルについて(その1)「はたあそ(第1部)」

ザ・メンタルモデルについて(その2)「はたあそ(第2部)」
ザ・メンタルモデルについて(その3)「TEDx Talksプレゼン動画」

ザ・メンタルモデルについて(その4)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?①

ザ・メンタルモデルについて(その5)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?②

ザ・メンタルモデルについて(その6)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?③

ザ・メンタルモデルについて(その7)『学習する組織』と『U理論』

ザ・メンタルモデルについて(その8)「〝痛み〟とどう向き合うか」

ザ・メンタルモデルについて(その9)「〝源(みなもと)〟とは何か?①」

ザ・メンタルモデルについて(その10)「〝源(みなもと)〟とは何か?②」

ザ・メンタルモデルについて(その11)「〝源(みなもと)〟とは何か?③」

ザ・メンタルモデルについて(その12)「〝源(みなもと)〟とは何か?④」

ザ・メンタルモデルについて(その13)「〝源(みなもと)〟とは何か?⑤」

ザ・メンタルモデルについて(その14)「吉本隆明『共同幻想論』に重ね合わせてみて」

ザ・メンタルモデルについて(その15)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり①」

ザ・メンタルモデルについて(その16)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり②」

ザ・メンタルモデルについて(その17)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり③」


さて、この連載記事も回を重ね18回となっています。

 

(その15)と(その16)では、

『ザ・メンタルモデルワークブック』

出版された直後の2021.12.14に

手放し経営ラボの主催で

由佐美加子さんをゲストに行われた

トークライブ
自分を「観る」と、生き方が変わる。経営が変わる。
〜由佐美加子の全てが詰まった集大成をひもとく!

のダイジェスト①&②を

文字起こし付きでご紹介し

昨日(その17)では、

それに対してのわたしのコメントを書きました。

 

例によって、長々と書いてしまったので、

わたしの伝えたかったことが

読まれた方にどこまで伝わったか

甚だ心許ないのですが。。。

 

ただ、書かれた内容を理解できさえすれば、

それですべてが完了するってことはありません。

 

仏教の話を書いた次の記事

釈迦は何を悟ったのか(苫米地英人の「真・仏教入門」)

で苫米地さんが仏教について

「釈迦が悟ったことと語ったことは別」

と語られていた通りで、

「〝できること〟と〝わかること〟は別」なので。

 

由佐美加子さんは

今回のTALK LIVEの中で

「内側の世界が外側の世界をつくりだす」

語っておられましたが、

「内側の世界が外側の世界をつくりだす」って
アタマで理解できたとしても

大切なのはそれをどう体感しどう実践するかなので、

理解できたところで、どうなるものでもありません。

 

由佐さんのお話は、さらっと聞くだけだと、

心理学的な話、あるいは

自己探求の話のように聞こえたかもしれません。

 

「自己理解が大事だ」とか、
「自分の感情を大切にしましょう」とか、

「ありのままの自分を受け入れましょう」とか、

そういう話のようにおもわれた方も

いらっしゃったかもしれません。

 

でも、由佐さんも語っておられた様に、

学びというものは、わかったからといって

それで終わりではなく、

知識や情報を得ることだけで

完結するものではないんですね。

 

もちろん、知識や情報が大切じゃないと

言いたいわけではないのです。

 

しかし、知識をどれだけたくさん詰め込んでも

多くの情報にふんだんにアクセスできても

それだけで人が変わるわけではありません。

 

人が本当に変わるのは、日常の中で、

体験を通して

「あっ、そうだったのか!」と

〝気づく〟瞬間が起きたときです。

 

もちろん、研修や講座のような非日常の場で、

大きな気づきが起こることもあります。

 

でも、その気づきが日常に戻った途端に

気づきが薄れてしまったり、

気づく前に逆戻りしてしまったりすることも

少なくありません。

 

つまり、気づきは深層レベルで

しかも、日常的な場において生まれないと

なかなか不可逆的な変化には至らないのです。

 

 

これは、わたしが寺子屋塾を始めた

大きな理由のひとつでもあるし、

長年実践してきたセルフラーニングという

考え方、学び方とも、

かなり深いところでつながっているんですが、

学びは、先生から一方的に与えられるものでなく、

学習者自身の実体験を通して、

内側から立ち上がってくるものだからです。

 

長男が5月に書いた自己紹介記事を紹介した

6/6に投稿した次の記事では、

人間の成長の核心にはしばしば、

本人が能動的に回し始める〝運用〟がある

と書きました。

「断片で届く世界を生きる」とは?──長男の書いたブログ記事を読んで

 

わたしがこの寺子屋塾を始めた32年前から

〝教えない教育〟を標榜しているのは、

そうした気づきの根幹が

学習者自身の「認知システム」にあって、

何をどのように教えるかというのは、

それほど重要な問題ではないと気づいたためでした。

 

つまり、自分で体験を通して体感しながら

身につける以外に術は無いし、

課題や必要な力は個別に異なるから、

まわりの人間がどんなに努力したところで

教えることはできないんですね。

 

自分で〝感じる〟しかないんです。

 

でも、現代では

そもそもこの〝感じる〟ことができなくて、

すぐにアタマの思考が動き出してしまう

大脳優位な人が少なくありません。

 

そして、由佐さんが語られていたように、

同じ出来事を体験していても、

どんなことに反応し、何に気づくか、

そして、どのタイミングで気づくかは、

人によってまったく違います。

 

このことに関連する話については、

以前、次のような記事を書いたことがありました。

計画的偶発性の場づくり 哲学対話とゲームセンター型コミュニティ

 

つまり、指導者の立場にあるわたしが、

どんなに綿密な計画を立てられたとしても

わたし一人でできることに自ずと限界があります。

 

よって、わたし自身が学びの場のあり方を

すべてコントロールしようとする姿勢を手放し、

予期しない出会いや体験、対話が

日常の中で起こるような〝場〟を設定して

偶発的な気づきが生まれやすく配慮することは、

こんにち、学びの場づくりにおいて

非常に大切なのではないかと考えているんですね。

 

・・・ナンテ感じで書いてゆくとまた

キリがなくなってくるんですが・・・ (^^;)

 

いずれにしても、昨日の投稿記事は冗長すぎ

ポイントが拡散していたことは確かなので、

今日は、結局のところ

何が重要だったかについて

3点に絞って整理しておきましょう。

 

 

1つめは、「〝意識〟の扱い方についての自覚」です。

 

「あなたは、意識がどこにありますか?

 そして,その意識はどういう状態で、

 どこを向いていますか?

 意識って結局なんですか?」と問われたら

何と答えますか?

 

(その13)の記事で予告したように、

「〝源〟とは何か?」という問いに対する

わたし自身が現時点でここまでわかっている

ということについては、

今こうして書き続けている

〝ザ・メンタルモデル〟についての記事とは別に

新しくテーマを設定して

連載記事の形で書くつもりです。

 

でも、その最も重要なポイントを

ひとことで言ってしまうと

結局、「意識」をどこに置いていて、

どこに向けているのか

それをどう自覚しているかなんですね。

 

つまり、由佐さんがライブで話されていたことと

かなり近いことをわたしは、

寺子屋塾という場で算数プリントを使いながら

32年間やってきたとも言えるので、

由佐さんのお話は、

首がもげるくらい同意したい内容のものでした。

 

でも、「〝意識〟の扱い方を

算数プリントを使ってやっている」ナンテ話しても、

ほとんどの人にとってハテナマークが

100個ぐらい浮かんでしまうようなことで、笑

全然結びつかないでしょうから、

そもそもコトバで理解することではないので、

それを体験しながら学べるように

寺子屋塾という場を設けているわけなんですが。

 

 

2つめは、「自己理解と自己受容の大切さ」です。

 

人は不快な感情や恐怖に出会ったとき、

それを何とか克服しようとしたり、

逆に見ないように目を反らし逃避したりします。

 

しかし、由佐さんが語られていたように、

「克服」も「逃避」も

抵抗しているという意味では根っこは同じで、

自分自身に抵抗している間は、

本質的な変化は起こりにくいんですね。

 

自分の内面を見ることに対して、

多くの人は恐怖を感じています。

 

まるで自分の内側がパンドラの箱であるかのように、

それを開けてしまったら

見たくないもの、恥ずかしいもの、

弱いものが出てくるのではないかとおもってしまう。

 

でも、そういう風に

自分を自分でジャッジしていること自体

勘違いというか、

自分勝手なおもいこみに基づくもので、

ほとんどの人は、自己認識に誤解があるんですね。

 

自己受容ができていないと、

目標や計画が

うまくいかないことが少なくないこととも

関係しているんですが、

ジョージ・ウェインバーグが言うとおり、

行動は、隠された動機を

強化する方向に働いてしまうのです。

 

つまり、現状否定が前提にあると

どんなに立派な目標や計画を立てても

それが「絵に描いた餅」になりがちなのは、

ここ1ヶ月ほど繰り返し繰り返し書いているので

もうわかりますね?

 

もし、学習の動機に劣等感があるのなら、

学習すればするほど、

その劣等感はますます強化されるのですから、

自己嫌悪や自己否定が行動の起点にあれば、

どんなに頑張って努力しても

その結果がうまくいかないのは、

不思議でも何でもなく、アタリマエですよね。

 

由佐さんは、

「人間は抵抗の中には変化を起こせない」

と言われてましたが、

わたしも教育の世界で40年以上仕事をしてきて、

とにかくそのことを痛感しているんです。

 

抵抗することが変化であり、学習であり、

成長なんだって勘違いしている人も

たくさん見てきました。

 

「自分の内側を観る」ということは、

自分のジャッジを手放すということであって、

恥ずかしいもの、弱いものとおもっているものが

本当にそうなのかどうかは、

自分で感じてみる以外に確かめる道はありません。

 

昨日も書きましたが、

この〝感じる〟というのが、

回路を麻痺させてしまっていてできないんですね。

 

そもそも、「自分」と「対象物」という風に

分離させていたら、

〝感じる〟なんて無理ゲーなんですよ。

 

でも、よく誤解されるんですが、

この「ありのままの自分を受け入れる」というのは、

「できないままの自分でいい」とか、

自分を甘やかすこととは似て非なることなのです。

 

むしろ、自分の中に

実際に何が起きているのかを正しく観て、

正確に理解しようとする態度を言っているので。

 

「なぜ自分はこう反応するのか?」

「なぜこの人に対してこんな感情が湧くのか?」

「なぜこの出来事をこう受け取っているのか?」

このような〝問い〟を立てながら

観察し続けることによって、

外側の現実と内側の世界と

つながりについての解像度が上がっていきます。

 

日常的に〝問い〟を立てる姿勢というのは、

言い換えれば、

自分の内側に〝拠り所〟をつくることなんですね。

 

とはいえ、こんなふうに書いているわたし自身、

このことの大切さに気づいたのは、

三十代の半ばになってからでしたが。(^^;)

 

 

そして3つめは、

「身体はインテリジェンスの宝庫である」という点。

 

わたしたちはどうしても、考えること、

分析すること、言葉で理解することに

偏っていて、大脳思考優位の状態にあります。

 

でも、2でも書いたとおり、

また、1に書いたこととも関係するんですが、

「感じる」ためには、

「〝意識〟を身体に向ける」必要があるんですね。

 

「胸のあたりに何が起きているのか」

「お腹は固くなっていないか」

「呼吸は浅くなっていないか」等々、

身体は、頭よりもずっと早く、

そして正確に反応して伝えてくれています。

 

思考するよりも前に

その身体の声に気づけるようになると、

自分の内側で起きていることを、

より繊細に受け取れるようになるんですね。

 

そういう意味でも、

「意識」を外側だけに向けるのではなく、

内側にも向け、さらに、

その両方を自由に行き来できるよう練習することは、

学びにおいても、経営においても、

とても重要なことだとおもうのです。

 

由佐さんが、パフォーマンスとは、

「意識 × エネルギー」であると言われてました。

 

単なる能力やスキルだけで決まるものでないし、

分離した意識のままでは、

根本的な変容は起こりにくいと言えるでしょう。

 

以前、このブログでも

統合することをテーマに24回の記事を

書いたことがあったんですが。

「統合する」ということ(その24・最終回)これまでのまとめ

 

さまざまな問題の根っこをたどっていくと

結局「分離」に行き着くので、

そのひとつひとつをどれだけ丁寧に

〝統合〟していけるかが大切なんですね。

 

どのような意識状態で、

どのようなエネルギーで物事に向き合っているのか、

それが、その人の学び方にも、生き方にも、

そして経営にも現れてくるのです。

 

そう考えると、「自分を観る」ということは、

単なる内省ではありません。

 

自分の生き方を変え、関係性を変え、

現実のつくり方そのものを変えていくための、

非常に実践的な入口であるし、

そしてそれは、誰にでもできることなんですね。

 

 

また、ダラダラと長文を書いてしまいました。(^^;)

 

でも、今日のこの記事では

ポイントを一応3つに絞って整理したので

昨日よりはわかりやすかったのではないでしょうか。

 

 

明日からは、ザ・メンタルモデル四分類の

具体的な中身に入って行こうと考えています。

 

ではまた明日!(^^)/

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

●2021.9.1~2024.12.31記事タイトル一覧は

 こちらの記事(旧ブログ)からどうぞ

 2025年に投稿した365記事はすべて

 今日の音楽シリーズで12/31に全リストを掲載

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
☆寺子屋塾に関連するイベントのご案

 7/11(土) 10:30~18:30 寺子屋Notion

        未来デザイン考程セミナー

 7/20(月・祝) 13:30~16:30
   『レゾナント・コミュニケーション』読書会

 7/26(日) 10:30~ 易経入門講座〔第3期〕
      14:00~ 易経準中級講座 第14回

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◎らくだメソッド無料体験学習(1週間)

 詳細についてはこちらの記事をどうぞ!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

当店でご利用いただける電子決済のご案内

下記よりお選びいただけます。