ザ・メンタルモデルについて(その34)「仏教との関わり」
2026/07/19
6/16からこの寺子屋塾ブログでは、
7/20(月・祝)に予定している
『レゾナント・コミュニケーション』読書会
の事前準備を兼ねて、
著者のおひとり、由佐美加子さんが発見された
〝ザ・メンタルモデル〟について書いています。

昨日までの投稿記事に未読分がある方は
まず次から先にどうぞ!
・ザ・メンタルモデルについて(その1)「はたあそ(第1部)」
・ザ・メンタルモデルについて(その2)「はたあそ(第2部)」
・ザ・メンタルモデルについて(その3)「TEDx Talksプレゼン動画」
・ザ・メンタルモデルについて(その4)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?①
・ザ・メンタルモデルについて(その5)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?②
・ザ・メンタルモデルについて(その6)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?③
・ザ・メンタルモデルについて(その7)『学習する組織』と『U理論』
・ザ・メンタルモデルについて(その8)「〝痛み〟とどう向き合うか」
・ザ・メンタルモデルについて(その9)「〝源(みなもと)〟とは何か?①」
・ザ・メンタルモデルについて(その10)「〝源(みなもと)〟とは何か?②」
・ザ・メンタルモデルについて(その11)「〝源(みなもと)〟とは何か?③」
・ザ・メンタルモデルについて(その12)「〝源(みなもと)〟とは何か?④」
・ザ・メンタルモデルについて(その13)「〝源(みなもと)〟とは何か?⑤」
・ザ・メンタルモデルについて(その14)「吉本隆明『共同幻想論』に重ね合わせてみて」
・ザ・メンタルモデルについて(その15)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり①」
・ザ・メンタルモデルについて(その16)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり②」
・ザ・メンタルモデルについて(その17)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり③」
・ザ・メンタルモデルについて(その18)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり④」
・ザ・メンタルモデルについて(その19)「ライフタペストリーとプロセスデザイン」
・ザ・メンタルモデルについて(その20)「ライフタペストリーと親鸞上人」
・ザ・メンタルモデルについて(その21)「価値なしモデルと愛なしモデル」
・ザ・メンタルモデルについて(その22)「欠陥欠損モデルとひとりぼっちモデル」
・ザ・メンタルモデルについて(その23)「実存的変容とのつながり①」
・ザ・メンタルモデルについて(その24)「実存的変容とのつながり②」
・ザ・メンタルモデルについて(その25)「実存的変容とのつながり③」
・ザ・メンタルモデルについて(その26)「動物脳と人間脳①」
・ザ・メンタルモデルについて(その27)「動物脳と人間脳②」
・ザ・メンタルモデルについて(その28)「動物脳と人間脳③」
・ザ・メンタルモデルについて(その29)「脳と心の関係について」
・ザ・メンタルモデルについて(その30)「原生的疎外と純粋疎外」
・ザ・メンタルモデルについて(その31)「反応しちゃう自分の扱い方」
・ザ・メンタルモデルについて(その32)「生存本能は痛みの回避が目的」
・ザ・メンタルモデルについて(その33)「身体を使って感じる体験がモト」
この連載記事も回を重ね34回めとなりましたが、
『レゾナント・コミュニケーション』読書会の
第1回がいよいよ明日になりました。
継続して考察しているテーマは、
その人の生存本能とその人自身をどう区別するか
ということです。
一昨日、昨日と2回にわたって、
(その26)の記事で紹介した
前野隆司さんのウェルビーイングをテーマにした
YouTubeの番組に、2024年5月
由佐美加子さんがゲスト出演された後半部、
メンタルモデルに基づくセッションと
その後のやりとりをお届けしました。
終盤あと5分のところで、前野隆司さんが
浄土真宗の開祖・親鸞聖人のことを
「みーちゃんが言っていることと一緒ですね」と
話されていたんですが、
わたしがこの連載記事で書いていた内容と
つながりましたか?
吉本隆明さんの『ひとり 15歳の寺子屋』から、
親鸞上人が『教行信証』に標した
往相・還相について触れた箇所を引用し
紹介していたからです。
本日投稿する記事のメインコンテンツは、
〝ザ・メンタルモデル〟と「仏教との関わり」で、
(その26)以後の記事で触れてきた、
動物脳と人間脳の違いや、
吉本隆明さんが『心的現象論』で提唱された
原生的疎外と純粋疎外について、
単細胞生物「粘菌」の話題など、
過去に投稿したことと重複する内容を含みますが
けっして解りやすい話とは言えず、
何度同じことを書いても
それはそれでおさらいになるので、
この機会に整理しておこうとおもいたちました。
さて、これまで寺子屋塾ブログで書いてきた
仏教関連の記事でとくに重要なものは、
四諦五蘊観に言及している次の3つです。
・苦を終わらせる4つの真実〝四諦〟
・人間の精神作用を表した〝五蘊無常無我〟
ただし、八正道は釈迦自身のものでなく
五蘊観を理解できなかった
釈迦の弟子たちもしくは
後世の仏教学者の創作としている
在野の仏教研究者・冨永半次郎の説を採用するなど
わたしがこのブログに書いている話は、
一般的な仏教の学説に沿ったものではないので、
その点ご注意ください。
少し前に次のようなつぶやき考現学を
書いたことがありました。
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事実をありのままに眺めて
観察しようとすることと、
そうおもいこもうとすることは、
似て非なること。
あるものはあるんだし、
ないものはないんだから。
よって、あるものをないことにし、
ないものをあるかのように装い
おもいこもうとすることは、
苦しみや恐怖を倍加させる。
苦しみは簡単には消えない。
でも、苦しみを生みだしているのが
誰なのかは知ることができる。
恐怖は簡単には消えない。
でも、人間の心がなぜ
恐怖をつくりだしてしまうのか、
そのメカニズムは見つけられる。(2019.1.29)
※井上淳之典のつぶやき考現学 No.24
お釈迦さまは、脳科学も心理学もなかった
2500年前に、苦しみを生み出すのが誰であり、
恐怖をつくり出す〝メカニズム〟を
見抜かれた人物だったわけですね。
(その29)の記事で「脳と心の関係」について
書いたんですが、釈迦が生きていた時代は、
おそらく脳については、
ほとんど知識・情報がなかったでしょうから
脳と心をひとつのものとして捉えていたと
考えてよいでしょう。




五蘊観を再度漢訳とパーリー語で示します。
1.色(しき)rûpakkhandha ルーパッカンダ
2.受(じゅ)vedanâkkhandha ヴェーダナッカンダ
3.想(そう)saññâkkhandha サンニャーッカンダ
4.行(ぎょう)sankhârakkandha サンカーラッカンダ
5.識(しき)viññânakkhanda ヴィンニャーナッカンダ
1.色(しき・ルーパ)
「色事」「色欲」という熟語からもわかるように、
対象を構成している感覚的・物質的なものの
総称(外界からの刺激)を指すと同時に、
肉体としての身体が物理的に存在する意味も含む。
2.受(じゅ・ヴェダナー)
身体に備わった感覚器官で1を受ける過程のこと。
人間の場合は(色・声・香・味・触)という刺激を
(眼・耳・鼻・舌・身)で受ける。
3.想(そう・サンニャ)
2で受けた刺激を取捨選択する過程のこと。
快であれば満足し、不快であれば避ける。
この3までの過程は生き物総てがもっている。
4.行(ぎょう・サンカーラ)
行動の動機や意志をつくりあげていく
見えない、自覚できない過程のこと。
心理学で言うところの「無意識領域」にあたる。
ここからの過程は人間のみがもつ。
5.識(しき・ヴィニヤーナ)
4がはたらいた結果として認識に立ち上った判断、
自覚できる意識の過程のこと。
つまり五蘊観とは、人間の精神作用を
「色→受→想→行→識」という5つのプロセスで
示したもので、「五蘊無常無我」「五蘊仮和合」
「五蘊皆空」などさまざまな言い方があって、
・五蘊は常に変化していて同じ状態にないこと
・中心を成す「自我」という司令塔は存在しないこと
つまり、本当はどこにも存在しない「自我」を、
あたかも存在しているかのように
生み出してしまう構造のことを言うわけです。
雲黒斎さんが、この五蘊観について
次のようなたとえ話をブログに書かれてました。


こういうふうに5つが組み合わさることで、
あたかもそこに
「わたし」という人が住んでいる
お家のような空間が生まれてしまう、
これが「自我」の正体なんだと。
いやぁ、このたとえ話は本当に解りやすいですね。
過去に投稿した記事
には、「色→受→想→行→識」のうち、
3番目までのプロセス「色→受→想」は、
人間以外のすべての生き物が持っていると
書いたんですが、
この話は、生活や健康の一番の土台となる
イノチの力やそのはたらき、しくみに
関わることでもあるんですね。

たとえば、NHK-E-テレ「サイエンスZERO」
という番組で
という特集が組まれたことがあったんですが、
単細胞生物で、脳も神経もない
「粘菌」(冒頭の写真)が迷路パズルを解いて、
最短距離で餌にありつく様子が紹介されていました。

コレってすごくないですか?
脳も神経もないんですよ。
どうやって判断してるんでしょう?
この画像は、国立大学附置研究所・センター会議の
活動紹介記事から拝借したんですが、
中垣教授はサイエンスZEROの番組にも
出演されていました。
中垣教授いわく、
粘菌は複雑な状況のなかで、生存のために
最適な行動をすることができる。
これは、脳や神経系の有無にかかわらず、
あらゆる生き物が持っている
基本的な知能の一端であり、
究極的には物理法則に還元できる
全生物共通の基盤だと予想しています。
たとえば、野球で外野手がフライを追いかけていって
キャッチする時、選手は弾道計算などするのではなく、
ただボールを見上げる角度が一定になるよう走る。
このような浮遊物捕獲のアルゴリズムは、
虻や魚にも存在しており、姿形が大きく異なっても、
ある基本設計を共有しているようです。
(前記website記事より・太字は井上)
すなわち、「色→受→想」は具体的に書くと、
色・・外界の対象物から
受・・刺激をキャッチして
想・・快、不快により選択する
というプロセスですから、
ネコがひなたぼっこすることも、
ヒマワリなどの花が太陽の方を向いて咲くのも、
ゴキブリが人の気配を感じると
逃げていくのも、笑
みな同じで、すべての生物にもともと備わった
イノチの力でありはたらきと言えるんだと。
また、(その30)の記事で
「ネコの心とヒトの心の違い」に触れた箇所を
紹介しました。
そこに、人間を含むすべての生物に存在する心を
「原生的疎外」とし、人間のみに存在する心を
「純粋疎外」と書かれていましたが、
この考え方の画期的で優れているところは、
生物一般の心と人間の心を、別物としてでなく
同じイノチをもった生物として
連続したものとして捉えているところでしょう。
つまり、「色→受→想」を「原生的疎外」とみなし、
「行→識」を「純粋疎外」とみなしたとすれば、
お釈迦さまの五蘊観と
吉本さんの『心的現象論』の心の捉え方は
類似していると気がついたわけです。

また、この五蘊観(五蘊無常無我)が
四諦「苦集滅道」の四番目「道」にあたり、
苦を滅する方法論であると書いたんですが、
このように仕組みとして理解することで、
どのようにそれを扱えばいいかが
わかるというところです。
それと、前述したように、
「五蘊観」も「原生的疎外と純粋疎外」も
いずれも生物一般の心と人間の心を
同じイノチをもつ生物として連続的に捉えているので、
両者を対立軸で捉えるのでなく、
人間と人間以外の生物との違いとして
意識できるところが大事なんですね。
(その26)(その32)(その33)で紹介した
前野隆司さんのウェルビーイングをテーマにした
YouTubeの番組内で、
「生存本能ちゃん」と呼んでいたものは
「原生的疎外」のことですが、
生存本能による恐れや不安に対する反射行動を
大脳思考が増幅させてしまっているところが
問題ではないかと。
たとえば、健康な人は
健康であることを意識しないように、
人間以外の動物は、健康を意識しません。

つまり、病気になることで、
人間は初めて健康の有難みがわかるわけですが、
「有り難さがわかる」でとどめればいいものを、
アタマの中で「健康」という実体のない
観念を作りあげ、
「健康」を渇望するようになってしまうというのが
人間のサガであり、それが苦を生んでしまう・・。

つまり、人間は大脳というモノを持ったがために、
結果として現象化しているところや
意識できるところだけで、
「何とかしよう」としてしまうわけなんですが、
その姿勢にはおのずと限界があるのです。
たとえば、怒りをコントロールしようとする
「アンガーマネジメント」という
プログラムがあります。
何に対して、どのような怒りを持つかについては、
識(ヴィニヤーナ)の前段階にある
行(サンカーラ)のいわゆる無意識領域に、
どういうものが蓄積されているかで決まるので、
人によって大きく違います。
よって、その行(サンカーラ)領域を正常化し
整えようとするアプローチを抜きにして、
現象化してしまった怒りを、
後からコントロールしようとするのは難しく、
大きな負担になることは、
きっと容易に理解して頂けることでしょう。
つまり、識(ヴィニヤーナ)の領域だけで
問題解決しようとすることは、
大脳を必要以上に酷使しすることにつながり、
結果として、「色→受→想」の領域と
「行→識」の領域を分断し、
アンバランスな状態を生んでしまいます。
これを仏教では「四苦八苦」のうちのひとつ、
「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」と言うんですが、
五蘊が過剰に働いてしまう
苦しみと解することができるでしょう。

人間も「色→受→想」という
原生的疎外の領域をもっているわけですから、
身体を使って五感を働かせながら実体験し、
「感じた」ことをもとに考えるというのが
イノチあるすべての生物がもっている
精神構造の理に適った心の使い方ではないかと。
以上の話の一端を、つぶやき考現学のスタイルで
書いたことがありました。
お釈迦さまが実践されたこと(つぶやき考現学No.86)
この続きはまた明日に!(^^)/

