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ザ・メンタルモデルについて(その38)「Co-Creationという世界の生き方④」

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ザ・メンタルモデルについて(その38)「Co-Creationという世界の生き方④」

ザ・メンタルモデルについて(その38)「Co-Creationという世界の生き方④」

2026/07/23

6/16からこの寺子屋塾ブログでは、
7/20(月・祝)に開催した
『レゾナント・コミュニケーション』読書会

の準備を兼ねて、

著者のおひとり、由佐美加子さんが発見された

〝ザ・メンタルモデル〟について書いてきました。

 

昨日までの投稿記事に未読分がある方は

まず次から先にどうぞ!
ザ・メンタルモデルについて(その1)「はたあそ(第1部)」

ザ・メンタルモデルについて(その2)「はたあそ(第2部)」
ザ・メンタルモデルについて(その3)「TEDx Talksプレゼン動画」

ザ・メンタルモデルについて(その4)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?①

ザ・メンタルモデルについて(その5)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?②

ザ・メンタルモデルについて(その6)ドラマ『逃げ恥』の登場人物はどれ?③

ザ・メンタルモデルについて(その7)『学習する組織』と『U理論』

ザ・メンタルモデルについて(その8)「〝痛み〟とどう向き合うか」

ザ・メンタルモデルについて(その9)「〝源(みなもと)〟とは何か?①」

ザ・メンタルモデルについて(その10)「〝源(みなもと)〟とは何か?②」

ザ・メンタルモデルについて(その11)「〝源(みなもと)〟とは何か?③」

ザ・メンタルモデルについて(その12)「〝源(みなもと)〟とは何か?④」

ザ・メンタルモデルについて(その13)「〝源(みなもと)〟とは何か?⑤」

ザ・メンタルモデルについて(その14)「吉本隆明『共同幻想論』に重ね合わせてみて」

ザ・メンタルモデルについて(その15)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり①」

ザ・メンタルモデルについて(その16)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり②」

ザ・メンタルモデルについて(その17)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり③」

ザ・メンタルモデルについて(その18)「自分の内面を観ることと〝経営〟のつながり④」

ザ・メンタルモデルについて(その19)「ライフタペストリーとプロセスデザイン」

ザ・メンタルモデルについて(その20)「ライフタペストリーと親鸞上人」

ザ・メンタルモデルについて(その21)「価値なしモデルと愛なしモデル」

ザ・メンタルモデルについて(その22)「欠陥欠損モデルとひとりぼっちモデル」

ザ・メンタルモデルについて(その23)「実存的変容とのつながり①」

ザ・メンタルモデルについて(その24)「実存的変容とのつながり②」

ザ・メンタルモデルについて(その25)「実存的変容とのつながり③」

ザ・メンタルモデルについて(その26)「動物脳と人間脳①」

ザ・メンタルモデルについて(その27)「動物脳と人間脳②」

ザ・メンタルモデルについて(その28)「動物脳と人間脳③」

ザ・メンタルモデルについて(その29)「脳と心の関係について」

ザ・メンタルモデルについて(その30)「原生的疎外と純粋疎外」

ザ・メンタルモデルについて(その31)「反応しちゃう自分の扱い方」

ザ・メンタルモデルについて(その32)「生存本能は痛みの回避が目的」

ザ・メンタルモデルについて(その33)「身体を使って感じる体験がモト」

ザ・メンタルモデルについて(その34)「仏教との関わり」

ザ・メンタルモデルについて(その35)「Co-Creationという世界の生き方①」

ザ・メンタルモデルについて(その36)「Co-Creationという世界の生き方②」

ザ・メンタルモデルについて(その37)「Co-Creationという世界の生き方③」

 

 

さて、7/20に『レゾナント・コミュニケーション』

第1回の読書会も無事開催し終え、

この連載記事も回を重ね38回めとなり、

締め括りのステップに入りました。

 

それで7/20からは、この長い連載記事で触れた

重要ポイントがほぼ網羅され統合され、

しかも実践するアプローチのヒントも含んでいる

総括篇の素材として

由佐美加子さんがCCCを立ち上げられて

間もない2015年2月のタイミングで行われた

公開セッション(全篇2時間48分)

「Co-Creationという世界の生き方、リーダーシップ」

の文字起こしテキストを紹介しています。

 

3回めの昨日は、1時間06分10秒あたりから

1時間29分30秒あたりまでを書き起こしたので、

続きになりますが、その前に復習をかね、

まずは昨日投稿した記事内についての重要ポイントを。

 

 

冒頭すぐのところで、参加者のお一人から

「事実を見るってどうすればできますか?」

という質問がありました。

 

物事のありのままの真実の姿を、

自分の主観や偏見、感情に囚われることなく

正しく見極めることを意味する

〝如実知見〟という言葉がありますが、

これは仏教由来の用語なんですね。

 

(その34)の記事では

仏教との関わりに触れましたが、
「観に行く」という行為を、日常の次元において、

どれだけ細かくやれるかが一つのカギでしょう。

 

終盤の方で「マインドフルネス」についての

質問も出されていて、

観察力とともに、選択する意思の力の大切さ

語られていましたが、

この〝選択する意思〟というのは、

ジャッジメントとは似て非なるものなので、

気をつけなければいけません。

 

そのジャッジの根拠となっている基準そのものが、

他者から無自覚に刷り込まれたものや、

世間的な価値観に基づいていることが少なくなく、

「ジャッジの根拠となっている基準」までを

含めて自ら観察する必要があるからです。

 

それから、体験の大切さが語られていましたね。

 

発信された情報や知識は

同じ言葉として受け取れるけれど、

体験は、各々にとって独自固有のものです。

 

だから、情報と自分の体験を掛け算して、

「これは何だったんだろう?」と観に行く

プロセスが〝内省〟であり、

体験をもとに自分のアタマで

その意味を考えようとする姿勢が大事です。

 

ここが、真理を自ら見出し、

真実から生きていく世界観につながっていくための

一番大事なプロセスと言ってよいでしょう。

 

つまり、どんな情報も仮説にすぎないし、

正しいことだと絶対に鵜呑みにしない

情報リテラシーの力が

いまの時代は問われるようにおもうんですが、

残念ながらこの大切さが、

現代の教育においてあまり明確になっていないと。


あと、オットー・シャーマー『U理論』

については、(その7)の記事でもざっくりと触れ、

〝起点のチェック〟の大切さについて書きました。

 

この「動機」や「起点」というのは

人間の盲点に入ってしまっているテーマであり、

何度繰り返して書いても強調し足りないくらい

重要なことと感じてますが、
次の4記事に関連する話を書いたので、

未読の方はぜひご覧下さい。

ブルース・リー「考えるな!感じろ!」(今日の名言・その126)

中村元「生きる意味は問うてはならない」(今日の名言・その127)

ジョージ・ウェインバーグ「人間の行動は、その背後に隠された動機を強化する」(今日の名言・その128)

ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』より(今日の名言・その129)

 

 

さて、4回目の今日は1時間29分30秒から

1時間52分30秒あたりまでを文字起こしします。

 

【公開トークセッション】Co-Creationという世界の生き方、リーダーシップ

 

(文字起こし・ここから)

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由佐:

質問があれば、いつでも止めてくださいね。

「Co-Creativeなリーダーって、どうあるのか」という問いが、多分皆さんの中に出ていると思うので、その話をしたいんですけど。これが一番のパラドックスだと思っています。「何もすべきことはない。」わたしはそう思っています。何もすべきことはないです。本当に。

こういうビジョンっぽい話をすると、必ず聞かれるんです。「じゃあ、どうしたらいいんですか」


この問いも、本当にパターンだと思っていつも見るんですけど、「どうしたらいいんですか?」というのは、ある種の思考停止なんですよね。答えを人に求めているからです。そうするとわたしは、「すべきことはありません」と答えます。すると、「では、何をしたらいいんですか?」と聞かれる。笑 でも、「何もしなくていいんじゃないですか」と言います。そうすると、反応が脅かされるんですよね。これが、わたしが人間が陥っている最大の罠だと思っていることです。「何をすべきか?」という問いを捨てるべきだと、すごく思っています。何もすべきことはない。

 

どこに立つのか。何をしたいのか。それだけです。正しいことというのは、もう瞬時に立ち上がります。この瞬間にも、わたしたち人間は、他の生命を奪って自分の生命を維持しています。それは良くないことだ、と反応すると、「では、どうしたらいいんですか?」となる。「エコバッグを買ってください」「でも、エコバッグって、もっと化石燃料を使うんじゃないの?」というような話は置いておいても、「良きことをやらなければ」という、さっきの二元論に戻ってくるんですよね。ここが、どうやって二元論に戻さずに、この世界観を伝えていくのかという、最大のパラドックスなんです。

 

「どうしたらいいか?」ではない。あなたはどこに立ちたいか。それしかありません。何をしたらいいかもない。ただ人間は、何もしないで三年寝太郎みたいに生きていくことはできない。でも、究極の真実を言ってしまえば、人間が一切の経済活動をやめて、最低限の衣食住だけにこの瞬間に切り替えられたら、地球のほとんどの課題は、あっという間に解決すると思うんです。

 

でも、「何かをしなかったら自分には価値がない」という洗脳がすごい。だから、何もしないで生きる人生なんて、死と同じだと人間は思っていますよね。結局、「何かをすることで何かを変えることに価値があるんだ」と思い込んでいる。ただそこにいることに価値なんかない、と思っている。何もできなかったら自分は無用だ、とずっと思っている。

 

本当は、「無用で、そこにいてくれて、息だけ吸っていてくれたほうが、よほど地球のためだよ」というのが、たぶん真理だと思うんですよね。それを本当に真理として掴めるかどうかが、すごく重要です。このサイクルの話を何時間もした後でも、ここに入ると、また二元論へぐるぐる戻ってしまうんです。

 

ここが、いつもすごく葛藤のあるところです。特に会社の人たちは、これが本当に病気のようになっているので、「分かりました。わたしは明日から何をすればいいんですか?」と必ず言います。わたしは、「あなたは何をしたらいいと思っているんですか?何をしたいんですか?それを考えてください」と言います。それを考え始めることこそが、本当に自分の一つひとつの行動について「どこからやっているのか」を見ることです。

 

何をしてもいい。ただし、それは世界へのすべてのメッセージになるんですよ、ということを掴んでもらうのが、すごく大変なんです。やることはシンプルなほうがいい。少ないほうがいいし、省エネルギーでいい。でも、それぐらい自分がやることに〝自覚的〟に研ぎ澄ましていけるのか。さっきの「恐れ」を超えたところから〝行動の起点〟を定められるのか。そこが観点です。

 

「何をしたらいいのか?」「どうやって?」というところは、諦めてください。そこは、人間が旨味を手放せないところなんです。自分の効力感と密接につながっているからです。「やっている」ということに関してです。「何をやっていてもいいよ」という意味を、みんな取り違えてしまうんですね。「それって、何もしなくていいの?」「大したことができない自分でもいいんですか?」というふうになってしまう。

 

そうではありません。本当に、どんな行動を起こしてもいい。でも、その〝起点〟をどこからやるのかに関して、とにかく意識的になる練習をしてください、ということです。自分の家族に何かを話すときに、今、自分はどこから話そうとしているのか。そこに自覚的になる。その訓練でしかないんです、リーダーシップは。リーダーは何をしているのか。「何もすべきことはない」に立ってください、ということです。そもそも企業は、そこに対して真逆ですよね。仕事には「すべきこと」しかありません、と言うから。

 

でも、あなたが本当に、「これをしたいんだ」「これをするんだ」というところに立つ。それだけを仕事にしたら、そのとき、周囲の人たちのエネルギーはものすごく変わっていくんですよ、という話をしています。この起点で話す訓練を、やってほしいんです。すべきことはない。何をするのかを選択する、ということです。

 

「人間を、この地球を破壊している邪悪な存在です」と見るのではなく、人間はどちらにもなれる存在なんです。邪悪にもなれる。破壊もできる。創造もできる。そういう力を持っている存在だということを認識しましょう。そして、その力を何に使うのかは〝起点〟が決めるんだということに、自覚的になっていく。その世界が、一番調和するんじゃないかなと思っています。

 

今の経済活動は、とにかく行動量ばかりを増やしています。そして、みんな疲弊していく。その行動の量を増やした結果、いろんなものが消費され、破壊され、無駄に使われていく。行動過多、行動中毒だと思っています。だから削ぎ落とす。エネルギーの使いどころと質を上げていく。そういうふうにやっていったらいいんじゃないかなと思っています。

 

これを個人で試すと、すごく面白いんです。それを始めると、あまり疲れなくなります。人生から、疲弊していく感じがなくなっていく。無理をしなくなる、ということもあります。いろんな意味で結構省エネなので、ぜひ試してほしいんです。何をするのか、どうやってやるのかを手放して、「どこからやるのか」という〝起点〟だけを定めてください。照準をそこに合わせてください。そうしたら、別に何をしてもいいんですよね。

 

それさえ外さなかったら、一番いいクオリティで、一番自分がやりたいと思うやり方でできるようになります。そして、それが一番本当は調和するし、自然な形なんだと思います。そうではなく、「課題解決の〝べき〟論」ばかりやっているから、結果的に課題は何も解決されないし、誰もあまり幸せにならない。すごくシンプルな話なんじゃないかなと思っています。

 

その影響力で言うと、何が一番大きいか。それは、〝リーダーの意識〟です。リーダーの意識は、ものすごいインパクトを持っています。この意識の起点が、愛と可能性であること。それが最も宇宙とシンクロします。可能性というのは、さっき言った真・善・美に近づいていく世界です。この起点からリーダーが身体を動かすということは、そのエネルギーが周りに波及していくということです。

 

それが宇宙とシンクロする。「宇宙」という言葉を使うと、ちょっと怪しくなってしまうんですけど、要するにシンクロするんです。いろんなものと。『シンクロニシティ』という本も出ていますけど、シンクロニシティは、このエネルギーで動いたときに起こります。シンクロニシティというものは、まだ明確になっていないとわたしは思っています。シンクロニシティを起こせる人たちというのは、このエネルギーを純度高く上げていた人たちです。だから、大きなものからサポートされている。ここで言う「意識」とは、起点です。何をしてもいい。ただし、その起点をかなり自覚的にやっていくといいですよ、ということです。

もう一つ大事なのは、「二元論を超えること」です。「いいこと」をやろうとしない。これが結構チャレンジなんですよね。いいことをやると、自分は何か真っ当なものになれると、人間は思っています。何か高尚になれたり、少し高いところに行けたり、ちょっと偉いものになれたり、もう少しマシな者になれるんじゃないかと思っている。でもそれは勘違いで、本当に、このエネルギーをすべて使いこなすためには、二元論を超える必要があります。

 

わたしは(スターウォーズの)ヨーダが大好きなんですけど、ヨーダってどんなエネルギーでも使うじゃないですか。あれは、二元論を超えた、全体のエネルギーを自分が自由自在に受け入れられるようになったときに、すごくパワーが回るということだと思っています。

 

全体性とは何か。それは、すべてを受容することです。受容とは、「いい・悪い」から離れることです。ただ、「それがそうなんだね」というふうに受け取る力を上げていく。今、自分はやりたくない。それは、やりたくないんだ。たとえば今、自分は超怠惰でありたいと思っている。それなら、「超怠惰でいたいと思っているんだね」と見る。

 

自分に起こること、もしくは相手に起こっていることすべてを、ただ「そうだ」とまず保留する、受け止める。この力がすごく大事です。

ここが、NVCがすごく使えるところだと思っています。二元論を超えることはすごく大事です。なぜなら、戦いに入らなくなるからです。人と戦わなくて済む。

 

こういう組織系のことをやっている人たちは、組織の中で変革しようとして、いろんなことをやっているわけですよね。組織を良くしようとする。そうすると、必ず戦いに入っていきます。何らかの抵抗勢力との戦いのストーリーが繰り広げられる。そして、「自分たちはあまりにもマイノリティで、彼らはあまりにもマジョリティだから、やっぱり勝てないんです」というふうに、よよよとなっていく。それが、だいたいのストーリーです。

 

でも、そこに入らないことがすごく大事です。「すべてはあなたの選択です」というあり方を作るのが、すごくおすすめです。どっちでもいい。自分はただ、これをすごく信じているんだ。そういうことを、自由に自己表現する。表現は自由じゃないですか。この表現こそが、クリエイティビティの最初です。すべての創造的なものは、対話から始まるわけですよね。表現する。

 

「自分はこういう世界を信じている」「これが大事だと思っている」そして、それに賛同するか、同意するか、反対するか、無視するかは、あなたの勝手です、というふうに、相手の選択を最大限尊重する。それが一番楽です。そうしていると、敵が生まれません。まったく。本当に、自分の世界に共感してくれる人たち。賛同ではなく、共感してくれる人たちは、多分、自分と一緒にエネルギーを流してくれるようになります。そうではないフェーズにいる人たちは、離れていくかもしれません。でも、それでいいんです。

 

生物って、そうなっているじゃないですか。森の中に行くと、この木の周りにはこういう生物がいて、お互いに共依存している、みたいなことがありますよね。エコシステムです。人間も、エコシステムで全然いいんです。でもわたしたちは、「誰とでも仲良くしなければいけない」みたいになっているから、それが嫌なんですよね。

 

だから、「縁がある人とはつながるし、ない人とはつながらない」という世界にしてしまえばいい。けれど、「この人を説得して倒さないと、次に行けない」というふうにして戦ってしまう。すると、戦いのエネルギーに乗っ取られていって、最後には負けてしまう。とにかく敵を作らない。敵という態度を表さない世界にいる。それが、Co-Creative Leaderにとって、すごく大事だと思います。

 

人間には、いろんな意識の幅があります。生存、つまり自分のいのちを維持するという意識で必死な人たちもいる。恐れにまみれて、その恐れの反応の中で学んでいる人たちもいる。いろんなフェーズの人たちが、この地球上にはいるわけです。この世界観を提示すること。それを「素晴らしい世界だ」と言うことは、あなたの自由だとわたしは思います。でも、それを誰かに強制する権利はないと思っています。その人がそれを選択したら、それはそれだし、選択しなかったら、それもそれ。人間は自由であっていいと思っています。

 

ただ、そこが「べき」になると、今度は宗教活動になります。たぶん、新興宗教になります。「この世界が正しいんだ!」というふうに、二元論になってしまうからです。人間は、反応から正しさを使い始めると、必ずアイデンティティになっていくと思っています。だからわたしは、手法が基本的に嫌なんです。先ほど「U理論」とは言いましたけど、U理論で何かをやる、つまりその中で何かをやるというのは、あまり好きではありません。手法を捕まえた瞬間に、それはアイデンティティになりやすいと、自分の中で思っているからです。やってもいいとは思うんですけど、自分の中には、その衝動があると分かっているので、なるべく離れたいと思っています。

 

でも、そういうエッセンスは、自分ですごく惚れ込んでいるところがあります。もちろん、こういうことはわたしの世界観にすごく影響していると思います。ただ、自分でちゃんと観察をして、どういうことを自分は表現したいのかを見る。それが、この世界観そのものですよね。誰も、あなたに何を信じるかを強制できない。そして同じように、人にも強制できない。

 

ジョアンナ・メイシーという人がいます。この間、テラドリームシンポジウムというものをやっているセブン・ジェネレーションズの理事の方と一緒にいたんですが、ジョアンナ・メイシーは本当に素晴らしい人で、社会を良くしよう、世界を良くしようとしてきた、かなり年配の女性です。その代表の方が言っていたのですが、ジョアンナは、「今の時代にできることは3つあるよ」と言っているそうです。

 

1つ目は、この暴走を止めること。何らかの形で止めること。2つ目は、仕組みを作ること。システム思考で言う、新しい仕組みを作ること。3つ目は、意識を変えようとすること。この3つだと彼女は言っているそうです。わたしが自分の仕事でやりたいのは、この3番目で意識に働きかけたい。集合意識に働きかけたい。

 

その意識を、「わたしは切り離されていて、何とかしなくてはいけない」という生存に駆られた意識から、真・善・美の意識へ。人間はこの幅を持っていると、わたしはすごく信じています。だから、そちらに光を当てたいとすごく思っています。この「意識を変える」という仕事は、変革という仕事の一部として、すごく深く含まれてきます。

 

ここですごく大事なのは、個人的に、意識を変える仕事は祈りの仕事だと思っていることです。だから、願いと祈りがあるんです。わたしが自分の言っていることに関して。「人間は変われるし、そうなったら本当に世界は変わる」と自分では思っています。でも、それはやっぱり祈りなんですよね。自分にとって。だから、これを言っているときも、「世界がこういうふうになるといいな」と祈っている感じで伝えています。

 

それをどう受け取るか。祈りというのは、受け取り手がいないわけじゃないですか。エネルギーとして放たれていくものです。だから、それを人がどう受け取っても、本当にいいんだと思うんですよね。でも、この受け取り方を操作しようとし始めると、たぶん新興宗教の道まっしぐらだと思います。「これを信じろ!」「こういうふうに理解しろ!」「こういうふうに生きろ!」と強制し始めると、やっぱり「それが正しいから」という理由になっていってしまう。だから、その罠には入らないようにしています。

 

会社の中でも、「人間はもっとこう在れる」というのは、願いのレベルでは全然自由です。でも、「もっと人はこうあるべきだ!」と言い出した瞬間に、「正しい」が発動します。「正しい」が発動した瞬間に、「カーン!」とゴングが鳴ったと思ってください。とにかく、ゴングを鳴らさない。それが、この(Co-Creativeな)リーダーシップの特徴として大事です。どんなものも、それがあっていい。二元論を超えた全体性の中に含んでいく。絶対に戦わない。

 

人間には、いろんな意識のバンドがあります。その人が今、そのフェーズで大事にしたいことが、いつもある。それを尊重していけると、誰とも戦わず、かつ自分の願いを本当にいろんな形で世界に表現していくことができると思います。それは自由だよね、と思うんです。どんなふうにそれを表現したとしても。だから、それぞれ個々で表現したいことを、表現してみたらいいと思います。

 

「どうしたらうまくいくんですか?」「どうしたら組織を良くできるんですか?」「どうしたら成功するんですか?」という問いではありません。自分はただ、どこに立って、この世の中に、この世界に何を表現したいのか。それがやっぱり、自分の軸になっていくんじゃないかなと思います。それ以外のものは、あまり信用すべきこともないというか。わたしたちはいつも選べます。それを自分の世界として受け入れるかどうかも選べる。マスコミがいろんなことを言っているけれど、何を自分の世界として引き受けるかは、こちらにも選択があるよねと思っています。

 

○○ちゃんが言っていた、創造の前にあるもの、手放すものがあるとしたら、今言ったようなことだと思います。「わたしは正しい!いいことをやっている!」「これをやったらうまくいく!」「成功するに違いない!」「どうせやるなら、うまくいかせたい!」こういうものを、すべて手放してしまう。

 

わたしはただ、何を世界に表現したいのか。そこに立ち続ける。それが人にどう受け取られるかは、人に任せる。それだけじゃないかなと思います。だから、本当はすごくシンプルだと思っているんですよね、リーダーシップというのは。でも、みんな、「どうしたらうまくいくのか?」「どうすべきなのか?」「リーダーとはどうあるべきなのか?」と言って、いろんなものを探していると思うんです。

 

でも、それはすべて、あなたの意思なんです。その〝行動の起点〟を、いつも自覚的にマネージしていけばいいと思います。なぜかというと、その行動を取る理由は、あなたが何かを願っているからです。祈りの形の表現として世界に放たれる。それだけですよね。だったら、純度の高い祈りのほうがいいじゃないですか。

 

祈りという形は、エネルギーの中で一番調和しているものだとわたしは思っています。「べき」もない。責任もない。何かしてもらわなければ、もない。本当に完全に自由じゃないですか、祈りという世界は。だから、そんなふうに毎日仕事ができたらすごいなと、いつも思っています。自分がどれだけやったとしても、それはただの祈りです。本当にどこにどう広がっているのかは分からない。エネルギーとして消えていっていると思うし、それがどう受け取られようが、それはわたしのただの祈りです、という感覚です。それが、自分にとってはすごく分かりやすい仕組みです。そうすると、見返りも要らないんですよね。仕事をした。何かをした。だって、祈りを成功させようとは思わないじゃないですか。

 

はい。こんな感じかな。何かありますか?U-STREAM見ている方で、もしインプットしたい方がいたら言ってください。大丈夫ですか?(1時間52分30秒あたり)

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(文字起こし・ここまで)

 

 

この続きはまた明日に!(^^)/

 

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