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ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』より(今日の名言・その129)

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ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』より(今日の名言・その129)

ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』より(今日の名言・その129)

2026/06/15

 

ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。

 

哲学用語を使えば、コペルニクス的転回が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。

 

生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考えこんだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。

 

生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。
 

ヴィクトール・E・フランクル(1905~1997・ウィーン生まれのユダヤ人精神科医、心理学者)『夜と霧』(新訳版)より

※冒頭の画像はヴィクトール・フランクル協会websiteより拝借しました

 

 

 

わたしたちはつい、

「人生にはどんな意味があるのか?」

「自分は何のために生きるのか?」と

〝こちら側〟から人生に向かって問いを投げます。

 

けれどフランクルは、

そんなことをどんなに

アタマをひねって考えたところで、

正しい答なんて見つかるわけがありませんよ、と
その問いの〝主語〟を

ひっくり返してくるんですね。


だって、問いを発しているのは

〝人生〟のほうなんだから、と。

 

人生から〝わたし自身〟が

問われているのですから。

 

この言葉が正しいかどうかと

問うてみたところで、

正解なんてわかるはずがありません。

 

だから、この言葉を

〝正しい意味〟として理解することよりも、
人生の方が既に存在しているのであって、

この言葉が、わたしの内側で

どんな作用を起こすかのほうが

大事だとおもうのです。

 

1週間ほど前に投稿した
占いはなぜ流行るのか?
という記事にも書いたことですが、

言葉については、

意味を正しく説明しているかどうかより、

その言葉がどんな作用を起こすのか、

方向を変える力があることが大事なんですね。

 

たとえば、冒頭紹介した

フランクルの文章について言うと、

「人生の意味を問う」から

「人生に問われているものとして体験する」へ、

認知の向きを〝反転〟させる装置のように働きます。

 

そして、この〝反転〟は既に

「反応の前」に起きてしまっている。

 

現実の世界は、

こちらがどう反応するかを決める前に、

すでに成立しているからです。

 

朝がやってきます。

でも、朝がやって来るよりも前に

わたしたちの身体は存在しているのです。

 

時間が過ぎ、予定があり、誰かの都合が入り、

そしておもいがけない出来事が起こる……
でも、気分が整ってから、思考が整理されてから

世界が始まるのではなく、
世界のほうが先に始まっている。

「生きることは日々、そして時々刻々、

 問いかけてくる」
フランクルのこの言い方は、
そこを指しているのだと思います。

 

ところが、わたしたちの認知には

方向性があって、

その方向性が、世界の見え方を決めてしまう。

 

たとえば、同じ出来事でも、

「なぜこんなことが起きたのか」

「これは何の意味があるのか」と見ると、

世界は〝解釈を要求してくるもの〟になります。

 

意味が見つかるまで落ち着かない。

納得できる物語ができるまで終われない。

そういう世界が立ち上がってくる。

 

でも、「いま自分は何を問われているのか」

「この局面で自分は何を応答できるのか」と見ると、

世界は〝応答を促してくるもの〟として

立ち上がってくる。

 

ここで求められているのは、

完璧な説明でなく、

小さくても次なる一歩を踏み出すことです。

 

フランクルの言葉「時々刻々の要請を充たす

義務を引き受けること」は、

まさにその方向性を定めることの大切さを

言っているのでしょう。

 

この「方向性の転換」は、

わたしたちが普段イメージする

〝理解してから動く〟とは順番が逆です。

 

実際、脳科学的にも実証されていることですが、

脳は基本、身体が行動したことを

後追いで確認しているだけで、

最初に脳が指令してから行動に移すという

プロセスを踏むのは、

全体の3〜5%ほどでしかありません。

 

動く前に、答えを作る前に、

まず認知の向きが変わる。

 

じつは、その向きの変化そのものが、

体験の深い層にまで作用しているのですから。

 

 

6/12にブルース・リーの

「考えるな!感じろ!」という言葉について

コメントしました。

 

この言葉も、意味を説明するより先に、

こちらの〝向き〟を変えてくる言葉ですね。

 

思考の支配から離れて、

身体全体でその瞬間を感じ取れ、と。

 

つまり、反応が固まり切る〝前〟に戻れ、

という促しです。

 

考えがまとまってから動くのではなく、

まず動いてみれば

見える景色が変わっていくので、

そこに賭けろ、と。

 

また、6/13に投稿した中村元さんの

「生きる意味は問うてはならない」も、

同じく〝反応の前〟を扱う言葉です。

 

けっして思考停止のすすめなどでなく、

「その問いはあなたを真に自由にするのか?」

という問い返しでした。

 

もちろん、問いを立てる姿勢は大事です。

 

でも、問い方を間違うと、

意味を問うこと自体が、

苦を増幅させる〝構造〟を持ちうるんだ、と。

 

問いが問いを呼び、連鎖して

意味が見つからない不安が強まり、

さらに意味を探す思考が加速し、

問いの方向性が、

わたしを縛る方向へ固定されてしまう、と。

 

中村さんは、この言葉で、

そうした固定を解こうとされていました。
 

そして昨日投稿した、ジョージ・ウェインバーグの

「人間の行動は、

 その背後に隠された動機を強化する」

という言葉は、さらに露骨に

苦を増幅させる〝構造〟を見せてくれます。

 

行動は、外側に現れる結果だけでなく、

内側にある見えない動機までを育ててしまう。

 

恐れから行動すれば、

その恐れはさらに増幅される。

 

承認欲求から動けば、承認欲求がもっと鋭くなる。

 

意味を得るために動けば、

意味なしには立てない心が出来上がってしまう、と。

 

これは、わたしたちの努力を

否定する言葉でなく、

その努力がどの方向性を強化しているか

まず点検せよ、という警告でもあるんですね。

 

そして、すでにお気づきかとおもいますが、

本日の記事にて紹介したフランクルの言葉は、

昨日まで紹介してきたこれら三つの言葉と

見事なまでに接続しています。

 

しかもその接続点は、

〝意味〟という表層のみならず、

深層にまで波及する〝体験の構造〟のほうです。

 

つまり、フランクルが言う
生きることがわたしたちからなにを期待しているか
わたしたち自身が問いの前に立っている

という言い方は、

わたしたちの体験を、

表層・中層・深層という各々の階層で

組み替える〝作用〟を持っているんじゃないかと。

 

表層では、「意味が分からない」という不安を、

「いま何をするか」という行為へ降ろす。

 

中層では、「説明できるか」「納得できるか」という

評価の枠を、「応答できるか」という実践の枠へ移す。

 

そして深層においては、

「意味が見つからないと生が成立しない」という

依存構造そのものを、少しゆるめてくれる。

 

つまりフランクルは、

「意味の答え」を与える人でなく、

「問いの方向」を付け替えようとする人なのだと。

 

人生が〝問い〟を提出し、

わたしたち人間は、人生から問われる側なんだと。

 

そこで要求されているのは、

口先だけの解釈でなく、行為による応答なんだと。

 

つまり、この一連の言葉は、

わたしの中の〝自覚〟を起動する。

 

そして、重要なのが、この〝自覚〟は

「状態」でなく「働き」であるという点です。

 

わたしたちは「自覚がある/ない」を、

まるでスイッチのように扱いがちですが、

自覚は〝起動するもの〟です。

 

ある瞬間にふっと立ち上がり、

すぐ薄れることがあっても、また立ち上がる。

 

そうした働きが起きる「前」を扱わない限り、

ただ「もっと自覚しよう」と言ったところで

空回りしてしまう。

 

フランクルのこの言葉は、

その自覚の働きが立ち上がる前段に触れてくる。

 

つまり、反応が固まる前に、

「いま問われている」と気づかせてくれる。

 

気づきが立ち上がれば、

次に「行為」という応答が選択肢として現れる。

 

おそらくここに、フランクルのこの言葉の

今日的な意義があるように感じるのです。

 

 

現代は、意味の圧力が強い時代です。

 

「意義のある仕事」「やりがい」「生きがい」

「成功」「幸福」……

何かをするには理由が必要で、

さらには、その理由も

〝説明可能〟なものでなければならない、

という空気すらある。

 

すると、説明や詮索、意味づけが過剰になり、

行為は遅れ、時に止まってしまう。

 

そしてウェインバーグの言うように、

そうした停止や空回りすら、

根っこにある動機を強化してしまうことがある。

 

だからこそ、フランクルのこの言葉が

わたしたちの心に深く響くのだとおもいます。

 

 

最後に、わたし自身の確認のためにも、

問いを一つだけ手元に残しておきましょう。

 

「いま、人生はわたしに何を問うているだろうか?」

 

もちろん、正解なんてわからないし、

意味の答えなんて、出なくたってかまわない。

 

答えが出る前に、

わたしたち自身が問われていることに気づいて、

そうした自覚の働きを、今日も起動できるかどうか。

 

そして、小さな一歩でも踏み出せるかどうか。

 

このフランクルの言葉は、そういうふうに、

わたしたちの認知の方向性を

静かに整えてくれる言葉なのではないでしょうか。


 

【今日の名言シリーズ・過去記事一覧】

オイゲン・ヘリゲルの言葉に触発されて(「今日の名言」その1)
ジャコメッティの問いかけ(「今日の名言・その2」)

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マルティン・ルター「明日世界が滅亡しても、今日私はリンゴの木を植える」(今日の名言・その88)

ウディ・アレン「長続きする たったひとつの愛は 片思い」(今日の名言・その89)

空海『性霊集』より「自分の心を知ることがいのちの本源を知ること」(今日の名言・その90)

三代目魚武濱田成夫「夢をかなえる前にやってみるという事をかなえろ」(今日の名言・その91)

モンテーニュ『エセー』より(今日の名言・その92)

遠藤滋「だって君はひとりで勝手に何かをやってゆくことなんてできないだろう」(今日の名言・その93)

鳴門親方「まいにち こつこつ やること たいせつです」(今日の名言・その94)

田村由美『BASARA』より(今日の名言・その95)

ボーヴォワール「あなたの人生を今日から変えなさい」(今日の名言・その96)

老子「信言不美 美言不信 善者不弁 弁者不善」(今日の名言・その97)

開高健「良い質問には答えが半分隠されている」(今日の名言・その98)

芥川龍之介「人生は一箱のマッチに似ている」(今日の名言・その99)

映画『カサブランカ』より「今夜?そんな先のことはわからない」(今日の名言・その100)

フランク・ミュラー「時間は人間が勝手に作ったものだ」(今日の名言・その101)

樹木希林「人生なんて自分の思い描いたとおりにならなくて当たり前」(今日の名言・その102)

葛飾北斎「あと10年生きられたら本物の絵描きになれるのに」(今日の名言・その103)

夏目漱石「自分の弱点をさらけ出さずに人に利益を与えられない」(今日の名言・その104)

吉富昭仁『24区の花子さん』より「醜い自分の存在をただ認めるだけでいい」(今日の名言・その105)

水谷豊「自分の嫌なところを変えようと思っちゃダメだ」(今日の名言・その106)

ガダマー「経験の名に値するものはみな期待を裏切っている」(今日の名言・その107)

リルケ「今はあなたは問いを生きてください」(今日の名言・その108)

竹内整一「自ら為したことと自ずから成ったこととは別事ではない」(今日の名言・その109)

ロマン・ロラン『魅せられたる魂』より(今日の名言・その110)

ルドルフ・シュタイナー「宇宙を認識したければ汝自身を見るがよい」(今日の名言・その111)

ヴァレリー「むずかしいのは発見したものをおのれの血肉と化すること」(今日の名言・その112)

坂口安吾『堕落論』より(今日の名言・その113)

芦田愛菜「挫折するのは嫌いじゃないです」(今日の名言・その114)

橋本治「いろいろなことがやれるのはぶつかった挫折の数」(今日の名言・その115)

さわぐちけいすけ「何か問題が起きたらその都度ちゃんと話し合うこと」(今日の名言・その116)

松尾芭蕉「松のことは松に習え 竹のことは竹に習え」(今日の名言・その117)

シラー『人間の美的教育について』より(今日の名言・その118)

茨木のり子「人間には行方不明の時間が必要です」(今日の名言・その119)

トーマス・J・ワトソン『IBMの5つの言葉』(今日の名言・その120)

永瀬拓矢「努力とは息をするように続けられること」(今日の名言・その121)

アレクシーア・ムーサ「聴いて下さる方たちの前で自分自身であることが大切」(今日の名言・その122)

河合隼雄「学んでいて楽しくないものは、本当の意味で身につかない」(今日の名言・その123)

スピノザ『エチカ(倫理学)』より(今日の名言・その124)

桜井章一「好調はたまたま、不調こそ人生」(今日の名言・その125)

ブルース・リー「考えるな!感じろ!」(今日の名言・その126)

中村元「生きる意味は問うてはならない」(今日の名言・その127)

ジョージ・ウェインバーグ「人間の行動は、その背後に隠された動機を強化する」(今日の名言・その128)

 

 

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